野崎昭弘先生の『人はなぜ、同じ間違いをくり返すのか』 過度の<間違い恐怖症>が人間の進歩成長を阻む!?

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『人はなぜ、同じ間違いをくり返すのか』

数学者野崎昭弘先生が教える「間違い」を生かすヒント集です。

日本人には、過度に失敗を恐れる傾向があるようです。

失敗を招いた原因を徹底分析し、

間違いの再発予防を目的とした事後検証作業を

怠るといった甘い傾向もあるようです。

そんな問題意識が強まる中、

最近も『失敗の本質』という古典的名著に

注目が集まっています。

今回は、この本をご紹介します。

『人はなぜ、同じ間違いをくり返すのか~数学者が教える「間違い」を生かすヒント~』(野崎昭弘著、ブックマン社、2014年初版第1刷)

野崎昭弘先生(以下、著者)は、

超ロングセラー名著『詭弁論理学』(中公新書、1976年)

『逆説論理学』(同上、1980年)の著者として知られる数学者です。

管理人も大学入学後の「論理学」に関する一般教養科目での講義が、

とかく無味乾燥で退屈な授業となりがちなところ、

多少は面白さを得られるのではないかとの思いから、

この両名著には大変お世話になりました。

(今もお世話になっていますが・・・)

ご専門は、コンピュータアルゴリズム論や計算量理論、多値論理学などの

主に「論理学」分野に大変造詣の深い数学者であります。

また、『はじまりの数学』(ちくまプリマー新書、2012年)などを通じて

現代日本における数学教育のあり方について、

数多くのご提言もされてこられました。

邦訳書にも、これまた古典的名著ともなった

ゲーデル、エッシャー、バッハ~あるいは不思議の環~』

(ダグラス・ホフスタッター著、柳瀬尚紀他共訳、白揚社、1985年)など

多数ございます。

さて、今回は、今話題の<失敗学>について、

著者の視点を通じて、皆さんとともに考えて参りたいと思います。

つい最近でも、

古典的名著『失敗の本質~日本軍の組織論的研究~』

(戸部良一他共著、中公文庫、1991年)が話題となったことから

再び<失敗学>に注目が集まっています。

「なぜ、人間あるいは組織は同じような失敗をしばしばくり返すのだろうか?」

「同じ失敗をくり返さずに済ませるためには、

いかなる考え方や取り組みが効果的なのだろうか?」

このような失敗に対する傾向と対策には、誰しも興味関心があるテーマだと思われます。

管理人も人間ですから、当然に日々過ちをくり返してしまいます。

そんなこともあって、<失敗学>から教えられることが多い

日々を過ごしています。

<失敗学>に関する差し当たってのご参考文献も

後ほど記事末尾にてご紹介させて頂く予定でいますが、

「失敗は人間には絶えず付きまとうもの」

「人生で失敗を一度もしない者などいない」

「されど、失敗をしなければ学び取ることが出来ないこともある」

そこから、失敗する確率を最小限に抑える姿勢や対策法を

ご一緒に学ばせて頂くとともに

日本人が一般的に持つとされる過度の失敗に対する恐れを

少しでも軽減させながら、(再)挑戦する勇気を養っていこうとの趣旨で、

今回は、この本を取り上げさせて頂くことにしました。

今回初めて新カテゴリーとして、<失敗学>を導入させて頂きました。

今後とも皆さんにとっても有益な視点をご提供させて頂くことが

叶うのではないかと思われる<失敗学>に関する多種多様な書物を

ご紹介していく予定でいますので、乞うご期待のほど宜しくお願い致します。

それでは、皆さんとご一緒に<失敗学>の世界へと出かけましょう。

過ちて改めざる是を過ちと謂う(『論語』衛霊公)

それでは、本書の内容構成の要約をさせて頂くことにしましょう。

①『はじめに-間違えることは怖くない』

※<はじめに>で、著者の本書における問題意識が提示されます。

「間違えなければ、本当にはわからない」

(故山口昌哉京都大学教授、本書3頁)という言葉から

間違いの本質へと迫っていきます。

現代日本における教育現場では、正解が一律に決定された問題を大前提に

「唯一」の正解肢を選択判断させることで、「問題解決型能力」を計ろうとする

訓練がなされてきました。

とはいえ、そこでは、「理由」づけについてまで、

「唯一」の正解肢が用意されているようで、

いわゆる「模範解答例」ばかりを機械的に記憶させられるような学習過程を称して、

<人間>教育とみなしてきたのが、これまでの教育実態だったように見受けられます。

そうした典型例が、少しずつ変化の兆しが見えつつあるとはいえ、

基本的には、「○×」方式のセンター試験ですね。

一方で、「人間は、間違いながら学習し、軌道修正を図る動物」であるにもかかわらずに、

一度でも失敗すれば、<極度なまでの>「道徳的な過ち」(本書4頁)を

犯したような気にさせられたりして、

後々の人生行動にまで尾を引くような習性が身に付いてしまう傾向にあります。

特に、生真面目で素直な人間ほど、このような傾向に悩まされ続けるようです。

しかし、何度も繰り返すようですが、

「人生で一度も過ちを犯したことがない人間など、一人もいない!!」のが現実です。

また、そのような性質こそ、人間の本質だとも考えられます。

さらに、現実の世界では、「唯一」の「正解」などはなく、

制約された与えられた諸条件の中から

より適切で望ましいと考えられる「近似的解答」を求めることでしか

問題解決を図ることが叶わないのが自然により近しい実態であります。

ですから、常に「誤謬」が混じってしまうことを大前提に

その「誤謬」という名の<失敗事例>から学びながら、

修正し続けていくことでしか

人間における学習能力の進化発展は成し遂げられないことになっています。

<失敗事例>にも一見して<成功>により近い事例もあるのでしょうが、

このように「誤謬」が必ず含まれることから、

私たち人間は、「大成功!!」などと糠喜びしていては、

思わぬ「落とし穴」に嵌り込んでしまうことにもなりかねません。

故に、学び問い続けるほどの人間には、常に「知的謙虚さ」が厳しく要請されます。

ここから導かれた重要な教訓は、<失敗>にも<成功>にも

それぞれに段階があるということであります。

そして、このような視点を持つことが、

今後の未来経済における「人間と機械(AI=人工知能)」との協働生活を

営んでいくうえでも、重要論点となることと思われます。

人間と機械における諸能力が、急接近しつつあるとはいえ、

決定的差についても、精確に理解しておく必要もあるでしょう。

そのあたりは、人間における脳の働きから研究が進められてきた

「深層学習(ディープ・ラーニング)」に関する

より詳細な比較分析考察から明確化されていくことになるのでしょう。

そんな憂慮を「意識=心」ある多くの人間が抱くようになってきたからこそ、

上記のような旧来型教育学習法を克服改善しようと意欲する

「積極参加型学習(アクティブ・ラーニング)」にも

注目が集まっているのではないでしょうか?

このような問題設定からの分析考察は、

後ほど項目を改めて、管理人自身の日々の仕事体験からも

語らせて頂くことにします。

まとめますと、著者もまた、

単に上記のような予め「正解」と「模範解答・解説例」が

決まっているような問題ばかりを解き続けることのみでは、

人間として本当に大切な「考える力」や

「物事を深く理解することのできる<わかる力>」を

現代日本教育の典型的指導法では

十二分に養成することができないのではないかと憂慮されています。

本書では、そのような問題提起も兼ね備えた

<失敗学>と<現代日本教育批評>に関する建設的提言ともなっています。

『間違いは「本当にわかる」ための大きなチャンス』(本書5頁)ということで、

私たちが、いかに「間違い」に真摯に向き合いながら、

「同じような」失敗をくり返さずに人間的成長を遂げていくためには、

いかなる視点や姿勢が必要不可欠となってくるのかに関するテーマに絞って

次章以下で、さらに様々な観点から

<間違いに正しく向き合うためのヒント>が提示されていきます。

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②『第1章 人は間違える動物である』

※まず本章では、著者の<「間違える」とはどういうことか>ということの

定義づけから問題分析が始まります。

『「間違い」とは、いくつかの選択肢があって自主的に選べる場合に、

そこで「最適でないものを選ぶ」ことである。』(本書13頁)だと宣言されます。

本章では、人間と他の生物やコンピュータ(機械)との違いにも

触れられていますが、

現時点では(あくまで人間中心主義的観点=人間原理からですが)、

それらとの決定的差こそが、

人間に備わった「知的能力」だとされています。

厳密な分析考察を深めていくと、

最前線の研究からは、他の生物やコンピュータにも

学習回路が備わっていることが徐々に明確に示されてきていますが、

「適宜考え、予想しながら、<柔軟に>行動修正を図っていく」ことにかけては、

人間に有利な能力だと考えられているようです。

この<柔軟さ>が一つのキーワードとなりますが、

「本当に、人間には、<柔軟さ>が備わっているのだろうか?」と

日々の自分自身の行動姿勢をあらためて反省・検証してみると

言葉に詰まってしまうのも正直なところです。

「それでは、人間は、時になぜ、<柔軟>になれず、硬直した思考癖や

行動癖へと自らを誘導してしまい、同じような失敗をくり返してしまうことに

なるのでしょうか?」

この問いが、本書全編にわたる問題設定であります。

この問いをさらに深く探究していくと、

やはり、人間の性格に行き着いてしまいますが、

この論点を「論理学」と「心理学」の観点からタイプ別に分析したのが

次章のメインテーマになります。

本章であらためて<気付かされた>ことは、

一見すると、「コンピュータエラー」と思われるミスも

その大多数が、「ヒューマンエラー」といった

人為的ミスが積み重なることによって生起してくる現象が

多いということです。

この教訓から、項目を改めた箇所でも語らせて頂きますが、

「機械任せにしてはならない」ことや

「人間によるミスを機械の責任にすり替えてはいけない」ということが

読み取れます。

人間による「手動チェック」をする際にも、

その「手動チェック」すら、

常に「誤謬」を抱え込んだ人間が行うことですので、

100%の「ヒューマンエラー」を防ぎきることは不可能だということを

意識の片隅に置く<注意判断力>を磨き続ける意志力こそが、

ミスを可能な限り最小限に抑えていく分岐点となるということです。

また、「コンピュータ」の思考回路が、

いかに自動制御機能を兼ね備えているとはいえ、

もともとは、人間によってアルゴリズム(思考回路=論理的手順)の

枠組みや方向性が決定づけられていることから、

自ずと「限界」も含まれているということであります。

そのあたりは、著者のご専門であるアルゴリズム論の中心論点である

P≠NP問題」にも絡むテーマだということで、

その詳細にご興味関心のおありの方には、

『「P≠NP」問題 現代数学の超難問』(講談社ブルーバックス、2015年)

ご一読されることをお薦めします。

「では、さらなるミスを最小限に抑えていくための秘訣とは?」

そんな簡単な「秘訣」などないようですが、

少なくともなるたけ早い段階で「さまざまな無数の小さな問題」(本書48頁)に

<気付き>、その「原因」を徹底調査することで、

被害を最小限に食い止める姿勢を日々意識しながら磨いていくことでしか

そのような予防能力は身に付かないようです。

このあたりの事情を分析した法則に、

<失敗学>の著書などで紹介されることの多い

ハインリッヒの法則(俗称:ヒヤリ・ハットの法則)」があります。

この事前「予兆」に気付く力こそが、

「大きな」失敗や事件・事故につながる原因をつみ取ってくれる

最大の防御壁となってくれます。

この「ごくごく些細な違和感」に気付くことができるか否かの

初動における判断ミスの積み重なりが、

やがて取り返しがつかないほどの「命取り」ともなりかねないだけに

<鈍感力>ならぬ<敏感力>を常日頃から養っておく訓練も

積んでおかなくてはなりません。

本当は、この能力磨きこそが、人間教育には不可欠な視点なのですが、

成熟し過ぎた文明社会を当たり前とみなす行動癖が身に付いた

現代人にとっては、なかなか難しい課題ともなっています。

「自然界は、そんなに甘くない!!」という意識が、

どうしても殺がれてしまっているからですね・・・

「そのような甘い認識からいかにして脱却していくべきか?」

この問いは、管理人を含め現代人にとっては、

非常に厳しいものがありますが、

「荒行」とまではいかなくても、模擬演習としてでも、

何らかの形で訓練を積み重ねながら、高い意識づけを刷り込んでいくことでしか

その種の「知的判断能力」に磨きがかからないようです。

現代人は総じて「頭」で考えることを「知力」とみなす見方が強いようですが、

「体」を使った総合格闘<智>も「知力」であるとする広い見方に

転換していく必要があります。

いずれにせよ、「頭」だけで考えた「図上演習」だけでは、

「実地」で大いに苦しめられることになりかねません。

そのあたりの歴史的教訓も、著者なりの戦争から学ぶ<失敗の本質>として、

本章48~51頁で強調されています。

その意味でまとめますと、

教育とは誠に「命がけ」で取り組まなくてはならない学習課題だということです。

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③『第2章 「間違い」の本質を探る-どんな人が、どんな間違いを犯しやすいか』

<7つの思考タイプからわかる「間違い」の特徴>

・落雷型-なにかひらめいたらすぐにそれに飛びつく

・猫のお化粧型-同じことをくり返してばかりいて前に進まない

・めだかの学校型-群れるのが好きで付和雷同に慣れている

・這っても黒豆型-頑固一徹で自分の間違いを認めようとしない

・馬耳東風型-反対意見も賛成意見も聞こえる都合のよさ

・お殿さま型-下々の痛みや苦しさが理解できない

・即物思考型-抽象的なことを考えるのが大の苦手

※本章では、このような<7つの思考タイプ>から

人間における<間違い>を犯しやすい性格分析がなされていきます。

それぞれの詳細な解説は、本書をご一読頂くことにしまして、

このような性格は、各人各様に、濃淡はありながらも、

それぞれのタイプが入り交じっているのが実状です。

ですから、どれか一つのタイプだけが、自分の性格だと狭く解釈して

「わかったつもり」に浸るだけに止まることなく、

その性格分析から自分なりにも冷静に日頃の思考癖や行動癖を

見つめなおしながら、行動分析・修正に役立てていく姿勢こそが、

<実践課題>だということになります。

本章が、著者の本書における「売り」でもあるようですので、

詳細な解説は省かせて頂くことにしますが、

特に重要なことは、

『・「自分だって間違っているかもしれない」という発想を、

つねに頭に置いておくこと

・人の意見を聞くときには、「この人は何を言いたいのか」と

理解しようとすること

この2つを心がけるだけで、間違いを犯すことが少なくなることが期待』

(本書103頁)できるだろうと強調されている点にあります。

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④『第3章 「間違えること」の意義-考える力を養うために』

※本章では、<現代日本教育批評>の観点から

なかんずく、受験を最終「出口」とする教育体系に比重が置かれてきた

従来の教え方・学び方姿勢に一石を投じられています。

言うまでもなく、教科書での「例題」や「受験」では、

予め「正解」が決められています。

そうでなければ、公正な選抜や「合否」の判定基準、

入学試験にかける様々なコストがかかりすぎるといった

諸事情もあるからです。

また、社会では、予め確定した「正解」があるとも限りません。

そんな不安定な文脈の中でも、暫定的ながら、

とりあえずの解答を出しながら、

試行錯誤してその「場」に相応しい解答なのか否かを

絶えず検証していく姿勢に迫られます。

そこでは、「大きな」失敗(つまりは、自他ともに多大な損害となる致命傷)は

許されませんし、可能な限り回避しなくてはなりません。

そのような「不確定」な現実社会では、

どうしても、行動が萎縮してしまいかねません。

それどころか、「間違い」を犯すことを極度に恐れることから

<事なかれ主義>といった安定的思考癖に身を委ねてしまうことになります。

「間違い」が起きるよりも起きない方が、確かに心地よくはありますが、

そのような姿勢からは、何も創造され得ません。

また、「思考停止」状態へと容易に陥り、

問題の本質へとそれ以上深く関与していこうとする

積極的追究姿勢が養成されることもあり得ません。

そのような行動姿勢や思考癖が深く身に付いてしまった「大人(社会人)」に

完全になりきってしまった段階では、なかなか<柔軟さ>を回復させる

しなやかさ(最近流行りの言葉で表現すると<レジリエンス>)に

意識を向けることも難しくなります。

言い換えますと、「頭が錆びつき、心も体もカチコチ」状態が

「常態」になってしまっているからです。

ひとたび、そのような「常態」に心地よさを覚えてしまえば、

「間違い(失敗)」を誘発しかねない挑戦などに

意欲的に取り組もうなどという気は起こらなくなるでしょう。

そのような姿勢が深く身に染みついてしまうと、

安定的に思われた行動や思考も

かえって危険な状況へと追い込みかねません。

大袈裟な表現になりますが、

時と場合によっては、生命まで奪われることにもなりかねないのです。

「では、なぜ、このような致命傷に至るまでの大きな失敗へと

逆に導かれていってしまうのでしょうか?」

それは、比較的<柔軟に>物事に挑戦できた人生の初期時節に

「小さな」間違いをくり返しながら、その「間違い」から学ぶ姿勢を

身につけてこなかったからです。

そうした人生の時間軸で見ると、

<学校は「間違い」が許される場所>(本書108~112頁)ということに

あらためて気付かされます。

本章では、そんな教え方や学び方をあらためて問い直す重要論考が

提示されています。

実社会では、あまり思考に時間をかけすぎていては、

かえって「致命傷」にもなりかねない場面も数多くあることから

「思考の節約」にも一応の合理性がありますが、

いつもそのような節約を心がけていては、それ以上の進歩発展も望めません。

それが、創造性の分野です。

すでに出来上がった土台をフル活用させた「節約」志向も

<企業継続性の原則>からは重要な経営判断の法則となりますが、

企業における商品・サービス開発では、

絶えずの「新規」事業開拓・投資をしていかなくては、

早晩「倒産」の憂き目にも遭遇しかねません。

この観点から見ると、「大企業」や

市場優位性の高い「中小規模の企業」では

かえって、そのような危険性に気付く機会にも鈍感になってしまうようですね。

そのように硬直しつつある企業風土に

「いかに新鮮な息吹を吹き込むか?」も問題意識の高い経営者や従業員であれば

興味関心があるところと思われます。

現実の企業では、「学校」とは異なり、

なかなか「小さな」失敗ですら許されないことでしょう。

とはいえ、その「小さな」失敗が、「大きな」失敗を防いだり、

新たな「ひらめき」を生み出すのだとしたら、

将来の「大成功の元」ともなり得ます。

そのような「小さな」失敗が許される「場」を

いかに設定していくかが経営者の方にとっても、

頭の痛い問題だと思います。

そうした「ひらめき」から新たな創造を生み出すヒントについても、

本章では紹介されています。

まとめますと、「問題解決能力」よりも遙かに重要かつ困難な能力が、

「問題<発見>能力」だということです。

その問題<発見>能力を磨くためには、

「理解する」段階から「わかる」段階へと飛躍しなくてはなりません。

そのためには、「現段階でどこまで理解できていて、

どこからが理解できていない箇所なのか」について、

きちんと把握しておく必要があります。

その緻密で粘り強い思考能力は、一朝一夕に身に付くものではありません。

それは、日頃からの鍛錬による「クセづけ=習慣」ということになります。

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⑤『第4章 「間違い」から何を学ぶか-どうしたら間違いを生かせるか』

※本章は、その「間違い」をいかに有効活用させていくかに焦点を当てた

最終章であります。

その姿勢としては、前向きな「反省」が欠かせません。

その真摯な反省を妨げるものとして、

著者は以下の3点を挙げられています。

・「犯人探し・責任のなすり合い」

・「成功体験」

・「プライド」

(本書148頁)であります。

こうして本書を読み進めてきますと、

<間違い>を生かすも殺すも「事後検証(事後処理の手順)」次第だという

結論に至りました。

その方法論に関するヒントについては、

本書に描かれていますので、ご一読して頂くとしまして、

最後に、日本人にとっては、

あまりディベート教育は役に立っていないのではないかという

問題提起(本書152~155頁)がありましたが、

確かに日本では、このディベート教育に関する本来の意図が

イマイチ理解されていないようで、相互の足の引っ張り合いだけにしか

つながっていないように見受けられます。

著者は、現実の社会では、『ほんとうの正解は、たいていの場合、

その(管理人注:「賛成論」と「反対論」の極論)中間にあるもの』

(本書155頁)と言及されていますが、それはそのとおりです。

ですが、管理人の見立てでは、このように「弁証法」的な視点で

より高い俯瞰的な視点で物事を練り上げていくような状況には

あまり成り得ていないことも多いようです。

現実には、それこそ「詭弁」が横行しているのが現実でしょう。

だから、「論理学」をテーマとした書籍でも、

昨今は、<すぐに役立つ>論理学として、

「詭弁」に人気が集まっているようですね。

管理人としては言うまでもなく、

このような昨今の風潮に異議を申し立てる立場ですが、

「もう少し、じっくりと腰を落ち着けて、多角的な視点から

物事を考え抜くことが出来ないものか・・・」と憂慮する点では、

著者とも、現状の日本におけるディベート教育に関する意見としては、

価値観を共有するものであります。

ただ、管理人も大学時代にディベート教育を公(ゼミナール)でも

私(サークル)でも受ける機会がございましたので、

その体験談から申しますと、

もう少し、ディベート教育の良さについても

深く触れて頂きたかったのです。

(そのあたりが、個人的には少しだけ心残りになったところです。)

このあたりは、またいずれ機会があれば、分析考察もしてみたく思いますが、

日本人の論争パターンを観察していると、

「勝ち負け」に拘りすぎる第2章の性格別タイプで言えば、

<這っても黒豆型>(本書80~85頁)が多いようです。

そのことは、テレビでの討論番組や国会論争を見ていても

感じさせられるところです。

あるいは、<付和雷同型>とでも言えば良いのでしょうか?

事柄の「本質」よりも、周りの「空気」を読みながら、

意見をあまり深く考えずに、「さっと」変えてしまうといった

その思考転換になった途中過程を説明する責任を果たさないで

先へ先へと「さらっと」進んでいく傾向があるようです。

このような姿勢を観察していると、

日本人には、

まだまだ一般レベルでのディベート教育の本質が

深く浸透していないようにも見受けられます。

それが、多くの方々を、いわゆる「価値観論争」に

否応なく巻き込み、巻き込まれてしまう原因にも

なっているのではないかと思われます。

そんな「反省」をも促す論考という点では、

著者の言い分には多大な価値があります。

管理人がディベート教育から学び得た利点は、

自らの価値観を絶えず別の視点から眺め直す訓練になったというところに

あります。

自分の立場を「反論」する視点から、

自分自身の論理の弱さを見抜くことも出来ますし、

意外な「盲点」が見つかることも多々あったからです。

まとめますと、著者が本書でくり返し論理展開されてこられたように、

「同じ(ような)」間違いをくり返さないためには、

・「視点を変えること」

・「ものごとを俯瞰して見ること」

(本書171頁)に尽きるということであります。

そのためには、多くの価値観に触れ合うとともに、

ただ「同調」するだけではなく、

自分なりにも一度は「ふるい」にかけて、

その価値観を洗い直す過程が必要になります。

その過程が、「じっくり考え、抽象化(つまり、上から見た俯瞰的視点)と

具体化(つまり、下=現場感覚から見た臨場的視点)との融合から総合判断」して

「決断」する思考であります。

このように言葉では簡潔に表現できても、

行動実践となるとやはり難しいものがあります。

その意味では、管理人も日々研鑽を積み重ねる「学徒」であります。

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⑥『おわりに』

現代資本主義経済の最難問「在庫調整問題」から<失敗学>を 考える!!

さて、本書の要約はこれにて一件落着ということで、

ここからは管理人の日常仕事から得た観察を通して、

<失敗学>の見地を取り入れた考察を進めさせて頂くことにします。

それが、皆さんにもご興味関心があろう「在庫調整問題」であります。

現代先進国資本主義経済社会での最難問が、

「在庫調整問題」だと指摘されて久しいですが、

現下の日本でも供給が需要を大きく上回る

いわゆる「デフレギャップ」にある状況だといいます。

①なかなか<供給分>が捌けないことから、

生産しても売れ残りが生じる・・・

②消費<需要>が生まれない・・・

③一方で、在庫コストや様々な社会経済的コストも積み重なる・・・

④「新規」投資や従業員に対する「教育」投資を差し控える・・・

⑤生産性が下落し続け、職場環境もますます劣悪化していく・・・

⑥供給「過剰」分が誘発する物価下落現象と

③の社会経済的コスト(例えば、輸出入コストや都市部での不動産コストなど)の

上昇等により、賃金をうまく上向かせることが出来ない・・・

(※特に「物流」関連企業では、この都市部での不動産コストは

より深刻になるようです。)

⑦結果として、またもや賃金が下落し続ける・・・

⑧中長期的な少子高齢化から「生産年齢人口」が減少しつつある過程で、

深刻な人手不足問題が生起してきているとはいえ、

それは一部の産業分野であり、大多数は「新規」採用や「教育」投資を

最小限に抑えてきた(いる)のが現状であります。

⑨そのような厳しい環境から人件費等を極度に節約し、

今ある人員で限度一杯まで働かせる・・・

⑩その結果、深刻な結末へと追いやられる事態へと発展していく・・・などなど

その他にも数え切れないほどの

「デフレギャップ(つまり、供給「過剰」問題)」が引き起こす諸問題があります。

このような<抽象的一般論>はさておき、

管理人の職場観察から得た<具体的>分析考察を試みてみることにします。

具体的には、現在、管理人が勤めている「物流」企業では

医薬品を中心に取り扱っているのですが、

「使用期限切れ間近」の在庫商品を得意先に卸していたことで

クレーム問題が発生したとの<失敗学事例>が耳に触れたのです。

得意先から見れば、そりゃ、「使用期限切れ間近」の

古いロット(製造番号のこと)商品よりも

使用期限に余裕のある新しいロット商品の方が良いに決まっていますよね。

卸側の当方から見れば、完全な「使用期限切れ」の商品でなければ、

一応の「余剰」在庫が捌けたということで一件落着かもしれませんが、

商品が商品(何と言っても、医薬品!!)なのですから、

一歩間違えれば、「大惨事」につながりかねません。

それは、医薬品に限らず、飲食品などの人体に影響を与えるような

「命に関わる」商品を取り扱っている企業では共通する重要問題事項だと思われます。

(※ちなみにここでは、いわゆる<ジェネリック医薬品>とは区別して、

一般的な「使用期限切れ(間近)」医薬品問題について

批評させて頂いていますので、ご注意下さいませ。

<ジェネリック医薬品の問題点>については、こちらのサイト

有益な情報を提供して下さっていますのでご参照願います。)

「それでは、このような問題の再発を予防するためにはどうすれば良いのか?」

この問題点を考えながら、「派遣(非正規)」の身ながら、

同僚先輩とともに建設的提案を試みてみたのでしたが、

その効果的回答は得られずじまいで、「それっきり」になってしまっているようです。

このあたりの「風通しの悪さ」も<失敗学>の見地から見た場合、

「大」問題であるようです。

ちなみに、POSシステムも当然ながら「導入済み」なのですが、

コンピュータに任せっきりで、人員による在庫商品置き場の定期点検は

決算期における棚卸し点検を除いては、疎かになっているようです。

(もっとも、<ようです>と慎重に表記させて頂いたのは、

「正規」社員ではない外部から観察した程度で、その内部事情を

四六時中見て回って評価判断できる立場でもなく、公平な論評にはなりませんが、

上記のような効果的回答が得られなかったり≪ただ、まだ聞き置いてくれるだけ

他社に比べれば<まし>かもしれませんが・・・≫

「使用期限切れ間近」商品が大量発生したり、その在庫管理の仕方に

杜撰な点があることなどを鑑みれば、日単位・週単位・月単位での「短期」における

在庫変動について正確に把握管理しているものなのかどうか疑問点が

多々生じてくるのです。)

そうした内部事情を観察していると、

「正規」社員さんは、どのような「仕事(単なる作業ではなく)」を

進められているのだろうかと、いつも同じ「非正規」の立場にある

同僚先輩と相談・協力しながら、

持ち場にある在庫商品点検を行ったうえ、

上層部へも「報告・連絡・相談」しているのですが、

何らかの改善策が進展した形跡もなく、

その現場への報告もないものですから、

どうしてもモチベーションが低下してしまうような心理状況に落ち込みます。

そのような状況になれば、通常の意識が低い社員であれば、

そのまま「放置」してしまうのがオチでしょう。

とはいえ、管理人などは「お給料」を頂いているからには、「真剣勝負」です。

また、「非正規」は「正規」よりも雇用安定面で相対的に厳しい立場ですから、

手を抜くことなど考えられないのです。

(もちろん、「正規」の立場であっても同じですが・・・)

なぜなら、人生の貴重な時間を無駄にもしてしまうからですし、

「自分さえよけりゃ、それでいい・・」などとは

到底考えられないからです。

その優れて問題意識が高く、責任感の強い先輩同僚も

そのような性格の方ですから(同じ働く仲間としては、

最適任でともに働きやすく有り難い存在です。

ちなみに、管理人は「テキトー」に考えるような人間は好みではありません。

生活(世界)観に関する多様な向き合い方の問題ではなく、

仕事観として見た評価です。

つまり、「やるなら徹底してやる。やらないなら徹底してやらない。」の

メリハリのある(けじめの付いた)社会へ働きかける際の心構えのことを

指しています。)、

職業「倫理」上も、決してゆるがせには出来ない重要問題なのです。

資本主義経済では、在庫について、「過剰」すぎても、

「過小」すぎてもうまく行かないために、

常に試行錯誤しながら、在庫確認作業を怠ることが出来ませんが、

このあたりの問題解決策を

将来的に「ビッグデータ」が確実に提供してくれるのか、

現状のPOSシステムの取り扱い方を見ていても

あまり楽観的にはなれないのです。

それは、その取り扱い方が「下手」なだけだという意見もありましょうし、

「当然」だとも思われますが、

今後のAI社会でも変わらぬ重要課題であり続けましょう。

この「在庫調整問題」を

いち「非」正規社員が改善策に寄与することなど

多大な「壁」もあり、非常な困難を伴いますが、

要は、「過剰」だからこそ、

「使用期限切れ間近」の在庫商品が積み上がり、

過去の入出庫実績の解析に不手際があるからこそ、

現状の在庫処理を最優先課題とすべきところ、

人間自らの手によって行うべき現場確認作業を怠ったままで、

「新規」商品を<機械事務処理的>に無思慮に発注し続けるところに

最大の<失敗事例>があるわけですから、

その「壁」を改善すれば、かなりの改善効果が見込まれるものと思われます。

あるいは、品薄になった際を考慮した「事前」発注から

必要に応じた「追加」発注に切り換えるなど

仕入れ先から納入に至るまでの

期間調整の厳密な把握や複数調達ルートの確保、

緊急時における得意先との日頃からの友好的提携や

最善の問題解決法に至る見直しなど考え抜けば、

いくらでも改善の「余地」が出てくることがありましょう。

「平時」から「有事」を想定した調達ルートの確保・・・

これが、「ロジスティクス(物資調達)」の基本中の基本でありましょう。

また、この問題解決策を考えるに当たって、

とりあえずの「1/3発想法」が参考になりました。

『頭が怖いほど冴えてくる数学教室』(樺旦純著、三笠書房<知的生きかた>文庫、

2000年、<ものの見方が変わる「1/3発想法」とは?>91~93頁。)

ちなみに大学時代に購入して「積ん読状態」にあった本が、

こんなところで甦りました。やはり、「積ん読」効果は侮れませんね・・・)

なお、およそざっくりと掴めば上出来とみなす「フェルミ推定」の発想も役立つようですよ。

(ちなみに、「フェルミ推定」の<ほんのさわり>については、

『地頭力を鍛える 問題解決に活かす「フェルミ推定」』

(細谷功著、東洋経済新報社、2007年)にも触れられていますので、

ご参考にして頂きたい1冊です。)

この他にも、「在庫調整問題」を改善する方法論は多々あると思いますが、

この現代資本主義経済の一大「難問」こそ、

さび付いた頭を鍛えるに最適な身近な事例問題であります。

管理人もまだまださび付いた頭を改善する余地はありますが、

面倒くさくとも徹底して「考え抜く」姿勢こそが、

最大の「ボケ封じ」と思って、粘り強く提案し続けることにしましょう。

また、「小さな」間違いを微力ながらも抑止することで、

社会に多大な損害を与える「大きな」間違いへと発展していかないためにも。

個々の現場での間違いを食い止める意志力こそが、

最後の防御力だと信じていますので・・・

皆さんにも、ご参考になったかどうかは心許ないですが、

同じような難題を抱え込んだ企業現場も多いものと思われましたので、

今回は、本書のご紹介とともに、

接点のある<失敗学>の見地からざっくりと考えてみました。

ということで、今後は<失敗学>についても追跡紹介させて頂く予定ですので、

ご愛顧のほど宜しくお願い申し上げますとともに、

皆さんにも本書をご一読されることをお薦めさせて頂きます。

なお、<失敗学>については差し当たり、

<失敗学の権威>のお二方の好著である

『失敗学のすすめ』

(畑村洋太郎著、講談社文庫、2005年)

『”失敗学”の権威が教える

なぜかミスをしない人の思考法』

(中尾政之著、三笠書房<知的生きかた>文庫、2014年第10刷)

も併せてご紹介しておきます。

また、本文内にて触れさせて頂いた「デフレギャップ問題」の循環構造や

近年世界中に蔓延する「詭弁論理」の社会心理学的知見については、

『国民所得を80万円増やす経済政策~アベノミクスに対する5つの提案~』

(藤井聡著、晶文社<犀の教室シリーズ>、2016年)

ご参考にさせて頂きました。

いつもながら藤井聡先生の優れた知見には深謝いたします。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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