ジョン・ラスキンの「芸術経済論~永遠の歓び~」創造的な産業経済を生み出すヒントを学ぼう!!

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ジョン・ラスキンの「芸術経済論~永遠の歓び~」

19世紀の社会思想家にして美術評論家である

ジョン・ラスキンの「経済論」は、今なお

「革新的な光芒」を放っています。

産業革命の激化により、多くの下層労働者が

生計維持困難になっていく中で、真摯で

誠実な「雇用救済策」のヒントを提唱していました。

彼は、現在主流の「政治経済学」に対しても、

勇気ある挑戦者でもありました。

今回は、この本をご紹介します。

「芸術経済論~永遠の歓び~」(ジョン・ラスキン著、宇井丑之助・宇井邦夫共訳、巌松堂出版、1998年)

ジョン・ラスキン(以下、ラスキン)の思想と人生の概要については、

前にも当ブログにてご紹介させて頂きました。

ざっと、おさらいしておきますと、

19世紀の「ヴィクトリア朝」イギリスでは、産業革命がちょうど

「絶頂期」を迎え、公害問題や技術革新による大失業問題などの

解決案が要請されていました。

学生時代に「世界史」を選択されておられた方なら、ご存じだと

思いますが、イギリスは「7つの海」を支配しようと「重商主義と

超国家主義」を一体化させた、後年「帝国主義政策」と呼ばれる

「産業保護政策」を世界で展開中でした。

その状況は、形を変えた姿で21世紀現在にも影響を及ぼしています。

しかも、それは「特定の国」だけの問題に止まらずに、「全地球規模」に

及んでいると考察しても過言ではありません。

現在、世界に普及しつつある「グローバリズムの原点」が、

当時のイギリスで堅固に構築され、今なお「政治経済学」として

主要先進国の教育機関では採用されています。

その本質は、「実利偏重(功利主義)型合理的経験論」にあります。

この思想は、17世紀以来の「近代科学」とも非常に相性が良かった

ためか、瞬く間にイギリスの国内外を問わず普及していきました。

今回再びご紹介させて頂くラスキンは、そうした風潮に

一石を投じた「代替的経済論」を提起しました。

が、前にも語りましたように「主流経済」の勢いはとてつもなく

強大な力をもって、この思想家の「経済論」は急速に忘れ去られて

いきました。

というよりも、最初から「無視されていた!?」のでしょうか?

ラスキンは、20世紀の「大惨劇」を予言しつつも、見ることなく

19世紀最末期(1900年1月30日)にその生涯を閉じました。

それでも、わが国においても「景観利益」を最初に考慮した

「ナショナル・トラスト運動」に影響を与えたイギリスの思想家として

辛うじて一部の「良心的好事家」には、知られているようです。

さて、21世紀も、はや16年が経とうとする中、現在進行中の

「経済革命」は、19世紀以上に厳しい「経済環境」をもたらしてきました。

特に、環境問題とともに大きくクローズアップされている難題が、

「機械が人間の仕事を奪うのでは??」との疑心暗鬼が世の中を横行している

ことです。

19世紀と21世紀では、時代状況も大きく異なることから、もとより

「単純にして粗暴な議論」などは展開出来ませんが、「状況認識」や

「問題意識」の点においては、今も(いや、今だからこそ)有意義な

問題提起をしたのが、ラスキンでした。

これからは、「機械でも代替可能な人間の労働」を本格的に模索して

いかなくては、到底「生計維持困難者」が増加していく一方でしょう。

それに併せて「旧態依然たる(職業教育)訓練制度」も改変していく

義務が国家にも要求されます。

そうした現代に特有な「問題解決法のヒント」も提供してくれるのが、

ラスキンです。

いわゆる「実業家」でなかった人間の思想なんて何の役に立つの??

と思われる方もおられるでしょうし、彼の思想自体「時代や人物性格の

制約」を逃れがたいのは、論を待たないところです。

しかし、その真摯で誠実な「荒野の叫び声」(ジャック・ロンドン)にも

「耳を傾けるべき十二分な叡智」が含まれていますので、ここは冷静に

彼が残してくれた「声」を傾聴しておきましょう。

なぜなら、それが「皆がともに生き残るヒント」だからです。

面白いことに、この本の「訳者」は「学者」ではなく「実業家」の方です。

プロフィールによると、親子ともにして、20世紀の巨大産業(石油業界)にて

活躍された「実業人」のようですから、やはりラスキン思想には

強靱な体力があるようです。

ということで、前置きも長くなりすぎましたので、皆さんとともに

本書を紐解きながら考察していきたいと思います。

芸術の「創造性」をいかに経済活動に活かすべきか?

本書の原点は、1857年にマンチェスターの美術館で行った

2回にわたる「芸術経済論」という講演内容を基にして、

出版されたものです。

訳者によると、本書「芸術経済論」は代表作「この最後の者にも」

や「ムネラ・プルヴェリス」とともに「ラスキン経済学3部作」と

されているようです。

この「芸術経済論」は、ラスキンの波乱に満ちた人生を「前半」と「後半」

とでシビアに分けた「問題作」でした。

前半期における「美術批評家」として中世ゴシック建築ターナー

作品の紹介、数々の「芸術家の仕事と人生」を考察してきたことから、

「若手芸術家の悲惨な生計実態」をも知り尽くしていたようです。

そんな「才能あふれる若き創造家」が、実体経済に翻弄されていく姿を

「座して見過ごす訳にはいかない!!」との「義憤の念」の下、

ついに「主流経済思想」に対する「反撃の烽火」を上げることに

つながったようです。

もちろん、その「過激経済論」が当時の政財界から多大なる批判を

受けたことは、想像に難くないことであります。

当時、ラスキン以外にも「良心的な勇気ある行動家」もいたようですし、

実際に「救貧法」としても結実していました。

しかし、常なるように「救貧法」の実効性は「微々たるもの」だったようです。

ラスキンは、キリスト教の信者でもあったようで、この本の随所でも

「聖書」の一節が多量に引用されていますが、その意味するところは、

「国親思想(パターナリズム=保護者思想)」の要請です。

21世紀現代の日本では、ことに、わが国の「法学部」では

「一定の限定されたパターナリズム」として、政治的に左右を問わず

「非常に評判の悪い」思想のようですが、この教育弊害から来る

「大惨状(損害)」は、年々ひどくなっているようです。

他国でも、昨今「キリスト教社会主義」という観点から

左右問わずに多くの「労働運動」が頻発中とのことですが、

わが国の現状では「微々たる声」のようです。

当ブログは、「政治運動の活動場」ではありませんので、

コメントは差し控えさせて頂きますが、こうした厳しい現実を

見据えるならば、ラスキンの問題提起にも一定の(肯定的)評価が

されてもよいのではないか、と思われます。

さて、本書の具体的中身の考察に入っていきます。

本書は、2回の講演内容をそれぞれ、

「第1講~芸術の発見と適用」

「第2講~芸術の蓄積と分配」

と、各講義内容の「補遺」として構成されています。

「芸術(創造的活動)を、利潤追求を主たる目的とする経済活動において、

いかに活用適用していくべきか?」

これが、本書の主題ですが、本書が想定する読者層は、何も「芸術家」に

限っている訳ではありません。

むしろ、「現状の仕事から生きる歓びを奪われた創造的職業人すべて」に

送られた「愛ある応援メッセージ」でもあります。

近現代経済学は、どのような立場を採用するにせよ、多かれ少なかれ

「プラグマティック(実践的)経験論に基づく功利主義経済」であります。

そのため、「需要と供給の相関関係」には、絶えざる「ミスマッチ」が

どうしても生じてしまいます。

この問題は、機械などの技術革新により、いずれは解決可能だとする

過度な「楽観的見方」もあるようですが、経済の主体は「生身の人間」

ですので、そのような悠長なことも言ってはおられません。

それと、19世紀の「産業革命」以降の「経済システム」は、

「職住分離の高度分業化雇用形態」を大前提に構築されていきました。

著者も、中世の「ギルド制(日本では、徒弟制)」のような「経済環境」を

取り戻すことで、「安全地帯」を構築し直すことも提唱しています。

そこで、雇用の中身ですが、現在もそうですが、どうしても「発注者」よりも

「受注者」の方が、立場が弱くなってしまいます。

このため、意欲的な「創造的仕事」をこなそうとしても、落ち着いて処理する

ことが困難となってしまいます。

しかも、この難問は、著者も本書で強調されていますが、「発注者」にとっても

長い目で見れば、「大損」になります。

そのあたりの「微妙な亀裂」を詳細に分析しながら、本書は論旨展開されていきます。

ですから、本書を「発注者」の立場から読む際には、「芸術の発見」を

「良質的な創造的仕事人の発掘」と読み替えると、著者の叡智も活用することが

出来るでしょう。

厳しい経済環境で、いかに「創造的仕事人」が生まれるのか?

ところで、このような技術革新が急激に進歩していく中で、

私たち「生身の人間」は、いかにして「仕事能力」を落ち着いて磨くことが

叶えられるのか?

これは、誰しも考える当然の疑問だと思います。

著者は、「芸術家の仕事」をヒントにして、「仕事環境の改善」に役立つ知恵を

提供してくれています。

「芸術家は、若い時分は生計維持で悩み苦しみ、仮に生計が立てられるようになった

晩年でも、世間に不信感を持ったまま朽ち果ててしまうことが、ままある!!」と・・・

これは、「芸術家」ならずとも「意欲的な創造的仕事人」を意識される方なら、

どなたでも思い浮かぶことでありましょう。

だからこそ、著者も「芸術(家)の発見」は困難であり、その「利潤分配」も

改善すべき余地が十二分にあるものと問題提起されています。

その案として、「安定した創作環境の場の提供」や、先程の中世ギルド制を

現代の価値観にアレンジした「試験的訓練学校(授産場)=職業訓練斡旋センター」

の常設などを提案されています。

この提案も、現在確かに採用されているのですが、どうも「幅広い社会ニーズ」に

応えきれていないようですので、これからもさらなる「改善余地あり!!」でしょう。

特に、技術の飛躍的な進展とともに、産業構造も「コロコロ変わる」昨今、

「教育・福祉医療制度」を、今以上に国民に負担がかかることなく、自前の

「自主的な職業訓練メニュー」を組むことを可能とするとともに、

「半官半民のジョブインターンシップ制」など、工夫すべき余地も

多数存在するようです。

そうした「安定的な経済環境」が整備されて始めて、厳しい経済環境にも

かかわらず、「優秀な創造的仕事人」が生まれていくのではないか、と

思われます。

本書では、他にも「芸術作品の扱い方」や「気品あふれる豊かなお金の使い方」、

それによる「芸術家の創作意欲に貢献する法」などなど・・・、

参考になる論考もたくさんありますが、もはや紙数も尽きましたので、

ご興味とお時間がおありの方は、この本をご一読下さいませ。

管理人にも多数の「芸術家や創造的仕事人」の友人知人がいますが、

本書を読むと、さらに「その熱い想い」が掻き立てられます。

本書を生前に大変お世話になり、敬愛の念を込めて

「京都のある知る人ぞ知る絵師」の御霊前に捧げさせて頂きます。

アメリカの大学の教材の表紙絵や国連ユネスコカードをも制作された方でした。

先生との出会いの記憶を思い出すにつけ、昨今「現代アート」の世界における

「芸術起業論」など色褪せて見えるようです。

言うまでもなく、ラスキンは「現代の金銭的軽薄なギャラリー事情」にも

痛烈な一撃を与えています。

そういう意味で、伝統に忠実で真摯な「創作者」様には、

是非ともご一読して頂きたく願います。

きっと、何らかの有益な示唆が得られるでしょう。

とにもかくにも、「現行の産業体制における大量生産・消費・投棄方式は、

黄昏をとっくの昔に迎えてしまったようです!!」

「ムダ・ムリ・ムラが多すぎる!!」ということです。

本書を読むと、あらためて「仕事とは何か?」というテーマを真剣に

考えさせられます。

読者の皆さんも、本書を読みながら「創造的な仕事とは何か?」を、

ご一緒に考えて頂ければ幸いであります。

最後に一言・・・

「人間誰しも死ぬまでに後世に自信を持って残すことの出来る創造的な

仕事をやり遂げて逝きたいものですなぁ~」(管理人)

最後までお読み頂きありがとうございました。

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