三島由紀夫の「美しい星」を生誕90年、没後45年の節目の年に読み、人類の未来を考えよう!!

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今日は、第45回「憂国忌」です。

生誕90年、没後45年の節目の年です。

晩年の政治騒動のイメージのために、

三島由紀夫の本当に伝えたかったことが

かえって薄れてしまっているようです。

三島由紀夫の本当の魂の叫び声は、

「人類よ、絶望するなかれ!!」

「絶望の淵から、きっと甦るから希望を信じよ!!」

だったと思います。

そこで、三島由紀夫の最高傑作かつ異色のSF小説である

「美しい星」を皆さんとともに共有していきたいと思います。

「美しい星」(三島由紀夫著、新潮文庫、2004年第43刷)

三島由紀夫(以下、著者)は、日本を代表する作家です。

生前は、ノーベル文学賞候補者に入っていたことも、

最近判明したようです。

現在では、「世界のミシマ文学」として世界中で親しまれています。

今を遡ること45年前の日本・・・

東京オリンピックから70年万博に向かう「輝かしい時期」

日本は、高度経済成長期をひたすら邁進し続けていました。

一方、世界では冷戦が続いており「表面化」の穏やかな日々の

陰には、戦争や革命といった「イデオロギー対立」がありました。

現実に「熱い戦争」や公害問題など大きな社会問題も存在していました。

そうした予兆を体現するかのごとく1960年代前期に、

書かれた本がこの「美しい星」でした。

三島作品の中では、異色のSF小説にあたります。

晩年の「豊饒の海シリーズ」の通奏低音となるような、

「心(意識)の流れ」と「想像力(想念)」がキーワードにもなっています。

今後、人類はどちらの道を選ぶのか?

「生存か滅亡か?」

21世紀の現在だからこそ、落ち着いて読み自由に考えることの出来る

「三島文学」です。

私たち人類は、理性の限界をまざまざと見せつけられてきました。

しかし、案ずることはないようです。

その「限界」を補うものこそ「想像力」です。

一切の対立を超克するには、人類を含め万物に実在感を持つことから

始めなければならないようです。

その意味で、この異色のSF小説は「優れた思考教材」として使用できる

と思いましたので、今回取り上げさせて頂きました。

未来を考えるためには、「次元を上げて」俯瞰的な「宇宙人」としての視点で

「現在の人類」を見つめる必要もあるようです。

それでは、「未知の世界へワープ!!」しましょう。

人類の進歩と調和へ向けて・・・

唯物思考に毒されつつあった1960年代から1970年代にかけて、

日本には空前のオカルトブームが湧き起こりました。

UFO(未確認飛行物体)、ユリゲラーのスプーン曲げ・・・

五島勉「ノストラダムスの大予言」、小松左京「日本沈没」などの

未曾有のSF・オカルト小説が雨後の竹の子のように、人気を博しました。

この時期から、楽観的な戦後イメージが変化していったようです。

そうしたブームに、先駆けて誕生したのが「美しい星」

このSF小説は、単なる「空想科学小説」ではありません。

あくまで、「現代文明批評の思想小説」なのです。

この小説のあらすじは、ある日地球上において「宇宙意識に目覚めた

一家」が、「地球人の救済」を巡って「別の宇宙から来た一族」との間で

論争をしていくというモチーフで話が展開されていきます。

「宇宙意識に目覚めた宇宙人」である主人公の家族全体の世界観と

「主人公の家族外の宇宙人」羽黒一派の世界観、

地球人一般(日常意識に生きる私たち)の世界観

そして、「主人公大杉重一郎とその家族内での各宇宙人間における世界観」

というように、

まるで「入れ子」のような多重構造の世界観がせめぎ合って成立しています。

それぞれの世界観は錯綜しているので、すぐには内容を掴めないかもしれません。

ただ、大きく貫かれている芯が

「人類は、虚無(ニヒリズム)にいかに耐えうるか?」を主軸に

主人公大杉一家と別の宇宙から来たという羽黒一派の

「人類の救済方法」を巡っての「世界観闘争(論争)」になっていることです。

この「論争パターン」をよく観察していくと、何だか最近の「陰謀小説」の

筋書きのようで意外に「古典的なパターン認識」なんだなぁ~と感じました。

要は、地球上において「人類全体を同時に救済すべきと考えるホットなグループ」と、

「一部の人類だけが救済対象となり、宇宙へ脱出すればいいのさとクールなグループ」

というように・・・

前者は「希望」であり、後者は「絶望」の世界観というように見ていくと

この小説も読みやすくなるかと思います。

もちろん、主人公大杉一家は「希望の道」にかけたようですが・・・

肉体をまとった大杉重一郎の限界から、主人公の死とともに大杉一家は

宇宙へと帰還していきます。

おそらく、著者は「大杉一家」の立場であり「人類の未来に楽観的」

だったのだと思います。

だから、著者の晩年の行動だけを見て「政治的」に偏したイメージで

この本を読むと、著者の「本当の魂の奥底」は理解できないと思われます。

管理人は、この小説を

著者からの「後に続く人類への愛のメッセージ」だと受け取りました。

「鬱苦(うつくる)しい星」から「美(うつく)しい星」へ進化するには・・・

今度は、私たちの出番です

この小説中で、羽黒一派は「人類の悪業(宿命的欠陥)」を

三つ提示しています。

「事物への関心」「人間への関心」「神への関心」

あわせて、これは人類の「理性的限界」を表しているようです。

それに対して、個別の人類はこの「限界」に耐えることが困難だと

「安楽死的な解決法」を提案します。

まったくもって、「余計なお世話」ですね・・・

でも、よく考えてみると

これこそが、私たち現代人の日常なのかもしれません。

「即物的な安易な人生観=人生は暇つぶし(気晴らし)?」

一方で、大杉一家(作者の立場?)はこれとは反対の立場を

採用します。

「私たちの心の奥底に、ぱっくり開いた裂け目=虚無(影)に

きちんと真正面から立ち向かえ!!」と・・・

それは、とりもなおさず「日常における(自己固有の)時間感覚」を

取り戻せ、ということでもあります。

近代以降の人間は、「外なる神を失った」理性中心的世界観に

住み続けたようです。

つまり、「世界と個人がバラバラになった!!」ということです。

それが、現在の「虚無的世界観」につながってしまったようです。

19世紀末頃から、ニーチェも問題提起したように

「神は死んだ=外在的世界観の終末」が始まっていたのです。

その「理性の限界(裂け目)」から再出発する世界観こそ、

「永劫回帰思想=循環時間思考の復権」です。

21世紀において、私たち個人もこの「内なる神」を取り戻さなければ

なりません。

それが、「生きる」ということです。

「未来への絶望にたどり着く前に、己の空白(虚無・裂け目)を埋めよ!!」

ということです。

それは、「独立精神」を甦らせることでもあるのです。

では、その「空白(虚無・裂け目)を満たす方法とは何か?」

それが、「豊かな想像力」です。

最後に、絶望のとばりにたたずむ私たちに著者は「希望のメッセージ」を

この作品を通じて残して下さっています。

「何とかやってくさ、人間は」

さて、皆さんはこの著者からのメッセージをどのように受け取られましたか?

「随分と冷たいメッセージだなぁ~」

「分かりました、地上に残された私たちも、いのちある限り

後に続く者あるを信じて、良きメッセージを残せるよう前向きに

何としてでも生き抜きます!!」

この二つの選択肢が用意されています。

もちろん、管理人は後者の立場です。

皆さんも、それぞれの「自由な思考」でこのSF小説に取り組んでみて

下さいね。

なお、山梨県山中湖畔の「三島由紀夫文学館」については

このサイトをご参照下さいませ。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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6 Responses to “三島由紀夫の「美しい星」を生誕90年、没後45年の節目の年に読み、人類の未来を考えよう!!”

  1. […] 「それでも、人間はうまくやってくさ!!」(三島由紀夫「美しい星」のセリフから) […]

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