梅原猛先生の「学ぶよろこび~創造と発見~」21世紀に生きる若者たちに向けた愛のメッセージ!!

Pocket

「学ぶよろこび~創造と発見~」

梅原猛先生から、未来を生きる若者たちへの

熱き愛あるメッセージが届きました!!

これからは、他人任せにせずに自分で学問体系

を創造していく時代!?

現代は、あらゆる「外面的規範」の絶えざる

見直し更新作業が要請されている社会であります。

今後、ますます「内なる倫理と外部世界との調和哲学」が、

各人に要求される「本格的独立時代」になっていく・・・

今回は、この本をご紹介します。

「学ぶよろこび~創造と発見~」              (梅原猛著、朝日出版社、2011年)

梅原猛先生(以下、著者)は、現代日本を代表する哲学者です。

京都大学を中心とする「学問文化」である「現代京都学派」の

影響を受けながらも、既存のあらゆる権威などを見直しながら

独自の「生存哲学」を育んでこられました。

ここ10数年は、わが国における「宗教と芸能文化の交差点」の

地道な研究活動から「太陽の哲学」を構築しようとされてきました。

この「太陽の哲学」の原点は、この本にも触れられていますが、

著者の「青年期(昭和30年代頃)」のちょうど30代に

勤め先を立命館大学に変えたあたりから始まった「笑いの研究」

あるようです。

この頃は、大学の授業がない時には、頻繁に大阪の「寄席」に

通い詰めながら、「人間の笑いとは何か?」を必死で観察研究されて

いたようです。

その原点である「笑い」が、やがては晩年期の「能楽(狂言)研究」にも

つながっていったのでしょうか?

狭義の「笑い」に止まらずに、広義における「人間の喜怒哀楽」を探究して

いくことによって、体系化されていったようです。

著者のプロフィールについては、著者も語っていますように

おそらくこの本が一番詳細に語られた本でもあるようです。

そのことは、この本に委ねますが、管理人も「梅原哲学」には

心惹かれた者の一人であります。

私事で恐縮ですが、管理人の母校も立命館大学でした。

同期に狂言師(能楽師)として今もっとも盛りある茂山逸平さんも

おられました。

管理人も能楽ファンですので、個人的な意味でも茂山さんに

親しみを感じています。

管理人が在学していた時代には、梅原先生はすでにおられませんでしたが、

法学部に在籍していたこともあり、あらたな「価値観」や「哲学」を模索して

いました。

従来の日本の保革思想の限界をどのように乗り越えていくべきか?

また、国際化が進展していく中で、ますます不安定になっていく日本人の

アイデンティティーに対して、20世紀的な「日本ナショナリズム」を

どのような形で脱構築していくのが、日本人の幸福につながっていくのか?

など、現代青年事情では大変「もの珍しい」平成の哲学青年でした。

特に、法学部に属していたので「法哲学(思想)」には興味関心を抱いており、

一時期は「研究職」を目指そうかと考えていましたが、個人的事情もあり

断念することになりました。

現代日本の「法体系」は、言うまでもなく戦後は当時の「特殊アメリカ的事情」が

色濃く反映された日本国憲法を頂点とした「近代的法体系」となっています。

ここでは、「憲法論」など語りませんが、どうすれば日本人にとって

しっくりする「憲法」として定着していくのかについては、絶えず興味のある

ところです。

さて、管理人は公式のアカデミズム研究者の道は諦めましたが、

独自の険しく厳しい在野の研究者の道は諦めた訳ではありません。

管理人は、幼少時から三度の飯よりも(誇張しすぎですが・・・)、

「学問」が好きでした。

そんなこともあり、兼ねてから敬愛する梅原先生の「学問方法」には、

興味がありました。

前置きが長くなりますので、これ以上は深く語りませんが、

この本は、「これからの未知の時代を生き抜く青少年向け」の本としても

最適だと思いましたので、取り上げさせて頂きました。

偉大なる仕事を成し遂げた人間は、心に多大な傷を抱えている!!

著者の生い立ちや心の道のりについては、この本に

詳細に語られていますので、触れないことにしますが、

著者が、この本でもっとも強調されていることが、

「偉大な仕事を成し遂げた人間は、多大な心の傷がある!!」

「傷あるがゆえに、誰よりも大きな夢を生むのだ!!」

「不安定な現代日本の青少年も、必ず大きな夢を見ることが

出来る!!」

「また、そのような時代だからこそ、大きな夢を心に描き、実現を

追求していく人が必要だ!!」

ということです。

残念ながら、個別具体的な事情もあるので、誰しも「夢実現」することは

難しいかもしれません。

ここで、「夢」とは「最初に想い描いたような夢」ということです。

しかし、著者もそうだったように「個別特殊事情」があったとしても

「自分なりのライフワーク(誇り高い志)」を描き続けて一歩一歩地道に

着実に前進していく姿勢があれば、「脇道」を歩きながらでも、遅かれ速かれ

「夢実現」がかなうようになっているそうです。

そのためには、孤独と孤立を恐れずに堂々と歩を進めなければなりません。

著者の「生存哲学」は、「戦争や貧富の格差」より人間の本当の姿をかいま見た

ところから構築されていったようですが、このことが著者の心に大きな傷を

与え続けたようです。

そのコンプレックスこそが、著者の「学ぶよろこび」の原動力とも

なっているようです。

21世紀を「失われた20年(ロストジェネレーション)」として、

必死で誰にも言えない思いを抱えて生き抜いてこられた「心に多大な傷を

負った青少年(老若男女)」も同じような精神状態だと思われます。

だからこそ、同じ「苦しい思い」を抱えつつも

「明日の夢見る青少年(老若男女)」を心から応援したいのです。

著者は、「学問と芸術」は「創造力と新発見」の歓びにあふれている

語ります。

そんな魅力的な「梅原哲学」も、青少年期の「壮絶な孤独・孤立経験」を

経ています。

著者は、ニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」の「精神の三様の

変貌説」を引用しながら、青少年が必ず乗り越えていかなければならない

「心の道すじ」を語られています。

人は、一生の内で「ラクダからライオンの季節」を経て、

「ライオンから小児の季節」を経る「大きな壁」が

必ず誰にでも訪れるのだと・・・

それは、「連帯を求めて孤立を恐れず!!」などという

戦後の生やさしい「世界観」とは大きく異なるでしょう。

私たち青少年は、決して後ろ向きな批判をしながらムダな時間を

過ごす過ちを繰り返してはならないでしょう。

そのためにも、時代を超えた古今東西をつなぐ「壮大な明るい叙事詩」

を各自で創作していかなくてはなりません。

それには、今を生きる時空だけで判断して生きる姿勢では、

歴史の厳しさに耐えることも困難でしょう。

残念ながら、平成アカデミズム事情では、様々な利害関係にとらわれてしまう

ために、自らの独自な視点を持った「学問体系」を構築していくのが

はなはだ難しいようですね。

だからこそ、若手の無名の在野の精神を逞しく持った「独立研究者」が

必要となってきている訳です。

いつの時代も、次の時代を構築していく種を蒔くのは、

「市井に潜む在野の士」です。

私たちも、著者の愛あるメッセージを真摯に受け取りながら

「獅子吼」していきましょうね。

自分の思想を自分の言葉で語っていこう!!

学問は、「着眼点と問題意識がすべて」といいます。

それは、まるで彫刻や陶芸のような創造性を要します。

独創性とは、絶えざる日々の革新作業と保守点検の繰り返しの過程で

生み出されていくものです。

人間は、まったく「独自の独創性」ということは難しいようですが、

「まだまだ世の中に埋もれているモノや他人が見落としているコトは

ないかなぁ~」と、問い続けることは出来ます。

近代の学問体系は、著者も語っていますように、17世紀のデカルト

始まる「理性」と「人間中心主義」が主流となって発展していきました。

しかし、21世紀になり「近現代の神々の黄昏」を迎えているようです。

そのためか、西洋でもあらためてギリシャ以前の古代エジプトや

メソポタミア・シュメール文明や東洋思想、スピノザライプニッツのような

一神教的世界観をも超克していこうとする、さらなる「汎神論的世界観」の

再発見(創造)も始まっているようです。

著者は、わが国における宗教芸術哲学思想を研究されていく中で、最澄

「天台本覚思想」にこそ日本の中心思想があるのではないか、と語られていますが、

管理人は、若き日の空海にも影響を与えたとされる「法相唯識・華厳的世界観」を

もっと探究していきたいと思っています。

最澄の「天台本覚思想」に論争を挑んだ徳一の思想です。

それから、「梅原怨霊史観」の「盲点」にも積極的にチャレンジしていきたいです。

聖徳太子を研究された功績は、尊敬の念を持っていますが、それなら

『なぜ日本の律令制度が根本的に変更されていったとされる

「藤原不比等」を偉大なる政治家とされ、どのように位置づけされているのか?』

管理人は、「柿本人麻呂」だけでなく、「大伴家持」の視点からも

見なければこの時代の「底流に流れる意識」が見えてこないのではなかろうか?

と、疑問を持ってきました。

むしろ、聖徳太子から天武天皇、聖武天皇から称徳(孝謙)女帝に至るまでの

「海人(あま)の系譜」をもっと深く探究していきたいと思います。

その視点から、シルクロードから古代オリエント文化などを探りつつ、

東西両文明文化の架け橋となるような「虹」を見つけたいと思っています。

それから、「哲学と科学の融合地点」として、「ゼロと無限大」の視点を

取り入れた独自の「唯識物理学」を研究していきたい・・・など、

現在の管理人の個別的な力量のみでは如何ともなし難い点は、

多々ありますが、「生ある限り」努力していきたいと

考えています。

著者の「太陽と水の哲学」には、魅力がありすぎるゆえに、

管理人にとっても挑戦しがいのある「学問テーマ」であります。

それは、著者が戦時中に「西田哲学」を乗り越えて、数々の名だたる学者を

乗り越えようとされた過程のように、管理人にとっても「ライオンの季節」です。

敬愛する「梅原哲学」を乗り越えるのは、「正式なアカデミズム研究」を

経ていない市井の民間人にとっては、困難な道のりですが

「学問の方法論は、決して一つだけではない!!」ということを

信じて取り組んでいきたいと思います。

皆さんも、人生に目標(生涯のライフワーク)を持つことが出来れば

「楽しさも倍増」するようです。

管理人も含めて、皆さんそれぞれの「人生街道の道のり」も険しいでしょうが、

そのような現代だからこそ、「夢見る勇気」も持って頂きたいと思うのです。

今回は、著者に触発されて私事も長々と語ってしまいましたが、皆さんも

独自の学問や芸術といった「創造的発見」を探究していただければ、

少しでも「平和にして安らかなる世界」が、この地上に訪れる日も

近づくのではありますまいか・・・

そんな応援メッセージも込めて、著者のこの本をご紹介させて頂きました。

なお、著者の「人類の哲学」の一端をかいま見たい方へ、

「共生と循環の哲学~永遠を生きる~」(小学館、1996年)

「人類を救う哲学」

(稲盛和夫氏との共著、PHP研究所、2008年)

『「太陽の哲学」を求めて~エジプト文明から人類の未来を考える~』

(吉村作治氏との共著、PHP研究所、2008年)

「人類哲学序説」(岩波新書、2013年)

も、ご紹介しておきます。

最後までお読み頂きありがとうございました。

sponsored link




 

コメントを残す

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

サブコンテンツ

このページの先頭へ

Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.