明恵上人「あるべきようわ」から読む「夢見る恋い明恵」現代社会にこそ甦らせたい「華厳の教え」!!

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「無縁社会」

そんな淋しい世の中にこそ必要な「華厳の教え」

「あるがまま」ではなく、「あるべきようわ」

鎌倉時代に人里離れた山奥から「光を放った」

お坊さんがいます。

その名は、栂尾の「明恵(みょうえ)上人」

明恵上人は、よく「夢」を見ました。

クールな反面、情の熱い方でもありました。

鎌倉時代も、今と同じく「無縁社会」でした。

暗い世で、人は「いかにして生きていくべきか?」

今回は、この本をご紹介しながら考えていきます。

「恋い明恵」(光岡明著、文藝春秋、2005年)

光岡明さん(以下、著者)は、熊本日日新聞社の勤務などを経て「機雷」にて

第86回直木賞を受賞した作家です。

本作品が、著者の最後の「遺作」となりました。

さて、本作品の主人公は「明恵上人」

京都市右京区の山奥にある「栂尾」の高山寺に住まいしていたことから

通称「栂尾の上人」と呼ばれています。

空海が、修行した高尾の神護寺よりも奥深い静かな場所にあります。

よく教科書などで見かける「鳥獣人物戯画」という、現代ならさしずめ

「動物を擬人化したマンガ」で有名なお寺です。

皆さんも一度はどこかでご覧になっているかもしれませんね。

明恵上人は、紀州(和歌山県)の有田郡で生まれました。

父は平家、母はその地方の有力豪族湯浅氏の娘であり、

「武家の子」でした。

ところが、幼少時に父は戦乱で母は病死で亡くしたことから

「出家願望」が芽生えていったようです。

明恵上人は、感受性も人一倍強く若い頃からよく「夢」を

見ていました。

やがて、成長するにつれ「華厳の教え」を学び

高山寺の近くに神護寺があることの影響もあってか、

「真言密教」や栄西との出会いから「禅の教え」を学び取っていきます。

栄西の影響からか茶の栽培も積極的に始めています。

そんな上人は「お釈迦様」を大変慕っており、天竺(インド)へ渡航

しようとしますが、「春日明神のお告げ」などで結局は断念します。

この「お告げ」の経緯も不思議な出来事でした。

それを題材にした謡曲が『春日龍神』です。

やがて、承久の乱の事後処理法などを巡って、時の「鎌倉幕府の

執権」北条泰時の相談相手にもなっています。

そのときに、泰時にアドバイスしたとされる政道論が

冒頭の「あるべきようわ」でした。

「あるべきようわ」は、「華厳の教え」の中核思想です。

「奈良の大仏さんの教え」とイメージして頂ければよいかと思います。

「すべてのものは多くの縁でつながっている」

「この世に一つとして単独で孤立した生き方などない」

鎌倉時代は、ちょうど時代の変革期で今日に至る日本の「庶民生活」の

土台を築いた時代でもありました。

「貨幣経済」が一般の庶民生活にまで浸透し始めたのもこの頃だとされています。

そして、こうしたこともあってか「格差社会」が生み出され「無縁社会」

出現していきました。

このように時代の変革期という点では、現代社会とも似ており

「無縁社会」を乗り越えていく思想としても、これからますます「華厳の教え」が

注目されていくでしょう。

そんなこともあって明恵上人を取り上げました。

ただあるべきようわ・・・

「ただあるべきようわ・・・」

それは、「その時その場所」に応じた振る舞いを真剣に求道しながら

「答え」を主体的に見つけていく「生き方」です。

最近の日本では、「あるがままの~♪♪」と流行っていましたが

それとはまったく違います。

「あるがまま」の自由では、「生き方のつかみ所」がイマイチはっきりしません。

明恵上人は、当然「仏教人」ですから戒律を始めとした「型」を重視します。

その「型」を身につけていく厳しい修行の果てに見えてくる世界観・・・

それは、前回の「狂言」の「型」を身につけるプロセスと似ています。

それが、「あるべきようわ・・・」です。

常に「その時その場所」にふさわしい「理想像」を探して

人生の各種難問に対処していきます。

明恵上人の性格は、元が「武家の子」ですので

前にもご紹介した「道元禅師」と同じく根が「生真面目」です。

夢を忘れた現代人こそ「夢見の大切さ」を学びたい!!

実は、タイトルにもありましたように「夢見る恋い明恵」

著者が、この本で直接想定している「恋いの相手」は「お釈迦様」が

メインなんですが、他にも様々な面白く奇妙奇天烈な不思議な夢を

見ておられたようですね。

「夢記」という「夢を記録した日記」も残されています。

「恋い」との関連でいえば、「島」にも「恋文」をするくらい

「純情な感激家」だったようです。

面白い夢といえば「男女和合の夢」

面白いといえば、叱られてしまいますが「お坊さん」と

いえど若い時分には、「色欲」も湧いてきます。

つまり、想像力が豊かだったのですね。

想像力が豊かだったことは、数々の和歌にも表現されています。

元々、和歌は「男女の和合」に始まり「世界の平安」を祈る

「遊び」でもありました。

西行さんとの出会いもあったとかなかったとか・・・

西行さんも「色欲」で最期まで悩まれました。

謡曲「江口」などにも、その場面が出てきます。

要するに、お二人とも「情熱家・感激家」でした。

西行さんも明恵上人も「美貌」だったそうですが・・・

「純粋さ」に勝るものはない、といいます。

現代人の大半は、日々のストレスで「純粋さ」を失い

「想像力や創作意欲」が枯渇しているようです。

だからこそ、もう一度私たちも「夢見の効用(大切さ)」を

学び取りたいと思うのです。

「すべては、ただあるべきようわ・・・」

それを常に意識して考えていくことが、「無縁社会」「生きやすい社会」

へと変えていく処方箋になっていくのだと思います。

なお、明恵上人については

「明恵上人」(白洲正子著、講談社文芸文庫、1992年)

「日本人を動かす原理 日本的革命の哲学」(山本七平著、PHP文庫、1992年)

※ 第5章~第7章に明恵上人が北条泰時に与えた影響が詳しく記述されています。

「法然対明恵(鎌倉仏教の宗教対立)」(町田宗鳳著、講談社選書メチエ、1998年)

※ これも「好著」です。「念仏」を巡っての意見対立を知りたい方向けです。

「神秘家列伝 其ノ壱」(水木しげる著、角川文庫、2010年第7版)

※ マンガにて「明恵上人」が描かれています。

「明恵さん」(前壽人著、文芸社、2013年)

最後までお読み頂きありがとうございました。

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3 Responses to “明恵上人「あるべきようわ」から読む「夢見る恋い明恵」現代社会にこそ甦らせたい「華厳の教え」!!”

  1. […] 前回のブログでもお伝えした「華厳の教え」は、まさに「花の叡智」が […]

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