伊藤邦武先生の「経済学の哲学~19世紀経済思想とラスキン」を読み、「近現代経済学の根幹」を再検討するヒントを得よう!!

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「経済学の哲学~19世紀経済思想とラスキン~」

20世紀初頭に認識哲学を大幅に変革させていった

プラグマティズム哲学の研究者でもある伊藤邦武先生が、

「近現代政治経済学」をラスキンを通じて、再解釈して

いきます。

「19世紀経済思想なんて、私たちに何の関係があるの??」

実は、私たちには「多大な関係」があるのですよ。

なぜなら、私たちが現在享受している「現代経済思想の根幹」を

形作った時代だからです。

近代産業革命からおよそ200年・・・

今回は、この本をご紹介します。

「経済学の哲学~19世紀経済思想とラスキン~」     (伊藤邦武著、中公新書、2011年)

伊藤邦武先生(以下、著者)は、パースを創始者とする

プラグマティズム哲学の研究者として活躍されています。

プラグマティズムは、20世紀初頭に「哲学革命」を起こしました。

それまでの「もやもや・ごみごみした」認識哲学を

「実践的・実用的に使い勝手の良い」認識哲学へと変革させました。

その精神は、現代社会では至るところで活用されています。

とりわけ、20世紀初頭の「大不況」を克服させたとされる

現代経済学の巨匠であるケインズにも大きな影響を与えています。

著者は、現代経済の主流となっている「確率概念を基礎においた

不確実な将来への合理的な期待」という価値観に批判的な研究を

なされてきたようです。

この「合理的な期待」という考え方は、20世紀末期から

評判の悪くなっていったケインズ経済学派だけでなく、

現在主流とされている「新自由主義的経済学派」にも影響を

与えたとされる「合理的期待形成理論」をも基礎づけているだけに

なかなか「一筋縄ではいかない価値観」のようです。

「近現代合理的経済人」というイメージすら、

見直されようとしてきている現在です。

現在、各大学でも「政治経済学部」という看板が掲げられていますが、

その「政治経済学」の原型は、18世紀後半から19世紀中期にかけての

イギリスにありました。

近代科学と産業革命が相乗的に発展していく一方で、イギリスは世界中に

今日の「グローバリズムの原点」ともいえる「国家保護主義的自由貿易理論」を

輸出していきます。

一方で、イギリスの国内外を問わずに「貧富の格差」が大きく問題となってきた

時代でもありました。

後にも触れる若きガンディーなどのイギリスの植民地だったインドの若き

青少年や「人口論」でも有名なマルサスなども、

そうした19世紀ヴィクトリア朝期におけるイギリスの荒廃した

「政治経済学状況」に警鐘乱打していきました。

「近代経済学」は、アダム・スミスリカードによって展開されていくとともに、

ベンサムジョン・スチュアート・ミルに代表される「功利主義」に

牽引されていきました。

この「近代政治経済学」は、一般的に「経験論と合理論を母体とした思想」から

構成されています。

そうした状況の中、「人間は快楽だけに生きる狭い生き物ではない!!」と

問題提起していったのが、前にも当ブログでご紹介させて頂いた

ウィリアム・モリスの師匠であるラスキンでした。

現代経済思想に代わる「もう一つの経済思想」があります。

本文でも語っていきますが、ラスキンは「美術評論家」でもあったことから、

独特の「美学感覚」から厳しく批判考察を積み重ねていったようです。

このラスキンの経済思想の特徴は、「経済と環境の調和」にあります。

まさに現在、「旬の経済思想」でもあります。

これから、私たち人類はどちらの方向へ向かおうとしているのでしょうか?

賛否両論もあるかと思われますが、私たちの「日頃の経済生活」を厳しく

問い直させる「経済思想」でもあります。

という訳で、皆さんとともに「人類の知的共有財産」から学びながら

考えていこうという趣旨で、この本を取り上げさせて頂きました。

忘れられた思想家ラスキン

この本の長所は、ラスキンの経済思想だけではなく、

これまでの人類の「政治経済思想史」をおさらい出来る点にも

あります。

その長くなる詳細な解説は、この本に委ねますが、

まずは、元々の「政治経済(ポリティカル・エコノミー)とは何だったのか?」

について、簡単に触れておきます。

古代ギリシャにまで遡って解説されていますが、「よく生きるを問い続けること」が

哲学の原点であり、あくまでもそれを実現させていく「術」は「手段」であります。

私たち「近現代」に生きる人間は、この「原点」における「目的と手段」を

ひっくり返してしまった点に、現代社会が抱える様々な問題点があるということを

確認しておくことから始めましょう。

つまり、「政治経済(ポリティカル・エコノミー)とは、自己管理術のこと」です。

これを、社会の発展とともに大きく拡大していったのが、「現代政治経済学」です。

ところで、「忘れられた思想家ラスキン」は何を根拠にして「近代経済思想」を

批判していったのでしょうか?

この大前提も、語り出すと「きりがない!!」ので詳細は省きますが、

要約すれば「人間観(世界観)の違い」にあります。

冒頭でも触れましたように、「近代経済思想」は「功利主義と経験論と合理主義」に

由来しますが、ラスキンは「芸術家の仕事ぶりとその思想的役割」を解説する

「美術評論家」でもありましたので、「ロマン主義」の影響を強く受けていました。

つまり、人間観(世界観)を巡るスケール問題でもあります。

ラスキンの見るところ、「近代(政治)経済思想」が想定する「人間像」は

あまりにも「小さく狭すぎる!!」という嫌悪感でした。

一方、「ロマン主義」はその名からも理解されるように、

ある種の「英雄崇拝的要素」も含まれています。

こうした世界観に馴染むと、確かに「人間の卑小さ」には嫌悪感をもよおすと

思われます。

「現実の人間は、決して合理的でも功利的でもない!!」

「もっと、偉大なる賢明さも兼ね備えているはずだ!!」

ラスキンは、こうした問題意識から「近代経済思想」に含まれた毒素を

鋭く摘出していきます。

そうした考察を深めていく過程で、「近代経済人間像や経済価値観」を

根底から揺さぶっていきます。

「計量化された最大多数の最大幸福を享受する人間像」に対して、

「名誉ある富を維持しようとする穏やかな経済の世界」という視点を

導入した「最大多数の高潔にして幸福な人間像」を提示しています。

ラスキンの「経済思想」は、代表作「この最後の者にも」や「芸術経済論」

によく表現されているとのことです。

ご興味とお時間のある方は、是非ご一読下さいませ。

21世紀「現代経済社会」に甦るラスキン

著者により学ばせて頂いた点は、ラスキンは

古代ギリシアの哲学者プラトンから影響を受けた

ある種の「ユートピア思想家」のように見えるのは

「大きな誤解」だということです。

確かに、そのような「社会主義または初期共産主義思想」の

萌芽のようなものも感じられますが、必ずしも一般的に

考えられているような「急進的な革命思想家」ではないようです。

著者の解説によると、むしろ保守主義とアナーキズム(社会主義)を

合体させたような「ラディカルな保守主義者」でしょうか?

当時のイギリス政界の文脈で言えば「トーリー党(王党派)」の発想

だったようです。

一方で、この時代の大多数の政治経済思想の理論家やベンサムらの

「功利主義者」は「ホイッグ派(後の自由党・急進的リベラル派

=総じて自由貿易擁護派)」に属していたようです。

このあたりの事情は、世界史を選択していた管理人にとっても

なかなか理解しがたい「英国政治事情」です。

あの若き日のチャーチルでさえ、党派間を行ったり来たりしていた

ようなので、複雑な「思想状況」だったようですね。

こうして、ラスキンの経済思想を検討してきた訳ですが、

現在の「経済と環境の調和」にも大変意義のある「経済思想」のようです。

この本によって、「失われた時を求めて」で有名なプルーストやガンディーにも

多大な影響を与えた思想家であることを知ることが出来ました。

現在の「ディープ・エコロジスト」にも影響を与えているようですが、

ラスキン自身は、あくまで「穏やかな経済環境思想」に落ち着いていた

ようです。

「自然と環境の健全性や混乱は、人間社会の価値の追求姿勢の健全・異常の鏡」

であるという考え方が、ラスキンの「経済思想」でした。

決して、「過激な反人間主義でも、極端な生物平等主義でもない」ようですね。

ここまで、ラスキンの思想を学んできたのですが、

管理人にとっては、学生時代から「新自由主義や社会・共産主義を乗り越える思想」と

して親しんできた日本でも一時有名になったラビ・バトラ氏の師匠筋である

インドの社会思想家サーカー氏の「進歩的活用理論(プラウト)」を思い出させました。

あるいは、近年話題になったブータンの「国民総幸福度指数(GNH)」などの

イメージです。

そのような「最先端経済改革理論」から見ても、

「19世紀経済思想に反旗を翻したラスキン経済思想」は、

「21世紀経済思想」のまだ見ぬ「最先端」に位置づけられそうですね。

ただ、今後「現代経済の評価基準」を具体的にどのように構築形成

していくかは、なかなか困難なようですね。

このあたりは、「良識ある方々の創造力」に期待しながら、私たちも

身近なところで「出来る範囲」から細かく微調整していきましょう。

とはいえ、19世紀からおよそ200年経た現代経済社会では、

「急激な技術革新が止まるところを知らない」現状にありますが、私たちは

「機械と仲良しの暮らし」をしながら、「自然環境とも調和した暮らし」を

模索していかなくてはなりません。

確かに現状からは、「憂慮の念」しか湧いてこないのも事実ですが、

私たち人類は諦めずに一歩一歩「現状改革」を進めていくしかありません。

皆さんもこの本を読みながら、ともに「未来経済のあり方」を考えて頂ければ

幸いであります。

なお、ラスキンについては、

「この最後の者にも・ごまとゆり」

(飯塚一郎・木村正身訳、中公クラシックス、2008年)

「ラスキン~眼差しの哲学者~」

(ジョージ・P・ランドウ著、横山千晶訳、日本経済評論社、2010年)

をご紹介しておきます。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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5 Responses to “伊藤邦武先生の「経済学の哲学~19世紀経済思想とラスキン」を読み、「近現代経済学の根幹」を再検討するヒントを得よう!!”

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