エンリケ・バリオスさんの「アミ小さな宇宙人」この小さな宇宙人アミの物語が、新しい世界の扉を開きます!!

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「アミ 小さな宇宙人」

中南米チリの作家エンリケ・バリオスさんが、

不思議な小さな宇宙人アミの物語を通じて、

私たちが忘れていた「愛の世界」へと誘ってくれます。

本日より3回にわたり、「アミ3部作」を読み進めながら、

皆さんとともに、「より良き地球の未来」について

考察していきます。

「科学が霊性を発見するとき」とは!?

今回は、第1作目のこの本をご紹介します。

「アミ 小さな宇宙人」(エンリケ・バリオス著、石原彰二訳、さくらももこ絵、徳間書店、2002年新装改訂版第9刷)

エンリケ・バリオスさん(以下、著者)は、中南米チリの神秘的作家として、

日本でも、いわゆる「精神世界系文学作家」として著名な方です。

若い頃より、「求道心」を探究してこられました。

また、世界中を放浪しながら、見聞を広められていったご経験が

著者の使命感を目覚めさせ、39歳の時に、現代の著述業に転身する

きっかけを与えられたといいます。

当初は、著者の友人の名も無き小さな印刷所を通じて、

1986年に出版された後に、チリで爆発的ヒット。

現在に至るまで、11カ国語(本書刊行当時のデータによる)に

翻訳され、世界中の心ある人びとの間で、静かなアミブームが

続いてきたといいます。

管理人にとっても、「科学と神秘のはざま」を生涯のライフワークと

してきただけに、本書が「この世」に存在しており、「精神世界」に

親しみを感じる人びとの間では有名な本だとは聞いていましたが、

今の今までずっと頭の片隅にあり続けてきただけの神秘的?存在でした。

「精神世界」と聞けば、それだけで拒絶反応を引き起こしてしまう方々も

多い中で、幼少期のいずれかの時点で、「感性・霊性」から「知性」を

重視する世界へと切り換えてきたために、管理人も世の多くの方々同様、

気にはなりながらも「無視」しながら処世してきたのが、「現実」でありました。

ところが、管理人も社会人生活を経る過程で、「抑鬱期」を長く経験したことが

縁となり、自ら「失われた時代を求めて」の精神的遍歴の旅へと

突如舞い戻ることになってしまいました。

それが、管理人の35歳前後・・・

世間一般では、バリバリと世間に完全順応しながらも、

社会適応していかなくてはいけない時期に、「大きなつまずき」に遭遇・・・

「これから、どうして生きていこうか??」と、

再度、これまでの人生を振り返りながら、古今東西の賢者の古典に立ち返ったり、

数年間の旅生活をした過程で、ついにこの本に出会うことになったのです。

その意味では、この本に「シンクロニシティー」を感じたということになります。

いわば「引き寄せの法則」に導かれたことになるのでしょう。

こうした個人的経験を通じて学び得たことは、

「やはり己の良心を騙してはならない!!」

「騙したところで、いずれかの時点で<人間創造の原点>へと強制帰還させられる!!」

との「宇宙の理法」による人生訓でした。

こうして、管理人も「精神世界の住人??」の仲間入りを果たしたのかもしれませんが、

もちろん、「精神世界」にも数多くの由々しき問題があることは、承知しているつもりです。

とはいえ、どのような世界にも、それなりの「精神水準」はあり、必ずしも全面的に

排斥する必要はないのでないかと、最近は考えるようになったところです。

それが、世間一般的に見て、「退化なのか進化なのか??」は、

正直判別する力を持ち合わせていません。

ですが、本書のような良心的な「神秘的書物」に出会えたからには、

何らかの理由があったのでしょう。

本書に出会うまでに、すでに当ブログでもご紹介させて頂いた

①『星の王子さま』(サン=テグジュペリ著)

②『美しい星』(三島由紀夫著)

③『神さまの話』(リルケ著)との出会いがありましたが、

これらの書物には、本書とも共通する

「現代の地球人に対する重大なメッセージ」が込められています。

ということで、管理人にとっては「出会うべくして出会った必然の書」

いうことになります。

本書は、見事に「現代人の心の闇」を照らし出すとともに、一縷の光明へと

導かれるためのヒントに満ち溢れた「啓示の書」でもあります。

本書には、テレビアニメ『ちびまる子ちゃん』でも

有名な漫画家「さくらももこ」さんの美しい挿絵も挿入されています。

そんな「瑞々しい感性・霊性」を、本当に優れた知性の向上とともに

皆さんにも取り戻して頂きたいと願いつつ、

この本を取り上げさせて頂きました。

「愛」の心を忘れることが、悲劇をもたらす!!

さて、本書に流れる大きなメッセージは、

「愛が幸福にむかうゆいいつの道」(本書250頁)という一点に

集約されています。

しばしば、「精神世界」に区分される数多くの書物には、

「下(のレベル)から上(のレベル)は、決して理解され得ない!!」

との表現が出てきますが、言うまでもなく、

これは「精神的次元度数」による「ものの見方」であります。

読者の皆さんの中にも、「精神世界系」には「胡散臭さを感じる!!」だとか、

「そんなの子供じみたファンタジー(おとぎ話)にすぎない!!」、

「単なるオカルトでしょ!?」などといった「否定的言辞」でもって、

一刀両断に斬り捨てられる方もおられることでしょう。

もちろん、そのことは、理性を有した<大人>であれば、

誰しも感じることでしょう。

管理人も、そのこと自体を「否定」することはありません。

とはいえ非常に残念ですが、そういった堅苦しい「石頭的思考」だけでは、

これからの「近未来」を生き抜く姿勢としては、厳しい「けもの道」へと

誘導されていくようです。

こうした「精神世界的見方」に違和感を感じられるならば、

もっと「理性的」だと称されているドイツの天才ゲーテの言葉も加味して

想像して頂ければ、柔軟かつ聡明な方なら理解して頂けるのではないでしょうか?

本書は、「小さな宇宙人アミ」と出会った少年とともに、宇宙を探索しながら

「地球と地球人である私たち」を別の角度から反省させられる冒険物語です。

「さくらももこ」さんも、このアミという「小さな宇宙人」に親しみを感じて

おられるようですが、「小さな宇宙人」と言えば「星の王子さま」も

連想させるようです。

管理人は、アミという言葉の響きに、世阿弥・観阿弥など

優れた「陰日向」の人びとを輩出させた

「阿弥衆」の「阿弥(小さくさせられた聖なる人)」のことを思い浮かべます。

その意味でも、「陰日向」に咲き薫る「見えない世界」に気付かせてくれた

「小さな宇宙人 アミ」に感謝しています。

著者は、アミを通じて、「愛(霊性・感性)を忘れた科学(知性・理性)は、

自滅するしかない!!」のだと強調されています。

21世紀現在、私たちの住む「母なる星地球」上では、

未だに醜い競争や狂騒劇が止むことを知りません。

アミは、「文明の進歩とは、それだけ一歩<愛>に近づくこと」だと教えます。

私たち地球人は、宇宙に煌めく「地球外生命体」を長らく敵視してきたようです。

1960年代以降、そうした世界の破局構造から人類の救済の目的もあってか、

たびたびUFO(未確認飛行物体)の出現が目撃されているといいます。

管理人自身は、こうした目撃情報については、真否不明でありますが、

確かに、個人的にも周辺に何らかの「目に見えない不思議なメッセージ」が

届いているようです。

「幻覚」ではなく、「実感」として・・・

そのように感じられることが多いのです。

本書との出会いもそうですし、その他優れた方々との出会いもそうです。

反対に、身の回りから、ここ数年間において急激な人間関係などの変化も

起きています。

これが、「精神世界」に親しみを感じておられる方々の強調される

いわゆる「アセンション(次元上昇)」なのか否かは分かりませんが、

確かにそのような感覚はします。

アミも本書で語っていますように、やはりそこにも

「意識の変化(変容)」があるのでしょうか?

そのあたりの事情も、なるほど「確信は持てません!!」が、

意識レベルの向上が、今までとは「一段階」異なった世界を

かいま見させてくれるようです。

つまり、UFO(未確認飛行物体)とは、各人様々な認識によって

変化(変容)する存在だということです。

ある人にとっては、「恐怖」に感じられ、

また、別の人にとっては、「どこか懐かしい」感じがしたりするなど・・・

そうした想いを抱かせてくれるのも、UFOです。

今「思い」ではなく、「想い」という文字を選択しましたが、

UFOとは、「想念」が招き寄せる存在なのかもしれませんね。

いずれにせよ、私たちは、そろそろ目覚めないと、

いよいよ地球上に「大災難」を再びもたらしてしまうのかもしれません。

今度、この地球上で、「大災難が起きれば・・・」

その時こそ、「人類絶滅」の危機に直面させられることになります。

そうならないためにこそ、当ブログを通じて、「アミからのメッセージ」を

ご紹介させて頂いているのです。

管理人は、至って「大まじめ」に考えています。

なぜなら、「恐怖感を煽ることこそ、もっとも愛から遠ざかる行為」だと

アミから教えてもらったからです。

まとめますと、今後とも住み心地の良い地球を次世代に伝え残していくためには、

「愛ある文化的遺伝子」を記録保存しておかなくてはなりません。

「人間は、管理人も含めて未完成・不完全な生き物」です。

だからこそ、相互の「短所」を「長所」で補いながら、一歩一歩

人類(いや、森羅万象を含めた万類)の意識を向上させながら、

「愛=神、仏、サムシンググレート・・・」どんな表現でも構いませんが、

そこに、少しでも近づきながら、「分かち合い・高め合い」たいものです。

昨日の武田双雲さんの書物のご紹介記事の中では、伝え切れなかったところでも

ありますが、「関心は愛の始まり」だとのことです。

ここに、人類破滅からの脱出点があるようです。

『星の王子さま』でも、そのことが強調されていました。

「関心を持つことで、忘れられなくなるから・・・」

また、本書によると、私たちの存在も畢竟「エネルギー体」に「変化」することが、

物理的にも明確であることが、あらためて認識させられます。

いわゆる「死後の世界」の解釈は、各人各様の解答があるかと思いますが、

この一点に関しては、「まず間違いない!!」ことであります。

「輪廻転生論」も、各人各様の賛否両論があるかと思いますが、

「何らかの形態で、エネルギーは相互交換可能!!」であることも、

「量子論」や「相対論」の世界でも徐々に容認されつつあるようです。

ここから、仮に人間世界にも「一般化」することをお許し頂けるなら、

こういう結論に導かれるかと思われます。

「わたしはあなたでもあり得たし、あなたもわたしであり得た!!」ということです。

考えてみれば、この結論ほど驚異的な解答はないと思います。

現代科学、ことに物理学の世界では、すでに「多元的並行宇宙論」にまで

高まってきたようですが、あともう少しのところで「何かが足りない」という

感覚も拭い去れません。

その感覚の理由が、冒頭で掲げさせて頂いた

「科学が霊性を発見するとき」に関する視点の欠如です。

いよいよ、人類は「科学と神秘との接点」に交わろうとしつつあるようですが、

まだまだ現時点では見通しに「甘さ」も感じられるところです。

いずれにせよ、今後の道のりは「人類総体の意識のレベル次第」だ

いうことです。

世界(外面)ではなく、自己自身(内面)の弱さを克服させる ことに意識を向けよう!!

さて、私たちには、「独特の思考癖」があるようです。

それが、このタイトルにも掲げさせて頂きました

「自己自身の内面の弱さを改善させることよりも、自己以外の世界(外面)へ

無思慮に働きかけ、無理にでも改善を迫ろう」とする「強欲思考」です。

アミの表現をお借りすれば、

『ただ、自分じしんと競争して自分じしんにうち勝つべきなんだよ。

他人と競争するのじゃなくてね。進んだ文明世界には、そういった同胞との

競争はまったく存在しない。それこそ、戦争や破壊の原因に

なりかねないからね』(本書179頁)だということです。

私たちのこれまでの「人類史」では、これと真逆の「未開文明」を

展開させてきたようです。

よくありがちな事例では、「内外差別問題」であります。

21世紀現在、地球上では未だに人類が、有史以来

積み残してきた未解決の難問で満ち溢れています。

「移民・難民問題」や「雇用問題」・・・

その他にも、山ほど存在していますが、

それもこれも、「限界」という「見えない心の壁」を

堅固に構築してきたことに由来します。

本当に、マルサスの提唱したような『人口論』も、

「いついかなる時でも正しいのだろうか?」

こんな少し頭を働かせると、分かりそうな「問い」にすら

まともに答え切れていません。

かくまでも、人類の「欠乏感覚」に対する恐怖感は根強いのです。

管理人とて、決して、他人事で言及している訳ではありません。

結局は、「今ある社会常識という色メガネ」を外すことからでしか、

「再起動」は出来ないようです。

アミによると、「宇宙の基本法は愛」だとのこと。

「愛」とは、「考える(思考)」ことではなく、「感じる(知覚)」こと

だと強調されています。

「この世」における一つ一つの事象を深く味わいながら、楽しむこと。

『起こらなかった問題やこれからもけっして起こりもしない問題を

心配して、頭をなやませて生きていくのをやめて、もっと”いま”と

いうときを楽しむようにしなくちゃ、と言っているんだよ。

人生は短いんだ。(以下、略)』(本書48頁)

そこで、「愛とは何か?」を最後に考察するに当たって、

「神(仏・サムシンググレイト)」の存在に触れない訳にはいきません。

「なぜ、この世に善悪問題は存在するのか?」

このことも、哲学・宗教界などを問わず、「俗界」では

延々と論争されてきました。

そもそも、「議論における初期条件の設定方法に問題があったのではないか?」などと、

素人である管理人などは感じてしまうのですが、この問題を考察していく過程で

思い出したのが、リルケ『神さまの話』でも出てきた「問い」でした。

この「問い」が、なかなか分からずに、今も管理人の内では「謎」になっているのですが、

「神は、すべてを見そなわしたまいて」と「神は、すべてを知ろしめしたまいて」の

違いについての「難問」であります。

とつおいつ、本書を読み進めながら考察していると、

なるほど、先にも語りましたように、これも「思考」と「知覚」の違い

なのではないかと思い浮かんだのです。

前者は、「万物を見通す目」(つまり、理性的啓示)であり、

後者は、「愛によって包み込む身体」(つまり、感覚的啓示)だとの見方です。

リルケの上記作品の中で、天使がふと口ずさんだ前者の言葉は、「偽り」とされ、

真実は、後者による体現を「神がなされておれば・・・」、この地上における

人間界の動きも、また別の方向へ進化したのではないか・・・

つまり、「神でさえ、きちんと関心をもって見ていなかったのだ」。

「いや、<神でさえ>ではなく、人間自身に思慮分別が足りなかったのでは??」

ここから、「神(愛)と人間との分離が始まったのではないか・・・」

もちろん、こんな解釈は、管理人の勝手な見方ですが、

本書に触発されて、積み残していた管理人の「リルケ問題」を考えていたのです。

これが、「事物への関心」「人間への関心」「神への関心」(三島由紀夫著『美しい星』)

の「三大難問」とも相まって、ようやく「問いの入口」に差し掛かったようです。

要するに、「理性(知性)に頼り切った弱々しい関心度数から、感性(知覚・霊性)の

進化向上を目指す過程でつかむ強くて逞しい関心度数によって自己自身を救い出す!!」との

視点です。

この視点こそが、現代人特有の「ニヒリズム(精神的虚無感覚)・シニシズム

(冷笑主義=消極的価値相対主義)・ペシミズム(悲観主義)」を克服する

力強い味方になってくれるのではないかと、秘かに自負しています。

著者は、アミからの「愛あるメッセージ」を通じて、「愛の度数を高める試練」に

果敢に勇気を持って挑戦していくことを、人類に呼びかけているようです

本書には、カバラ的思考法を連想させる「<生命の木>の12の<くだもの>」と言った

象徴的表現も出てきますが、結局は「汝自身を知れ=自分じしんになること」

(本書235~236頁)が「自由を手に入れる道」だとも語られています。

これ以外にも、様々な角度から読める本書ですが、皆さんも独自の視点で

各人各様に読み進められることをお薦め致します。

そのような多様な見方を与えてくれる好著なので、

これから残り2回にわたりご紹介させて頂く「アミシリーズ」は、

21世紀以後の「新たな古典」の「殿堂入り」を果たす作品に

なっていくのではないかと思います。

最後に、アミの服装のうち、胸には「円の中に翼のはえたハート」が

描かれた金色バッジをつけている様子が説明されていますが、

このマークに「地球の真の姿」を象徴させた著者の願いも

込められているようです。

まだまだ、管理人も地球人としては「未熟者」ですが、

この「美しい星であり生命のふるさと地球」を後世へと

つなげていくためにも、「宇宙人としての視点」

(上から目線とは異なった愛のある視点)をもって、

明日も続編をご紹介させて頂く予定でいますので、

楽しみにお待ち頂けると幸いであります。

と、今締めくくろうとしていた矢先に、ふと、感づいたのですが、

「円の中に翼のはえたハート」って、

「双龍(陰陽合体龍)である天翔(翼のはえた天翔ける馬)=

龍馬(愛)なのですね・・・」

いつもながら、連想(妄想!?)癖にお付き合いさせまして、

大変恐縮ですが、本日はここまでにさせて頂きます。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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