東谷暁氏の『予言者 梅棹忠夫』2025年大阪万博誘致前だからこそ読みたくなる<旭日昇天教祖>梅棹哲学入門書へのご案内!!

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『予言者 梅棹忠夫』

現在は多方面でご活躍中のジャーナリスト東谷暁さん。

そんな東谷氏の取材姿勢の原点にも梅棹忠夫哲学との

接点があったそうです。

今週、大阪万博誘致へ向けて正式に立候補宣言書を提出した

日本政府ですが、その構想案にも多方面から賛否両論ある時期だからこそ、

70年万博当時の未来像も振り返りながら、

思想哲学面から捉え直してみたくなるヒントが満載。

今回は、この本をご紹介します。

『予言者 梅棹忠夫』(東谷暁著、文春新書、2016年)

東谷暁さん(以下、著者)は、多方面でご活躍中のジャーナリスト兼作家の方です。

著者は、90年代末期から現在に至るまで主に経済分野における評論活動を

通じて、大手マスメディアなどを中心に流布されてきた俗論的見解や

論説風潮に鋭く切り込まれてきた批評家でもあります。

その姿勢は一貫していて、

例えば、俗世間的に説かれてきた新自由主義に寄り添った形で

論旨展開されることの多い民営化論や

楽観的なIT革命論などに一定の歯止めをかけながら

冷静に再考を促す経済時事批評論を語ってこられました。

今回は、ちょうど今週に日本政府が2025年大阪万博誘致を目指した

本格的な立候補宣言書を提出したこともあり、

この機会に前回に引き続き<未来学>をテーマに

もう少し皆さんとともに語り合ってみようとの趣旨で本書を素材にしてみました。

加えて、著者には個人的な思い入れも強くてそのオマージュ(敬愛と感謝)の

意味も込めて触れさせて頂きました。

思い入れもさることながら、学生時代の思い出とも申せましょうか、

ちょうど著者が本格的に文筆活動され始めた頃に出されたご著書に触れることを

通じて、苦手意識が強くて正直あまり興味関心が持てなかった

経済分野への学問的関心が湧くきっかけともなったからです。

著者が盛んに一般書を公刊され始めるようになった時期が

ちょうど1998年代あたりということで

管理人の大学時代に重なったこともあり、

特に20世紀末に差しかかりつつある時期の希望と不安に満ちた

青春時代真っ只中に出会ったことから余計に強い思い入れがあると

いうわけです。

1998年から2002年(管理人の大学時代)の時期に

経済批評論壇ではIT革命の光と影の側面というテーマや

後に大学卒業後の2000年代(21世紀)初頭に徐々に

その全貌が顕著になってきた民営化の影の側面といったテーマなど

卒業を間近に控えた当時の管理人にとっても他人事ではない問題点を

その背景思想から丁寧に解説批評して下さる姿勢からは

経済専門誌や大手経済新聞とはまた異なった視点からの考えるヒントを

豊富にご提供頂いてきました。

また、今日に至るまでの仕事上の参考文献の1冊として

『困ったときの情報整理』(文春新書、2001年)なども

活用させて頂いてきました。

特にこれまでに読ませて頂いた著書の中でも印象深かったのが、

『金融庁が中小企業をつぶす』シリーズ

『エコノミストは信用できるか』(文春新書、2003年)

『エコノミストを格付けする』(同上、2009年)などがあり、

とりわけ、最近あらためて再読させて頂いた

ご著書『日本経済の突破口~グローバリズムの呪縛から脱却せよ~』

(PHP研究所、2009年)内に収録された論考文の一節

『多様性の一部になるのではなく、内部に多様性を!!』

主張されていた点などは「まさにわが意を得たり!!」と

共感させられたところです。

つまり、世界が再び「ブロック経済化」の流れへと

回帰しようとしているかのように見える昨今、

多様性の一部として相互の経済「圏」同士で

ゼロサムゲーム化に陥ることなく、各自の地域的独自性を維持・確保しつつ

相互の経済「文化」が衝突しない「制度的」知恵が要請されているからです。

著者による独自視点を取り入れた上掲書のアイディアの原点には

著者自身が関わったという本書の主人公である梅棹忠夫博士の

大ベストロングセラー『知的生産の技術』(岩波新書、1969年)

触発された面があったともいいます。

ちなみに梅棹博士による『知的生産の技術』の概要については

著者による上掲書の<付録>でも詳細に触れられていますので

ご興味ご関心がおありの方には是非そちらもご一読されることを

お薦めさせて頂きます。

(本書134~136頁もご参照願います。)

といいますのも、著者のジャーナリスト活動の原点となったきっかけが

梅棹博士が開設された国立民族学博物館に併設された

民族学振興会千里事務局が発刊することになる『季刊民族学』編集室の

アルバイト(何と大学在学中に正規職員の待遇まで頂いておられたそうです!!)

だったからです。

より正確には、民族学振興会千里事務局「東京分室」に所属されていたといいます。

そんなことから、著者が実際に大阪千里にある国立民族学博物館へ

訪問された回数もほんの数回程度だそうで、

本書<プロローグ>『実現した予言と失われた時代』でも触れられているように

梅棹博士とは頻繁に顔合わせのうえ、

気軽な会話が出来るような職場環境でもなかったともいいます。

(本書8~10頁)

とはいえ、梅棹博士との直接的接触体験がおありだったことは確かなだけに

類書にはない独自視点から観察された<梅棹哲学>入門書として

本書をお薦めさせて頂いた次第であります。

その点をお含み置き頂きながら本書から

<梅棹忠夫思想哲学>の一端をご堪能下さいませ。

なお、国立民族学博物館直属の研究者の立場から<梅棹哲学>に

触れられた好著としては、

『梅棹忠夫~「知の探検家」の思想と生涯~』

(山本紀夫著、中公新書、2012年)

ご併読されることをお薦めいたします。

より客観的な広い視点からその人物像にも迫り得ることでしょう。

著者によると本書のセールスポイントは、

これまでに公刊されてきた梅棹忠夫論に関する書籍が

<知の探究者>だとか<文明の探検家>としての側面から

大学アカデミズムなどにおける研究者の姿に偏重する傾向にあったことに

対して、<行為人>としての位置づけから捉え直したことに

あるといいます。

ジャーナリストとしての立場から著者の関心は自ずから

梅棹博士の能動的多面活動に引き寄せられていったのでした。

ということで、今回は<梅棹哲学>に触れながら

2025年大阪万博誘致前に

もう一度、1970年大阪万博の頃の時代思潮にタイムスリップすることで、

現代から振り返って

その斬新な発想や未来へと向けられた革新性といった姿勢から

今日、また来るべき近未来に活用し得る知見などを

皆さんとともに再確認させて頂こうとの趣旨で

この本を取り上げさせて頂きました。

常に未知の領域へと越境しようとする知的冒険者:梅棹忠夫博士が導く明るい虚無的世界観へようこそ!!

それでは、本書の要約ご紹介を始めさせて頂くことにいたします。

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①<プロローグ>『実現した予言と失われた時代』

※まず最初に本書でこれから語られようとする狙いが宣言されます。

本書のタイトルでは、『<予言者>梅棹忠夫』として

表題書きされていますが、

著者の意図では、あくまでも

『予言者である梅棹を称賛しようという試みではない。

こうした予言的な発言を多面的に読みなおすことによって、

いかにして梅棹の予言が実現していったのかを可能なかぎり

振り返ってみたい。振り返ることによって、梅棹が早くから

予告した戦後日本の明るい時代が、経済的な狂騒のなかで方向性を

失い、やがて萎んでいったのはなぜかを考えてみたい。

そうすることで戦後日本に欠落していたものが何だったのか、

炙りだすことができるかもしれない。』(本書7頁)とされています。

晩年の梅棹博士は、『日本文明も終わりに近づいた』と

しきりに語られていたそうですが、

70年万博に象徴される「明るい」高度経済成長時代の

陰の立て役者とされる博士が、なぜにそのように思われるに至ったのかは

「失われた20年(まもなく30年??)」とも評価される現在において

特にこれから社会の中核へと参入していこうとされる若者世代にとっても

多大な興味関心があるところだと思われます。

博士自身の世界観にも

やはり戦間期に青春を過ごされたこともあってのことなのか

もともと虚無的な要素が寄り添っていたとも

様々な素顔を探ることで著者は語られていますが、

虚無感情(ニヒリズム)や冷笑感情(シニシズム)を内心抱いていたから

といって、消極的な世界観に徹していたわけでもなさそうです。

その素顔の一端は、第9章(本書260~265頁)でも

窺えますが、世界に対する1つの分析視点としての「眼」であって、

必ずしも「暗い」虚無観や冷笑観に由来するものではなかったようです。

本書第9章の<科学は人間にとっての「業」>(本書260頁)でも

触れられていたNHKが放映していた『暗黒のかなたの光明-

文明学者梅棹忠夫がみた未来』(2011年6月5日NHK Eテレ)の

タイトル名も示すように「明るい」虚無的世界観を内包させていた

様子も窺えるからです。

なお、この番組内容に近い原型論考は、

『梅棹忠夫の「人類の未来」~暗黒のかなたの光明~』

(梅棹忠夫著、小長谷有紀編集、勉誠出版、2011年)にも

収録されていますので、梅棹博士周辺の著名人との対談とも併せて

ご一読されることをお薦めさせて頂きます。

「それでは、このようなある種の虚無感情を内包されていた梅棹博士が

なぜ、暗い方向へと沈み込むことなく<明るい>虚無感情へと転じることが

叶ったのでしょうか?」

そこには、博士の飽くなき知的好奇心と冒険家・探検家としての行動力が

その原動力となっていたことも読み取れます。

著者は、本書で<行為人(行動家)>としての梅棹博士像を活写されておられますが、

「批判(批評)」も傍観者的視点に止まるだけであれば、

容易に暗い虚無感情や冷笑感情に陥ってしまうことにもなりかねません。

そのような心的傾向が習慣となってしまえば、

日頃からの私たちの言動や近未来の生活にも多大なマイナス影響が及んできます。

ということで、「終わりなき日常」などと評されることの多い現代社会の中で

「いかに<暗い>虚無観や冷笑観を克服していくことが叶うのか?」は

大切な問いかけであります。

そのことを次章以下の論考とともに皆さんにも

お考え頂ければ幸いです。

「皆さんが健やかなる日々をお過ごし頂けるためにも・・・」

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②『第1章 「文明の生態史観」の衝撃』

③『第2章 モンゴルの生態学者』

第1章と第2章では、後の梅棹哲学の原点となった体験など(特に第2章)に

触れながら、独特な文明観が創出されていく学的過程が解説されています。

梅棹博士は、前にもご紹介させて頂いた

今西錦司博士に公私ともに師事されてこられました。

もともとのご専攻分野は、自然科学で動物学研究から知的人生を

始められたといいます。

そして、よく知られているように恩師の今西博士自身が

日本有数の登山家でもあり、梅棹博士もその道をともに歩む過程で

今西博士との間で次第に学問意識が異なっていく様子も描かれています。

そのあたりの師弟間の齟齬なども読みどころです。

とはいえ、梅棹博士の出世作とも評価される『文明の生態史観』

生み出されていく原点には、今西博士の下でともに活動していた

日々において「発見」されていった知見がありました。

ことに第2章では、モンゴルなどユーラシア大陸各地の探検活動で

獲得された実際知を積み重ねながら、梅棹博士独自の生態学「仮説」を

打ち立てられていくとともに、牧畜・遊牧文化に志向性が移っていきます。

そこから「発見」された知見から博士独自の遊牧論も提唱されていくことになります。

この成果が、『狩猟と遊牧の世界』などの論考で展開されます。

自然の生態系の中で、「家畜」とされた動物を観察分析することを

通じて、『人間が動物を<家畜化>したものと思い込んでいたところ、

実際には、人間の方が群れとともに移動生活をするうちに<家畜化>されている

のではないか』との逆転発想が今西・梅棹「仮説」の面白いところであります。

とはいえ、ここでも学説優先権を巡る師弟間の軋轢もあったそうです。

いずれにせよ、動物生態系の観察分析から

人類の「文明」にまで拡張展開していったところに

梅棹博士の生態史観の特徴が見られるといいます。

そうした視点から日本文化(文明??)を機能論的に再評価し直す過程で

戦後日本の発展を肯定的に位置づけることになったのでした。

しかしながら、当時の戦後間もない頃から本格的な高度経済成長軌道に

至るまでの黎明期にあって、時は50年~70年代の

いわゆる「進歩的」文化人の全盛期でしたので、梅棹博士の「仮説」も

数多くの批判に晒されることになったのです。

そうした批判に晒される孤軍奮闘の中にも

戦後日本社会そのものが力強く発展していったものですから、

梅棹博士の「仮説」も次第に説得力あるものと実証されていったのですから、

学問の世界も歴史と同様に一寸先は予想不可能な世界で

逆説に満ち溢れています。

第1章では、もともとが自然科学という理系分野における生態学の知見を

人文・社会分野へと応用していくことによって、

日本文化(文明)の生態学的分析へと発展させていくことで

博士の「仮説」が当時の代表的論客からどのように評価され、

また現実にどのように時代が展開していったかが素描されています。

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④『第3章 奇説を語る少壮学者』

⑤『第4章 豊かな日本という未来』

※第3章では、今日では「女性の社会進出」として

積極的に受容されつつあり、賛否両論渦巻く中でも

フェミニズム的視点からも資本主義の発展段階論からも

ほぼ確認されつつある日本の家庭変容を予告(本書83~89頁)するなど

男女雇用機会均等法完全施行前のまだまだ経済界での男性優位が

際立っていた時期に当時の時代思潮・環境からは

「奇説」とされていた論を提出するなど先見の明があった事例などが

解説されています。

第4章では、第1章とも重なりますが、

当時の進歩的文化人、とりわけマルクス主義に影響を受けた知識層からの

批判と論争を通じて、日本文明の性格が次第に明確化されていく様子などが

論じられています。

梅棹博士自身の学風は、特にマルクス<主義者>に分類されるものとは

目されていませんが、マルクスが提出した文明「史観」に触発されながら

独自の文明発展「史観」を構築されてきたことが描かれています。

特に、著者独自論から観察した梅棹学説とマルクス学説とを比較考察させた

<梅棹説をマルクス主義で読む>(本書92~96頁)や

<マルクス主義と生態学との関係>(本書96~99頁)に関する分析や

昨今大流行の地政学的視点をも考慮させた問題意識から

梅棹博士の『文明の生態史観による世界像』(具体的イメージ図は本書103頁

ご参照のこと)を分析されておられる論考なども面白い箇所であります。

第4章最終箇所で触れられている<浪速の書誌学者>故谷沢永一氏による

梅棹博士の『文明の生態史観』への評釈案内などもされています。

その評釈によると、

『要するに人間社会の生き方の目標は豊かな生活にある』(本書111頁)だそうです。

とはいえ、この評釈が下された時期は、バブル直前の日本経済の爛熟期・・・

谷沢氏がこの評価に込められたニュアンスと

この時期あたりから梅棹博士が実感され始めたニュアンスとでは

微妙な点ですれ違いが生じていった様子も示唆されています。

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⑥『第5章 情報社会論の先駆者』

※第5章も今日のインターネット文化普及後の情報社会のあり様から

振り返ると、当たり前の論考のようにも思われますが、

当時は、「インターネット」という概念すら確立しておらず、

限られた軍事分野における関係者にしか知られていなかった知識だった時代で

あったことを考慮すれば、やはり先駆的な予見者だと言えましょう。

また、本書における著者の解説図表<情報産業論のアナロジー>(本書117頁)も

よくまとめられていますが、

近未来の情報産業化が

より金融貨幣経済面において進展していった結果、

どのような事態に立ち至るかを予想するうえでは、

現在議論されている最先端の話題に近しい見解が提出されていたことも驚きです。

ある種の「評価」経済ですが、

梅棹博士によれば、「お布施の原理」と同様なものになるだろうと

想像されていたようですね。

さらに、<「情報」を巡る議論>(本書123~125頁)では、

現代経済学の主流が暗黙裏に大前提としてきた

労働価値説」も「限界効用説」による説明も

すでに行き詰まりを見せ始めていることも示唆されています。

かくまでに現代経済学理論の分野でも「情報」の本質と

それへの経済的評価が一義的に定まっていないことも

現代経済政策が大混乱に陥ってきた一大要因だろうと

推察されています。

前にもご紹介させて頂きました70年万博にも間接的に関与されていたという

湯川秀樹博士と梅棹博士との対談の素描解説についても読みどころの1つ。

特に「情報」の物理的エントロピーの側面などに対する捉え方などは、

近未来の人工知能と人類の経済的協働社会における「情報」への接し方など

考えさせてくれるヒントでもありましょう。

(<エントロピーからコンニャクまで>本書125~128頁)

こうした見立てから今後は「情報」の取り扱い方に対しても

単なる「知的生産」から「情遊」の思想・発想へと

転換させていかざるをえない途上にあるといえるようですね。

敬愛する「書評家」でいらっしゃる松岡正剛先生なども提唱される

知の『編集術』の底流にもある「遊び」とも重なりそうですね。

実際に早くもこうした「情報」社会への移行を見抜いた

梅棹博士は、国立民族学博物館を開設すると同時に

大規模コンピュータによる資料検索システムへの投資を

呼びかけたことも今から考えるとかなりの「先見の明」があったと

評価されるところです。

(第7章<コンピューターと情報による博物館>本書193~195頁も

ご参照のこと。)

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⑦『第6章 イスラーム圏の動乱を予告する』

※第6章では、梅棹「文明」生態学の分類図(先に触れさせて頂いた本書103頁

ご参照のこと。)でも示された「第1地域」・「第2地域」の概念から

西洋と東洋の接点である<はざま>であるアラブ・イスラム文化圏を

「中洋」と捉えた地政学的発想も先駆的な見方でありました。

こうした早くからの「中洋」地域に位置づけられたアラブ・イスラム文化圏への

着目は、70年万博閉幕後に日本経済を襲うことになる「オイルショック」を

始めとした資源エネルギー確保に伴う具体的政策課題解決論にも影響を及ぼします。

梅棹博士は、この観点からも日本政府へ「国立中東研究所」の提唱(本書148~

150頁)を働きかけていきます。

いよいよ、いち研究者から政策実現を志向したオーガナイザーへと

博士の姿も成長していくきっかけが生み出されていくことになります。

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⑧『第7章 万博と民博のオーガナイザー』

⑨『第8章 文化行政の主導者へ』

第7章~第8章は、そんな梅棹博士の「オーガナイザー」としての活躍場面が

紹介されるとともに

その思想がさらに深く解説されていくことになります。

特に、個人的に興味関心を持ったのが、

1979年から大平正芳内閣の下で推進されたという

「田園都市構想」であります。

具体的には、本書211~225頁で詳細にその概要が

解説されています。

それまでの都市計画における政策「思想」が抜本的に見直される

きっかけともなった転換構想だったからです。

単なる都市「開発」行政から「文化」行政への積極的転換を

促す機会ともなったからです。

特に、今日では、梅棹博士の活躍された関西圏での

都市政策論争では、もはや当たり前のような思想的枠組みとも

なりつつありますが(例えば、大阪では「大阪シアターパーク構想」や

「大阪ミュージアム構想」など)、従来の「ハコモノ行政」だと

揶揄批判されてきた公共事業投資の成果を

民間活力との相互協力によって蘇生させようとする動きにも

梅棹博士や大平首相が残された遺産が活かされているように

思われます。

大平正芳首相の業績は、そのあまりにも早すぎるご逝去のために

現在では忘れ去られてしまっていることも残念ですが、

小渕恵三首相もそうであられたように

このような「哲学的文人」宰相候補者が与野党とともに数少なくなったことは

誠に残念なことです。

前にもご紹介させて頂いた川勝平太教授のような『富国有徳』思想が

待望されるところです。

「日本遺産」申請の背景思想にも、経済面での外国人誘致による

インバウンド効果による需要創出も結構ですが、

最終的には持続可能な「内需」拡大政策へと収斂させ、

まずは国内労働者の安定的雇用創出へと直結する方法論を

再度「創案」せざるをえない時期にも当たります。

一見、「内向き」志向で迂遠なようですが、

まずは国内労働者の安定雇用の保障があればこそ、

海外の労働者との協働経済も可能になるのではないかと

日本国内における各種論壇事情・政治的動向だけではなく、

世界各国の政治思潮・動向などを真摯に観察して思われるところです。

誰しも20世紀初頭の「戦争と革命の世紀」へと本気で回帰したいなどと

望んでいないものと信じています。

昨今は、「財源論」ばかりが先行して、次世代への教育・文化投資という

側面が忘れられがちのように思われます。

あくまで、現役世代が順調に育ち上がる経済環境を整備したうえで、

いかにして次世代へ文化の継承を促していくかこそが、

最終的な「経世済民」の目標であるべきでしょう。

「緊縮(停滞・縮小)」経済がこの数十年間ほとんど大多数の国民にとって

メリットがなかったことはもはや明らかでしょう。

ちょうど選挙前ということもあって、

少し政治論評めいて申し訳ございませんが、

今後望まれるべき方向として、仮に「積極(反緊縮)」財政政策を採用していくことが

許されるならば、やはり「文化的」公共投資からの「実需」経済浮揚へと

つなげる回路を生み出す処方箋を描かなくてはなりません。

そんなことも考えさせてくれる1章であります。

ここは要約コーナーですので、このあたりで止めおくことにいたしますが、

大切な時代の転換期だと考えますので、

後ほどエッセー項目で、もう少し万博テーマ(思想・構想)を語らせて頂く箇所で

皆さんとともに再考させて頂こうと思います。

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⑩『第9章 ポスト「戦後」への視線』

※第9章では、同時期に活躍されていた司馬遼太郎氏との接点から

梅棹哲学との共通項を探られています。

いずれにせよ、両者ともに、現代日本の<無思想性>や

<無階層性>に強い問題意識を有していたようですね。

よく「創造的破壊」とは言われますが、

最初から<破壊>を想定した創造など可能なのか、

著者もこの両者の姿勢に暗い虚無意識を嗅ぎとられたようで、

すでに当時の日本社会のあり方に嫌悪感を感じ取っていた様子を

浮き彫りにされています。

こうした両者の姿勢を「(消極的なげやりな)諦観」と見るか

「(積極的な)達観」と見るかは評者によって異なりましょうが、

著者ならずとも何かここには不気味なものが感じられるのは確かでしょう。

それは、両者の「戦争観」も多大な影響を及ぼしているようです。

特に、司馬さんはご存じのように、

きわめて戦死率の高い戦車隊に所属されておられたことから

昭和の軍隊に絶望的なまでの否定的見解を有しておられたことは

有名なエピソードですが、

同じ戦争体験組でも第3章冒頭記事でも紹介されていたように

「奇跡的脱出」が叶ったことから、後に「旭日昇天教」の教祖とまで

呼ばれるくらい戦後日本の再建過程とその果てに「希望」を

見出しておられたように見受けられるだけに、

この両者の急接近には意外なものがあるようです。

第9章最終部は、著者自身の「安全保障(国防)観」も絡んでおり

梅棹博士ご自身の安全保障政策論の評価が適切なものなのか否か

管理人自身は不勉強のため論評出来かねますが、

著者が観察したところの梅棹「国防」論の一端が語られているところも

現在の厳しい情勢だからこそ、かえって興味深いところではあります。

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⑪『第10章 行為と妄想』

第10章では、梅棹博士の生涯を振り返っての総括論

締めくくられていきます。

結局は、永遠の知的冒険者(探検家)として

妄想にも近い天才と狂気との紙一重のゾーンで

積極的に知的活動を「遊んで」生き抜かれたことに尽きるようです。

前回は、自然科学者の学問姿勢を問う記事でも少し語らせて頂きましたが、

学者にとって、それもどこにも所属せずに自由気ままに知的冒険の叶う

「在野」研究者とは異なり、正規の大学アカデミズム組織機関に

所属されておられる方にとっては、「仮説」を立てること自体に

慎重になりがちです。

昨今は、論文捏造問題やら何やかやと騒がしいご時世でもありますから、

余計に冒険的な研究など出来にくい環境にあるものと聞き及びます。

そんな時節柄だからこそ、もちろん、現在までに確立された研究流儀には

敬意を表しながら、慎重な姿勢で歩まなくてはならないでしょうが、

新しい学問上の「発見」が生まれる瞬間というのは、

歴史的に見ても、今までの常識を乗り越え出た時に

突破口が開かれるともいいます。

そうした新たな「発見」へと接近していく際に立てる

「仮説」設定であれば、なおさら大胆かつ繊細(ことに大胆)なものになることが

予想されます。

これからも面白い「発見」が「仮説」設定次第で続々となされていくことでしょう。

そんな時に、梅棹博士の問いの立て方(「仮説」設定)に

勇気づけられる研究者もあまたおられるものと思います。

「インテリ(知識層)を大切に育て上げない国は滅び去る!!」ともよく言われます。

だからこそ、文教政策面においても

すぐには役立たない「基礎研究」投資にご理解とご協力を賜りたいものです。

管理人は梅棹博士とは異なり、正規の大学アカデミズムに属する研究者ではありませんが、

生涯いち「在野」研究者ではありたいと願っています。

そんな博士同様に「学問」を最高に贅沢な「あそび」であり「幸福の源泉」だとも

確信しておりますので、あまり公にはこうした積極的意見を表明しにくいと思われる

大学研究者などの「声なき声」を代弁させて頂くことをお許し願います。

「すべては、人類の存続発展のために・・・」

最後に著者は、梅棹博士の『日本文明もそろそろ終わりやな』(本書270頁)という

晩年の半ば諦めに近い声をご紹介されながら、

そうした停滞ムードを乗り越えるのも「精神」次第だと強調されています。

とりわけ、最晩年には宗教に期待を寄せられていたようにも

見受けられたといいます。

このことはあくまでも著者の感想でもあり、

梅棹博士ご自身の生の声を聞くことはもはや叶いませんが、

もし博士のご遺言・ご遺志を受け継ごうとされる

ご奇特な方がおられたら、ともに博士本来が想定されていた

明るい未来観でもって、次世代にこれまでの人類が成し遂げてきた

長所を引き継いでいく知的事業に邁進しようではありませんか?

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⑫<エピローグ>『梅棹忠夫を「裏切る」ために』

※最終章の<エピローグ>では、

梅棹博士が憂慮されていた事態を是非とも実現させまいと

念願するのであれば、物理的限界によって文化・文明が制約されるとする

ある意味で、マルクス的虚無観(第4章<「ぼくはマルクスの徒です」>

99~101頁などをご参照のこと。)を乗り越える知恵と工夫が

必要不可欠だということに尽きるようです。

著者曰く、『私たちが日本文明の衰退や終焉を回避しようと思えば、

梅棹の文明論の破綻を見出さなくてはならない。宗教と精神といった

文化的な変化によって、実は、物質的な構築物である日本文明を

延命させることができると、構え直すことが必要』(本書280頁)だと

要約されています。

このことは、何も特殊「日本」に限られた話ではなくて、

世界中の全人「類」に共通して課せられたテーマであります。

前回も宇宙的視点から俯瞰したこの地球上にともに生きる人「類」としての

「類」的次元からの課題解決が重要だと松井孝典先生のご著書とともに

語らせて頂きましたが、この想いは、今後とも変わりありません。

そのような意味も込めて、あらためて21世紀版<学問のススメ>としても

かつて梅棹忠夫博士という方がおられたということを

本書などを手がかりにもっとより多くの若者に知って頂きたいと思います。

万博や民博のイメージだけが先行する梅棹博士ですが、

博士には、これだけではない「裏」の魅力的素顔があったということも・・・

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人類の知的探求心も一種の<業病>なのかもしれませんが、  生存し続ける意欲をもたらす活力でもあるのです!!

それでは、語り残しておいた万博テーマについて話題を掘り下げて参りましょう。

ところで、2017年度現時点で日本政府が正式立候補申請書を

提出した段階では、当初の『人類の健康・長寿への挑戦』から

『いのち輝く未来社会のデザイン』へとテーマ変更が

なされたことは周知のとおりであります。

このテーマ変更を知った際に感じた管理人自身の第一印象では、

「まぁ、少しは私的欲望度が軽減されたかなぁ~」とは思いましたものの

最近ずっと思案し続けている<宇宙的視野>や

「人類」以外のあらゆる森羅万象を含めた<生態系>といった観点も

考慮しながらあらためてこのテーマ内容を眺めていると

やはりまだまだ漠然たる印象しか残らない実感があります。

またパビリオン(住宅展示モデルのような展示施設)を

あらためて設計する方式での万博という発想も

少し古すぎやしないかとも思われるのです。

万博における展示「方式」の規定自体がどのようなものなのか

実務担当者ではないので理解不十分ですが、

万博誘致国「そのもの」を展示「モデル」にする発想は

考えられないのでしょうか?

それを数年ごとに順繰りに世界各国で実施するわけです。

これならば、あらためて万博用だけに「ハコモノ」を造る必要もなく、

今ある間に合わせの素材で全「国力」挙げての「内需」拡大政策とも

整合性がとれる万博が開催可能となるメリットもあります。

すなわち、現在の「観光立国」型インバウンド方式とともに

官民ともに様々に創意工夫された「文化」発信が叶うのではないかという

ある種の誇大妄想(笑)であります。

万博開催に当たっては、公平に順繰り方式を採用しますし、

誘致選考審査過程で不正が起こったりする不透明さも軽減されることでしょう。

とともにその期間だけでも移動自由にするために「パスポートフリー」制度などを

試験的に導入してみるわけです。

また、まずは移動交通費だけでも構いませんので、

万博開催中に世界中から集まったインバウンド経済効果分を担保に

その移動交通費の「財源」に当てて、各国民に視野を広げさせる機会を

付与する案などはいかがでしょうか?

その「財源」の公平な分配方法などは国家間での相互共助協定などで

予め設定しておくという方法なども考えられます。

直近の未来には実現不可能かもしれませんが、

やがて人工知能が地球規模に普及していき、

こうした経済上の数値計算も簡単に実現可能になった段階では

導入してもよさそうな「試案」ですが・・・

特に比較的柔軟な発想が可能な若者世代に重点を当てて

世界での見聞を拡げさせることを各国政府が側面から支援することで、

お互いの文化的誤解が解けるきっかけになるかもしれません。

確かに、管理人の提案するような「試案」など

現状の人類の精神レベルから見れば、

あまりにも突拍子もない急進的楽観論にしかすぎないことは重々承知しております。

とはいえ、人類は、その気になればいくらでも知恵や代替案も湧き出てくるものです。

そんなことで、そろそろ本記事も閉幕に近づきましたが、

皆さんにも様々な「試案」を提案して頂きたいのです。

まとめますと、「試案」を創造しようと本気で願えば、

人類の知的探求心を磨き続ける他ありません。

それが、生きる「活力」にもつながるものとすれば、

本書でも警告されていた人類自身の<家畜化現象(傾向)>からの

脱却が図れる突破口になるかもしれません。

今後ますます人工知能やそれに伴うベーシックインカム論争も

各層で盛り上がっていくことが予想されています。

今回の選挙における争点でも、本来ならばそこまで踏み込んだ

具体的政策論争をして頂きたく思うのですが、

無い物ねだりとなりますので、これ以上の政治論評は

差し控えさせて頂くことにしますが、

少し高い次元からの「文明論」にまで踏み込んだ哲学的世界観も

各政党関係者には是非とも披露して頂ければと願います。

そこから、従来の選挙制度や自治制度のあり方などを

変革させるきっかけづくりにもつながればと願います。

どこかの党のように「事実上」の解党だとか

選挙前に現時点で人気ある政党へと駆け込み入党する道ではなく、

どうせ「解党」させるのであれば、

何か今後の国民に対する現状の政党政治のあり方などを

問いかける「置き土産」だけでも残して頂きたいものです。

そんなことをつらつら思いながら、本記事「案」を練っていたところ、

たまたま『第4の政治理論』(平成29年9月28日付け産経新聞オピニオン欄

<時評論壇>10月号「文化部:磨井慎吾氏」という論考に触れたことから

本書とともに触発されるところが多々あったのです。

管理人もこれまで

「なぜ、日本の(主に政治)論壇では

生産的な対話・討論がなかなか実現しないのか?」を

たびたび考えてきましたが、

あえて「極論」と「極論」を付き合わせることで

新たな突破口が開拓されるかもしれないということを

皆さんにも想像して頂きたかったので、

この記事もご紹介させて頂きました。

そこに新たな道が開けてくるのでしょう。

とはいえ、上記執筆者も評されているように

<危険な魅惑>でもありますが・・・

そこは、「取り扱いにご注意を!!」ということで

いずれにせよ、新たな視点を獲得するためには、

普段から親しんでいる(きた)自分自身の世界観を

時に乗り越えようとする知的冒険心も不可欠です。

具体的に上記記事で触発された箇所は、

『ゲンロン6』を主宰されておられる東浩紀氏が

特集されている<ロシア現代思想Ⅰ>ですが、

日本で言えば、百田尚樹氏と國分功一郎氏を並べるような評論雑誌を

誰かが創るべきとのご指摘ですが、

管理人が志向する書評(批評)のあり方もこれに近く親しみを覚えました。

國分功一郎氏については、前にもご紹介させて頂きましたが、

近著『僕らの社会主義』

(國分功一郎/山崎亮共著、ちくま新書、2017年)

どちらかと言えば保守的志向に立つ管理人にとっても

触発されるところが大いにありました。

特に近未来における「人工知能+金融貨幣制度革命+ベーシックインカム」が

否応なく迫り来る中、どのような社会構築がより望ましいのか、

その理想像を探究するうえでも面白い視点が満載です。

併せてお薦めさせて頂く次第です。

ということで、今回は梅棹哲学を素材に

万博テーマとともに<未来学>の視点からも考えてみようとの趣旨で

語らせて頂きましたが、皆さんにも万博が次第に押し迫る中、

本書を叩き台に近未来社会のあり方などをともに考察頂く1冊として

ご一読されることをお薦めさせて頂きます。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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