エンリケ・バリオスさんの「アミ3度めの約束~愛はすべてをこえて」愛の讃歌をともに合唱して、地上に平和を甦らせましょう!!

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「アミ3度めの約束~愛はすべてをこえて~」

エンリケ・バリオスさんの第3作目。

本日が、『アミシリーズ』の最終回です。

地球外から突如、地上に舞い降りた「小さな宇宙人アミ」

アミの深い教えに導かれながら、少しずつ「知恵と勇気」を

取り戻していく人びと。

「人間は、最初から完璧でなくともよい!!」

「されど、アミがもたらす<愛の知恵>を学んだ者は、

立ち上がらなければならない!!」

今回は、この本をご紹介します。

「アミ3度めの約束 愛はすべてをこえて」(エンリケ・バリオス著、石原彰二訳、さくらももこ絵、徳間書店、2000年初刷)

エンリケ・バリオスさん(以下、著者)による『アミシリーズ』

本日が、最終回です。

まずは、前回の第2作目『もどってきたアミ小さな宇宙人』の

あらすじを復習しておきます。

第1作目『アミ小さな宇宙人』では、主人公ペドゥリート君は、

地球外からやってきた「小さな宇宙人アミ」と

空飛ぶ円盤で、宇宙探索の旅に連れ立ちます。

そして、宇宙にあるオフィル星では、かつて一度滅亡したという

地球人類史と戦争による「滅亡前」にそこから救出された

地球人の話を聞きます。

この「滅亡前」に救出された「もと地球人」がオフィル星人であり、

主人公ペドゥリート君は、その戦後の生存者の末裔であることを知ります。

そこで、オフィル星人の暮らしを見学しながら、現代の地球人が、

「未開人」であることに気付かされます。

その体験過程で、地球人の「愛の度数」が低いことも学び、

地球人が再び、滅亡という「大災難」を回避したいのであれば、

「宇宙の基本法<愛>」を学び続けながら、勇気をもって

地球人同胞の精神的進化発展に奉仕すべきことを決意します。

地球人の進化発展に寄与していくためにも、主人公自身が「宇宙親交」を

結びながら、「救済計画」の真の意味を知る必要がありました。

第1作目では、「科学と霊性の関係」や

「エゴ(執着)愛と真の隣人愛の違い」などを中心に主人公とともに

学びました。

そして、アミからの指示でもあった第1作目のテーマを出版するべく

第1回目の地上帰還を果たします。

第2作目『もどってきたアミ小さな宇宙人』では、アミの実在について

半信半疑だった主人公でしたが、心の内面では、愛とともに深く刻印されており、

主人公のいとこであった<大人>ビクトルの協力で出版にこぎ着けたのですが、

<大人>であるビクトルは、第1作目のテーマを「おとぎ話」として

まったく信じようとしません。(理性的地球人の大多数にとっては、

当然と言えば当然ですが・・・)

この第1作目は、<大人>ビクトルの協力もあって、「小説(おとぎ話)」

としては、一応大成功し、ヒット作品になったのですが、このことが

徐々に半信半疑の地球人の魂に灯をともしていくことに

(それは、まだまだ先のことですが・・・)

そんな、身内のまったく不信心な「いとこ」にアミの実在を納得させるために、

アミが地球を去る際に、海辺の岩場に刻印していった

「円で囲まれた翼の生えたハートマーク」を見せて、実在証明しようとするのですが、

「いとこ」は、言うまでもなく「完全無視」で、至って「興味関心ゼロ」という状態。

でしたが、主人公も半信半疑な心理状態であることには変わりなかったのですが、

そうした「アミの実在証明」の過程で、主人公の確信が強まっていくと同時に、

そこで、主人公が見たものとは・・・

それが、アミとの再会でした。

このあたりから、第2作目の物語が始まります。

そして、この時にアミとともにやってきたのが、

後に主人公と「双子の魂(ツインソウルメイト)」であることを知り、

ともに暮らすことになる女の子ビンカちゃんでした。

このビンカちゃんは、キア星人であり、互いの出会いが大きな縁となり、

アミとともに、「宇宙の基本法<愛>」について、

さらなる学びを積み重ねていきます。

そして、ビンカちゃんの故郷キア星を訪問。

そこで、煩わしい世俗生活から逃れ出て、

孤独な「小乗的暮らし」をしていた老賢者クラトに出会うのですが、

このクラトにも、ビンカちゃんとの関係や意外な過去の秘密が・・・

※「小乗的暮らし」とは、仏教の一つの考え方(生き方)ですが、

「個人救済のみに完全自足した生活」と、一般的には説明されています。

そして、アミは主人公とビンカちゃんを連れて

キア星を出発、カリブール星へ。

そこで、ついに主人公とビンカちゃんが、「双子の魂」を共有した

「ツインソウルメイト」であることを発見します。

しかし、一旦は、主人公とビンカちゃん、

未来の再会を期して、別々の故郷へと帰還します。

その後の主人公は、アミの惑星である<銀河人形>を訪問し、

アミの家族にも対面し、様々な叡智を学びます。

そこで、アミの真実を知ることになります。

アミの真実の姿とは、

「神々しいまでに燦然と光りかがやく存在だった・・・・・・。」

(『もどってきたアミ小さな宇宙人』298頁)

そして、主人公も地球へと帰還し、アミとの再会を誓います。

それから、主人公はアミとの約束である第2作目の出版に

またもや「いとこ」の協力で仕上げるのですが・・・

前置きが長くなりましたが、第2作目までの

おおよその「あらすじ」を要約させて頂きました。

そして、第3作目『アミ3度めの約束  愛はすべてをこえて』

ということで、ここから本文に入っていくことにします。

「愛の度数」を高めるためには、想念の純粋さが重要!!

ここまで、3日にわたり『アミシリーズ』について

語ってきましたが、この物語は単なる「精神世界系」の

狭いジャンルに置いておくのは、もったいないほど

「高貴な叡智の書」であります。

本当に優れた「賢者の知恵」であるならば、

その表現形態が、「空想的創作(フィクション)」か

「現実的創作(ノンフィクション)」かの区別は、

あまり意味がないでしょう。

その共通項は、つまるところ、

「人間の精神的進化に資する<愛>を伴った天啓の書」とでも

表現すればよいのでしょうか?

そんな温かい感覚が伝わってくる書物です。

さて、第3作目『アミ3度めの約束 愛はすべてをこえて』

最終回ですが、この3部作に共通する底流にあるテーマも、

その題名の通り「愛はすべてをこえて」であります。

「愛の純粋度が、人間の意識を高次元に変容させ、

世界をより一層豊饒で平和な状態へと導くのだ!!」

そんな「強い想念」も伝わってきます。

実は、「愛」だけでなく、何事か優れた仕事を実現させようと思えば、

どうしても時間がかかってしまいます。

仕事であれ何であれ、この地上に「より良き果実」を実らせるためには、

「想念の純粋度」も試されるように思います。

もっとも、「果実(報酬)」とは何も「金銭」に限定される訳ではありません。

「金銭」とは、「報酬」の一つの表現形態にしかすぎないのですから。

面白いことに、<宇宙の法則>内におけるルールでは、

この世は万人に公平に出来ているようです。

例えば、一時的な「不正行為」によって、仮に「大きな稼ぎ」を

金銭的評価という形で得られたとしても、そこに「愛(純粋さ)」や

「真実性(何を<真実>とするかは、人それぞれですが・・・)」が、

込められていなければ、後で重大な揺り戻し(罪業=エゴの精算)が

待ち受けているということです。

本書でも強調されていた「作用・反作用(負の返報性)の法則」が

働くからです。

本書では、「ブーメラン効果」と表現されていますが。

ここで、「返報性の法則」の話題に触れさせて頂いたついでに、

一般的(世俗的)な「返報性の法則」と

アミ(聖的=宇宙の理法)が言うところの「返報性の法則」を考察しておきます。

本書でも、様々なキャラクターの「精神レベル」に合わせた闘争劇が、

面白おかしく描写されていますが、やはり「愛は最後には勝つ!!」という

古典的結論には変化はないようです。

(物語の世界の話と言えばそれまでですが、真実の世界でも

究極的な結論は、そのようになっています。)

少なくとも、「目に見えない世界」をも見通せる精神的度数の高い

知的生命体であるなら、そのような結論を導くでありましょう。

それは、地上の<現実的人間界>では、単純な「勝敗」として決着がつく訳では

ありませんが、仮に「真の優者(賢者)」が敗北したとしても、

未来には<厳しい歴史的審判>が待ち受けているからです。

前者の一般的「返報性の法則」とは、「目には目を、歯には歯を」(ハムラビ法典)

のような「因果応報的刑罰」に反映されています。

一方で、後者のアミが言う宇宙の基本法<愛>に基づく聖なる「返報性の法則」は、

「良いことも悪いこともそのまま」何らかの形で、自分に跳ね返ってくるという

考えであるようです。

これは、前者に対して、悪い行いをした相手方の立場から見て、

アミの次元からとらえると「教育的刑罰」に相当するようです。

つまり、自らのなした行いに対して、それとなく教え諭す改善的手法です。

ここで、「愛の度数」の話題に戻しますが、

この宇宙界で生起するあらゆる現象も、「想念の純粋度」によって、

異なった結論に導かれるようです。

第3作目冒頭のシーンでは、主人公が、アミや「双子の魂」ビンカちゃんに

再会したい一心で祈るのですが、その実現度数も「愛の純粋度」に

比例するということが示唆されています。

「愛とは、信念と確信によって均衡点に達した時に、もたらされるもの」

本書における老賢者クラトの表現を借りれば、

『(前略)愛を手に入れるには、まず愛が感情ではなく、存在であると

いうことを知ることだ。愛とはなにものかであり、実在している、

生きている精神である。だから、われわれの中で目ざめると

われわれに幸福を、そしてすべてのものをもたらすもの-。

(中略)

愛とは、求めるものではなく、あたえるものなのだ。

どうやったら愛が手に入るかって?

愛をあたえることによって 愛することによって』

(第2作『もどってきたアミ小さな宇宙人』225~227頁)

ということになるようです。

このように、アミやビンカちゃんとの再会(出会い)もそうですが、

人間の行いに対する評価や間違いに対する善導についても、

本書では、

「相手が良くなることを祈り見守りながら、じっくりと待ち続けること」が

大切であることも強調されています。

前回も語りましたが、「精神(意識=愛)度数」が高くても、

低いレベルにいる人間を決して軽蔑(侮辱)してはいけません。

それは、「精神的エゴを満たすだけの低レベルの愛」だからです。

ですから、「精神的度数の高い者」が、低い者を教え導くためには、

それなりの敬意も必要になってきます。

なぜなら、「愛そのものは見返りを求めてはならない」からです。

こうしたことも、昨日も強調しましたが、「人間教育技法」や

「紛争解決手法」として活用するヒントになるのではないでしょうか?

いずれにしても、精神的度数の高い世界では、支配・被支配関係だとか、

勝敗を競い合うというような<野蛮な解決法>は「禁じ手」のようです。

もちろん、本書によっても、低水準の「友愛主義」だけでは、

より良き解決にはつながらないようですが、少なくとも高度な知的生命体を

目指すのであれば、もっと賢明な方法を研究し続けなくてはなりません。

ということで、本当に「精神度数」の高い世界では、

「敵対心」もすぐに消え失せて無くなってしまうようです。

私たち地球人も、再び「絶滅危機」に瀕しないためにも、「前向き」に

「精神的レベルアップ」を図る訓練を日々積み重ねる必要があります。

その意味でも、「愛は試練とともに、信念・確信度を計測している」のかも

しれませんね。

執着愛を手放すことが、地上の平和をもたらす!!

さて、このように『アミシリーズ』を通じて、「愛・愛・愛・・・」だとか、

「ひたすら精神的意識度(愛の度数)を高めよう!!」などと、

叫んできたように思われますが、ことは、

そんなに簡単に実現可能な道のりではないことは言うまでもありません。

まとめますと、「愛にしろ何事の実現にせよ、何段階もの試練があり、

より良き結果を絶対に急いで得ようと焦ってはならない」というのが、

アミの教えの最大の強調点でした。

「導き手は、教え子をまるで、か弱い子どものように扱うべし!!」

これは、どうしても低次元な「問題児」に立ち向かっていくとともに、

自分自身を低次元に落とし込まないための姿勢であります。

とはいえ、前にも触れましたように、「軽蔑」した扱いをして

良い訳ではありません。

この点は、何度強調しても、しすぎることはありません。

私たち地球に住む<未開文明人>は、アミにも指摘されましたように、

すぐに他人との比較競争の世界に没頭して、物事の本質が

見えなくなってしまうという「近視眼」なところがあります。

管理人もまさしく悲しいことですが、その一人であります。

まだまだ「精神的進化発展の途上」にいます。

人は、自分自身の欠点を棚に上げて、自らの弱点を

他人に容易に転嫁するという悪いクセがあります。

「レッテル貼り」もその亜種であります。

本書でも、「名前論」について、哲学的批評が加えられていましたが、

「名前」をつけるということは、「分類・分離、限界・境界」を設定

してしまい<愛>の想念を喪失してしまう恐れがあるからこそ、

昔から、古今東西の賢者は「名付け行為」に注意を払ってきました。

先程の「子ども論」に少し戻りますが、本書でいうところの「子ども」は、

「常なる進化発展途上にいる成長期の人間像」であります。

本書も、そうした「精神的成長を願う<恐るべき??>子ども向け」に

書かれた物語だといいます。

要するに、「魂」を磨けば磨くほど、「赤子」のような

「純心」に回帰していく叡智を授かることが叶うということです。

ところで、「愛」には、常に「二面性」があるようです

良い方向に働けば、それだけ幸福感も得られますが、

「愛」に執着するなど、歪み偏った方向に進んでしまうと、

地上を「地獄」にも変化させてしまいます。

「人種・民族・国籍、宗教・社会階級・・・」

その他、いかなる「所属集団」「属性」でも構いませんが、

私たちは、こうした外形的表面にとらわれた差別的評価をしがちです。

アミも強調しているように、「唯一」のという「独占的執着愛」は

最悪な事態をもたらしてしまいます。

それほど、「愛とは厄介なもの」でもあるのです。

恋愛などでも、「略奪愛」など歪んだ「色恋沙汰」は、昔からあります。

それが、小説や義理人情モノなど芝居の世界では許容されても、

現実世界に投影されたら「お・し・ま・い」ということです。

有島武郎の文学作品に『惜しみなく愛は奪う』という名作がありますが、

これも「作品内の恋愛物語レベル」にとどまっておれば、

問題がなかったのですが・・・

そういう事例は、この世にはたくさんあります。

「小は個人レベルから、大は世界レベルまで」

また、アミに学んだ点で、非常に勉強になりましたが、

「苦難こそが、人間を精神的に強くする」といった見方はどうも良くないそうです。

なぜなら、ある種の「選民的差別思想」に発展しかねないからです。

そうではなく、「愛と幸福こそが、人間を精神的に強くする」という視点を

持つ方が、調和の取れた生き方が出来るようです。

ところで、この地球上には「欠乏感という巨悪」が残されていて、

なかなか人類はその克服に立ち向かえないでいるようですが、

本書の最後には、「テクノロジーの楽観的活用法」も出てきます。

この論点も、近いうちにまた、別著をご紹介させて頂く時に

考察していく予定でいますが、

私たちの当面の課題は、やはり「貧困(暴力)問題の解決」であります。

本書でも、『地球上でまったく農耕に使われていない土地を刺激する

計画だよ。そうすれば飢えや栄養失調も完全に克服できる。だって、

いまの地球の人口は、5,60億だ。(※本書刊行時の2000年当時のデータ)

人口過剰ってわけじゃないからね。使われていない土地を、

現在のテクノロジーでもって有効利用すれば、地球には、幸せに太ったひとたちが、

800億も暮らすことができるんだ』(本書496頁)

というように、初回でも取り上げさせて頂きましたマルサスの『人口論』とは

打って変わった「逆転的積極思考」が提示されています。

「そうですとも、私たち人類は必ずこの地球上で起こった問題は

自力解決できますとも・・・」

「愛による協力作業が実現すれば」ということですが・・・

現実に、本書の第1作『アミ小さな宇宙人』でも描写されていた

オフィル星での様子は、ドローンによる流通革命だとか、

現時点では、まだまだ難関が数多く残されているようですが、

自動運転車などの新発明・新発見が、続々と地球上の未解決領域を開拓中です。

近い将来には、上記のように「食糧・エネルギー問題」も必ず

解決できるものと管理人も、深く確信しています。

そのためにも、少しでも皆さんのためにお役に立つ書物を

ご紹介していかなければなりません。

最後に、アミの母親の「叡智に満ちたご真言」を引用しておきます。

『足は大地に、理想は高く、心には愛を』

(第2作『もどってきたアミ小さな宇宙人』270頁)

これなどは、管理人も日頃から親しませて頂いている

『大地のように力づよく、月のように美しく、太陽のように温かく』

順不同ですが、『鞍馬山尊天幸福への祈り』

親和性ある「ご真言」ですね。

そして、アミの「ご真言」には、

『愛は最高位の論理である』(本書25頁)

とあります。

以上、3日連続で『アミシリーズ』をご紹介させて頂きながら、

読み進めてきましたが、正直まだまだ語り合いたいこともありますが、

紙数の関係でこのあたりで筆を擱かせて頂きます。

この『アミ3部作』での「語り」を単なる「空想的物語」として読むか、

「現実的実践課題」として読むかは、読者の皆さんの「愛の度数次第」だと

思いますが、叶うことならば、皆さんにもアミや管理人とともに

立ち上がって頂きたいと思います。

「再び宇宙に帰還してしまったアミですが、皆さんの心の奥深い内面に

手を触れて、思い出して頂ければ、きっとどこかでアミに再会できましょう。」

それでは、今後とも時間はかかりますが、アミ(神・愛)とともに

一歩ずつ出来る範囲で行動していきましょう。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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