レイチェル・カーソン女史の『センス・オブ・ワンダー』    映画『美しい星』の観賞とともに読み考え合わせたい1冊です!!

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『センス・オブ・ワンダー』

現代環境思想哲学者の先駆者である

レイチェル・カーソン女史による名著。

今や古典ともなっている『沈黙の春』の著者です。

本書は、いわば児童向けの小冊子として

彼女の次世代への想いが綴られた1冊です。

「地球は水の惑星」

水が汚染されれば、あらゆる生命体は死滅してしまいます。

現代文明は、すでに決定的な致命傷を地球に与えてしまっています。

今回は、この本をご紹介します。

『センス・オブ・ワンダー』(レイチェル・カーソン著、上遠恵子訳、新潮社、1996年)

レイチェル・カーソン女史(以下、著者)は、

もはや現代環境思想哲学の先駆者として語り外せない

アメリカの海洋生物学者兼作家として著名な人物であります。

名著『沈黙の春』は、とりわけ大ベストセラーとして

学校教科書の題材などにも採用されるなど多くの方々に

知られるようになっています。

幼い頃より自然界に対する瑞々しい感性・霊性をお持ちであり、

ゆくゆくは作家になろうとする夢とともに、生物学者という

科学者として研究生活を続けたいとの強い願望がありました。

とはいえ、家庭の事情で、母と姉の遺児である二人の姪との

生活を支える責任が彼女1人にのしかかってきたといいます。

そんなことから、大学での研究職から

内務省の魚類・野生生物局の生物専門官という公務員に転職。

そこでは、主に海洋資源などを解説する広報誌の執筆と編集といった

広報活動に従事されていたといいます。

この公務員生活の傍らで、科学者(生物学研究)精神を遺憾なく発揮させながら

若い頃から思い続けてきた作家の道へと踏み出します。

このような歩みの中で生物ジャーナリストとしての地位も確立されています。

1951年の『われらをめぐる海』(日下実男訳、ハヤカワNF文庫、1977年)

その地位を確保することになった作品だとされています。

他著には、『海辺~生命のふるさと』

(上遠恵子訳、平凡社ライブラリー文庫、2000年)などがあります。

主著はもちろん『沈黙の春』(青樹簗一訳、新潮文庫、2011年第74刷)であり、

自然生態系内における食物連鎖構造を通じて有毒物質が生体内を蝕んでいく過程を

わかりやすく解説することで、人類による自然破壊を告発されています。

そのことで世界中の話題作となりました。

さて、今回ご紹介させて頂く『センス・オブ・ワンダー』は、

著者の死後に公刊されたそうで、

著者からの『最後のメッセージ』だと評価されている作品だといいます。

訳者あとがき(本書57頁)によると、著者の姪の息子ロジャー氏に

捧げられたメッセージが本作品の主旋律をなしているとのことです。

実際に文体も上記『沈黙の春』などとは異なり、

児童向けに配慮されたものとなっており、ページ数もわずか50数頁ほどの

短編集に仕上がっています。

とはいえ、本書は大人にとってこそ読むべき価値があります。

なぜなら、大人になるにつれ忘れてしまいがちな

人生にとって本当に大切な事理を教えてくれるとともに

<童心の季節>に誰しもが宿していただろう<気づき>へと

再び立ち帰らせてくれる作品だからです。

お子様のおられる親御様であれば、是非ご一緒に読みながら

語り合って頂きたい1冊であります。

『センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目をみはる感性』

(本書23頁)を幼い頃より育み、自然界に潜む<いのちのリズム>に

親しむ習慣を身につけていくことの重要性が語られています。

現在も日々刻一刻と、

世界中で自然災害や人工災害(戦争・公害など)が多発しています。

その原因は、人間の飽くなき支配欲が強く関わっています。

果たして、人類にはその袋小路を抜け切れる知恵がまだ残されているのでしょうか?

決して、楽観視することは出来ませんが、

人類もまた自然生態系の一部をなしているという当然の事理に

意識を向け直すことが叶えば、希望の光も再び差し込んで来る<余地>も

残されているでしょう。

著者もそうした期待や希望の祈りを込めて、後進に向けて

メッセージを送られています。

ということで、一見して<絶望>に思われてきた只今現在だからこそ、

この連休にでも是非お子様などとともにご一読して頂きたく思い、

みどりの日(現:昭和の日)である4月29日(現:5月4日)に向けて

管理人からも本書をお届けさせて頂くことにします。

なお、本書を映像化した作品もあるようです。

『DVD センス・オブ・ワンダー』

(上遠恵子出演、紀伊國屋書店、2012年)

「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではありません!!

本書を読み進めながら、管理人もあらためて強く実感させられたのは、

近現代的知性開発(理性偏重型啓蒙)教育の方向性だけに終始していけば、

「感性」や「霊性」に基づいた自然界に対するあらゆる<謎>に関する

純粋な知的好奇心が剥奪されていく一方の結果を

私たちにもたらせていくだけではないかとの深刻な危機意識ありました。

それは同時にこの自然界において、

人類だけが「特別な存在」だと繰り返し思い込ませる傲慢な世界観の形成へと

必然的につながっていく推進力となってきたようにも強く実感させられました。

つまり、生まれ落ちた瞬間から人類は自然界とは「切断」された世界観を

身につけさせられていくということになります。

その最大要因は、人類が「道具」と「言語」を獲得したことによります。

このことによって、自然界における諸現象を<あるがままに>体感する

身体感覚が大幅に狭められていったように考えられます。

管理人ももちろん人間ですから、日々「言語」を駆使しながら

この世界の中で体感させられた実感を他者に伝達しようと試行錯誤していますが、

その感じ取った「質感」を<あるがままに=数学的表現では1対1対応>表現仕切ることが

出来ていません。

ここから、同じ人類でありながら、共通言語を使用しているにもかかわらず

世界像に対する解釈の違いが生じてくることになります。

人類相互間における世界観に関する決定的亀裂のはじまりであります。

管理人は、ここに深い悲しみを覚えます。

「人類は、どこで道を間違えてしまったのだろうか?」

真摯に世界に向き合いながら、

一瞬一瞬を真剣に生き抜いてこられた方であれば、

誰しも一度は抱かれたことがある大きな問いだと思います。

「果たして、<知る>ということはいかなる生の営みなんだろうか?」

こうした哲学的問いに何度も挑戦されながらも挫折された方も

数多くいらっしゃるのではないでしょうか?

管理人もその1人ですが・・・

<知る>ということが、このように世界を予め「分断(分節)」して

断念してしまう行為を含むとすれば、

残念ながら永遠に世界の「実相(真実像)」に触れることも

困難きわまりない道のりのようにも思われてきます。

「学問」を幼い頃より積み重ねてきて、

もしかすると、「正解(唯一の真理)」なんて

人間が介在した世界では存在しえないのかもしれないなどとも

思われてきます。

科学的にも哲学的にも、世界観の解釈の違いだけが

「もっともらしさ」を巡って争われており、

これまで人類によって積み重ねられてきた「定説」というのも

はなはだ怪しい段階にある「仮説」にしかすぎなかったのではないかとも

強く思われてきました。

数学における「定理」や「公理」も

あらためて最先端の知見に触れることを通じて

学び得たことも

「この世界には<自明なこと>の方が少ないのではないか?」という

大きな疑問点でありました。

「そもそも<自明>って何だろうか?」

この<謎>解きをすればするほど、<謎>は深まる一方です。

もっとも、このような厳密な「学問」的問いを日常的に問い続けると、

発狂してしまい、まともな社会生活を送れなくなること必定ですので、

世の「常識」的知恵に従って、繰り返し「判断停止」をしながら

世の多くの方々同様に日常生活をやり過ごすことになるわけですが、

ふとした時にやはりこの大きな問いが何度も重くのしかかってきます。

つまり、人間である限りは、この世界に潜む<謎>からは逃れきれないということです。

どうやら、管理人の場合には人一倍の「想像力(妄想力??)」が

働きすぎるようですね。

だからこそ、次から次へと「言葉」も湧き出てくるわけですが・・・

このように綴ってくると自分でも収拾がつかなくなってきましたが、

著者に触発されながら考えていたことは、

「<知る>ことは、<感じる>ことに比べて体感領域が著しく狭い」のではないかと

いうことに尽きます。

著者も本書を通じて、このことを繰り返し強調されています。

<知る>こと=名づけ行為=名前を覚えること以前の問題として

まずは全身全霊でこの世界に流れている<いのちのリズム>を掴み取ることで

<生命>によって限定された時間(人生)をより大いに楽しむことに

全力を注ぎ込むことがもっとも大切だという当然の教訓へと

本書は導いてくれます。

いずれにせよ、飽くなき純粋な知的好奇心=童心をいくつになっても

失いさえしなければ、希望は残されているということです。

希望=幸福感を支えてくれる叡智は、

学校や教科書では決して教えてくれない本来の知的好奇心には必ず備わっています。

皆さんにも、そのような意味での純粋な童心を再発見していって頂ければ、

一見すれば「闇(絶望)」だと感じられる場面においてでさえ、

「光(希望)」を少しくらいは見出せるのかもしれません。

「少しくらい」の領域を拡げていくことも、1人だけでは微力に過ぎませんが、

1人の声が2人の声・・・と連鎖反応を起こしていくことが叶えば、

世界動乱の危機も回避しえるものと信じています。

その感覚を、著者の言葉とともに磨いていって頂きたく願います。

もちろん、管理人も今後とも精進し続けます。

そのような姿勢でご自身の人生や世界に臨むことが叶えば、

<良知>を発揮しえるきっかけも掴み出せるのではないでしょうか?

そうです。

<良知>とは言い換えると、

<センス・オブ・ワンダー>のことでしょうよ、きっと・・・

新作能『不知火』(石牟礼道子作)を観能しながら、いのちある歓びと哀しみを味わう

そんなことを思い出させてくれる小説に

来月公開予定映画三島由紀夫氏原作の『美しい星』があります。

(『美しい星』については、こちらの記事もご参照下さると幸いです。)

管理人としては、数ある三島文学のうちでも、

明るい息吹を感じ取れる作品として『潮騒』とともに

個人的に好感をもっている作品ですが、

この『美しい星』は、SF形式を借りた「思想小説」であります。

つまり、前にも触れさせて頂きましたが、

人類における思考形態(世界観解釈)の違いを様々な人物描写を通して

浮き彫りにすることで読者に考えさせる題材を提供してくれるのが

本作品の特徴であります。

映画と原作とでは、予告篇によるとかなり違いがあるそうですが、

公開までにまだしばらくの時間があるようですので、

これから見に行かれる予定で、

原作をまだお読みでなく時間の余裕がおありの方には、

是非この連休中にでもご一読されることを本書とともにお薦めいたします。

旅に出かけられるご予定がある方であれば、

出来れば満天の夜空に輝く星々を眺めながら読み進められると

最後に何とも言えない深い読後感が味わえるでしょう。

『何とかやってくさ、人間は』

(『美しい星』新潮社、第43刷、356頁)

それとあわせて著者の名著『沈黙の春』にも一度は目を通して頂けると

有り難いのですが、日本人作家にも環境問題に優れた批評眼をもって

警鐘を鳴らされた方がいます。

有吉佐和子さんの『複合汚染』

それと今回ご紹介させて頂く石牟礼道子さんの『苦海浄土~わが水俣病~』。

そして、『不知火』であります。

石牟礼道子さんのこの両作品もすでに古典となっていますが、

いずれも、水俣病を話題に扱った作品であります。

今回は、後者の『不知火』に絞ります。

『不知火』とは、熊本県の八代海上で夜な夜なちらちらとほの見える

漁船による「漁り火」のように見える火だといいますが、

管理人自身は、まだ実際の風景を見たことがありませんので、

ここでは語りにくいのですが、上記文学作品やそれを原作に据えた

新作能『不知火』からはその風景が想像されてきます。

管理人は、能楽観賞も趣味なのですが、

この新作能『不知火』は、滅多に能楽堂でも公演されることはないので、

DVD作品を通じて見る機会があっただけです。

平凡社から公刊された作品です。

(ちなみに、管理人の敬愛する<妖怪へヴィメタルバンド>陰陽座さんの

『不知火』もその漁り火のシーンを連想させてくれるある種の<鎮魂歌>です。

こちらもご興味関心がおありの方にはお薦めの一曲です

あ~、ライブが待ち遠しい・・・。

御免なさい、管理人自身の個人的趣味がまたしても迸ってしまいました。

とはいえ、陰陽座さんはいつも素晴らしい世界観を

和洋折衷の組曲形態で演出されておられます。

なかなかの勉強家でもあり、MCにもその教養が滲み出ています。)

閑話休題。

話題を新作能『不知火』に戻させて頂きますと、

人間も当然ながら自然生態系の一部分を形成していることを

思い出させてくれます。

『不知火』は、熊本県ご出身の石牟礼さんのことですから、

水俣病が題材ですが、著者の『沈黙の春』もちょうど同時期に

出版時期が重なったこともあって日本では衝撃的な話題書になりました。

人類が生み出した文明の根源に巣くう「煩悩」・・・

この「煩悩」と真正面から向き合いながら、

すべての森羅万象との調和を志向させた共存共生可能な

文明再構築は可能なのか・・・

この作品を鑑賞していると、

人類の哀しみがより一層引き立ってきます。

しかしながら、哀しみは逆説的ですが、

見方を変えると、<いのち>に限りある存在である

人間に再び生きる歓びも甦らせてくれます。

とはいえ、その歓びもまた

他の生命体・非生命体の犠牲があってのことだということを

片時も忘れることがあってはなりませんし、

これ以上の犠牲が再び招き寄せられることがあってもなりません。

つい先だっても、同じ「言葉」を扱う人間として、

悲しい事件がありましたが、かの「失言」問題にも見られるように

言葉そのものの重みが年々歳々軽くなっていく一方であることも

憂慮するところです。

管理人自身も、自らを戒めなければなりませんが、

「言葉」を紡ぐ、あるいは、語り継ぐという<いのち>を

込めた生の営みは、厳粛でなくてはなりません。

このように「言葉」が軽くなっていくということは、

同時に「いのち」そのものも軽んじられていくことになります。

今後近未来には、「人工知能」によって、

ますます「人間」の「言葉」や「いのち」が希薄化されていくことも

十二分に予想されるところです。

そんな人類史における分水嶺に再び立ち会う時期が近づきつつあるからこそ、

深く噛み締めながら読み考えていきたい1冊であります。

そんなことを今月はなかなか忙しくもあり、

桜をじっくりと眺めながら「思索散歩」する時間も持てませんでしたが、

1日だけ日帰りの慌ただしさで京都伏見「長建寺」から「寺田屋」、

「御香宮神社」~「乃木神社」~「明治天皇・昭憲皇太后御陵」近辺を通り抜けながら、

山科「毘沙門堂」まで雨がそぼ降る中、

ちょっとした巡礼旅を兼ねて散策して参りましたが、

いずれも「世界平和」の行く末に対する祈願でありました。

この散策ルートに共通するキーワードも「水」でした。

人間だけはなく、あらゆる生命体には「水」が欠かせません。

「何としてでも、この<いのち>を創成・維持・再生させる水を

護り抜かねば・・・」

そんなことを、前にもご紹介させて頂いた<平和の象徴>である

「陽光桜」を伏見の長建寺さんで雨の降りしきる中、

ぼんやり眺めながらつらつらと思索と祈りに耽っていました。

そんな雨降る中でも、いつもながらお世話になっている方々との

交流談笑の一幕もありました。

本当にいつもお世話になりありがとうございます。

ちなみに、この画伯は隣の「人間国宝」さんです。

(関西在住の方であれば、<隣の「人間国宝」>さんに

あなたを指定しますとの円広志さんの番組をご存じの方も

多いでしょう。)

ということで、最後は重苦しくなってしまいましたが、

人類もまた自然生態系の一部分にしか過ぎないという当然の事理を

思い出すきっかけの書物として、

皆さんにも是非ご一読をお薦めさせて頂きます。

最後に次の和歌を皆さんにご紹介しておきますね。

『よもの海 みなはらからと 思ふ世に など波風の たちさわぐらむ』

(明治天皇御製)

絶対に戦争は引き起こしても・巻き込まれるようなこともあってはなりません。

そんなことも先週の四天王寺縁日における聖霊会舞楽大法要を拝見させて頂きながら、

あらためて聖徳太子さんの「平和の願い」とともに強く祈念していました。

管理人自身は、いわゆる「太子信仰」者ですが、

昨今の『聖徳太子はいなかった!!』なる説が提唱されるたびに、

実証史学の立場はもちろん尊重しますが、

なにか「心」が足りないような気がして、

毎度寂しく残念に思います。

我が国の最高裁判所大法廷壁画にも堂本印象画伯による

聖徳太子の『十七条憲法御宣布』が掲げられていたとの話を

聞いたことがありますが、現在は一般公開停止中だとか・・・

このように我が国から聖徳太子さんの御存在が忘れ去られていくようになれば・・・

その『未来記』(一般公開されていないので、その存在自体謎に包まれていますが、

昔からその存在が噂されてきたようです。)に

何と書かれているかは知るよしもありませんが、

何か不吉な予感もします。

歴史上は、楠木正成公だけが閲覧したとのことですが・・・

そのような不吉な現実が起こらないことだけを祈るのみです。

このことも憲法記念日を前に思い起こされました。

さて、関西人にとって本日は、本好きにはたまらない四天王寺の『春の古本祭り』。

散策ついでに、世界平和と皆さんのご多幸も再度祈って参ります。

まぁ、これ以上の重苦しい想像は控えましょう。

皆が幸せであることを想像しながら、

日々を過ごしていれば、必ず楽しい出来事に数多く遭遇することでありましょう。

それでは、重苦しい話はここまでとしまして、

今回は連休前ですので、

「書を捨てて、旅(町)に出よう・・・」(寺山修司)ということで

このあたりで筆を擱かせて頂くことにします。

とはいえ、皆さんにも「平和への祈り」と「いのちあるものへの愛」を

忘れずにいて下さいね。

なお、レイチェル・カーソンの思想概要については、

『レイチェル・カーソンはこう考えた』

(多田満著、ちくまプリマー新書、2015年)

あわせてご紹介しておきます。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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