高橋玄さんの「陽光桜~非戦の誓いを桜に託した、知られざる偉人の物語」<宇宙の心>と通じた未来経済を探究する!!

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「陽光桜~非戦の誓いを桜に託した、知られざる偉人の物語」

映画監督の高橋玄さんが、2015年秋に公開された

映画『陽光桜』の原作を上梓されています。

その舞台裏には、ある祈りが込められていました。

「非戦の誓い」

その主人公が、テレビコマーシャル「伯方の塩」で

有名な会社創設に参与された高岡正明さん。

その名の通り、「正明」を生涯貫き通された人生でした。

今回は、この本をご紹介します。

「陽光桜~非戦の誓いを桜に託した、知られざる偉人の物語~」(高橋玄著、集英社、2015年)

高橋玄さん(以下、著者)は、映画監督の方です。

脚本家や作家のお仕事もされているとのことで、

もともとは「漫画家志望」だったといいます。

そんな著者がこの度、題材とされたのが

「陽光桜」

2015年秋に公開され、

一部映画愛好家の間では話題になった作品のようです。

管理人は、映画こそ観てはいませんが、

この本は、その原作に当たる物語といいます。

ところで、皆さんは、この「陽光桜」について

何かご存じでしょうか?

おそらく、余程の「桜通」の方でない限りは

その名について、あまり聞かれたことのない種類の桜だと思われます。

とはいえ、昨今、桜の種目を注意深く観察しながら、

観賞されている桜愛好家の方にとっては、

ひょっとしたら、その名を発見されたこともあるかもしれません。

管理人も、どこかでちらっとだけ、その名札が掛けられた

「陽光桜」の樹木を見たことがあるかもしれません。

ここでは、その画像公開は出来ませんが、

上記映画の紹介記事を伝える『陽光桜 高岡正明』という

リンク先ホームページを確認されると、

淡くて濃い、何と表現すればいいのかわかりませんが、

密接に生い茂った力強く色鮮やかに彩られた桜であります。

管理人の個人的な趣味では、「八重桜」や「しだれ桜」などが

古風にして情緒ある趣を感じさせるせいか、好みの種目ですが、

桜にも、まだまだ知られていない種類があるようです。

それはともかくとして、本書の主題「陽光桜」への品種改良を

成功させた方がいます。

それが、主人公の高岡正明さんです。

「陽光桜」すら知られていないのに、

その栽培成功者である高岡正明さんの名前となると

さらに知られていないと思われます。

管理人も、その一人です。

ところが、この高岡正明さんには、もう一つの知られざる顔が

あったようです。

それが、テレビコマーシャル「伯方の塩」で一躍有名になった

会社である伯方塩業株式会社様の創業者メンバーだったということです。

この他にも、様々な方面で、八面六臂のご活躍をされた人生だったそうですが、

「思想家・哲学者」としての一面もお持ちだったといいます。

こうした生涯を貫く「心の御柱」に宿っていた「精」が、

「非戦の誓い=宇宙森羅万象一切弥栄思想」でありました。

その思想の裏側には、高岡正明さんの壮絶な戦争体験がありました。

21世紀現在、未だに地球上で凄惨な利害対立が生じていますが、

なぜ、私たちの住む世俗社会では、かくまでも「利害対立」にまで

発展していくのでしょうか?

それが、「心の根源に巣くう<小欲=闇=無明>」であります。

表層的な次元で、「この世界」を観察していると、

「批評」も同じく「表層的な<低>次元」で深刻な事態へと

発展してしまいます。

本書の主人公である高岡正明さんは、青年時代から学校教師をなされ、

実際に、戦場に教え子を送り出したご経験があったことや、

ご自身の「超知的体質」から数々の宗教体験もされてこられたことなど、

早くから「宇宙的視点」で、「この世界」を眺める姿勢を

お持ちだったようです。

ことに、教え子を戦場に送り出した責任意識は、殊の外強く

「罪責感」を終生持ち続けられたといいます。

その「罪責意識」が、二度と地上に大惨禍の悲劇をもたらすまいとの

堅固な決意から、この「陽光桜」は生み出されていったといいます。

さらに、その背後では、「独学」で猛勉強を積み重ねながら、

慎重に一歩ずつ「改善」していくとする「陽転思考」が

常に高岡正明さんの「心」を支えていたようです。

それが、「祈りの力」にも強く表れ、自然と周囲の人間の「心」をも

引き寄せていったようです。

そうした「神秘的知的思考」が、高岡正明さんの

高次元における「超知的問題意識」を形成していったといいます。

「この世界」における人間が引き起こした難問は、

一段階「上」から捉え直して、

問題解決の方向性を見つけ出していかなくては・・・

「欲深い」人間の思考レベルでは、なかなか前に進むことも叶いません。

そうした人類の現状の中、高岡正明さんは、臆することなく、

「現実即理想、理想即現実」の着地点を絶えず模索しながら、

人類未到の領域を開拓されるお仕事で、

高い境地における「万類協和」を目指されました。

そこには、「イデオロギー的視点」など、一切ありません。

そこで、伊勢志摩サミットも今月末に押し迫る時節柄でもあり、

各国首脳陣だけではなく、私たち一人ひとりが責任を持って、

学び取らなければならない最重要課題だということを、

皆さんとともに本書に寄り添いつつ、

再確認していこうとの趣旨でご紹介させて頂きました。

本書では、そうした崇高な理念に照らされた、

「知られざる偉人の物語」が展開されています。

その「崇高な理念」が、「陽光」でもあります。

今こそ、私たちも、その「陽光=心」を真剣に学び取り、

その「生命意志」を次世代に語り伝えていく義務があります。

ということで、皆さんにも、そんな「無私」に徹さんとされつつも、

「大欲」に燃えた偉人のエネルギーに触れて頂きたいと思い、

この本を取り上げさせて頂きました。

「陽光」から照らし出されていく明日の地球社会

そんな高岡正明さんと「陽光桜」や「伯方の塩」などのライフストーリーに

関する詳細は、本書をご一読されることに委ねさせて頂きます。

「物語」であり、「映画」でもあるため、

詳細は、「お楽しみに♪♪」の方が宜しいかと思われますので。

ですので、ここからは、いつもながら本書を読み進めながら

触発されたエピソードを中心にして、

以下、考察させて頂くことにします。

ところで、これほどまで「高次意識」を持った「偉人」も、

なかなか滅多にはいないようです。

しかし、「偉人」の出現を他人事のように待望する時期は、

とっくの昔に過ぎ去っています。

すでに私たちの母なる地球には、難題が山ほど積み重ねられています。

ために、地球だけではなく、宇宙も泣いています。

「偉人」は、一部の「エリート層」だけに任せておけば良いという

時代でもありません。

皆で相互協力しながら、ともに「洗濯」(坂本龍馬)しなければ、

「持続可能な社会」も維持継続出来ない段階にあります。

ここからは、管理人の「歴史観」の一端でもありますが、

人類史における進展では、本来は、「万物の霊長」とされる「人間」は、

すでに「別世界」へと移行していなくてはなりませんでした。

少なくとも、「万物の霊長=精神的生物」としての立場に基づく

「歴史観」を共有するとすれば・・・の話です。

しかし、人類は、有史以来、絶えず「唯物論(物理的一方通行型科学観)」と

「唯心論(迷妄的一方通行型宗教観)」の間で、双方とも教条的な争いで

もって、この母なる地球を不毛地帯と化し、「二分化」されていきました。

また、この対立状況に「倫理学」や「美学」の観点も加味された、

「四分裂」の状態で、「この世界」に混乱と対立がまき散らされていきました。

「懐疑主義」と「相対主義」の「罠」に嵌ったわけです。

ここから抜け出すために、哲学が古来から指向してきた「真理」を

復活させようと、懸命に模索する学者グループもいるようですが、

「そもそも論」からして、「人間」の「認識」には「盲点」が

組み込まれているようです。

(管理人の私見では、人類が「双補原理」(量子力学的世界観)に基づいて

「相互協力」するためだと解釈しています。

それが、「宇宙の心」なのでしょうか?)

必ずしも厳密には、認識の「限界」とは断言出来ないでしょうが、

少なくとも、「盲点(認知的隙間)」はあるようです。

そこを突破するために、昨今の「脳科学」や「人工知能」研究の

最先端では、主題にもなってきたようですが、そうした「メタ認知能力」を

言語化することには幾たびも失敗してきたようです。

(それでも、めげず、倦まずたゆまず頑張り続ける「人間」も素晴らしい!?)

そのことは、前にもご紹介させて頂いた、20世紀末までに

提示されてきた「3大<できない>論」でも知られるところであります。

ただ、こうした最先端の知見が、「義務教育」の段階で

詳しく教えられていないところに、

現代教育の問題も潜んでいるのですが・・・

そんなこともあり、当ブログでは誤解も恐れず(もちろん、誤解があれば、

訂正しますが)、皆さんとともに考察しながら、様々な角度から

「超知的」研究もご紹介させて頂いています。

本書とも絡みますが、「超」心理学という分野があります。

(詳細は、こちらの記事ご参照のこと。)

ここでは、従来の「心理学」では発見することが困難だった領域

(例えば、心・意識・無意識・生命エネルギー??など)が、

「科学的」な見地も加味して、「できる範囲」で研究されています。

世界でも、まだまだ未開拓領域であり、「オカルト宗教色」とも

無縁な方向で、懸命な検証作業が行われているところです。

とはいえ、そうした「超」心理学も、人間の「認識盲点問題」が

存在するために、今ひとつ全貌を解明していくのにも難儀なようです。

そんなこともあり、謙虚な研究者は、その問題意識は共有するも、

「わからない」ことは「わからない」と認めているのが現状であります。

ですから、前の記事でもご紹介させて頂きましたが、

生活実践上の知恵としても、「いかがわしさ」には十二分に注意を

払わなくてはなりません。

ところで、世の中には、たまに不思議な能力を持った方がいるようです。

その一つに、「念力」があります。

あるいは、最近巷で大流行の「引き寄せの法則」だとか何だとか・・・

こうした俗流成功哲学(自己啓発)書で話題になるのも、

ほとんどが、よく「わからない」イメージ物語であります。

こうした本で話題になるのも、各人各様の「実体験」が異なるために、

読まれる際には、十二分に気を付けなければなりません。

また、最近は、「人工知能」の進展や「仮想思考」の大流行からか、

反知性的な「努力不要論」や「記憶力養成無用論」など、

「まことしやかな大ウソ」が、世間に増殖中ですので、

若い皆さんは、絶対に真に受けないで下さいね。

もし、「テクノロジー障害が大規模な厄災をもたらすと仮定すれば・・・」など、

こうした「想像力養成」こそ大切な視点であるからです。

「ちょっと、先まで見通す力」のことです。

本書でも強調されている視点ですが、戦争やテロ、貧困といった様々な厄災を

回避する知恵としても、「想像力」を十二分に働かせなくてはなりません。

だからこそ、戦後(第二次世界大戦後)、世界中で浸透していった

「映像文化」や「プロパガンダ手法」には十二分な警戒も必要なのです。

この「映画<陽光桜>」は、考えさせる「良い映画」の部類に含まれるのでしょうが、

そのような映画でも再考する余地は多々あります。

これは、書物でも同じですが・・・

「必ず、自分の全身全霊で考えること」です。

そうした「面倒くささ」が後々大いに役立つのですから、

徹底した知的トレーニングは、やっておいて損することはありません。

(我々、いい年した<大人>も同じですが・・・)

管理人も、当ブログで、出来るだけ「検証可能な使える(即効性はないですが)」

本をご紹介させて頂いていますが、プロとして立つには、

本に対する「目利き力」の磨きもまだまだ不十分であります。

しかし、勉強すべき課題が増えていくことは、楽しみでもあります。

「プロは、毎日が勉強ですから・・・」

「信用力」にも直結しますので、敏感にもなります。

ここまでは、本書のエピソード紹介に至る導入部です。

(いつもながら長くてごめんなさい。でも、真面目な考察のためには必要なのです。)

そこで、本書の主人公である高岡正明さんのご登場です。

高岡正明さんが、別に「いかがわしい」人間だと語っているのではないですよ。

(念のため、重ね重ね強調しておきます。)

ここまで、「念力」について語ってきたからには訳もありまして、

それが、高岡正明さんのような「偉人」が放つ「生命エネルギー(高次意識)」に

興味関心があったからです。

管理人にも私淑する「超」能力的「超知」研究者が何人かいますが、

皆さんに共通する姿勢が、謙虚さ・倫理観・責任意識をお持ちだということです。

そのような研究者に共通するのが、

学者の原点である「子どものような純粋さ」であります。

「利害関係だとか何だとか、世俗的な不純物とは無縁」のようです。

高岡正明さんも、そのような方のお一人であったようで、

「ビジネス感覚」には疎遠で、ただひたすら純粋に「宇宙の心」に

沿った生き方を探究されていたようです。

そのために、ご家族や周囲の方々も大層ご苦労されたそうです。

(そのあたりのエピソードは、本書をお読み下さいませ。

人間模様や心情描写にこそ、映画や物語風エッセーの醍醐味があるのですから。)

だからこそ、「イデオロギーに一度も屈しなかった!!」人格形成がなされたようです

そのような「一心公平無私」に徹したきわめて純粋な姿勢なればこそ、

「非戦論」にも説得力があるのです。

(ちなみに、幸田露伴の「非戦論」研究については、こちらの記事

ご参照下されば幸いであります。)

高岡正明さんは、「愛媛県ご出身」の方ですが、

管理人が個人的に気になっている優れた方々にも、

「愛媛県出身者(ないしは、縁のある方)」が多いようです。

やはり、地域の風土やその「愛」という言霊がまだ生きているからでしょうか?

そのあたりは、「言葉」でもって「完全証明」することなど出来ませんが、

何か「温かい心」を感じるのです。

そんな「温かい心」が、高岡正明さんの創造された「陽光桜」や

「伯方の塩」にはあるようです。

そうした「生命エネルギー=波動??」が、

「宇宙の心」と同調したのか、高岡正明さんの判断能力には、

通常人では理解され得ない特異な才能が含まれていたようです。

この「陽光こそ、平和の象徴にしたい!!」

そうした一途な想いだけで、30年以上も手塩にかけて育て上げ、

まさに「採算度外視」で世界中に、その「陽光」の輪を

拡げていったといいます。

このように、純粋な人間が放つ「明るさ=<陽光>」にも、

必ず「日陰の時代におけるエネルギー充電期間があった!!」のだということは、

是非、多くの方々に知っておいて頂きたいところであります。

「成幸(功)者とは、世間から多大な誤解を受けながらも、

最期まで諦めずに、自分を信じて、自ら立てた<志>を裏切らずに、

継続した人間のこと」をいいます。

「<この世>に、即効性など決してない!!」

「あったとしても、そのメッキはすぐに剥がされる!!」

あります。

そうした「陽光」を放つだけの器量を兼ね備えた人物に成長し、

世の中に貢献して、世界を「陽光」で遍く照らし出したいものです。

「学問(あるいは、ビジネス事業)の意義も、この一点に集約」されます。

「百姓 高岡正明」に込められた想いが、「宇宙の心」と同調(「未来経済試論」も兼ねて・・・)

こうして、高岡正明さんのライフストーリーを観察していると、

管理人には、なぜか「田中正造翁」に見えてくるから不思議です。

(ちなみに、田中正造翁については、こちらの記事もご参照下さいませ。)

それが、「百姓 高岡正明」に現れています。

「百姓」とは、「よろず屋さん=何でも出来るマルチ才能型人間」が、

原義であって、決して否定的なイメージなどありません。

こうした否定的なイメージも、世俗社会の悪い念が、

「百姓」に押しつけられてきたからこそ、「一般化」してしまったのです。

ここに、「言葉の一人歩きの恐ろしさ」があります。

その「百姓」には、高岡正明さんにとっては、もう一つの想いが

込められていたようです。

結局、「この世界」の諸現象を学問的にあれこれ探究していっても、

なお探り得ない「もやもや部分」こそが、「天道(天意)」であると。

日本には、古来素晴らしい叡智がありました。

それが、「天道思想」です。

西洋における「一神教的世界観」とも異なる

「宇宙の中心思想」であります。

この「一点」が、「人間」の一挙手一投足をすべてお見通しだとする

考えが、「人間」の「小欲」を抑止していたからです。

それが、神道でいうところの「(うけい)の思想」、

あるいは、「まつりごと(陰陽原理に基づく調和則)の実践」で

あります。

また、仏教では「円い教え(空)」であるようです。

まずは、「理屈」よりも、「感性」「霊性」を高めていく姿勢が、

古来の「やまと(大和)」にはあったのです。

それは、まったく「軍国主義」などとは一切関係もありませんし、

親和性すらありません。

とはいえ、こうした「中空構造=日本の深層」(河合隼雄氏)には、

その中心部に何が入ってくるのかわからないので、

絶えず注視しておく必要もあるのだと言われます。

「日本語の哲学」や「日本神話に学ぶ深層意識」をテーマにした

分析考察は、いずれ機会があればご紹介したいと思っていますが、

本日は、これ以上、立ち入りません。

このように考察してきますと、「理性なき直観も危険」だし、

「直観なき理性も危険」だということが見えてきます。

「すべては、<絶妙な>バランス感覚」なのです。

こうした粘着力ある持続的集中力が、「陽光桜」や「伯方の塩」を

生み出す秘訣(原動力)となったようです。

それが、高岡正明さんの「心」と宇宙の「心」の波長が一致した

要因だったのではないでしょうか?

「人間」の「心」とは、つくづく思いますが、不思議な未知の力で

満ち溢れています。

高岡正明さんの一生は、まるで「花咲かじいさんの冒険」のようだったと

著者は、本書で描写されています。

「短期的」ではなく、「中長期的」な視点で、

自分の「仕事=働き(事業)」を考える。

「働き」の原義は、「傍を楽にする」といいます。

これが、本来の「生産思想」であるようです。

そうした「人生観」や「世界観」を共有することで、

「人間」は格段と良くなります。

それが、「非戦(非差別)思想」になり、果ては「宇宙との調和」に

つながるようです。

この問題は、再び「イデオロギー対立の時代」へと向かおうとする

現在只今において、いくら強調してもし足りない論点なので、

何度も「品」を変えて、今後とも考察していきたいと思います。

くれぐれも、<低>次元における「イデオロギー闘争」の問題では

ないのだと、この「非戦(非差別)思想」をイメージされる際には、

ご注意下さいませ。

判断基準のヒントは、「宇宙の心」に合致しているのか否か?

をご自身の「心」に問われると、自ずと「正解」へと導かれましょう。

最後に、「伯方の塩」で有名な伯方塩業株式会社様の「社是」を

ご紹介して、本来の「生産」の原点に立ち返りゆく「未来経済論」

若干考察しておきます。

① わたくしたちは、

天地の運行と万物生成化育の本源に則り、

人類の平和と健康樹立の根源である

健康適正塩を探究し、

之を製造販売することに努力精進する。

① わたくしたちは、

天地の運行と万物生成化育の本源に則り、

会社運営の基本を現在行われている

資本主義でもなく共産主義でもなく、

『天地万有陰陽総一循環進展の法』に則り

共存共栄主義経済により、

会社を運営する。

① わたくしたちは、

人類文化に貢献せる先人祖先と

万霊万物に感謝し、捧誠の心を以て

一切の事業に当たり会社と日本民族

並に世界人類の繁栄と幸福に向かって

努力精進する。

(本書90~91頁から引用)

と、このように「社是」を分析すると、

著者も指摘されておられるように、

「儲けなど考えない」

「およそ資本主義経営とは思えない」などと、

感じられるかもしれませんが、

「事業」とは、「儲けだけ!!」なのでしょうか?

もちろん、私たちのような現代資本主義経済社会に生きる

人間にとっては、「稼ぎ(利益)」は不可欠であります。

しかし、もう一つの重要な視点。

実は、こちらの方が、「社会目的」に照らしても最重要なのですが、

「事業目的」であります。

現代のような「金融主導型産業資本主義」となりますと、

どうしても、目先の短期的な「利益中心路線」に傾くようです。

法制面や税制面でも、なぜか、こうした傾向を「良し!!」として、

「事業目的」を後押しする支援力とはなっていないようです。

管理人の拙い経験でも、昔は「銀行員」と言えば、

「人を見抜くプロ」とされていたようですが、

昨今は、「・・・」と感じられる経営者の方も多いようです。

こうした融資姿勢を受けて、「事業家」も振り回され、

安定的経営基盤を確保するのに苦労していると聞きます。

このような傾向が、長期にわたると、

そりゃ、「働く気」も失せてしまうでしょう。

管理人も、「宇宙的視点」から、

「人類は、どこで道を間違えたのか?」や

「日本は、どこでおかしくなったのだろうか?」などと、

大なり小なり、考えていますが、

「人間」にとって、「極端」に「先行き不透明」だと

どうも安心感が得られないのだろうということもわかってきました。

経済学でも、「リスク」と「不確実性」の違いは論じられているようですが、

しばしば「混同誤認・混乱」もしていると聞きます。

それと、テクノロジーの驚異的な進展で、

「高速取引」が、「人間」の「判断力」を「低下」させてきたとの

精神病理的な側面からの報告もあります。

こうした時代だからこそ、「働くとは何か?」に関するテーマの本も

話題になるのでしょう。

「働く=仕事=生産性」の目的は、

本来は、「人類協和のため」だったはず・・・

そして、「人間の思想」も「事業(の理念)」も

数世代にわたって安定的に継続発展していくのが、

健全な社会なのではないでしょうか?

管理人もあらためて、この「社是」を眺めながら再考させられました。

儲け(利益)だけの視点では、面白い遊び(ユニークな実験)も

出来ないでしょう。

それが、個々から全体に拡大されていくと、

「資本主義の死」にもつながります。

ひょっとしたら、「社会共産主義」の次に、

「資本主義」も「自滅」していく方向にあるのではないかとも

一部では囁かれているようですが、

双方の「経済思想」を超克する視点も、この「社是」にはあるようです。

著者も取材の過程で、この会社は、一般的なベンチャー企業とは

異なる論理で創設されたといいます。

原点からして、「資本主義」の「先鋭化」から排斥されつつあった

「自然塩」の存続運動の一環から始まったといいます。

ある種の「生活協同組合(講)のような事業体」でしょうか?

ところで、今後の未来経済に向けた提言は、

(仮案)ということになりますが、

「貨幣革命」と「テクノロジー革命」の合成によって、

今までの「稼ぎ形態」が大激変することは、大多数の識者も

これまで強調されてこられた論点であります。

では、自動的に「(これまでのような)仕事」が激減し、

「稼ぎ」が少なくなり、担税能力も軒並み低下していき、

結果として、「社会福祉制度の崩壊」を招くとすれば・・・

まさに只今こそが、「人間」の「死活問題」の「正念場」であります。

そうすると、今後考えられる方向性としては、

基礎的生活を確保するための「ベーシックインカム制度」の導入と、

今とは異なる「社会保障(医療保険)制度」の多様な選択メニューの提示など、

やはり「新自由主義(的経済社会)」に落ち着くのでしょうか??

それだけでも、何か殺伐とした経済風土のように感じられて、

違和感があるのですが・・・

皆さんは、どのように思われますか?

長期的に見れば、公的領域を縮小し、民間部門が拡大していくだろうことが

想像されますが、その間のグレーゾーン(中間組織)には、

何段階も多種多様な「層」があっていいでしょう。

むしろ、それが、「自由(社会)民主主義の健全な発展」を促し、

「全体主義」や極端な「冒険的独裁主義」を防ぐ手だてだとするなら、

「利益偏重型新自由主義」も早晩、厳しい局面を迎えるのではないでしょうか?

「分配の正義」とは、「公共財産」という「安全地帯(貯水池)」をも意味します。

すなわち、「安全保障問題」だということです。

管理人としては、そうした意味も込めて「半官半民型協働事業体」の

研究考察も、今後の関連本のご紹介の中でさせて頂く予定でいますが、

これも、今後の「宿題」とさせて頂きます。

そうした意味も含めて「防災に強い国(社会)造り」を

目指していかなくてはなりません。

まとめますと、すべては、「人間」の「安心感」をいかに充足させていくのか

という問題に結論が落ち着いたところで、「より良き解答」とも

なっていなくて、大変恐縮ですが、今回はここで知力も尽きたので

筆を擱かせて頂きます。

ということで、本書『陽光桜』で事前学習されたうえで

映画『陽光桜』(現在は、一般公開終了のようですが)にも

どこかから探し出してご視聴頂ければ、

朗らかで陽気な心を養って頂く縁になるかと思いまして

お薦めさせて頂きました。

なお、「陽光桜」を祝して、「万類共尊」を祈る歌に

『永久に 咲きて薫るは 陽の光

天の下なる 弥栄のため』(管理人)

また、「愛媛出身」の仏教詩人でいらっしゃる坂村真民先生の詩から

           <宇宙の塵>

『何か一つでもいい いいことをして この世を去ろうではないか

散る花を惜しむ心があったら 一匹のこおろぎでも

踏み殺さないように 心してゆこうではないか

大きなことはできなくても 何か自分にできることをして

宇宙の塵となろうではないか』

(『坂村真民一日一言』致知出版社、83頁より引用)

最後までお読み頂きありがとうございました。

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