『量子物理学の発見~ヒッグス粒子の先までの物語』レオン・レーダーマン博士が問いかける基礎研究投資の重要性!!

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『量子物理学の発見~ヒッグス粒子の先までの物語』

米国ノーベル物理学賞受賞者レオン・レーダーマン博士と

クリストファー・ヒル博士による共著。

本書は、量子物理学の最先端事情とその史的展開過程の解説を

主題に据えた<基礎研究投資と科学教育>の重要性について

問いかけた科学啓蒙書です。

近年、科学技術投資を主軸とした<公共投資>につき

理解関心度が低下しています。

今回は、この本をご紹介します。

『量子物理学の発見~ヒッグス粒子の先までの物語~』   (レオン・レーダーマン/クリストファー・ヒル共著、青木薫訳、文藝春秋、2016年第1刷)

本書の共著者の一人レオン・レーダーマン博士は、

米国のノーベル物理学賞受賞者であり、「実験」物理学者です。

フェルミ推定>などで知られるエンリコ・フェルミ博士の名にちなんだ

フェルミ国立加速器研究所の2代目所長を務められた

<素粒子>物理学者であります。

ミューニュートリノの発見でレプトンの二重構造を実証』した研究業績が

認められて、1988年にノーベル物理学賞を受賞されています。

一般向け主著には、

『神がつくった究極の素粒子』(D・テレージ氏との共著、草思社、1997年)

『対称性~レーダーマンが語る量子から宇宙まで~』

(本書共著者C・ヒル氏との共著、白揚社、2008年)

『詩人のための量子力学~レーダーマンが語る不確定性原理から弦理論まで~』

(同上、同上、2014年)

などがあります。

科学者としては珍しく<神>という言葉を「たとえ話」に使用するなど

何かと話題となった物理学者だそうです。

曰く、ヒッグス粒子とは<神の粒子>だとか・・・

もちろん、このような<神>概念を用いた説明は、

一般向けにその粒子の意義をわかりやすくイメージさせるための

解説上の方便語にしか過ぎないのですが、

様々なユーモアやジョークを交えた優れた語り手としても

知られているようです。

これまでも「量子(素粒子)物理学」に関する著作のご紹介を

多種多様な角度からさせて頂いてきましたが、

ほとんどの著作が「理論」物理学者によるものだった最中、

今回は大変希少価値の高い「実験」物理学者から語られた著書になります。

そのあたりは、前回も本文内で次回作の予告として

「乞う、ご期待!!」とわずかに触れておきましたが、

現代物理学(物理学に限らず科学業界全般)が、

「理論」先行型に次第になりゆく中で、

「実験・観測」の技術が追いつかなくなってきた現状から

科学業界に対する懸念の声も各界から高まってきています。

というのも、後ほど本文内の要約記事の中でも触れさせて頂きますが、

「素粒子」のサイズが微小になればなるほど、

その現物を捕捉観測するのに高エネルギーが必要とされ、

莫大な経済費用がその研究に重くのしかかってくるからです。

と同時に、その研究内容の意義自体も

一般にはあまり説明される機会も少ないために、

十分な理解関心度も浸透することなく、

その研究予算獲得のための政財界向けプレゼンテーションでも

たびたび摩擦が生じているともいいます。

本書でも、米国版「事業仕分け」のような内容が紹介されていますが、

いずれにせよ、いずこの国でも『二番ではダメですか!?』では

科学技術の発展を通じた人類の進歩もあり得ないだろうことは

確かなようですね。

それほど米国でも、新規研究開発による経済的(経済的観点だけに限りませんが)

潜在需要の掘り起こしに関心が向けられている現状が

本書では赤裸々に語られています。

そうした政財界層や一般国民層の

「無理解」をいかに「理解」へとつなげていくべきか、

また協力を呼びかけていくかは、

とりわけ研究「財源」論からの批判に対する説得力ある「反論」として

「再」提示する必要性が、

科学研究開発の最前線にいる科学者にも厳しく課せられています。

その説得力ある「反論」の一つとして、

「実験」物理学者としての立場から提示されているところに

本書の役割と魅力があります。

一方の共著者であるクリストファー・ヒル博士は、

「理論」物理学者の立場からこれまでの「量子(素粒子)物理学」の

史的展開の過程とそれぞれの「新」素粒子発見の意義などについて、

理論面から解説を加えられています。

本書は、そうした「実験」物理学者と「理論」物理学者との

共同作業によって成った「愛の結晶作品」であります。

なお、本書もまた一般には耳慣れない量子(一部<相対論>も含めて)物理学に

関する各種専門用語が多々出てきますが、

本書も比較的「科学書」部門では「わかりやすい」との定評ある

青木薫さんによる翻訳や訳者解説、共著者による詳細な注釈も

巻末に載せられていますので、折に触れてご参照下さると

皆さんの理解促進にお役に立つものと思います。

そこで本書全体の要約ご紹介に入らせて頂く前のご提案として

管理人も「文系人」であることから、

なかなか理系用語には馴染みが薄くイメージ像を形成するのにも

いつもながら理系書籍を読み進める際には苦労するのですが、

それぞれの章の「冒頭」にごく手短に要約されたリード記事

(もしくは<目次一覧>)がありますので、

まずはそちらの方を全章にわたって、ざっと読み通してイメージを

頭の中に形作ったうえで、各章本文へと読み進められていくことを

お勧めさせて頂くことにします。

そして、日本語版の注意点として<訳者解説>によると、

米国版原書『Beyond  the  God  Particle』

(つまり、<神の粒子=ヒッグス粒子>を超えて)では、

『加速器の各種類について細かく述べた部分(原書7~9章)』(本書308頁)が

あったとされていますが、著者の了解を得て、日本版刊行においては、

その主題から外れるものとして割愛されたとのことです。

その部分についてもご興味関心がおありの方には、

適宜「原書」にも挑戦されることをお勧めします。

ということで、本書を皆さんとともに読み進めながら、

現代日本に欠けてしまったとされる<基礎研究投資や科学教育の重要性>に

ついて理解力を高めていきながら、今後の人類全般の福利の向上に至るまで

壮大な見通しを立てながら考えを深めていこうとの趣旨で、

この本を取り上げさせて頂きました。

<われわれはどこから来て、どこに去りゆくのか??>を想像考察する視点から「ヒッグス粒子」探究の旅に出かけましょう!!

それでは、本書の内容要約のご紹介へと移らせて頂きましょう。

①「第1章 宇宙の始まりを探る旅」

※本章では、まさしく本タイトルに込められた問いへの旅が

素粒子探究の最前線へと誘う解説記事とともに始まります。

ここでは、<新粒子(ヒッグス粒子)発見>へと向けられた

各国のしのぎを削った研究開発競争の実態と

著者の母国である米国科学界における現状分析との比較考察を通じて、

現代先進国における<基礎研究開発と科学教育の重要性>についての

問題提起と改善案の方向性が提示されています。

本書の主眼は、特にこの第1章と第9章に置かれているわけですが、

<基礎研究開発と科学教育の重要性>について、

とりあえず米国の著名ノーベル物理学賞受賞者が

どのようにお考えになっておられるかを知りたいとの

お急ぎの読者の方には、まずはこの2章だけでもご一読頂ければ

本書におけるエッセンスを掴み取ることが叶うでしょう。

そして、本章を読み進められるだけでも

莫大な費用を掛けてまで開発された大型ハドロン衝突型加速器(以下、LHC)の

開発目的やその役割、その加速器を使って一体全体どのようなことが

研究テーマとされているのかの一端が窺えるような解説がなされています。

ちなみに、「加速器」の実態とは、

「ミクロな世界まで解析し得る超巨大な大型顕微鏡」とのことです。

とはいえ、現代物理学と技術レベルにおける最大の難関および限界点は、

「高密度エネルギー」を取り扱うために多大なリスクが生じ得ることや

経済的損失が大きすぎることに問題があるといいます。

著者は、最終章(第9章)においても、

<加速器の費用はそんなに大金か?>(本書269~270頁)にて

世間からの誤解や批判について「再論」されておられますが、

もちろん、このような世間からの反論についても

真摯な姿勢でもって、現段階の「高エネルギー」による観測技術を

乗り越えるプロジェクトもきちんと提示されています。

そこに、著者が一旦は世界的な研究開発競争に乗り遅れたかに見える

米国の技術開発と基礎研究の打開策を見出されておられるようです。

その打開策の名こそ、<プロジェクトX>の本質だと強調されています。

ところで、著者によって<神の粒子>と称されたヒッグス粒子は、

このスイスのジュネーブ近郊にあるLHCによって、

ついに2012年7月4日をもって「捕捉発見」されることになるのですが、

この「素粒子」発見に至る<前史>とその目的(誤解を恐れずに簡潔要約すると、

物質に質量を与えている最終起原を探り出して、われわれ人類を含めた

この宇宙における森羅万象の起原の謎に迫る旅)探索の軌跡について

次章以下で詳細に解説されていきます。

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②「第2章 そのとき、ニュートン物理学は崩れた」

※本章では、そんな「素粒子」探索の過程で、

ニュートン(古典)物理学の世界観までが崩されていった

現代物理学における黎明期事情が、詳細に描写されています。

人類による<自然と物質の探究のはじまり>(本書47~49頁)

かなり古くから追究されてきた学問的課題でしたが、

まずは、古代ギリシアの賢者であるプラトンデモクリトスによる

著者独特のユーモア感溢れる簡潔な「対話問答戯曲」から

その「原子論」の素描が描かれています。

本書49~53頁ご参照のこと。)

この時代の「原子論」には、現代原子(素粒子)論の最前線から見ると、

まだ「素朴」原子論と称されていた頃のイメージ像が色濃く反映されているのですが、

ともかくも、人類が、超ミクロな物質に目を向けるに至った

<センス・オブ・ワンダー>の力には、ただただ畏敬の念を抱くばかりです。

「現代」人が、「現代」科学(だけに限らず学問を初めとするあらゆる世俗現象)によって、

この<センス・オブ・ワンダー(驚き恐れる感受性)>を日々剥奪されゆく現状を鑑みれば、

こうした「素朴かつ純粋」な感受性こそ回復させることが、

今ほど人類の未来のとって大切な時期もないでしょう。

ちなみに、「素朴」原子論とは、初等中等義務教育の科学教科書にも

記載されているような『物質をこれ以上分割し得ない限界点』を

『最小の原子単位』とみなす考え方のことを一般的には指します。

とはいえ、そのような「素朴」原子論はその後の科学観測技術の進展とともに

次第に薄れていくことになります。

つまり、本書における比喩表現をお借りすれば、「原子」の内部構造は

タマネギの皮のような階層構造となっているため、

これ以上「分割できない」とする原始的イメージ概念は、

現在では覆され続けているということになります。

そして、皆さんもご存じの「元素周期表」が19世紀中頃から

かの有名なメンデエレーフによって「分類整理」されていくことになるわけですが、

この「元素」は、最近も話題になったとおり、

まだまだ「新」発見がなされている途上にあります。

(ちなみに、原子」と「元素」は似て非なる概念とのことで

よく間違えやすいのでご注意下さいませ。)

この19世紀末期から現代に至るまで、その「原子(素粒子)」内部の

構造分析が数多くの科学者によって成し遂げられていくのですが、

その一々の詳細な解説は煩瑣ともなり、管理人の手に負えませんので、

本書での解説に委ねさせて頂くことにします。

何はともあれ、こうした「原子」内部を最小レベルにまで追跡探究していくと

ニュートン(古典)物理学が想定していたような世界観が

当てはまらないような領域が次第に見出されるようになります。

そうした過程で発見された新たな世界観を

うまく説明するための物理学的記述があらためて要請されることになります。

そこに、『量子物理学』が登場します。

その初期の発端が、ニールス・ボーアのごくごく素朴な疑問から始まったといいます。

その疑問点こそ、

『なぜ、電子は原子核に墜落して、押し潰されてしまうことがないのか??』でありました。

その疑問点が新たな科学革命の突破口となって、

次々と「現代」物理学は開拓されていくのでした。

そして、次第に「あらゆる物質は粒子としてまた波のようにも振る舞う」とする

『量子的な波』(本書70頁)としての量子波動論の夜明けが始まります。

(ちなみに、管理人も幼少の頃からたびたびお世話になってきた

最新刊(2017年2月号)の科学雑誌『ニュートン』における特集記事も

『光の量子論』であります。)

そして、この原子の内部構造をさらに追跡していくと、

原子「核」の中にもさらに層が存在しているとの理論予測も立ち、

「観測」による「事実確認」へと向かおうと進むのですが、

20世紀初期の観測技術ではそこまで追いつかずに

何と第二次世界大戦後の1950年代まで

その「宿題」が持ち越されることになりました。

そのような一見すると、戦争も含めた人類の「暗闇」の中にあって

その後の人類史に明るい「光」が差し込みつつある「兆し」が

一人の日本人物理学者によって提示されることになりました。

その日本人物理学者こそが、前にもご紹介させて頂きました

湯川秀樹博士であります。

この湯川秀樹博士による「理論」では、

『何が原子核をひとつにまとめているのか?』(本書72頁冒頭の<問い>)

説明するための力学的記述に焦点が当てられていくのですが、

その原子核をつなぎ止めるための「強い力」の媒介因子こそが、

当時、<中間子>と名づけられた粒子だったのです。

湯川博士は、『強い力を生じさせるためには、陽子と中性子のあいだを

行き来できる新粒子が必要だ』(本書75頁、74頁のイメージ図も

ご参照のこと)と考えられたのですが、その媒介粒子とおぼしき

物体が、1936年に<ミュー粒子>の名として発見されたのでしたが、

湯川博士の「予言」されたものとは似て非なるものだったようで、

実際には、『誤認逮捕』(本書75頁)だった結果に終わりました。

ちなみに、湯川博士が理論提示されるとともに「予言」された

この媒介粒子のことは、<パイ粒子>とその後呼び名されることになりました。

次章以下では、この「核力」とも称されることになる

媒介粒子の探究が細かく詰められていくことになるのですが、

1947年になって、ようやく待望の<中間子(パイ粒子)>が

宇宙線の利用によって発見されることになり、

その理論予測の正しさが実証されるに至りました。

この間の事情や湯川博士の人柄が活写された好著に、

『湯川秀樹の世界~中間子論はなぜ生まれたか~』

(中野不二男著、PHP新書、2002年)がございますので、

そちらもご併読されると、より一層この発見に至るまでの

博士自身の道のりや心情模様もともに辿ることが出来るでしょう。

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③「第3章 世界は右巻きか左巻きか」

※本章では、この湯川博士などが検証されてきた<パイ粒子>の性質や

<ミュー粒子>などの性質がさらに詳細に分析探究されていくことで、

現代「素粒子」の最前線へと導かれていくことになっています。

現代物理学における自然界に存在するとされる力には、

大きく4つあると考えられていますが、

本章を読み進められるに当たっては、

当面は、この<パイ粒子>と<ミュー粒子>を主人公として

その性質の理解に迫られると理解も促進されるものと思われます。

この<パイ粒子>も量子物理学用語で頻出してくる「量子ゆらぎ」や

対称性」といったキーワードで解説されていくのですが、

いずれにしましても、自然界の「超」ミクロな物質世界では、

「スピン」といった回転が起こっていたり、

きわめて短時間に生起する「瞬速」による生成消滅現象を繰り返す

素粒子の実態が解明されるようになってきた過程が、

本書の著者レーダーマン博士の研究業績のご紹介と

その「新」発見に至る個人的回想などを通して描かれています。

「対称性」理論につきましては、

最先端の量子物理学的世界観では、

「超」対称性理論(「対称性の破れ」現象も含めて)が主戦場として

様々な論争が繰り広げられているそうですが、

その「対称性の破れ」現象に関する詳細な解説は

ここでは省略させて頂くことにします。

とはいえ、「文系人」にとっては、

非常にわかりにくい「対称性の破れ」理論ですが、

著者は、「文学・詩的感覚」にも非常に秀でた才能をお持ちで、

『鏡の国のアリス』などの話題を活用させながら、

「文系人」にもそのイメージ像がうまく引き出せるような工夫が施されています。

『<鏡>の内と外の世界では、まるでものの見え方が違う!?』というたとえ話から、

「対称性」を<鏡映対称性=鏡映変換のもとで不変>と言い換えたり、

『右と左を交換しても何も変わらないことを、「パリティ」[あるいは

パリティ対称性]という。』(本書90頁)と表現したりすることで、

自然とこの「対称性」理論の奥深い本質部分へと誘われていきます。

このような「対称性」理論の素描ですが、実際の自然界では、

もちろん、「対称性」で「完結」しえていないことも次第に判明してきました。

それが、「エネルギー量」と「物質量」の微妙な「差異」として

「超」ミクロな世界では現れ出る現象のことを指して、

「量子ゆらぎ」の中での「対称性」の「破れ」といったイメージ像で

その「粒子」の物理空間内における「やりとり」(つまりは、相互交換=

生成消滅現象の一連の流れ)としてわかりやすく提示されていきます。

そして、この「パリティ対称性の破れ」がなければ、

われわれ人類がこの世に存在し得なかっただろう事実も強調されています。

ここからさらに、今まで軽視されてきたという<ミュー粒子>の解体分析が

追究されていくわけですが、

その過程で、レーダーマン博士がノーベル物理学賞受賞のきっかけとなった

<ミューニュートリノ>の発見などにつながっていったようですね。

そして、その<素粒子のさらなる内部に巣くう素粒子>探索を

重ねていった結果、その<素粒子>をこの世に存在させ得るに足りる

「質量」の起原へと解明の対象が絞られていくことになりました。

その手がかりとなる<素粒子>こそが、

本書の主人公である「ヒッグス粒子」であります。

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④「第4章 相対性理論の合法的な抜け道」

※本章では、皆さんも義務教育で学ばれたであろう

「質量と重さの違い」や

「エネルギー保存の法則」のややこしい世界について

ミクロ世界における解析の結果、

判明してきた知見が紹介されていくことになります。

その解説の道中で、アインシュタインの「相対性理論」に関する

具体的内容について触れられています。

とはいえ、この「相対性理論」をもってしても理解が及ばない領域が

本書の主題でもある「質量」の起原であります。

この「質量」の定義も論者によってたびたび異なり、

議論も錯綜してきたため、

簡潔な要約はなかなか困難なようですが、

そこを著者は明快に『質量は物質量の尺度』(本書131頁)と

一言で定義付けなさっていますが、

それでもなお、『だが質量とは結局何なのだろう?』との問いは

残されたままだと語ります。

とはいえ、大雑把にその答えを提出すると、

『実は質量とは、ある物理現象のことなのである。質量には原因がある。

質量は、より深く、より根本的な何かから、「生じ」ているのだ。』(本書131頁)

それでは、その根本的な原因とは一体「何者」なのでしょうか?

言い換えるなら、「万物」の根源にある質量の大本には、

「質量ゼロ(無)」の真空間が存在するのでしょうか?

「自然界は、どうやら、真空を嫌うようだ」との見立てもある中で、

マクロ的に見れば、<局所偏在的>であり、

ミクロ的に見れば、<非局所遍在的>だともイメージされています。

その「真空」も『それ自体が複雑な構造を持つ、ひとつの量子状態』

言い換えると、『最低エネルギー状態(基底状態)』らしいとのことで

粒子の性質の究極のところで、『真空が泡立ち、波打っているもの

(真空の「励起」状態と表現される)』とのこと(本書150~151頁ご参照)で、

「超」ミクロレベルにまで至れば、

ある種のホログラム状態のような時空間が広がっているとの見立ても

論者によっては、「仮説」提唱されているところです。

現実的には、私たちの人間が暮らすような時空間レベルでは、

そのような見立てもあまり意味をなさないようで、

「非」現実態様とも思われますが・・・

自然(この宇宙)に「隠されている」秘密のベールを一歩押し開けてみると・・・

そこには、「あっ」と驚くような時空間が広がっているのでしょう。

このように分析考察を推し進めていくと、

この世において、ごくごく稀に見るような「不思議」な物理現象も

その「背後」に潜んでいた説明可能な合理的物理現象であって、

いわゆる「霊的現象」とやらも、何らかの「物理的エネルギー現象」として

その生起メカニズムが解明される日も近いのかもしれませんね。

とはいえ、ここではあくまで「科学的」な見地からの話題であって、

「宗教(精神・心理学)的」な見地からの話題ではありませんので、

そのあたりは一般読者の方には混同誤認されませんようにお願いいたします。

いずれにせよ、現段階では、「わからないことだらけ」ではありますが、

このように科学的探求心を真摯に究めていけば、

「変なもの!?」に騙されずに済む利点が科学にはあることは確かです。

まとめますと、「ヒッグス粒子」も、その「質量」の起原に迫るための

端緒にしか過ぎず、この先にも「まだ何かが存在し得ているだろう」との

推測から新たな「仮説」が打ち立てられ、

さらなる「実証」研究が積み重ねられていく見取り図が描かれています。

「その最果てに人類が垣間見るモノやコトとは??」

そこに管理人の興味関心ある領域も広がっているのですが、

おそらく私たちが生きている程度の時間では、

未解明のままに終わることは間違いありません。

この宇宙に存在し得るおよそあらゆる森羅万象の実態が「解明」された方が良いのか、

それとも、「未解明」のままの方が、私たち人類にとっても森羅万象にとっても

幸せなことなのかは文字通り蓋を開けてみなければわかりませんが・・・

いずれにしましても、その「全貌」を解明し得たとして、

その宇宙から送られた贈り物をどのように活用していくかが

未来の人類における行く末を決定づけることだけは確かでしょう。

それにしても、最初に「知性」を宿した人類によって見立てられた

世界観の中にすでにこの宇宙には、陰陽という名の「対称性」と

その崩れである「未明混沌」という名の「破れ」イメージでもって

直感的にイメージされていたことを鑑みると、

現代の最先端物理学にも遜色ない「超」知的分析考察力があったことは

誠に驚くべき洞察力ですね。

人類のご先祖様には畏敬の念を抱きます。

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⑤「第5章 初めに質量あれ」

⑥「第6章 何もないところになぜ何かが生まれたのか?」

⑦「第7章 星が生まれた痕跡」

※第5章から第7章にかけましては、

より専門的な解説が続きますので、

ここでは省略させて頂くことにします。

いずれにしましても、この数章からは

「エネルギー(波動)と物質(粒子)の相関関係」や

「質量」の起原についてのさらなる詳細な追加解説がされています。

ただ、特に注目すべきテーマが、「弱い力」に関する話題で、

現代量子「力学」では、この「ヒッグス粒子」とともに

ヒッグス場」のさらなる先へ向けた探究や

標準理論」に伏在する限界(本書202~217頁あたりが

著者の腕の見せ所)をいかにして克服すべきかなどの

理論と実証との整合性始末に今後の課題があるといいます。

また、ニュートリノ観測に多大な功績を与えることになった

『日本のスーパーカミオカンデの活躍』(本書232~234頁)も

読みどころです。

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⑧「第8章 加速器は語る」

※そして本章では、再度このLHCを含めた「加速器」の役割について

強調されています。

この章では、著者なりの今後の研究課題に関する抱負や

米国における研究開発の方向性など、

日本人にとっても刺激されるであろう話題が満載です。

そのような宣伝効果は多少あれども、

日本や米国といった「国籍」や「旧来の陋習」に囚われずに、

各自で人類のより良き未来へと向けられた相互研究が積み重ねられていくことで、

科学技術が人類の福利の向上に貢献することが叶うならば、

「科学には未来がある!!」と申せましょう。

そのあたりを管理人も人類の一員として応援し、期待もしています。

また、「加速器」におけるもう一つの利点が、

『究極に安全な原子力発電が生まれる』(本章254~256頁)と

題する一節で紹介されており、

「脱(反)原発」か「(あくまで現状のままでの)再稼働」かで

世論が激しく揺れ動いてきた日本の現状を鑑みると、

少しは頭を冷まさせることになり、

より良き新たな原子力エネルギーの活用(とりわけ、

その「平和利用」)について建設的な議論を

喚起していくための題材ともなってくれることも期待されます。

管理人も当ブログを通じて、「原子力エネルギーと一口に言っても

多種多様なものがあるようですよ・・・」と冷静に

皆さんに考えるための素材を提供させて頂いてきたのも

こうした側面に主眼があります。

「科学を政治イデオロギーに転用してはなりません!!」

そういう点でも、著者も本書最終部で強調されるように

良質な科学教育やそこから獲得されていく科学リテラシー能力の

実践共有が、今後の科学社会発展の鍵を握ることは確かなところです。

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⑨「第9章 ヒッグス粒子を超えて」

本章が、著者の最強調部であり、最終結論になります。

そこでは、経済的側面だけに縛られないための柔軟な発想が

要求されるとの問題提起がされています。

それでは、本書ご紹介の仕事は済ませましたので、

項目をあらためて再度、

この論点(基礎研究投資と科学教育の重要性)について

一通り語らせて頂いたところで、

今回の記事の締めくくりとさせて頂くことにします。

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※注釈

※訳者解説<量子物理学に今、革命が起ころうとしている>

<科学探究の心>を磨き続けることが、あなたの傷ついた心を 治癒させてくれるでしょう!!

本書で著者が強調されていた「科学教育」の重要性を

管理人もまた強調させて頂くのも、

大人(政治経済的振る舞いに終始しようとする志向性を

否応なく持たされることになってしまう社会人)になってからも

子供の頃と変わらぬ純粋な知的好奇心(童心)を忘れ去ることなく、

生涯育て上げてくれるからです。

つまり、「価値観(世俗的イデオロギー)論争」へと極度に介入し、

自らの人生課題を見事に忘れ果て、批難中傷合戦に巻き込まれ、

自他共に傷つき傷つけ合うような

凄惨で実りのない消極的人生になってしまうことを

回避する知恵を与えてくれるところに

「科学本来の面白さと利点」があるということです。

そのためにこそ、

「基礎研究投資」と「科学教育」に十二分な理解と経済的支援の

手が差し伸べられなくてはなりません。

なぜなら、平和と繁栄を促す本来の経済「成長」へと発展していくからです。

このところ、この経済「成長」論は分が悪いですが、

「成長」といっても、「量から質の時代へ」が世の流れであります。

そこで、この「成長」を計る尺度としての「GDP」評価基準についても

近年少しずつ変わりつつあるとのことです。

現在若者を中心に、

これまでの経済的価値観が根本的に転換されようとの見通し議論も

盛んではありますが、個人的努力だけでは限界もありますし、

「個人単位の行動としては正しくても、社会全体としては、

さらなる窮乏状態に追い込まれる!!」(経済学用語では「合成の誤謬」と

称します)では、元も子もありませんね。

これまでの「成長」としては、上記GDP評価を中心とする

「パイの拡大と奪い合い」が主流的見解の底流を成していましたが、

その「所得」評価を今後とも「目に見える化」しやすいGDP評価に

頼るとしても、個々の「所得」が豊かになり得る持続可能な経済発展を

基礎づけ得る科学技術力と基礎研究開発力が必要十分条件であることに変わりありません。

そのような経済「成長」を可能とする基盤づくりのためにも

正しい科学技術活用法の探究や

科学に対する理解力を相互に高め合う努力が欠かせません。

いわゆる「公共投資」の本質も、

個人(民間)では背負いきれない「力水」の役割を果たすことにあります。

翻って、教育の世界でも、幅広い思考力の要請が叫ばれ続けています。

そのためには、「視野」を拡張させる日々の「知的トレーニング」も

欠かすことが出来ないのです。

もはや、「文系」だとか「理系」だとか「クラス分け(選別)」する時代は

終わりました。

今後のAI(人工知能)社会を展望して

そのような発想をする著書も続々と「ベストセラー入り」を果たしているとも

聞きます。

それだけ、一般人の間でも

科学に対する潜在的な興味関心需要があるということでしょう。

とはいうものの、管理人も学生時代に受験などの「便宜」的措置として

「文系」に選別され(とは、自主的判断や責任を放棄したような物言いですが・・・)、

理数系分野に対する不必要なまでのコンプレックスを抱くような青春を

過ごすことになってしまいましたが、

本心は、今でも子供の頃のような「科学愛好者」の一人であります。

「数式記号」は苦手でも、理数系学問に関する興味関心度は

子供の頃から変わりません。

そのような知的嗜好性が管理人自身の「生きる糧」となってきたこともあって、

まだまだ理系分野の奥深さには精通仕切れていません(学問に終わりはなし!!)が、

個人的努力と今後ますます高まるであろう理数系分野の書籍市場「需要」も見込み

精一杯の力を振り絞って、今後とも「理系」図書を積極的にご紹介させて頂く予定ですので、

時に「理系」読者様の有意義なご提言など頂きながら、

より良き改善へとつなげていきたいと願っていますので、

末永くご愛顧のほど宜しくお願い申し上げます。

『双龍天翔』ブログは、志豊かな方ならどなたでも歓迎しますし、

皆さんとともに育て上げていきたいと願う書評ブログであります。

『各人の努力が報われ、遊び心も兼ね備えた正直な勤勉者が報われるために・・・』

『みんなはひとりのために、ひとりはみんなのために!!』

アレクサンドル・デュマ著『三銃士』の一セリフから)

ともに「飛翔」して参りましょう。

ということで、

「理系思考」は未知の世界を開拓する勇気と知恵を授けてくれるということから、

本年は二回にわたって、まずは理系書から「初仕事」を開始させて頂きました。

このように魅力的な書ですから、

皆さんにも是非ご一読されることをお薦めさせて頂きます。

なお、「質量」の起原については、

『質量はどのように生まれるのか~

素粒子物理最大のミステリーに迫る~』

(橋本省二著、講談社ブルーバックス、2010年)

「ヒッグス粒子」については、

『ヒッグス粒子の発見~理論的予測と探究の全記録~』

(イアン・サンプル著、上原昌子訳、講談社ブルーバックス、2013年)

さらに、「対称性」理論については、

『対称性から見た物質、素粒子、宇宙~

鏡の不思議から超対称性理論へ~』

(広瀬立成著、講談社ブルーバックス、2006年)

『超対称性理論とは何か~宇宙をつかさどる究極の対称性~』

(小林富雄著、講談社ブルーバックス、2016年)

差し当たってのご参考文献として掲げておきます。

読者の皆さんの好みと理解のしやすさを考慮されながら、

各人各様の読み進めやすい「入門書」とともに

本書をご一読下さると理解も促進されやすいでしょう。

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<最後に受験生へ一言応援メッセージ>

特に若き受験生の皆さんにおかれましては、

本日は「センター試験」初日だという方も多いのではないでしょうか?

勝負の幕開けということで、この大寒波にも負けずに

お体をご自愛されるとともに<念には念の>最後の確認作業を怠りなきよう

老婆心ながらご声援を送らせて頂きます。

『何事も最後の最後まで粘りと勝利への確信が成(合)否の分水嶺です!!』

それぞれの「飛翔」へ向けられた精一杯の努力の成果が報われますよう

心からそのご健闘をお祈り申し上げています。

『頑張れ!!受験生。今年も<双龍天翔>は志高き若人を応援します・・・』

最後までお読み頂きありがとうございました。

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One Response to “『量子物理学の発見~ヒッグス粒子の先までの物語』レオン・レーダーマン博士が問いかける基礎研究投資の重要性!!”

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