白隠禅師の「禅画の世界」を心の眼で観賞しよう!!日々のストレスで曇ってしまった仏性を磨き直すために・・・

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日々のストレスで疲れているあなたへ・・・

今回、お薦めするのは白隠禅師の描いた「禅画」です。

「禅画」って「あの茶室などに掛けられた墨絵のこと?」

「禅画とは、禅の世界観が描かれた絵画」のことです。

でも、私たちにとっては敷居が高そうですね。

そこで、「禅画の世界」へ入っていく前に

まずは「観賞の手引き」を読んでみましょう。

今回ご紹介するのは、白隠禅師の「禅画の世界」です。

「白隠~禅画の世界~」(芳澤勝弘著、中公新書、2005年)

著者は、京都の花園大学国際禅学研究所教授で「禅学」を研究されています。

若い頃には、今でいうフリーター生活をしていらっしゃったようで

26歳頃に「縁」あって現在の仕事に関わるようになったそうです。

元々大学時代は、京都の禅寺を「下宿」とされており

その時には、さほど「禅仏教」にも深い関心はなかったそうです。

大学卒業後は、広告代理店に数年間勤務された後、大学時代の下宿先の「縁」からか

上記のような経緯に至るという「まさに遠回りのような不思議な縁」で

元の「古巣」に戻られたようですね。

著者は、人生のテーマは「渡世=人生そのもの」と語っています。

人生の行程は、誰にも未然に知ることはできません。

遠回りしても、結局は何らかの「不思議な縁」で生かされるようですね。

そんな著者も、最初から白隠禅師が好きだったわけではないそうです。

しかし、白隠禅師とじっくりと向き合っているうちに徐々に「白隠禅師のこころ」に

惹かれていったようです。

そんな著者だからこそ、「白隠の優れた通訳者でありたい」と語っています。

(「白隠の優れた通訳者でありたい」WEDGE Infinity(ウェッジ)様のインタビュー記事を参考にさせて頂きました。)

さて、花園大学といえば前にも当ブログでご紹介した「妙心寺」の近くにあり、

禅仏教のうち「臨済宗」にゆかりのある大学です。

臨済宗といえば、我が国に「茶」をもたらした栄西禅師

「風神雷神図」で有名な建仁寺の開山者ですが、江戸時代には

「臨済宗」は他の宗派に比べて衰退していたようです。

その「臨済宗」を復興させていったのが今回ご紹介する白隠禅師です。

そのため、「臨済宗中興の祖」と呼ばれています。

現代の臨済宗では、ほとんどがこの白隠禅師の系統のようです。

白隠禅師は、独学独行型の激しい「修業」を積み重ねていきます。

身体を激しく酷使するものから、禅の学問三昧でついにノイローゼになってしまいます。

そんな、ある日京都の白川の山中にある庵で「白幽子」という「仙人」に出会い、

ノイローゼから脱出するための「内観法」を教わったそうです。

「そうです」というのは、「事実」か「伝説」か確認されていないからです。

そうした経験から「挫折しない禅修業法」を追究していきました。

ところで、白隠禅師は若い頃から「仏教修業者」なら必ず一度は悩む

「菩提心(さとりのきっかけ)」が必要か否かに注意を払っています。

「菩提心なくして大悟(さとり)はありえない!!」と・・・

「菩提心のない生半可な悟りは魔道に落ちる!!」とも言い切っています。

この激しさは、前にもご紹介しました明恵上人と似ていますね。

「生兵法はケガの元」ならぬ、「生さとりはケガの元」ということを

終始気に掛けておられたようです。

そんな白隠禅師ですから「禅画」にも、その激しい性格が現れています。

秋も深まる紅葉の季節・・・

日々のストレスから脱出するためにも、「ノイローゼ解消法(内観座禅法)」を

完成させていった白隠禅師の「禅画」を、禅寺で抹茶でも頂きながら味わってみませんか?

そんな予定のある方もいらっしゃるかと思い、事前の「禅画の観賞手引き」として

最適なこの本を取り上げさせて頂きました。

禅画の観賞は、そこに込められた「思想」を事前予習してから・・・

禅画は、白隠禅師以前にも様々な方が描いてきました。

「茶室の掛け軸としての墨絵」などなど・・・

ところが、書いている文字や絵の内容って理解が困難ですよね?

管理人もはっきり言って、あまりよく理解出来ません。

人生経験もまだまだ浅いですし、深い宗教的理解が出来る心的状態にも

なっていないからでしょうか・・・

だからこそ、何らかの「観賞の手引き」があってくれたらいいのになぁ~、

と前から思っていたのです。

ただ、解説書を探してみても「美術評論家」の適当な飾り気のある文章のみで

「禅仏教」を深く知り尽くした方の解説には、なかなか見あたりません。

一方、禅学の研究者やプロの「お坊さん」の本も敷居が高すぎます。

そんなこんなで、何か手頃な「新書」はないかと探していたら「ありました!!」

それが、この本です。

当ブログでは、著作権の関係上から直接ここに画像として皆さんにお見せしながら

解説出来ないことが残念ですが、この本や上記リンク先(花園大学国際禅学研究所)

を開いて頂ければ見ることが出来ます。

管理人も「仏教学」の勉強中で十分に「禅画の世界」を堪能し、皆さんに詳しく

お伝え出来ないのがもどかしいのですが、ここは「その道のプロ」に解説を

お譲りしたいと思います。

禅画とは、「言葉では言い尽くせない真理」を伝える手段

禅仏教では、よく「不立文字(ふりゅうもんじ)」だとか

「以心伝心(いしんでんしん)」とか言いますよね。

およそ世界とは、「言葉では言い尽くせない」ほど大きくて広いようです。

ですから、すべてを言葉で表現することは出来ません。

だから、人間関係においても「大きな誤差」が生じてしまうのですね。

それでも、たいていは「言葉」でコミュニケーションを無理矢理突っ切ろうと

するのが、人間の悪いクセのようです。

そんな時に、あらためて「無理が通れば道理が引っ込む!!」という真実を

教えてもらえるのが、「禅画」の長所です。

「無言ですが、私たちの心に何かを訴えかけてきます」

白隠禅師は、あのニコニコ顔の「布袋さん」が大好きです。

仏教では、「布袋さん」といえば「弥勒菩薩」によくたとえられます。

「弥勒菩薩は、未来の仏」とされており、地上には56億7000万年後(いつから?)に

やってくるといいます。

それまでの地上で私たちを支えてくれるのが、身近な「お地蔵さん」です。

そんなことから、白隠禅師は自らを「お地蔵さん」に見立てて激しく衆生救済の誓いを

立てられました。

白隠禅師といえば、「達磨(だるま)絵」がよく知られていますね。

力強く感じる絵です。

この本に教えられるまでは、なぜあそこまで「激しい顔」をしているのか

理解出来ませんでしたが、少しは理解も進んだようです。

この本には、たくさんの「禅画」の背景が解説されています。

禅の門外漢にとっては、難しい所もありますが

様々な「予備知識」を得ることが出来ますので、

ご興味がおありでしたら、是非この本を片手に禅寺などにお参り下さいませ。

なお、白隠禅師について

「白隠(別冊太陽)~衆生本来仏なり~」

(芳澤勝弘・山下裕二共著、平凡社、2013年)

「白隠伝」(横田喬著、大法輪閣、2013年)

「白隠禅師~仏を求めて仏に迷い~」

(秋月龍珉著、河出文庫、2013年)

をご紹介しておきます。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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