川勝平太さん&鶴見和子さんの対談本「内発的発展とは何か~新しい学問に向けて」小さくとも希望を持って生きる知恵を学ぼう!!

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『「内発的発展」とは何か~新しい学問に向けて~』

川勝平太さんと故鶴見和子さんの対談本です。

現在世界は、不安混迷を迎えていますが、

こういう時期だからこそ学びたいことがあります。

「内発的発展」

これは、故鶴見和子さんが生涯かけて追究されてこられた

学問の指針ですが、「内面から生き生きと湧き上がって

来るような学問的情熱」こそ「生き抜く勇気」として

今ほど必要な時代もないと思われます。

今回は、この本をご紹介します。

『「内発的発展」とは何か~新しい学問に向けて~』    (川勝平太・鶴見和子共著、藤原書店、2008年)

川勝平太さん(以下、川勝さん)は、かつて小渕恵三内閣の

施政方針演説にて使用された「富国有徳」という言葉の

「生みの親」として知られています。

現役の静岡県知事としてもご活躍中で「実務と理論」を

直結された「政治思想家」でもあります。

現代日本では大変珍しくバランス感覚の豊かな政治家でも

あり、管理人としても好感の持てる方です。

経済歴史学者としてもご活躍されています。

一方で、この本の主要対談者である故鶴見和子さん

(以下、鶴見さん)も「内発的発展」というキーワードで

深く学問を掘り下げられ、歌人としても

類い希な瑞々しい感覚をお持ちでいらっしゃいます。

残念ながら、お亡くなりになられましたが、

政治経済を含めあらゆる社会で、「価値観」が揺らいできた

現代日本にとっても、今こそ学びたい思想家であります。

祖父に後藤新平さん、父に鶴見祐輔さん、弟に哲学者の

鶴見俊輔さんなど錚々たる家族構成というように「華麗なる一族」

として生まれ育たれました。

そうした家族環境の下、鶴見さんは政治的にも左右バランス良く

貪欲に各思想の良質的な部分を学び取っていったようです。

マルクス主義からアメリカ留学時代や弟の俊輔さんの影響からか

パースなどのプラグマティズム哲学の「社会科学方法論」を学ばれ、

最も影響を受けた思想家に、柳田国男南方熊楠今西錦司などがいます。

※「プラグマティズム」については、こちらの記事もご参照して

頂ければ幸いです。

対談者の川勝さんとも共鳴する視点は、「在野の地方(辺境)思想家」にして

「独立独歩型の学者」でしょうか?

ご専門は、比較社会学です。

川勝さんは、京都で生まれ育たれたのか、

京都大学を中心とする「京都学派」の影響を受けておられるようです。

鶴見さんも東京を中心とした「思想界」にいながら、「京都学派」的

価値観にも共感を寄せておられた様子が、この本から伝わってきます。

管理人も「京都学派」から強い影響を受けていますので、その

「生き生きとした地に足のついた壮大な学問交響曲」には、

いつも敬愛の念を抱いています。

そんな現代日本のバランス感覚を失ってしまったかに見える社会状況にも

「憂国の情」を抱いていますので、何とか皆さんにも主流社会の思想状況とは

異なった「良質な学問」から優れた知見を学び取って頂こうと、

この本を取り上げさせて頂きました。

この本は、川勝さんが、生前に鶴見さんとの対談された内容を基にして

ご逝去後に編集出版されたものです。

鶴見さんの「内発的発展」についての「簡にして要を得た」解説は、

この本の巻頭論説「内発的発展論の可能性」に触れられています。

「内発的発展論」と「富国有徳論」の結晶

明治日本でも、「国家有機体論」「社会進化論」の影響を受けて

さかんに朝野を挙げた論争が巻き起こりました。

その結果、国家の方向性を巡って迷いが生じていたところに、

京都学派の座談会などを中心に「近代の超克論」が話題になりました。

ついに「国策」として、悲しい「文明の衝突」が起きてしまいましたが、

戦後になって平和が訪れたからといって、その重大テーマが

さっぱり消えて無くなった訳ではありません。

戦後は、米ソの冷戦で日本国内も分断され、高度経済成長などの

「経済優先社会」に埋没していくことで、「平成」になってからも

ますます「国家目標」が見失われていくばかりの状況が続いています。

「失われた20年」は、多くの日本人の自信喪失を招きました。

その反動か、再び「思想混迷状態」かつ昭和の真摯な言論状況とも

異なり、経済一辺倒とIT文化の影響からか安直な議論が横行している

現状であります。

このような絶望的な状況で、真面目に真摯に生きようとする人間にとって、

在野の片隅で戦々恐々と「何が人間にとって一番大切なことなのか?」

噛み締めながら生き抜いておられる方が大半だと思われます。

が、世の中が混迷して悪い方向へ向かおうとする時期には、

「表層的で内容空疎な大きなスローガン」だけが飛び交う事態となります。

このような時代だからこそ、真面目に明日の日本と世界、宇宙の将来を考えて

生きようとされる賢者の皆さんに、応援メッセージの意味も込めて

お二人の対談内容をお伝えしようとこの本をご紹介させて頂きました。

「内発的発展論」と「富国有徳論」に共通する思想は、

「背伸びせず生き生きと暮らす生活思想」です。

いわば、「地に足のついた土着からのレジスタンス」でしょうか?

前にもご紹介させて頂いた今西錦司博士なども「棲み分け理論」を提唱されて

いましたが、晩年には「人間に絶望感を抱いていた!!」様子も

この本を読むと感じられました。

今西博士は、京大霊長類研究所の創設者でもありますが、

「人間社会における闘争ほど酷くてむごたらしい」状態の社会もないと

感じておられたそうです。

そうした「悲しい人間社会」の現実を何とか希望の持てる方向へと進化発展

させていくには、どのような思想構築が必要かとの考察を深められていきました。

そのような問題意識より、「自然科学」から「自然学」の提唱へと

舵を切り換えられていきます。

「生々流転」の激動の中に絶えずさらされ続けている人類には、

「道具の賢い活用法」も学ばなければ生き残ることは出来なくなるでしょう。

鶴見さんは、社会科学をより正確な描写とともに、人間社会において

実践活用出来る「科学的方法論」を模索されていました。

また、生来の「歌人」気質なのか「生命への畏敬賛歌」の念もお持ちでした。

それが、やがて「内発的発展論」につながっていったようです。

一方で、川勝さんは、経済学者として「西洋と東洋の架け橋となる日本」を

立ち上げるべく「富国有徳論」を提唱されています。

冒頭の施政方針演説でも活用されたこの「富国有徳」には、

当時の小渕恵三首相のキャラクターもあってか「老荘思想」の響きが

感じられます。

昨今、日本社会も「成長路線」を掲げながら皆が一丸となって頑張ろうとの

「スローガン」だけが先走っているような感じもしますが、

「品格が足りません!!」

世界史の中で小さな島国「日本」の良さをいかに活かしていくのか?

「平和道義国家」を理想とする私たち日本人にとっては、

川勝さんの提唱された「富国有徳論」を積極的に学び取っていきたいものです。

生かし生かされる萃点(すいてん)としての人々

鶴見さんは、この本で南方熊楠により「南方曼陀羅」の中から

紡ぎ出されてきた萃点(すいてん)という思想」をご紹介されています。

管理人も「南方熊楠ファン」ですが、この思想にお目にかかったのは

初めてです。

通常、「曼陀羅(マンダラ)」と言えば、中心に「大日如来」が

描かれており、その画像を心中にイメージする際には、その中心点に

「自分」を位置づけて観想する訳ですが、

この「萃点(すいてん)という思想」には、また「違った視点」も

あるようですね。

川勝さんとの対談で、今西錦司博士の「棲み分け理論」とも重ね合わされて

解説されているのですが、「中心としての自分」という視点をさらに

「共存共栄感覚」に高めていく「イメージ像」のようです。

「萃点(すいてん)」とは、例えてみれば「人間曼陀羅の各交差点」のような

ものらしいのですが、この本でも紹介されている「華厳経」の

「一即一切、重々無尽」の各網目の中で、他人との交わりを介して自分の視点を

常に移動して(させられて)いくイメージです。

また、川勝さんと鶴見さんの対談から「思考法」についても考察されています。

南方熊楠やプラグマティズム哲学から「類推(アナロジー)」と「相似と相異」

という「思考法」が取り上げられていることです。

私たちも、普段この「思考法」を使用していることはしているのですが、

どうも「学校(社会)教育」の影響からか「帰納法(具体化から抽象化へ)」と

「演繹法(抽象化から具体化へ)」の「思考法」により重点的に束縛されているようです。

それが、「偏見」を強めている原因の一端かもしれません。

そうした「認識パターン」に偏りが見られるせいか、「類推(アナロジー)」と

「相似と相異」という「思考法」にも注意を促すよう積極的に呼びかけて

おられるようです。

これは、「差別」ではなく「区別」であり、「違いは違いとしてお互いの長所を活かし

活かそう!!」という「思考法」でもあります。

川勝さんと鶴見さんは、「学際的知識の重要性」にも

早くから積極的に注目されてこられた学者です。

日本人は、明治の「近代化」以降、ひたすら「輸入学問」に依存してきた点にあります。

一方、「危機の極限状況」が到来してから「慌てて」「自前のナショナル思想」に

目覚め始める傾向にあります。

そうした傾向の中で、「いかに平時からバランス感覚を研ぎ澄ましていくか」という

視点で、「自分の言葉で考える工夫」の重要性も語っておられます。

いつも「外圧」にさらされ続けてきた「辺境国日本と中華日本のせめぎ合い」の中で、

日本史は展開されてきました。

そういう歴史状況の立ち位置で、今後私たちはどのように大海に漕ぎ出すべきかの

ヒントもこの本では学べます。

「世界史から見た日本史、日本史から見た世界史」

「周辺(辺境・属国)でも中華(中心・頂上)でもない扇の要」

としての「日本及び日本人」でありたいものです。

21世紀に生きる私たちは、「グローバリズムとナショナリズムの双方」を

超克していかなければならない時期に生きています。

近代国民国家の枠組みを中心とする「ナショナリズム」

各地域の多様性を無視した不合理な世界統一に向かおうとする「グローバリズム」

いずれをも克服した「グローカリズム」を目指したいものです。

前にもご紹介させて頂いた野田宣雄先生や歴史時代小説作家の童門冬二さん

などが、積極的なイメージ像を描いておられる「グローカリズム」には、

「生き生きとした未来社会像」がありそうです。

必ずしも19世紀以降の「近代国民国家の枠組み」と「各地域の文化形態」とは

重なり合わないところにも、ひずみが生じているようです。

「近代超克論」にも様々な解釈や立ち位置がありますが、「平成の近代超克論」は

十二分に「現実」を見据えて展開させなくてはならないでしょう。

その意味で、川勝平太さんの「富国有徳論」と故鶴見和子さんの「内発的発展論」

ご紹介させて頂きました。

不安の中で過ごす「平成幕末状況」にあって、皆さんにも

「落ち着いた品格ある良質な知恵」を与えてくれる良書です。

最後に「和歌」を愛する管理人にとっても、敬愛させて頂いている

歌人故鶴見和子さんに倣って、「自由歌」を詠じて

筆を擱かせて頂きます。

「南方曼陀羅に学ぼうぜ 地球交響曲♪♪ 宮沢賢治「銀河鉄道の夜」に夢想せよ

宇宙交響曲♪♪ あたらしい「夜明け」の門出を祝して皆さんいつもありがとう♪♪」

(管理人)

最後までお読み頂きありがとうございました。

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