エンリケ・バリオスさんの「もどってきたアミ小さな宇宙人」宇宙の基本法<愛>に親しむには、手放すことが第一歩!?

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「もどってきたアミ小さな宇宙人」

昨日に引き続き第2作目を、

エンリケ・バリオスさんの優しい語り口で、

ともに<愛の理法>について学びます。

「愛」は、一つの魂だけでは<未完成>!?

主人公は、アミを介して、様々な人びとに

出会いながら、精神的成長を目指します。

すべての誤解の源流には、エゴが関わっています。

「愛」への目覚めは、エゴを手放すことから・・・

今回は、この本をご紹介します。

「もどってきたアミ小さな宇宙人」(エンリケ・バリオス著、石原彰二訳、さくらももこ絵、徳間書店、新装改訂版第2刷)

エンリケ・バリオスさん(以下、著者)は、

前作に引き続いて、宇宙の基本法<愛>について、

アミとともに、優しく語りかけています。

本文に入る前に、第1作目『アミ小さな宇宙人』の

あらすじを復習しておきます。

『小さな男の子である本書の主人公ペドゥリート君が、

ある日の夕闇せまる頃、人気のない海岸沿いの高台に

ある岩で、海を眺めていたところに、UFO墜落・・・

その日を皮切りに、主人公と「小さな宇宙人」アミとの

交流が始まります。

やがて、アミの宇宙船に同乗して、

地球よりも進化した惑星<オフィル星>を訪問。

地球人に欠けている視点を知ることになります。

それが、宇宙の基本法である<愛>の存在でした。

そこで、<愛>を妨げる最大の障壁が、

「エゴ(自己執着心)」にあることも学習していきます。

そして、このアミとの交流が、主人公の魂を目覚めさせ、

地球に帰還し、使命感を果たそうと勇気ある第一歩を

踏みだそうとするのですが・・・

アミとの交流が、「想像世界」での出来事だったのか、

それとも、「現実世界」での出来事だったのか、

半信半疑でありながらも、アミとの遭遇と

そこで学び得た経験に確信を持ち始めます。

第2作目では、主人公のいとこの協力で、

第1作『小さな宇宙人アミ』は完成するのですが、

<大人>のいとこは、「おとぎ話」だとして

その物語に描かれた真実を無視して、

まったく取り合おうとしません。

そこで、<子ども>である主人公は、その懐疑心を解くために、

アミと最初に出会った岩場に刻印された<しるし>を

確かめに行きます。

すると、主人公の背後には、アミが・・・

アミとの再会を果たします。

第2作目の物語は、ここから始まります。』

そこで、第2回目のテーマは、

「愛と認識との出発」から「信仰論(偶像崇拝禁止論)」、

「意識(精神)次元論と共感度数(愛の度数)の関係性」や

いわゆる「双子の魂(ツインソウル論)」などについて、

第2作『もどってきたアミ小さな宇宙人』を読み進めながら、

皆さんとともに考察していきたいと思います。

今までも『アミシリーズ』は、世界中で数多くの人びとの間で

読まれてきた大名作ですが、このような意表を突いた哲学的読み方は、

稀少だったと思いますので、その試みに成功しているかどうかは、

読者の皆さんのご判断次第でありますが、皆さんにも

ともに考察して頂ければ幸いであります。

特に、宗教的な「信仰論(偶像崇拝禁止論)」については、

あまり日本では馴染みのない論考ですが、著者自身も

本書の様々な箇所で、聖書の一節を引用されていることもあり、

特段、的はずれな議論でもないと思われます。

著者自身、著述業に専念される前の若い頃には、カトリック系の神学校に

通学されておられた時期もあるそうです。

そうしたご経験もあることから、『アミシリーズ』の底流には、

「愛と義(誠)」についての問題意識も大きなテーマに

なっているのではないかとも推測されます。

管理人自身は、カトリック信者ではありませんが、

高校時代「カトリック系」の学校に通学していた経験もあり、

この「偶像崇拝禁止論」には、多少興味関心度も高いようです。

21世紀現在、アミが心配していたような「大災難」が、

再び、この地球上に生起しつつあるようです。

「なぜ、人びとはこの狭い惑星内で、相互不信感に苛まれてしまうのでしょうか?」

近未来に、この「美しい星地球」で、決定的な「大破局」を迎えないためにも、

今まだ余裕のある内に、建設的な議論を皆さんとともに喚起していきましょう。

それこそが、「アミの願い」でもあり、「アミからの愛あるメッセージ」を

受信した私たちの責務なのですから・・・

「知っていながら、見て見ぬふりだけは出来ません!!」

文明人に不可欠な3つの基本条件(アミ)

さて、アミによると「文明人」と呼ばれるためには、

次の3つの基本的条件をすべて満たしていなければならないといいます。

『①愛が、宇宙の基本法であることを知ること。

②国境によってバラバラに分裂している世界を、ただたったひとつの国に

統一すること。

③愛が、すべての世界機構の根本となっていること。(中略)

そしてまた、文明世界が集団的に未開世界とかかわりをもつことは

宇宙の法で禁止されていて、未開文明の進歩・発展のためには、

あの神秘的な”救済計画”にのっとり、ほんのわずかに、それを

ほのめかすことぐらいしかできない』(本書12~13頁)

ということも教えてくれています。

こうした「アミの教え」を学んでいると、地球上での出来事は、

現在に至るも「真逆」の方向で退化(進歩ではなく・・・)してきたことが

理解されます。

確かに、21世紀現在も「国際連合」などの「国際的調整機関」が存在して

いますが、こうした巨大組織もうまく機能しているとは、とても思えません。

「国際連合」は、第一次・第二次の両世界大戦の深刻な被害による反省から

創設されたことは知られています。

さらに、その背景思想には「世界連邦運動」があったことも知られています。

また、現在ヨーロッパで難題を抱えているEU(欧州連合)も、

クーデンホーフ・カレルギー伯爵の「汎ヨーロッパ運動」から

生み出されてきたことも知られています。

そこに共通するのは、「フリーメーソン的友愛精神」です。

こうした一連の「世界政府組織」が掲げた「友愛精神」と

「アミの宇宙の基本法<愛>」には、どうやら深い溝がありそうです。

おそらく、この大きな違いには、アミが強調する

「愛の度数(意識次元度数)」が深く関与しているようです。

まず最初に断っておきますが、ここで「偏見に満ちた陰謀論」を展開しようと

している訳ではありません。

管理人の個人的見解と現時点における理解度数であることを大前提に

アミの問題意識と共有しながら、考察させて頂くことをお許し願います。

(ですので、時に誤解や偏見・誤謬が入っていることも重々承知している

つもりですので、その点をご了承のうえで、ともに考察して頂ければ幸いです。)

現行の「世界政府構想」でも、近未来に穏やかな形で、人類に受容され、

この地球上に平和が訪れるならば大歓迎であります。

但し、そこには、強引な「統一・統合」ではなく、

穏やかな「共生・共存」が尊重されていることが大前提になります。

つまり、<愛>であれ何であれ、唯一の価値基準だけが許容・推奨されるなど

多様な価値観が排除・差別されることがあってはならないでしょう。

さて、ここで、この大きな「愛の度数」について、

現行の「世界政府構想」と「アミの宇宙基本法<愛>」について触れていきます。

「なぜ、前者の構想が、21世紀現在に至っても、うまく機能せず、

むしろ現状を悪化させていく一方なのだろうか?」

当然、皆さんにも関心がおありのテーマだと思います。

それは、前者の「世界政府構想」に「理神的観念(過度の理性崇拝)」が

含まれているからではないかと見ています。

一般的に、「理性神(万物を見通す目)」を崇敬するとされる

フリーメーソン的思想と言っても、様々な形態や人物が存在するようです。

管理人も敬愛するゲーテなどのような穏やかな知性尊重論もありますし、

それこそ千差万別のようです。

但し、管理人は加入(信仰?)している訳ではないので、内部事情は知りません。

とはいえ、ボーイスカウトなど有名な外郭団体などには、親しみも感じていることから

ある程度の空気は感じています。

真偽不明な「陰謀論的批評」は論外だとしても、

その「上部位階性(ピラミッド構造=秘儀性<秘密結社>)」のような

「閉鎖的イメージ」に、多くの方々が不信感や恐怖感を抱かれているようです。

これとて、一般的な公開情報による知識であり、情報の質量ともに

真偽不明な点もあるため、決めつけは出来ませんが、

そのようなイメージもあるようです。

ゲーテ自身も、フリーメーソンに加入していたようで、本書との絡みでも

重要である独特な「意識次元論」も抱いていたそうですが、

ここには「精神的位階(次元)論」が含まれていたといいます。

昨日も語りました「下層次元から上層次元は認識し得ない!!」との

見方の提示です。

なお、このことに関連して他宗教でも「偶像崇拝禁止論」が存在しています。

このことが、第2作目では、大きなテーマにもなっているようですが、

こうした「公開制」「秘儀(密)性」の違いから創造されてくる

「偶像崇拝」には、「相互信頼感」や「本来の友愛感」を排除してしまう

恐れもあるために、厳禁扱いされてきたようです。

管理人は、言うまでもなく、専門家ではなく、「神学論争」には通じていませんが、

こうした「偶像崇拝」が、差別や誤解を招いてきたことは否めないようです。

もっとも、仏教などにおける「仏像信仰(崇拝??)」などは、「偶像崇拝」とは

必ずしも一致していないと、管理人は考えていますが、

今後とも無用な宗教摩擦を避けるためにも、仏教界はもっと「情報発信」していく

必要があると感じています。

「偶像崇拝」は、「愛」との連想から考察するなら、「盲目的崇拝(執着)」を

容易に生み出すことにも、厳禁されてきた要因があるようです。

アミも、どんなに敬愛感を抱いていても、特定の人間の前で

ひざまずいてはならないといいます。

『どんな兄弟にも、たとえどんなすぐれた上の兄弟にも、ひざまずいてはいけない。

われわれは、神の前にのみ、ひざまずくことができる。ただ、自分の心の奥底、

孤独の中での内的コミュニケーション、つまり瞑想と祈りによって、はじめて

その目に見えない存在にひざまずくことができる。(中略)そこで至高の神性と

通じ合うことができる』(本書299頁)と・・・

さらに、ここでの「神」は「理性神(人工神=人間の似姿)」ではなく、

一切の形を持たない<純粋な愛そのもの>だとされているようです。

つまり、「神=愛そのもの」は、どこか遠い存在ではなく、

私たちとともに、各自の精神的レベルに応じた形態で、感じられる(現れる!?)

ということのようです。

「神の臨在感覚も、愛の度数によって異なる」ということです。

ところで、宇宙の基本法<愛>と冒頭で書きましたが、

これも「人定法」によって、一律の定義がされて万人に拘束力を

持つようなイメージでとらえてはならないようです。

先程も、語りましたように、「愛」に対する実感や表現法は

各人各様それこそ多様なために、多義性が含まれているからです。

そういうこともあって、アミも強調するように「盲目的な愛」は

「歪んだ執着愛」ということで好ましくはないものとされています。

「自己愛」であれ、「他人愛」であれ、バランス感覚が精神的成長のためには、

大切になってきます。

それを、本書では、「マタイによる福音書」を引用しながら、

『あなたの隣人をあなたじしんのように愛せよ(いわゆる<隣人愛のススメ>)』

(本書310頁)として表現されています。

ところで、「なぜ、現行のあらゆる国際紛争解決法がうまく機能しないのか?」という

上記の最終テーマでもある「文明世界はみだりに未開世界に介入してはならない」にも

つながっていきますが、一定の価値観で<正しい方向>に誘導させる手法には、

絶えず誤謬がつきまとうからでもあるようです。

特に、人間の場合にあっては、なおさらであります。

そんな重大な教訓から、「宇宙の理法では、安易な人道介入を認めない!!」ようです。

それとなく示唆することしかできない。

一見、冷たい「小さな宇宙人アミ」の教えのようですが、

未開文明に属する私たち地球人にとっては、厳しい試練を乗り越える中で、

自らの精神的意識を高めていくしかないようです。

そうした「相互学習」が「愛の実践」であるようです。

まとめますと、アミの教えである「宇宙の理法<愛>」の立場から見ると、

①の「宇宙の基本法<愛>」とは、自発的に生み出されてくる

ある種の「自然法」だということ。

②の「世界統一構想」も、人工的機関だとか、超エリート階層による

支配秩序によって、生み出されるものではないこと。

③は、「愛そのもの」と各人がバランスよく一体化している下での、

「自発的世界機構」による自己統治だということ。

このように、管理人などは解釈しています。

ですから、時間はかかりますが、現行「世界政府構想」を成功させようと

願うならば、万人による自発的協和統治に向けて進化発展せざるを得ないだろう

というところに、アミの教えから学ぶべき点があるようです。

自分自身をより深く知る「自省心」から「隣人愛」へ

さて、私たちの住む地球をより良き「文明世界」へと

進化発展させていくためには、まずは、「自らの魂磨き」から始まります。

そのためには、光(希望)とだけ向き合っておればよいという訳にも

いかないようです。

本書でも強調されていますように、「強すぎる光(希望)は、かえって有害!!」

なってしまいます。

なぜなら、「絶望感」に襲われた際には、その反動で予想もつかない

「不協和」の方へと力強く引きずり込まれかねないからです。

反対に、「陰(心の闇の部分=愚かさなどの弱点)」にも、きちんと日頃から

向き合わなければなりません。

心の内面における整理整頓を心がけておかないと、それを世界に投影して

他傷危害に及んだり、逆に過度の自責行為から自傷危害を

引き起こしかねないからです。

①「感情」ではなく、②「思考(理性)」、

さらに、③「意識(高い自制心)」を経て、

④「きわめて高度な精神的次元にある愛」に至る精神的訓練の過程で

私たちは「真実の愛」へと導かれるといいます。

ここで、アミも強調していますように、一足飛びの上昇は不可能であり、

危険だとも語っています。

ですから、何度も強調されていますように、

「一歩ずつ前進していくしかない!!」ということになります。

あまりにも、より良き結果を急ぎすぎてはいけないとのことです。

そうした個人的な精神的ステップアップを通じて、

「精神的エゴ(精神的傲慢さ)」からも脱却されていくといいます。

ここで重要なことは、先に精神的次元の上昇感覚が獲得されたとしても、

決して、精神的優越感に浸って、他人の弱さを軽蔑してはならないと

いうことです。

このあたりが、他の「上から目線」的な精神世界系の類書にない

『アミシリーズ』の優れた点であります。

アミも教えてくれたように、我先に上へ上へと一人孤独に進むのではなく、

ともに下から登ってくる人びとを支え助け合いながら、「サポート役」に

徹することが先決のようです。

つまり、人類は「共進化」しながらこの地球を明るくしていくのです。

『上にのぼるには、まず下に行くことが必要だ』(本書304頁)です。

これなども、「現代の革新的リーダーシップ論や企業組織論」とも絡んで

「より良き改善法のヒント」として勉強になります。

最後は、「自己自身の内的存在へと帰還し、自己信頼を高める」ことに

よってでしか、自分自身を救出することは出来ません。

その傍らには、常に他者と自分自身へのバランスの取れた愛情感覚に

寄り添った実感が伴わなくてはなりません。

つまり、安易な「わかりやすい解答」を他者(外部)に求めるのではなく、

自己自身の奥深い心の泉から湧き出てくる愛(真心)に目覚めることから

始めなくてはならないようです。

それが、「愛と認識との出発」であり、

「愛の共感度数を高めることによる自他ともにバランスの取れた友愛論」です。

最後に、「双子の魂(ツインソウル論)」に若干触れながら筆を擱くことにします。

著者も本書で主人公とアミを通じて、「双子の魂」を持った女の子ビンカを

登場させていますが、ここにも「時空を超えた真の友情」がテーマとして

語られています。

いわゆる「精神世界系」における「ツインソウル論」には、管理人は疎くて

あまり詳細な知識はありませんが、どうやら「永遠の魂論」にも通じた

重要なテーマのようです。

「もし、生前だけでなく、死後にも相通じる<魂>の共感者が側にいてくれるなら、

絶望的に孤独な人間にとっては、<大安心>!!」であります。

今回、第2作目『もどってきたアミ小さな宇宙人』を読み進めてきたことで、

学び得たことは、「すべての地球人(人間だけではないですが・・・)は、

進化途上の創造の中心に参加出来る」ということでした。

ですから、読者の皆さんの中で、『アミシリーズ』を読まれた方は、

すでに「同志」になります。

最後に本書の言葉を引用しておきます。

『だからこの仕事は、あきらめて手をひくひとが多ければ多いほど、

それだけ危険度も高まっていくんだよ・・・・・・おそらく、きみの

参加・不参加が、この均衡のかたむきを左右するだろう。

そう、きっときみの世界は、きみの惑星の運命は、この本を読んでいる

きみの行動しだいだろう。きみがきみの惑星のすべての運命の決定を

くだすことになるだろう』(本書323頁)

それでは、また明日の『アミシリーズ最終回』でお会いしましょう。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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