毒舌兼好法師の「徒然草」は、隠者ではなく世を忍ぶ仮の姿か!?
皆さんも学生時代、一度は読んだことのある?「徒然草」。
「徒然草」ってどこか「陰気くさいなぁ。」
そんな思い出のある方。
一方で、いや「徒然草」って結構ユーモアや皮肉・毒舌まじりで
「面白いなぁ」と思い出のある方。
など、幅広く評価が分かれます。
では、兼好法師って「一体何者?」
そこで、「徒然草」をあらためて考えてみたく取り上げます。
「徒然草」(吉田兼好著、角川ソフィア文庫、今泉忠義訳注)
「徒然草」は鎌倉時代末期の南北朝時代の頃に編纂されたといわれています。
兼好法師のお父さんは、京都の吉田神社の神官。
そんな兼好法師は若い頃から和歌など風雅の道に親しむ環境にあったようです。
前回ご紹介した「方丈記」の鴨長明と似ていますね。
ただ、鴨長明と比較して若い時分からそれなりの出世街道を歩もうとしていたようです。
ところが、30歳前後に出家隠遁願望が芽生えます。
~名利につかはれて、しづかなるいとまなく、一生を苦むるこそおろかなれ。
(以下、省略)~
「徒然草」(第38段)
~(冒頭省略)世は、定めなきこそいみじけれ。(中略)ひたすら世をむさぼる心のみ深く、
もののあはれもしらずなりゆくなむあさましき。~「徒然草」(第7段)
今を生きる若者も社会に出た30歳前後に同じような心境にしばしば襲われますね。
さて、兼好法師はどのように世に処していったのでしょうか?
「もののあはれ」とは、ユーモア精神を持つことか!?
「もののあはれ」とは「そこはかとない情趣に感動すること」と一般に解釈されています。
ただ、「そこはかとない情趣って何?」と聞かれたら皆さんはどう反応しますか?
人によって「情趣」の感じ方も違います。
そもそも言葉で正確に表現できましょうか?
「情趣」といえばなんだか高尚な「侘び・寂び」など「もの哀しい趣き」
そんな感覚を抱かれるでしょうか?
ここで、私はあえて「ユーモア精神によって心を和ませる感覚」と定義したいと
思います。
「無常観」とは何かを諦めてむなしくなることか?
前回の「方丈記」のところでも触れました。
「無常観」というと「虚無感(無力=むなしくなること)」というイメージ。
どうも、日本人はそのように学校教育などで刷り込まれてきたような感じがします。
「仏教や道教は、出家者や仙人向け?」
「万人に当てはまる思想哲学ではないなぁ。」
そんなイメージを持つ方も多いような感じがします。
では、「仏教や道教って本当に隠者向けなのか?」
私は、そろそろ人類全般がこの陰気なイメージを覆す時が来たと思うのです。
「仏教でも道教でも現世利益が第一」
このように読み直してみたいのです。
「無常観をもっと明るく肯定的にイメージしてみよう!!」
「閑雅な生活」とは「明るく落ち着いた生活」
兼好法師が生きていたのは、南北朝という殺伐とした時代でした。
兼好法師は「仁和寺の法師」ともいわれ仁和寺の近くの双が岡にいたとされています。
話はちょっと横道にずれてしまいますが、私も学生時代このあたりに下宿しておりました。
だからといってか、学生時分から兼好さんには親しみを感じてきたのですね。
話を本道に戻します。
一般的には、この双が岡に隠棲していたイメージがあるようですね。
ただ、「仁和寺」な南朝を始め皇室ともゆかりのある御寺。
そこで、兼好法師は戦乱の余波を避けるため隠棲場所を変えたのでしょうか?
実は、私も最近たまたま散策していた時に知ったのですが・・・
大阪に拠点を一時期移していたようなのです。
といっても南朝方の拠点「住吉大社」にも近いのですが・・・
大阪市阿倍野区に松虫というところがあります。
謡曲「松虫」でも知られます。
その近くに通称「天下茶屋の聖天さん」で有名な「正圓寺」があります。
そこに隠棲していたようなのです。
兼好さんには晩年、北朝方の高師直に近づいた縁なのか?
なんと師直の依頼でラブレターを代筆したという伝承もあります。
「意外に兼好法師っていけてるやん。」と新たな発見もありました。
そんなことからあらためて「徒然草」や「兼好法師」を読み返してみました。
全般的に確かに仏教・道教思想の影響でしょうか?
抹香臭いというのか。「モラリスト」の要素も多いようです。
それも悪くはないですが・・・
でも、きちんとユーモア精神に満ちたエピソードも豊富ですね。
そんな感じで「閑雅な生活って意外に明るく落ち着いた暮らし」のことかも。
今回は、それをお伝えしたくて長々と(徒然と?)書き連ねてみました。
皆さんも是非「徒然草」をあらたな気分で読み直してみませんか?
きっと、若い時分には見落としていたことなど何らかの新発見があることでしょう。
最後までお読み頂きありがとうございました。
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