リン・トゥイストさんの「ソウル・オブ・マネー」恐怖と欠乏からの自由実現のためにも、お金の本質を学びましょう!!

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「ソウル・オブ・マネー」

世界的な「資金調達」の専門家である

リン・トゥイストさんが、「お金の本質」に

迫っています。

21世紀現在、世界では未だに貧困や暴力から

解放されたとは言い難い状況にあります。

特に、グローバル化が進展する過程で、

経済生活は絶えず変動に晒されています。

本書を読むと、「お金とあなたとの関係」から

世界をまるっきり変えてしまう!?

今回は、この本をご紹介します。

「人類最大の秘密の扉を開くソウル・オブ・マネー~世界をまるっきり変えてしまう≪お金とあなたとの関係≫~」(リン・トゥイスト著、牧野内大史訳・監修、ヒカルランド、2013年第3刷)

本日で、東日本大震災から5年が経ちます。

まずは、東日本大震災でお亡くなりになられた方々のご冥福を

慎んでお祈り申し上げます。

また、現在も避難生活を余儀なくされておられる方々には、

一日も早く復興がなされ、再び故郷の地で

安息の日々が訪れますように、慎んでお祈り申し上げます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

それでは、本日のテーマに入らせて頂きます。

リン・トゥイストさん(以下、著者)は、世界的な人道支援活動家であり、

資金調達の専門家兼コンサルタントとして、ご活躍されている女性です。

40年以上にわたる世界的な問題を解決する数多くの活動に

関与されてこられたといいます。

飢餓撲滅を目的としたハンガープロジェクト協会の設立当初の

メンバーでもあります。

2004年には、「本書」でノーチラス・ブック・アワードの

グランプリを受賞されました。

ですので、本書の邦訳紹介までには、

およそ10年ほども経ていることになります。

現在も、夫とともにアマゾンの熱帯多雨林を保護する

非営利法人パチャママ・アライアンスの創設による支援活動や

ソウル・オブ・マネー・インスティチュートにて、

お金と調和した経済生活に関する教育啓蒙活動をされています。

訳者の牧野内大史さんも、心理コンサルタントとして

「シンクロニシティ・クラブ」を主宰されています。

著書には、『人生のシナリオを書き換えるイメージの法則』

(ヒカルランド、2011年)などがあります。

なお、牧野内大史さんのホームページは、こちらをご閲覧下さいませ。

さて、本日こちらの本を取り上げさせて頂いたのは、

今週のメイン紹介本『アミシリーズ』の最終章での、

「テクノロジーの近未来と地球人類の関係」について、

もう少し深く突っ込んで考察してみたいとの思いがあったからです。

本書に出てくる内容とも重なってくるだけに、皆さんにご紹介する

価値は十二分にあるものと確信しています。

本書と『アミシリーズ(記事①記事②記事③)』の共通点は、

「恐怖と欠乏からの自由と調和生活の共有実現」です。

21世紀現在、前世紀に比較すれば驚異的なスピードで

世界は進化発展してきました。

その恩恵で、私たち先進国に住む人間が、

100年ほど前の人びとが待望していた

ほぼ豊かで平和な暮らしを享受させて頂いていることには、

素直に感謝申し上げなくてはなりません。

一方で、その陰には、まだまだ貧困や暴力などの耐え難い苦しみから

立ち直れないでいる方々の癒しがたい悲しみが

あることも忘れてはなりません。

現在においては、もはや「不均衡発展」による社会構造で

地球に住む人類差別があってはならないでしょう。

本書にも出てくる「宇宙船地球号」で有名な未来学者

バックミンスター・フラー氏も、「あなた私の世界」ではなく、

「あなた私の世界」という共有世界を理想とすべきことを

強調されておられます。

フラー氏は、著者の親しい友人でありメンター(師匠)でもあるそうですが、

1970年代に、すでに現代社会の未来予想図を描いていたといいます。

その時点では、「あと50年ほどかかるだろう・・・」との予測だったそうですが、

その50年後の「2020年」も近づいています。

著者によれば、フラー氏の講演では、

『歴史上のある地点において、私たち人類は「誰もが健康で快適な生活をするのに

充分以上のレベル」に到達したのです。』(本書92頁)とのことですが、

後に本文でも触れますように、あの『自己実現理論』で有名な

心理学者アブラハム・マズロー氏の見解とも共通意識がありそうです。

とはいえ、21世紀現在に至っても、人類に幅広く共有されている

「恐怖と欠乏」といった不安心理には、なかなか打ち勝てないでいます。

こうした不安心理も、資本主義の内在的な力では、「限界」もあるようです。

「資本」主義にも、もちろん多様な「資本」経済思想があっても良いのだと

思われますが、なぜか、現状では「資本と言えばお金」というほど、

「貨幣資本」主義経済に過度に依存しています。

本書でも、こうした現代資本主義経済生活の問題点につき、

「恐怖と欠乏から自由になる道」という視点で展開されています。

では、「どうすれば、私たちはお金と経済生活に調和点を見出すことが叶うのか?」

今回は、本書を通じて「お金の問題点」を様々な角度から考察していきましょう。

「お金」は「エネルギー」だとは言うものの・・・

著者は、自らの「資金調達専門家」としての立場から、

これまでに様々な人道支援活動に関与されてきたといいます。

本書では、その過程で得られた「富裕層から貧困層までの生の声」などを

題材にしながら、未だ人類が克服し得ていない「欠乏の神話」にメスを

入れていきます。

本書では、「欠乏の神話」について、「神話の解体」を目指した論考を

提示しています。

ところで、この「欠乏の神話」には、大きく3つの「神話」がある

いいます。

①「充分には無い」

②「多ければ多いほどいい」

③「それは、そうと決まっている」

特に、①「充分には無い」という「欠乏の神話」については、

「資本主義経済」以前の問題として、人類が有史以来抱えてきた

心理(生存本能)的不安が原因となってきているだけに、

なかなか、この「宿あ(長年の精神的患い)」から脱出するのが

困難なようです。

現代の経済状況では、「過剰経済」と言われているほど、

「欠乏経済」とは無縁(少なくとも、一般的な先進国経済事情では・・・)な

はずで、「頭」の方では理解し得ても、「情動反応」としては拒絶反応を

してしまうようです。

また、②の問題では、現代資本主義経済では、「欲望喚起循環構造」が

経済に組み込まれてしまっているだけに、その「もっと、もっと・・・」という

「欲望拡大経済生活」からは降りることもままならないようです。

さらに、その「資本」主義経済では、

評価基準が「比較優位」という形態で、客観的な「価格(価値)設定」をしなくては、

うまく機能しないために、「透明な」金銭的評価にどうしても比重が置かれてしまいます。

もっとも、「資本」は「お金」に限定されない訳ですが、

つまり「金銭」を介した「交換経済」でなくても良い訳ですが、

「金銭」の極度の融通性や価値中立性などの絶妙な性格から、

この「資本=貨幣」主義経済生活に代替する「経済生活」の普及も難しそうです。

③は、「資本」主義経済に特有の「欠点」ということではありませんが、

人間が持つ一定の「強い認知バイアス」が、そのような「頑固行動!?」を

取らせるようです。

ただ、これら①から③に共通する心理的不安に「恐怖と欠乏」が存在することは

間違いありません。

そこで、タイトルに関する話題に入りますが、

「お金はエネルギー」とは、昨今様々な「精神世界系」経済関連本では

しばしば言及されていますが、一般的経済専門書では、

この「お金の真実」には何らかの意味もあってか、

お目にかかることも少ないようです。

このことも、「不思議と言えば不思議!!」ですよね。

言うまでもなく、「資本」主義経済システムでは、「信用第一」であり、

金融機関の役割も、市中経済の媒介役として「信用創造機能」を

有していることは明白な事実です。

確かに、「経済学」の初歩的な教科書にも記載されていますが、

「学問」としての経済知識や、「実用」としての経済知識では、

客観的記述が尊ばれるからなのかどうか分かりませんが、

「お金=エネルギー」と言った「視覚的イメージ像」という視点で

触れられるのは、「政治経済的事情(大人の事情)」では好ましくないようです。

本書も、ある意味では「お金」の精神的側面に光を当てた

「精神世界系」経済関連本だとする「世間的な区分け」には入るのでしょうが、

21世紀現在、そろそろ、経済の精神的側面も

科学的に分析考察されても良いのではないでしょうか?

現に、「行動(心理・神経)経済学」と言った「新しい精神的経済学」も

真面目に扱われ出しているのですから、単なる「精神世界系」と言って

軽視していくのは問題だと思われます。

そこで、本書の主題「恐怖と欠乏神話からの解放を目指して・・・」

移らせて頂きます。

経済生活における「恐怖と欠乏感」については、上記でも考察させて頂きましたが、

現代資本主義経済に絞ってみると、特に18世紀以来の「産業革命」によって

世界中に拡大されていった「規模の経済性」を極限まで追求していく

「自由」主義経済思想に問題がありそうです。

ことに、今週、たびたび言及させて頂いていますマルサスの『人口論』こそ、

「恐怖と欠乏神話」を補強してきたものと見ています。

もう一つが、上記のフラー氏が講演されていた1970年代に

世間に衝撃を与えたローマクラブによる『成長の限界』であります。

この1970年代から時代を30年遡る1941年。

第二次世界大戦では、表向きの政治的イデオロギーとは異なり、

「経済戦争」の側面がもう一つの「裏の顔??」でしたが、

今日では、まったく忘れ去られているようです。

学校教育でも、二度の世界大戦や近現代戦争のほぼ100%が

「経済権益」を巡っての争いが原因であったことが、教えられることは

少ないようです。

管理人個人としては、非常に不安を覚えるところです。

2016年現在も、本当に悲しく残念なことですが、

「移民・難民問題」などを含め、「経済紛争の火種」が

世界中の至るところで発生しています。

だからこそ、今週『アミシリーズ』をご紹介しながら

「私たち地球人類の未来」について学んで頂くきっかけを得られた

読者の皆さんには、ともに真剣に考察して、

現代経済生活の改善のヒントとして、役立てて頂きたいのです。

さて、その「経済戦争」としての側面から、

第二次世界大戦のみにひとまず絞って考察させて頂きます。

それが、日米戦争(実は、大変悲しいことですが、水面下では

未だに続いています。<例:日米間の金利差問題や貿易摩擦など>)

の大きな「経済思想観」の違いとなって現れたのです。

ここでは、当時(今もですが・・・)の社会主義・共産主義を

一旦除外したうえで、

「先進国(英米保護的自由主義経済)VS後発国(日独伊ファシズム経済)」

といった「資本主義経済内におけるブロック経済紛争」について考察します。

これは、2016年現在も「潜在的紛争の火種」にも発展しかねないので、

未然の絶望的紛争回避の観点からも、ここで是非強調させて頂きたい論点であります。

それは、「持てる国VS持たざる国」の争いともイメージされていますように、

「後発国による先進国への追い上げ競争と予防措置競争」でもありました。

現代ならさしずめ、「グローバリズムVSナショナリズム」として、

先進国と新興国(発展途上国)の経済競争としてイメージされている経済戦争でした。

21世紀には、さすがに前世紀の二度の世界大戦による反省教育の効果が

あったのか、今のところは「熱い戦争」にまでは発展していませんが、

現代、再び、「地球人類」の知恵が問われているだけに、ここで真剣に

考察しておくのも無意味ではないでしょう。

そこで、1940年代の第二次世界大戦時に戻りますが、

1941年の英米主導の「大西洋憲章」と

独伊抜きの1943年の日本主導の「大東亜共同宣言」の違い見てみましょう。

「教科書が教えない歴史」です。

その前に、一点注意喚起しておきますが、言うまでもなく、

管理人の独断と偏見も含まれていますので、各自皆さんにも

調査研究して頂いたうえで、分析考察して頂くことをお薦めします。

情報検索時代だからこそ、良質な読書によって、

各自真剣に考えて頂きたいのです。

なぜなら、「誤謬と無知が最悪な結末を引き起こすから」です。

残念ながら、各界の指導層ですら、あまり深く哲学的考察まで

立ち入っていないようなので、未来を担う青少年にこそ

願いを託しているのです。

(18歳にまで選挙年齢が引き下げられたことは、重いことなのですよ。

人類史的には・・・)

なぜならば、いい加減な判断が今後とも繰り返されるならば、

近未来には、再び、財産による「制限選挙の時代」に逆戻りしかねないからです。

この点は、今回の「経済紛争(格差問題)」とも絡んで重要な視点です。

そこで、視点を「大西洋憲章」と「大東亜共同宣言」に引き戻しますが、

前者は8項目の宣言によるものですが、特に「経済戦争」の側面で

問題になるのは「6項目め」に該当します。

それが、本書の主要論点でもある「恐怖と欠乏からの自由」です。

もっとも、この英米主導の「大西洋憲章」も、英国の植民地問題など

固有の複雑な経済事情もあったのか、英米間でも大きな食い違いがあったのです。

そこを突いたのが、あまりにも遅きに失したとともに、

現代まで「相互誤解の原点」になってしまっている「大東亜共同宣言」です。

この「宣言」の方が、上記「大西洋憲章」に比して、さらに「無視」されている

ものですが、今後の「世界史の中における日本人の立ち位置」を真剣に推測する

点でも、非常に大切な思想が反映されています。

もっとも、当時は<戦争中>でのことでありますので、前者も後者も

確かに「抽象的理念」という「限界」を抱えていたことは否めません。

ですが、日米ともに尊い命が奪われ、凄惨な犠牲が生み出されてしまっただけに、

双方の「宣言文」の「短所」ではなく「長所」に目を向けて頂きたいのです。

後者は、前者の「恐怖と欠乏からの自由」から見事抜け落ちていた

「植民地(後発国)側の願い」も込められていたからです。

私たちは、決して日米ともに(日米だけではないですが・・・)、

泉下に眠っておられるご先祖様のことを忘れてはなりません。

その意味で、現在の価値基準だけで判断してはいけませんし、

政治的な立場を問わず、未来志向ではあっても

「過去を忘却(軽視)」してはなりません。

というように、戦時中は、日米ともに「抽象的限界」はあったにせよ、

歴史は、「文書がある意味すべて」です。

しかも、これらの「憲章(宣言)文」は、命がけの「戦時下」に

認(したた)められただけに、

貴重な人類の知的遺産でもあります。

そこで、これらの両宣言文を未来(現代も当然ですが・・・)に

活かしていくためには、「具体的理念」にまで

私たちの手でもって高めていく必要があります。

まとめますと、「お金は、エネルギー」というところから始まりましたが、

「(経済的)戦争も、恐怖や欠乏といった不安が現れた<負のエネルギー>が

投影されている」ことを記憶しておきましょう。

そのうえで、著者も強調されていますように、

実は「この世」は、「充足社会」であり「欠乏社会」ではないことも

あらためて確認しておく必要があります。

後は、「負」を「正」のエネルギー情報で書き換えていく技法訓練の問題です。

「恐怖と欠乏」からの自由実現へ向けて・・・

こうして、「恐怖と欠乏」について、長々と考察してきましたが、

残された課題として、冒頭でも掲げさせて頂いたフラー氏とマズロー氏の

共有問題意識のテーマに移らせて頂きます。

フラー氏も、冒頭で引用させて頂きましたように、

『歴史上のある地点において、私たち人類は「誰もが健康で快適な生活をするのに

充分以上のレベル」に到達したのです。』(本書92頁)と、

語られています。

一方で、マズロー氏も『自己実現理論』における「5大欲求仮説」について

論じられています。

ピラミッド構造に例えて、最下層から最上層まで「5段階理論」(現代では、

<自己超越>を取り入れた6段階??理論になっていますが・・・)で

生物として不可欠な低次欲求から人間として要求される高次欲求に至るまで

欲望にも、それぞれ次元があることが強調されています。

「5段階理論」を掲げておきますと、最下層から

①生理的欲求

②安全の欲求

③社会的欲求/所属と愛の欲求

④承認欲求

⑤自己実現欲求

(⑥自己超越)となっています。

ここで、本書との絡みでフラー氏とマズロー氏の

現時点での「限界」を批評しておきますと、

残念ながら、双方の視点ともに実現にはほど遠い現状も

指摘されます。

むしろ、世界の現状を観察すると、

人類の「生存権」すら怪しくなっている状況です。

(人類以外の生存世界もですが・・・)

『アミシリーズ』最終章でも語られていた「テクノロジーの楽観的未来」によって、

改善されていく余地は、もちろん十二分に残されているものと、

管理人も確信してはいますが、昨日までの3連載で強調してきましたように

「人類の愛の度数(想念)次第」であります。

それには、現代人の思考法を根底から改善していく必要があるようです。

上記マズロー理論で言えば、最低限の「衣食住」といった

低次欲求すら完全には満たされていないようです。

そりゃ、「持てる者」から「持たざる者」を見ると、それは一見

「おまえが怠けているだけだ!!」ということになるでしょうが、

管理人は、それこそ、「愛の度数」の点で怠けているとしか見えません。

なぜなら、昔から現代までもですが、

「仕事にも換金化しやすい職業とそうでない職業もあるから・・・」でありますし、

「経済状況とて、常に安定している訳ではないから・・・」であります。

そういう「宇宙の理法」は、むしろ「純心な子ども」でも理解出来る道理だと

思うのですが、皆さんはいかがでしょうか?

こういった「現代経済観念」も、大人から子どもへと文化的に遺伝されていく

だけに、複雑な気分に襲われます。

「子どもの貧困は他人事ではない!!」のです。

管理人も、仕事の合間を見つけては、将来の姪っ子の「家庭教師役」を

果たして、少しでも兄弟で教育費の節減に役立つように、復習しているところです。

管理人の場合は、たまたま昔から「勉強が趣味」みたいなところもあったので

特に、「家庭教師役」を買って出るにやぶさかではありませんが、

世の親御さんにとっては心配の種でもありましょう。

義務教育自体が、不信感の源であり、受験産業界だけを潤す仕組みになっていると

いうことだけでも、日本の教育は「異常!!」であります。

本書の絡みでいうならば、「恐怖と欠乏からの自由実現」を本気で目指すなら、

せめて「教育・医療」といった分野だけでも「無償化」を目指すべきでしょう。

また、自己実現による「未来経済」を現行資本主義を乗り越えた「超先進経済」を

夢物語で済ませないためにも、「衣食住問題」も経済的に解決する知恵を

出していく必要があります。

『アミシリーズ』には、そんな優れたヒントも満載です。

ベーシックインカム制度」も、アメリカ独立革命時の啓蒙思想家

トマス・ペインにも、その思想的萌芽はあったそうですが、

あれから200数十年経た現在でも未完成です。

アメリカこそ、人類が乗り越えるべき試練を経験してきた人工的「連邦国家」で

あるだけに、世界をより良き方向へと進化させる先駆的問題解決法を

提示して頂きたいと思います。

(荒々しい手段での解決法は、ごめん被りますが・・・)

ということで、究極のところ、人類全体の「意識の切り換えが必要」という

ことにつきるようです。

それには、本書によると、「セルフイメージ」を書き換えることから始める

必要もあるようです

著者は、本書で、「貧困層から富裕層に至るまで」

あらゆる「経済生活」を観察しながら、実践行動をされてこられただけに

論拠にも説得力があります。

まずは、自分自身を貧しく小さくされた者とするような<被害者意識>を

持たない日常訓練から、再出発する必要がありそうです。

その意味で、「お金と仕事を切り離すこと」が叶えば、

現代資本主義経済もあらたな段階へと上昇出来るのでしょうが・・・

<未来経済>までの道のりは長いですね。

このあたりも、前にもご紹介させて頂いたように、

「評価経済」に代えて「態度経済」という「経済観念」の変化がヒントに

なるのかもしれません。

いずれにせよ、「お金はコミュニケーションの手段でもある!!」ようですね。

本書にもそうしたお金に対する「あたらしいイメージ像」が提示されています。

「分離ではなく、統合へ」とともに、

「与えること以上に、心を開いて受け容れることもさらに大切」のようです。

最後に、本書の最終章でも触れられている

『芋虫から蝶へ-奇跡の変容』(本書299頁~)という論考は、

『アミシリーズ第3作目』である『アミ3度めの約束~愛はすべてをこえて~』の

精神的次元が高次に変容されていく『第2章クラトの秘密82頁ご参照』とも

相まって、「人間は必ず意識を高めれば、変われる生き物なのだ」ということを

教えてくれます。

ということで、本日も締めの時間になりましたが、

「お金=エネルギー」の本質は、実は「愛だった!!」ということを

強調して筆を擱かせて頂きます。

なお、「お金」のスピリチュアルな側面を学びたい方には、

『豊かさを実現する11のメッセージ

お金の心配のない現実を作る方法』

ドリーン・バーチュー/グラント・バーチュー共著、

株式会社JMA・アソシエイツステップワークス事業部、2015年)

また、「恐怖や欠乏感」などの「マイナスエネルギー」を手放すには、

『ゆるす力』

(植西聰著、幻冬舎新書、2012年)

『人生を変える一番シンプルな方法 新版 ~セドナメソッド~』

(ヘイル・ドゥオスキン著、安藤理監修、乾真由美訳、主婦の友社、2014年)

さらに、本文中で触れさせて頂きました

「大東亜共同宣言」の背景事情については、

『大東亜会議の真実~アジアの解放と独立を目指して~』

(深田祐介著、PHP新書、2004年)

をご紹介しておきます。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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