菊池誠さんの「科学と神秘のあいだ」を読み、日常生活に潜む疑問点を考えよう!!

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「科学と神秘のあいだ」

現代社会は、科学とニセ科学で溢れかえっており、

不信感が増幅されていく仕組みになっているようです。

そうした日常生活に潜む疑問点を一つ一つ検証して

いこうとされている方が、菊池誠さんです。

管理人も典型的な文系人間であり、幼い頃から

「科学的世界」には興味関心がありながらも、

その「科学的思考法」には馴染めませんでした。

その結果、時に「神秘な世界」に紛れ込むことも

しばしば・・・

今回は、この本をご紹介します。

「科学と神秘のあいだ」(菊池誠著、筑摩書房、2010年)

菊池誠さん(以下、著者)は、統計物理学や計算物理学をご専門とされる

ユニークな学者さんです。

現在、大阪大学サイバーメディアセンター教授の傍ら、

擬似科学と科学の違いなど一般人にも理解できるような

「科学啓蒙活動」をされています。

テルミンという楽器演奏もされるとか・・・

SF(科学小説)とロックが好きな学者でもあることから、

この本に出会い、管理人の「心の琴線」に触れました。

管理人は、典型的な文系人間で、当ブログでも

たびたび「科学と神秘のあいだ」を探求してきました。

その中でも、「科学と擬似科学」というテーマには

大変興味ある分野でもあります。

著者は、「科学と擬似科学の間」には、実際上

「連続性もあり、後の検証から仮説が更新されていくこともある」

ことから擬似科学という言葉に代えて「ニセ科学」という言葉を

使用することを提唱されています。

よって、管理人も著者の趣旨に賛同して、以下「ニセ科学」で

統一させて頂くことにします。

文系か理系かを問わず人間は「科学的合理思考」だけで

人生を貫き通せる訳でもありません。

「この世に不思議なものなど何もない!!」と言ってみたところで、

やはり、「不思議な驚異に満ちた世界はある!!」のです。

「どうしても、納得できないものがある!!」のが、人間の真実ですね。

そこで、管理人を含め多くの人間は「神秘の世界」を

探訪することになるのですが・・・

「信じるか、信じないかはあなた次第!!」

年末になると、こうした番組に人気が集まりますね。

その心理は、よ~くわかるつもりです。

人間誰しも、わかっていても「怖いものや謎のものが見たい!!」のです。

まぁ~、この程度なら問題はないのですが・・・

問題は、ここからです。

現代社会は、何でも興味本位なテーマで人を魅了し、

荒稼ぎをする者達であふれ、根拠のないデマやうわさ話で

風評被害が生じたり、場合によっては

人の人生を狂わせたりする事件にも発展しかねないからこそ、

「ニセ科学」は可能な限り追放しなければならないのです。

もちろん、科学にも限界はありますが、この「科学とニセ科学のあいだ」を

何度も確認する作業は、決して人生にとってムダにはならないと確信して

おりますので、今回この本を取り上げさせて頂いた次第です。

科学とニセ科学

著者は、「トンデモ本」を調査研究していることで

有名な「と学界」の会員だそうです。

管理人も、人間なのでついつい「面白いトンデモ本」に

手を出してしまうクセがあります。

だからといって、「トンデモ本」を悪書として直ちに焚書坑儒に

処すのも問題です。

かえって、良書・悪書乱読することによって、「免疫力」を

つけることにもなるので、必要悪としては

この世に必要な存在なのかもしれません。

純粋に物語として楽しむのならいいでしょう。

この「失われた20年間」に不安やおそれを煽るような

駄本が大量生産されてきました。

今も「続出中」ですが・・・

特に、「陰謀論」は物語としては巧妙で面白くもあることから

後を絶つことがないようですね。

あるいは、「ニセ科学」などの一見もっともらしいテーマなどには

ひっかけられるものです。

それもこれも、単純に「無知」だからですが・・・

いずれにせよ、現実に社会被害が生じないことを祈るばかりです。

著者は、科学とニセ科学の間には

実際には「線引きできないグレーゾーン」もあると語っています。

科学とニセ科学を線引きするために、確立されつつある学問分野が、

「科学哲学」です。

ことに、カール・ポパーの「反証理論」は重視されているようです。

「方法的懐疑論」や「方法的虚無主義」は、いくらか役に立つようですね。

それでも、なかなか「消極証明」は難しいようです。

「ある」ことは証明しやすくとも、「ない」ことを証明することは

極めて困難なために、その「すき間」に入り込むのが「ニセ科学」が

根絶できない原因の一つです。

「明らかなウソ」なら見破れますが、意外にもそのような事例は

少ないために、この種の「ニセ科学」にはプロの科学者ですら

見過ごしてしまうようです。

また、科学者も人間ですから「欲に駆られて猪突猛進」する場面も

多々あるようですね。

例の「理研騒動」などもその典型例でした。

この本では、「陰謀論」や「ニセ科学」などから豊富な話題を

提供してくれています。

全編、気軽に読めるライトエッセーになっていますので、

是非ご一読をお薦めします。

最後は折り合いをつけるしかない!!

「科学と神秘のあいだ」

人間の認識力には、限界もあることから

「どうしても納得できない!!」ことが多々あるようです。

著者は、まず「事実と物語の区別」を厳密にする作業を怠らないことを

強調されています。

論理は、一面「もっともらしさ」を補強してしまう傾向にあるので、

なかなか厄介な代物でもあります。

意外に、「明確に割り切れるもの・こと」って、

この世には、無いようなんですね。

「それでも、世界は不思議に満ち溢れている!!」

科学では、「いかに?」しか追究することができないために、

「それは何か?」や「なぜ?」という問いには

別途「解釈」を施してやらなければなりません。

著者は、「わかる」と「納得する」の間には「絶望的に困難な距離」が

横たわっているとも語ります。

著者は、「科学に道徳を導入すべきか否か?」についても

否定的なようですが、確かに「水の結晶」の話みたいなことは、

根拠もなく科学的に扱うのは問題でしょう。

この問題は、「科学」ではなく「一つのものの見方」として「科学的真実」と

厳格に区別したうえで、教材のテーマにするのであれば問題はなかったのでしょう。

唯一、科学を道徳的に扱っていいのは

「科学には何が出来て、何が出来ないか?」を正確に説明するとともに、

その限界を踏まえた結果得られる「謙虚さ」でしょう。

その「謙虚さ」を養う教材として、科学は有効だと思います。

他にも、この本には様々なことを考えさせてくれる豊富な素材が満載です。

特に、この本の第2部<間奏>テルミンのコーナーは、

楽器テルミンの入門案内にも最適だと思いますので、

この楽器にご興味ある方は是非ご一読下さいませ。

それにしても、「フリーエネルギーの実現可能性」が

著しく低いことにはショックだなぁ~。

ただ、科学は絶えず「仮説の更新」も許されているので

可能性は低くとも、今後の科学と技術革新に期待するとしましょう。

最後に、最新の科学的世界観は、「実在的世界観」から「確率統計的世界観」へと

移行中のようですが、やはり人間には「実在感・現実味」が必須のようですね。

なお、「科学とニセ科学」について考察したい方へ、

「99.9%は仮説」

(竹内薫著、光文社新書、2006年)

もご紹介しておきます。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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3 Responses to “菊池誠さんの「科学と神秘のあいだ」を読み、日常生活に潜む疑問点を考えよう!!”

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