諸富祥彦先生の「知の教科書 フランクル」夜の明けない日はないが、人生は山あり谷ありの連続。人生の意味は最期にわかる!?

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「知の教科書 フランクル」

トランスパーソナル心理学者として著名な

明治大学の諸富祥彦先生が、『夜と霧』で

お馴染みのフランクル心理学思想とその人生に

ついて、わかりやすく解説されています。

昨今、アドラー人気で「個人心理学」に注目が

集まっていますが、元はフランクルも

アドラー派だったようです。

しかし、やがて師から破門!?

独自の険しい道を開拓していきます。

今回は、この本をご紹介します。

「知の教科書 フランクル」(諸富祥彦著、講談社選書メチエ、2016年)

諸富祥彦先生(以下、著者)は、日本トランスパーソナル学会会長。

日本における「トランスパーソナル心理学の第一人者」であります。

著者は、明治大学教授職の傍ら、臨床心理士(俗称:心理カウンセラー)

としても、実践的活動を精力的にこなしてこられました。

日本カウンセリング学会理事でもいらっしゃいます。

著者のご著書については、これまでもご紹介(記事①記事②)させて

頂いてきましたが、お忙しい中、多作品によって、

現代の「悩める人間」をサポートしてこられました。

著者ご自身の愛情あふれる「思いやりの心」が、

これら諸著作からも伝わってきます。

さて、『そもそも、「トランスパーソナル心理学」って、どんな心理学なの?』と

いった初歩的疑問をお持ちの方も大多数だと思われます。

管理人も、日頃、著者の本に助けられてきたとはいえ、

学問としての「トランスパーソナル心理学」については、

まだまだ消化不十分ですので、ご興味関心のおありの方には、

当記事末の参考文献ご案内で、各自ご一読されることをお薦めさせて頂きます。

とはいえ、これだけだと不親切ですので、

管理人の理解した範囲で、若干程度、補足説明をさせて頂きますと、

「トランスパーソナル」。

その名の通り、「トランス(境界を超越する、俗に言う<トランス状態>を

思い浮かべて頂くとイメージしやすいかと思いますが・・・)」と、

「パーソナル(個人、パソコンの<パーソナル>ですね。)」の合成語から

類推して頂けるように、「個人(自己)超越型心理学」のことです。

ですから、「個人(自己)」の表層的意識だけに狭く限定された

「個人心理学」とも違うんだろうなぁ~という点までは、

ご理解頂けるかと思われます。

いわば、「意識」以上の「無意識(深層領域心理)」にも重点を置いた

「心理学」だということはイメージして頂けるのではないでしょうか?

「深層心理学」と言えば、ユング心理学が、とりわけ有名であります。

ユング派が、「元型」といった『心という「容れ物」に心的内容物が

パッケージされているかのように想定している人格理論(著者の表現では、

「心理学的パッケージ論=心理学主義」)』(本書58~61頁ご参照)といった

人間心理を科学のように「要素還元主義」に基づいた、

単なる「主観主義(フランクルの表現では、「心内的」)」の範囲内に

収まった心理学とします。

それに対して、フランクルは、こうした「心理の見立て」は、

まだ表層的で、「価値や意味」といった、さらに「意義(目的、志向性)」と

いった領域にまで一歩踏み込んだ「超主観性」を心理学は確保すべきだと

考えていたようです。

これが、後にも触れます師のフロイトアドラーの立場とも訣別していく原因にも

なったといいます。

特に、アドラー批判については、本書46~55頁ご参照のこと。

この中で、アドラーの「神経症」に対する理解の仕方が、「コンプレックス克服」

に重点を置いた治療で、無理にでも「共同体復帰」を目指させる手法は、

確かに、管理人にも違和感があります。

前にも語ったことがあったかもしれませんが、このアドラーの「共同体感覚」に

一抹の不安も感じさせられたからです。

よく言われますように、フランクルは、『夜と霧』に描かれた強制収容所体験が

きっかけで、独自の「フランクル心理学」が構築されていったのではないかとの

誤解もあるようですが、

著者の研究考察の結果では、そうではなく、すでに幼少期(何と、4歳!?)の頃から

その心理学思想の片鱗が芽生えていたといいます。

「人生の意味は、私たちの方向からではなく、人生の方から問いかけてくる!!」

「それに、絶えず応え続けながら、人間は生き、そして、意味を見出していくのだ!!」

いった「超越志向心理学」が、フランクル心理学の特徴だとされています。

そこから導かれる教訓は、「自分探しなど、時間の無駄」であり、

人生を、たとえ、「見切り発車」でも日々真剣に歩んでいく中で、

いつの間にか、「人生の意味(意義・目的)」を掴み取っていくものだと

捉え直すことが勧められます。

そうでなければ、「自己(自我??)」などの「私」の「罠」にはまり込み、

結果、さらなる苦しみへと誘い込まれていくからでもあります。

それが、人生に倦怠感や焦燥感を生じさせるとともに、

自分と世界との間の「亀裂」をさらに大きく深くもし、

「虚無感情(ニヒリズム)」にも落ち込むからです。

これが、「現代人」の苦しみの根本だとされています。

ということで、皆さんも、昨今大流行の「個人中心型心理学」に

共感出来る部分もあるものの、今ひとつ「腑に落ちないなぁ~」と

日々の生活体験から実感されておられると思い、

この本から「<自分>への囚われ感情」から脱却していくためのヒント

ご一緒に学んでいこうと、この本を取り上げさせて頂きました。

「自己実現」だけを目指す生き方は、幸福からますます遠ざかるのみ!!

以上、前置きが長くなってしまいましたが、

これから考察していくうえでも最重要の問題意識でありますので、

先に共有して頂こうと、要約させて頂きました。

ところで、現代社会では、社会進出を積極的に図りながら、

「自己実現」をしていくことが、現代人の「幸福論(嗜み)」だと

明るいイメージで捉えられていますが、こうした考え自体が、

次々と多くの青少年の「心」を蝕んでいっているようです。

なぜなら、これが、「結果本位主義教育」を招き、

「社会不適応感情」をさらに高めていくことにもなるからです。

ある若者向けの著書に『夢、死ね!若者を殺す「自己実現」という嘘』

(中川淳一郎著、星海社新書、2014年)といったタイトルだけを

見ると、「下品」な内容を連想させる本が、一時期話題となっていたようですが、

その内容に対する批評はさておき、「自己実現」という言葉が持つ

「明るい??イメージ」だけが先行し、数多くの若者の将来を狂わせてきたこと

だけは確かなことです

この「断言」については、管理人も問題意識を共有します。

この変化の速い時代に、大変厳しい表現で語ることは、

「夢実現」を目指しておられる方に対して、何とも遣り切れない思いで一杯ですが、

胸を痛められる方もおられることを十二分に承知のうえで、

語らせて頂くことをお許し下さい。

この「自己実現」という言葉が、必要以上に、自分の「能力」を過大評価する

結果にもつながり、人生を柔軟な「複眼(線)思考」でもって、歩み続ける知恵を

若者(若者だけではなく、現代人の一般的傾向ですが・・・)から剥奪していった

ように見受けられます。

そのために、硬直した人生を歩むことに、自分自身を追い込み、

仮に、一応、曲がりなりにでも「夢実現」を果たされた方であっても、

人生途上で、過当競争などのストレスから苦しめられ、

一旦、歩み出した社会の「正規ルート」から降りられなくしてしまっています。

そんな「心理的感情」は、管理人自身も、拙い人生経験ではありますが、

体験させて頂いてきただけに、決して「他人事」ではないのです

だからこそ、当ブログでも、「ジグザグ運転」でも「荒削り」でもよいので、

とりあえず「見切り発車」で出発してごらんと呼びかけさせて頂いているのです。

他でもなく、この管理人自身が、この「路線変更」で、

人生を救われたこともあって、

同じように悩み苦しまれている方のご参考になるかと思い、

本書のご紹介とともに、ご提案させて頂いています。

そのような思考の柔軟な切り換えが出来なくなると、

本当に、一度限りしかない人生の「貴重な」時間を失ってしまうからです。

この「自己実現」という言葉で、一番有名な心理学者に

前にもご紹介させて頂いたマズローがいます。

このマズローの「自己実現心理学」を、このような視点から、

フランクルも批判しています。(本書154~158頁ご参照)

このマズローに関しましても、管理人は昨今、人生の経験上、

違和感を持つようになりました。

「欠乏観」から社会を見立てていくピラミッド構造の6段階「自己欲求」仮説も

そのような「生活環境」が満たせなくなった途端、

「自己実現も何もあったものではない!!」ですし、そのような階層構造自体が、

比較競争的視点を人々の間にもたらし、共同体を分断させ、

「生きづらさ」を可視化させることにもつながると思われるからです。

「生活状況」が、比較的恵まれた環境にあれば、さほど違和感もなかったのかも

しれません(今思えば、何と傲慢な発想だったのでしょう)が、

悪化すればするほど、違和感もいや増します。

さらに、このような「自己欲求満足者」など、この地球上にどれほど存在するの

だろうかなどと、倫理的な観点からの批判意識も強く感じるようになったからです。

まぁ、言ってみれば、「贅沢だよね。」といったところです。

また、「実存主義」哲学者の中でも、サルトルのような

極端に「甘ったるく??」楽観的に「自由意志(自己決定)」を

イメージする見方にも、手厳しかったともいいます。(本書62頁ご参照)

こうした、あくまで、「極端」な「自己実現論」が、

現代人にさらなる「生き抜く勇気」を沮喪させてきたとも強調されています。

それが、下手をすると、取り返しのつかない悲劇的な結末へと

多くの現代人を追い込んでいく大きな要因ともなるのではないかと、

安易な「自己実現論」に警告を発し続けられたのが、フランクルでした。

フランクル自身も、繊細で神経質とはいえ、楽観的な気質もお持ちだったのは、

管理人の性格とも似ているようですが、そうした感覚から「人生の意味」について

次のように主張されています。

『①人生は、人生の意味についての私たちの問いに答えてはくれない。

けれども人生は、その問いをむしろ私たちに投げかけてきている。

何が意味に満ちているかを決めることによって、問いに答えていかなければ

ならないのは私たち人間の仕事である。

②人生の究極的な意味は、私たちの知性の及ぶ範囲を超えている。

けれどもそれは、それによってだけ私たちが生きていくことのできる何かである。

それを欠いては、ただ知的に人生の意味を捉えるにとどまってしまう。』

(本書45頁から引用)

このように、フランクル心理学の2大心理学手法である、

後年のロゴセラピー(意味・価値中心型療法)」と「実存分析」の

土台仮説が、比較的若い時期に形成されていきました。

このような従来の「個人(自己)中心主義心理学」「人間中心主義心理学」の

「限界」を乗り越えていこうとするのが、フランクル心理学であります。

管理人は、何度も当ブログにて、語らせて頂いて参りましたが、

「精神科医」には、基本的に「不信感」を持っています。

(後ほど触れさせて頂きますが、フランクル心理学とも共通する

視点を持つとされる森田療法で著名な森田正馬氏や、

歌集『赤光』でも著名な斎藤茂吉の長男である斎藤茂太さんなどの

例外的存在もありますが・・・)

基本的に「あるがまま、ただあるべきように」をモットーに、

「対話(臨床哲学的療法)」を大切にされている医者しか信頼感を

持てないようです。

そんな個人的な好みもあって、「心理カウンセラー」の方に

より親しみが持てるようです。

(もっとも、臨床心理士(心理カウンセラー)にも相性はありますけどね・・・)

それでも、最近は、良心的な「精神科医」の中には、

前にもご紹介させて頂いた泉谷閑示氏や、母校とも縁のある木村敏氏など

『精神医学から臨床哲学へ』をモットーに、

積極的な「対話療法」を取り入れていらっしゃる医師もいるようです。

どうも、「(完全)治癒」にこだわり過ぎ、極端な場合には、

「対症療法」として、「投薬療法」で済ますような安易な「不勉強」な

医者も多くいるようです。

確かに、「保険診療」で食べていくのが、医師業界の現状だとはいえ、

患者の立場にこそ、もっと寄り添った「地域診療の確立」を

目指して頂きたいと、素人ながら、無礼を承知で一言、

申し添えさせて頂くことをお許し下さいませ。

何も、医師業界に対する「あてこすり」や「妬み」などではなく、

「健全な医療保険制度の安定性と良質保持は、全国民の願い」であるからです。

長い目で見れば、患者の立場に寄り添った医者であれば、

「口コミ」で「信用」も立ち、生計を立てることも叶うとは思うのですが・・・

少なくとも、「投薬療法は、最低限にして頂きたい!!」と、

只今現在、「投薬療法」で苦悩させられている方々に代わり、

「代弁」させて頂きます。

フランクル心理学は、「絶望」から生まれ落ちたと言っても「過言」では

ありません。

このフランクル心理学は、先に冒頭でも触れさせて頂きましたように、

すでに「アウシュビッツ体験」以前に「確立」していたとも、

著者は解説されています。

その本格的「診療」の始まりは、うつ状態の若者のための

「青少年相談所」での「無料相談診療支援体験」からだったようです。

フランクルが、まだ「医学生」にあった24歳の頃のことだったといいます。

それも、「世界大恐慌」真っ只中の「1929年」(本書63頁ご参照)

その経験から、「心にぽっかり空いた<空虚>を無理にいじくるな」との

信念も生み出されていったともいいます。

それを以下、項目を変えて、考察していくことにします。

脱内省(内観)と「魂」のケアに比重を置くフランクル心理学

さて、フランクル心理学の2代療法に、先に触れさせて頂いた

「ロゴセラピー」と「実存分析」があります。

フランクルも、もちろん「心理療法」の一環として、

「内省(内観)療法」も取り入れてはいるのですが、

「あまり、<心>の内面を見つめすぎずに、あるがままに

苦悩(症状)とともに生き抜く」人生を大切にして生きることを

その「心理療法」の中心に据えているようです。

なぜなら、「人間」は、「苦悩する存在(ホモ・パティエンス)」だから・・・

この「苦悩とともに生き抜くこと」によって、

「人間」は創造的かつ精神的に力強く広く世界に対処する知恵も身に付くからです。

ですから、安易な「小手先のテクニック(対症療法)」からは距離を置きます。

もっとも、ちょっとした「ずらしテクニック」も使用はしたでしょうが、

基本的には、「無理に<苦悩(症状)>から逃げる」方法を提案されなかったようです。

その一つに、先に触れました森田療法とも通底する「逆説志向」があります。

とはいえ、森田療法もフランクル療法も「あるがままに、なすべきことをなせ」といった

症状とうまく付き合っていく方向性は同じでも、さらにフランクルは、

その方向性について、「明確な意識付け」をする点に両者の相違点があるのだとも

著者は解説されています。(本書184頁ご参照)

さらなる詳細は、本書をお読み頂くとしまして、

「逆説療法」について、捕捉説明しておきますと、

「逃げる」のではなく、「そのまま<症状>と向き合う」療法であります。

著者の解説によると、

『「逆説志向」は「こんなことが起こったら・・・・・・」とか

「またこんなことをしてしまったら・・・・・・」とその人が恐れている

そのことを実際におこなわせたり、それが起こるように望ませたりする方法だ。』

(本書175頁ご参照)ということです。

まぁ、いわば、ある種の「ショック療法」ではなくとも、「暴露(行動)療法」の

ようなものをイメージして頂くとわかりやすいかと思われます。

とはいえ、管理人もそうですが、ことに「神経過敏症」や「社会不安症」などで

幾たびか、こうした方法を提示され、実際にそのような「認知(行動)療法」を

ご体験された方なら容易に想像もつくかもしれませんが、まさに「両刃の剣」

「吉」と出るか、「凶」と出るかは、

実際の「現場」でその状況に遭遇してみないことにはわかりません。

むしろ、余計に「引きこもり度」を高めるかもしれませんし、

「抑鬱状態」だとなおさら、最悪の事態(希死念慮の実行など)の

「危険度」を高めてしまうことにもなりかねません。

そこで、著者も「逆説志向」の実際を提示しながら、

フランクルの見解も紹介されています。

特に、「うつ病」に「逆説志向」を用いることは、きわめてタブー(禁忌)だと。

(本書177~179頁ご参照)

フランクル自身も、楽観ながらも繊細で神経質な気質だったようですから、

こうした自身の実体験に照らした「生き様そのものの反映(著者の表現)」だったと

いいます。

つまり、「単なる心理技法(小手先のテクニック)」ではないと。

ここで、「心理技法」に関して、大変勉強熱心で注意深い読者の方の中には、

お気づきかもしれませんが、フランクル療法の一部のみを分析観察していると、

近年の「情報産業化社会」とも親和性のあるゲシュタルト療法の一種ともされる

「NLP(神経言語プログラミング)技法」とよく似ているのではと思われた方も

おられるかもしれません。

確かに、「自己離脱」などの技法は、「分離(ディソシエーション)」や、

「意味のずらし(リフレーミング)」などの個々の「心理技法」は似ています。

とはいえ、フランクルやこうした「NLP(神経言語プログラミング)技法」との

大きな分岐点は、まさしく「自己超越人生哲学」や「意味志向」に

比重が置かれているか否かにあるようです。

大きな俯瞰的視点から「人生そのものに目を向ける」のが、

こうした「心理技法」との違いであるようです。

(もっとも、「NLP(神経言語プログラミング)技法」が、

「対症療法(小手先のテクニック)」だとして、

「全面否定」や「揶揄」しているのではないですよ。

管理人も、日常生活におけるミクロ場面では、

気楽に使えるという役立つ「心理技法」として使わせて頂いているからです。

後ほど、当記事最終末尾のご参考文献案内の中にも、掲げておきますので、

ご興味関心がおありの方には、この「心理技法」も学び取ってみて下さいね。

いずれにせよ、

この「脱内省(内観)」は、「自意識」に必要以上に捉えられないための

知恵と工夫から考案されています。

さらにまた、本書180頁以下では、「脱内省」について詳細に解説されながら、

人生における「使命感」にまで高めていく「魂」の次元に則した

「心理療法的アプローチ」が試みられ、探究されていきます。

そんなこともあって、「トランスパーソナル(人間超越型)」ともいう言葉の

響きから、フランクル心理学の核心部でもある「ロゴセラピー」や

「実存分析」を、何か「宗教」のようなものと誤解してイメージされる方も

おられるようですが、そこには大きな相違点もあるのですよと、

著者は解説されています。(本書166~172頁ご参照)

(ちなみに、フランクル心理学と宗教者との対話は、こちらの記事

ご一読下さると幸いです。この本は、本書巻末参考文献にも列挙されていない

ようなので、ここに掲げさせて頂くことにします。)

そろそろ紙数と時間も尽きかけ、本書の大部分のご紹介は終えつつありますので、

最後に、「人生で最も大切な視点」をともに考えて頂ければと思います。

いやぁ~しかしですね(苦笑い=本人は至って大まじめですが)、

「人生とは、ほんまに予想外の連続ですね・・・」ということです。

若い時期に思い描いていた「夢(私的自己実現)」など軽く、

経済状況などの「変則環境」によって「吹き飛ばされて」しまうものです。

ですから、若いうちに「夢実現」に向けて、がむしゃらに努力し、

頑張り続けることは、もちろん大切であり、「人間的成長力」にも

多少は役立つでしょうが、「夢実現」にあまりにも時間が掛かりすぎるようなら

一旦、そのレールから降りて、「脇街道」から「抜け道」を探りつつ、

「本街道」へ戻るルートを模索することも大切です。

なぜなら、この変化の速い時節柄、あまりにも「生計のための」職種に

こだわり続けるのも危険だからであります。

特に、この数年~数十年内外には、「人工知能」の躍進によって、

「人間」の「雇用」がどうなっていくかも予想がつかないからです。

また、特に、「国家資格者」ですら、「資格貧乏になる時代」とも言われます。

管理人も、10~20代に努力もし、

「士業(弁護士などのいわゆる<サムライ業>)」関係の仕事もしていましたので、

今「努力準備中」の方や実際にすでに「勤務中」の方の並々ならぬ社会貢献に

「水を差す」わけでは、決してありませんが、

「本当に、人生は先行き不透明。何が起きるか分かりません。」という一点だけは、

是非、今後の未来経済の行く末とご自身の人生設計を考えられるうえでも、

頭の片隅にでも置いておいて頂きたいのです。

いざという時になって、慌てふためき「思考停止」に落ち込まなくても済むように

「予備的シミュレーション」だけは、きょうび誰もが一度は練っておくべきだ

思われます。

ですから、ある程度は、自分の「本業」(主たる生計手段)とも距離を置いたうえで、

「副業(従たる生計手段)」の確保など(「本業」だけでも忙しすぎて手が回らないとは

思いますが・・・)、人生全体から眺め下ろした「俯瞰的複眼思考の目」も大切

なってきます。

もっとも、言わずもがなですが、「矜持(誇り、プライド)」は、

「人間」にとって大切であります。

また、フランクル心理学や仏教心理学をどんなに学び尽くしても、

「常人(管理人のことです)」には、汲めども汲めども「煩悩」や「愚痴」などと

いった「三毒」を中心とした「小欲」は湧き出てくるものであります。

そういう「自己経験」に照らしても、無理に「自分(自己、自我など)」を

無くそう、無くそうとひたぶる向上心を持って「自意識」を傾け過ぎるのも

「無理な相談」だと十二分に承知しています。

そんな時に、「それでもなお(にもかかわらず)」、「夢(自己)実現」を

諦めきれないという方にこそ、フランクル心理学を是非学び取り、

ご自身の人生を生き抜く知恵としてご活用頂きたいのです。

フランクルは、アウシュビッツの「生き残り者」の一人として、

広く世に知られていますが、「生死の分かれ目」も、

この「人生における目的をどこまで熱意を持って、持ち続けることが

出来る(た)のか」によるのだといいます

また、「人間」は、「時間的存在」だとも強調されています。

そのこともあって、もちろん安易な「諦めのススメ」など「無責任で論外!!」とは

重々承知していますが、「何としてでも生き抜く」という「人間」の

「生物的本能(情念)」の角度からは、日々の「自己実現」の過程を

「いかに進むべきか」の「小問」については、時には軌道修正を図る必要

出てくるでしょう。

しかし、それは、決して、「大問」としての

「人生の意味(目的・意義・使命・天命??)」といった一段階上から見た

視点では、また違います。

その「答え」は、人生を終える最期まで、誰にもわかりませんが、

きっと、日々懸命に「必死な想い」で歩き続けている限り、

いつか「天」が、あなたご自身に合った道のりを照らし出してくれるでしょう。

そこで、先日のヘッセの問題意識とも重なりますが、

日々の「生計手段」は、他の方法を探るとも、

生涯における「志(ライフワーク)」こそは、

「夢」や「自己実現」といった「私的レベル」を超えて、

遙かに、「生き抜く」上でも最重要課題となってきます。

「人生の<最期>は、いつ訪れるかわかりません!!」

「だったら、小事にこだわらず大事目指して<今でしょ!!(林修先生)>」で

あります。

「人生は、予想外の連続。本当に喜怒哀楽、山あり谷あり。」

「でも、スリルに富んだ人生なんて、素敵ではありませんか?」

まとめますと、「自己実現や夢といった<私的人生>」に必要以上に囚われすぎると、

泣きを見ただけの人生で閉幕してしまいますが、

「志(ライフワーク)といった<公的人生>」を思い切って駆け抜けようと

心がけながら歩み続けると、向こうから自ずと自ら望んでいた人生の一端が

たぐり寄せられ、いつの間にやら、

その手にぐっと握りしめられているのではないでしょうか?

管理人は、そのように信じています。

最後は、「信じる(念じ込む)」しか、

人生を有意義に生き抜く方法はありませんからね・・・

「この世」の原理は、すべて「陰」と「陽」の2つから成り立っているといいます。

「人間」には、そのうちの1つだけを選択することが出来ない仕組みに

なっているようですね。

そこで、最後に、とっておきの秘法(管理人も、様々に人生を歩いてきた結果、

ついに知り得た果実)をお教えしましょう。

古人の賢者も共通して伝えてきたのが、

「最後の最後は、手放し、許すこと」

反対から言えば、「狙った獲物は、追えば追うほど逃げ遠ざかる!!」

いうことであります。

言われてみれば、誰もが、「そんなの、当たり前でしょ!!」ですが、

「人間」の執念には、相当根強いものがあります。

でも、それでいいのではないでしょうか?

もし、どうしても無理に手放すことや許すことが出来なくとも、

すでに皆さんは、「フランクル心理学」を手にしたのですから・・・

著者も<あとがき>で、強調されていますが、

管理人も「弱くて不器用な人間」です。

でもだからこそ、急いでいては見ることすら叶わなかった豊饒な風景も

今では、深く味わうことが出来るようになりました。

「人生は芸術だ!!」

「芸術は爆発だ!!」とおっしゃった古人もいます。

皆さんも、思い切り「自由自在」にキャンバスに「人生地図」を

「豊かに」描いてみませんか?

その果てには、きっと、あらたな「徴」も見えてくることでしょう。

最後に「力が湧いてくる言葉」を一つお届けします。

『絶望は虚妄だ、希望がそうであるように』(「野草」魯迅著)

(『こころの底に力が湧いてくる言葉~忘れえぬ青春の原点とは~』、

秋庭道博著、青春出版社、1999年、本書170~171頁から引用)

ということで、皆さんも「絶望の中の一瞬の光芒」をお忘れなきよう、

もう一度、「人生の意義」に立ち返って頂こうと、

本書をご一読されることを強くお薦めさせて頂きます。

なお、著者の別著として、

「トランスパーソナル心理学入門」

(講談社現代新書、1999年)

「生きづらい時代の幸福論~9人の偉大な心理学者の教え~」

(角川ONEテーマ21、2009年)

『「とりあえず、5年」の生き方』

(実務教育出版、2010年)

「悩みぬく意味」

(幻冬舎新書、2014年)

※前著の「とりあえず、5年」が厳しいとの読者からの声があったのか、

この「悩みぬく意味」では、「3年」に短縮されているのも、

「時代の速い変化」を実感させます。

管理人は、とりあえず、「1日」あるいは、「毎秒」でも

少しでも前に「生き抜く」ことが叶えば、「それで良しっ!!」と

強調させて頂くことにします。

なぜなら、「生きてるだけで、丸儲けや、そんなの!!」

「あっ、ほんまや」明石家さんま氏)

だからです。

「ほんまでっか?」

そこは、あまり深く突っ込まないでおきましょう。

「深刻すぎる悩みも、体に毒ですから・・・」

そして、ご自身「万年??うつ傾向」にあったともいう

本文でも触れさせて頂いた斎藤茂太さんのエッセー

「逆境がプラスに変わる考え方」

(PHP文庫、1995年)

※この本に、管理人も何度助けられたか、わかりません。

この本の中で、著者が警告されているのも、

「まじめ人間」が、「うつ」になりやすいのも

「遊びが足りないから!!」だとのことです。

圧倒的に「無趣味が多い!!」とのこと。

はてさて皆さん(浜村淳氏)ではありませんが、

管理人は、比較的「多趣味」の方で、「遊びも大好き人間」ですが、

「うつ」は、誰にでも訪れるもの。

油断は禁物です。

最後に遅くなりましたが、本文内での「お約束」どおりに、

「NLP(神経言語プログラミング)技法」について、

「面白いほどよくわかる!NLPの本」

梅本和比己著、西東社、2012年)

「成功と幸せを同時に手に入れる

ほんとうに役立つNLP」

山崎啓支著、PHPビジネス新書、2013年)

※最後の本は、「成功者」でも陥りがちな「盲点」について

触れられています。

「成功者」が、どのような意味かは各人各様ですが、

少なくとも、すべての方に「成幸者」になって頂くべく、

予めの事前学習も兼ねた「NLP」をわかりやすく面白く

短時間で読み切れる「新書」です。

とはいえ、内容は高密度ですので、ご一読されると

何かの折りに、役立つことでしょう。

をご紹介しておきます。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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