藤井聡先生の「<凡庸>という悪魔~21世紀の全体主義」<凡庸>であることは、「無責任社会」を許す原因!?

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「<凡庸>という悪魔~21世紀の全体主義」

国土強靱化論などでお馴染みの藤井聡先生が、

「21世紀の全体主義」について分析考察されています。

著者は、防災減災ニューディール担当という

「政治的職務」も実践的に体験されてこられた学者さんです。

「悪質なデマは、絶対許さない!!」

そんな当然のことが、21世紀現在になってさえ、

人類は未だに学習克服されないでいます。

今回は、この本をご紹介します。

「<凡庸>という悪魔~21世紀の全体主義~」       (藤井聡著、晶文社、2015年)

藤井聡先生(以下、著者)は、京都大学大学院工学研究科教授で

都市社会工学がご専門であります。

『救国のレジリエンス』をモットーに、内閣官房参与として

防災減災ニューディール担当の「国土強靱化理論」の実践的提唱者としても

著名な方であります。

この天災事変や経済不況など前途多難な時節柄、

著者にはこれまで以上のご活躍をして頂けるよう祈るばかりです。

関西では、「大阪都構想問題」に「民主主義の危機」という視点から、

「冷静論」を呼びかけるなど、メディア等で注目されています。

本書もそうした「現代民主主義危機論」をテーマにした内容であります。

前にも当ブログにてご紹介させて頂きました

『プラグマティズムの作法』の続編に当たる位置づけをされておられます。

前著が、思想面における「実践哲学理論書」の「総論」だとすれば、

本書は、「実践的政治哲学と現代時事評論」を兼ねた「各論」に当たる内容です。

著者の視点は、政治的立場にかかわらず、まずは実用的(プラグマティック)な

観点から、冷静に「是々非々論」で世の中の諸現象を見ていきましょうとの

「賢者の目」であります。

著者も、「関西人(奈良県生駒市のご出身)」であり、

時に、その表現形態には「誤解」を受けるなど、

巨大マスメディアや権力層から激しいバッシングも体験されてこられましたが、

一貫して主張されてこられた発言は、至極まっとうな内容であります。

ですから、私たちも「言論妨害」に屈することなく、

著者だけでなく、勇気ある言論人を積極的に応援していかないと、

早晩大変な事態に見舞われることになります。

言論活動に携わる人間にとって、忘れてはいけない言葉・・・

『私はあなたの意見には反対だ、だが、あなたがそれを主張する権利は

命をかけてでも守る』(ヴォルテール)です。

また、法律学を学んだ人間なら絶対忘れてはいけない格言・・・

「思想・信条等の自由」は、

『「明白かつ現在の差し迫った危険」がない限りでは、

全面的に擁護されなければならない』のだとする慣習律であります。

また、著者の立ち位置は、管理人同様、原則的に「保守」の立場ですが、

本書や別著などを精読して頂くと理解されますとおり、

昨今の歪んだ「無責任言論」には、政治的立場を問わずに、

厳しく適切に批評されてこられました。

その意味で、管理人も敬愛しつつ、私淑させて頂いている先生であります。

『京大を舐めるなよ!!』

その言質だけが、ことに関西メディアなどでは、ことさら誇張されてきましたが、

現代日本における権力暴走抑止装置とされる「良識の府」である「大学の自治」や

「学問の自由」が、世俗社会から日々侵犯されている事態を見ると、

その絶望的な現代社会への危機意識も共感出来るところであります。

本書は、そんな現代日本(日本だけではないですが・・・)に覆う

「抗うことの出来にくくなりつつある空気支配」や「反知性的社会風潮」に

警告を促す優れた知見でまとめられています。

本年5月には伊勢志摩サミットや各国首脳の広島訪問など、

「平和実現論」や「貧困解決論」などが大きく話題になる中、

人類の「総力(なかんずく、実践的知力)」が厳しく問われる時期であります。

また、来年は、日本国憲法制定からも70年の節目の年。

これまでの「総決算」として、にわかに「憲法改正論」なども

「政局」絡みのテーマとして浮上してきているようですが、

その前に「ちょっと、待った!!」であります。

本書では、そうした政治的立場にかかわらず、「冷静なものの見方」を

私たちが立ち止まってするための反省材料としての「知的道具」を

与えてくれます。

ということで、皆さんとともに、本書を読み解きながら、

「賢者としての<人間>」を取り戻し、目指すべく、

この本を取り上げさせて頂きました。

<凡庸>であることは、民主主義社会を大前提とする限り、罪である!?

さて、本書の主張はきわめて明快であります。

要するに、

「(ことに民主主義社会では)デマゴーグ(扇動家)に気を付けろ!!」

「人間は、<間違いやすい生物>である!!」

「ゆえに、常に立ち止まりながら<熟慮する勇気と責任>を持とう!!」

であります。

本書をわかりやすく読み解くためのキーワードは、

「思考停止・凡庸・全体主義」の3つであります。

次に、本書の内容構成を掲げておきますね。

第1部では、ユダヤ人の女性政治思想家ハンナ・アレント

『全体主義の起源』を手引き書に、現代民主主義の危機である

「全体主義」について、批判的分析考察されています。

続いて、第2部では、「21世紀の全体主義-日本社会の病理構造」を

切り口に、現代日本の時事批評を兼ねた論考が展開されていきます。

ここでは、「いじめ」全体主義、「改革」全体主義、

「新自由主義」全体主義、「グローバリズム」全体主義の4つのテーマから

解析されています。

最後の<おわりに>では、2016年現在では終息したかに見える

「大阪都構想問題」から、今後とも「目を見離さないでおきましょう!!」と

強調されておられます。

そこで、本文内容のご紹介と諸考察に移らせて頂きますが、

序章『全体主義を導く「凡庸」な人々』で、

「凡庸」と「平凡」の違いについて、解説されています。

著者独自の視点では、「凡庸=<悪い>無責任人間」に対する

「平凡=<次善>の熟慮型責任感覚を残している心ある人間」という

ところでしょうか?

本書は、そんな「心ある」平凡な庶民(管理人も含む)に向けられた、

『全体主義と「戦う」人のために書かれたもの』であります。

賢明な読者の皆さんとともに、数は大変少なく微力ではありますが、

公的な「より良き社会や国家、世界から宇宙へ」、また、

私的にも「より良き人生」を享受しながら、社会貢献されようとする

方々向けに書かれた「マニフェスト」であります。

昨今の「出版界」事情の調査を、新聞解説を読みながら一驚したのですが、

「日頃まったく読書しない層」が、ますます若手からご老人に至るまで、

増加の一途を辿り続けているとのことです。

その要因の1つとして、「読むべき本、読みたい本が少ないから・・・」という

理由は、管理人も職務柄、よく理解することが出来ますが、

第1に「そもそも読む必要なし!!」とする回答には、唖然とさせられました。

確かに、現代人は、社会人ならなおさらですが、若い学生諸君ですら、

「ゆとり世代」とは言われながらも、「忙しすぎる!!」ということは

十二分に理解することが出来ます。

しかし、人間は、「万物の霊長=考える葦」といった「知的生物」であります。

周りの状況に合わせて、自分も同じ「生き方」でいた方が、処世上も無難だと

お考えであれば、本当に可塑性に満ち溢れた若い方々の強靱な「頭脳」が

破壊されてしまうことになります。

社会に出る頃には、ますます忙しくなるとともに、「熟慮」する機会すら

社会に奪われてしまいかねません。

つまり、「精神的ストレス」に晒され続けることで、「思考停止状態」から

「凡庸化=無責任人間」、そして、ついには「全体主義=ゾンビ的廃人!?」へと

表現はどぎつく、下品で大変恐縮ですが、立ち至ることになってしまいます。

皆さんには、そんな「心ない」人間になって欲しくないとの願いも込めて

日々、綴らせて頂いています。

本書によると、意外にも、「知的高学歴層」だと世間では思われている

政官財界人のエリート層ですら、「間の抜けた心ない」人間が多いことが

強調されています。

また、私たち庶民が、こうした層から「バカにされている」状況も

克明に調査検討されています。

「私たちは、本当にバカにされている!!」

一昔の「常識人=平均人(良い意味で)」であれば、誰しもが

自分の誇りを傷つけられたとして、「怒り猛る」ことでしょう。

それが、現代社会では、「早くから諦め白けきった」姿勢で

処世しようとする、著者言うところの<凡庸>な人間が増え続けている

ようです。

普通の精神感覚なら、「恥ずかしい思いで一杯!!」だと思われるのですが・・・

ところで、現代は、「民主主義政治」を大前提とした社会を多くの国々で

程度の差はあれども、受容してきました。

一方では、その「民主主義観」についても、なかなか理解されているとも

言い難いようです。

そもそも、日本では、その「民主主義」を戦って勝ち取った実体験も少なく、

歴史観も多くの世代で「断絶」してきたこともあり、「特異」なイメージが

この「民主主義」には込められているようです。

そこから、「水と空気」や「安全保障」など、

人間の「生命と自由と財産」などを追求するとの

「個人の尊厳」(日本国憲法第13条)ですら、

何か「天から降ってきたタダ同然のもの」とのイメージや、

無思慮に「善なるもの」とイメージされてきた歴史的経緯があります。

要するに、「哲学的考察」などする必要もなく「思考停止」してきた

生活環境が戦後長らく許されてきたということです。

「民主主義」と一口に言っても、大学の法学部などで学んだことのある方なら

ご存じだろうと思われますが、「ピンからキリまで」あります。

ことに、「民衆自身」による統治を責任をもって行うとする

「治者=被治者」という原理的イメージは、今もって不鮮明であります。

「民主主義論」と言えば、古代ギリシャやローマ時代から論じられてきましたが、

その頃は、現代のような「市民像」ではなかったことから、

そのまま現代社会に当てはめることは出来ないとする識者の指摘もあります。

また、スイスなど小国家による「直接統治=民主主義体験」も日本では

経てきていないために、数多くの誤解がまかり通ってきたといいます。

現代日本では、「間接民主制」(国政レベル)、「直接民主制」(地方レベル)と

一応は、「初等中等義務教育」段階では、刷り込まれてきましたが、

教師ですら、その「本旨」を十二分に理解しているとは言い難いようです。

どころか、悪質な人間になると、若者をバカにして、

「印象操作(洗脳)」するような教師まで存在するようです。

管理人も著者も、「ヘイトスピーチ(憎悪的嫌がらせ言説)など論外!!」

だと考えていますが、

少なくとも、こうした至極まっとうな意見を出すだけでも、

なぜか「ヘイトスピーチ」とまでは言われなくても、

「政治的に正しくない発言」だとタブー視されているようです。

つまり、本来責任あるべき大人ですら、「逃げ腰=思考停止」な

処世でやり過ごすことに慣れきってしまったということです。

そのうえ、本来「冷静」な熟慮と勇気を与えるべき「専門人」が、

また「始末に負えない」人間で満ち溢れています。

そうした現代社会に特有の精神風土も、冒頭のハンナ・アレントや

ホセ・オルテガなどの知見を紹介しながら解説されています。

本書では、あまり多く触れられていませんが、管理人も20代前半の

大学時代に多大な影響を受けたマックス・ヴェーバー

『職業としての学問』や『職業としての政治』で現代「専門人」の

「気概のなさ」に警鐘乱打されています。

また、ニーチェも、何かと誤解されている哲学者ですが、

彼もまた「全体主義という名の妖怪」が歩き出す土壌を生み出す

「ニヒリズム(虚無主義)からの脱出」を訴えかけています。

まさに、上下左右の物心ともに「四面楚歌」の状況に、現代社会はあります。

歴史的に見ても、経済悪化と戦争・革命・犯罪・環境破壊など

「悪の要因」は連動しています。

私たち一般庶民が、「思考停止」になればなるほど、

事態はますます悪くなります。

そのような精神風土が、ひいては「全体主義」の世界へと

多くの人間を誘うのだとされています。

そうした「憂うべき状況」を、著者は、「憂国の情」をもって、

私たち「心ある」知的読者層へ訴えかけています。

ですから、皆さん、「絶対に負けたらあかん!!」ということです。

そのために、管理人も微力ながら、皆さんに勇気が出てくる

「知的武装の本」をご紹介させて頂いています。

大切なことは、「視点をずらす」ことや、

多角的な面から「熟慮」するための知識や知恵を身につけることです。

ですので、管理人の立場(価値観)にこだわらず、

様々な角度から皆さんにも考えて生き抜いていって頂けるような

書物を今後ともご紹介させて頂くことにします。

ここで、「全体主義」現象における7つの特徴

本書から簡潔にまとめておきます。

①思考停止

②俗情(ことに、嫉妬心などの悪用)

③テロル(ヘイトスピーチや無思慮な言葉狩りなどの暴力)

④似非科学(内容空疎な「後付け論理=要するに<詭弁>」)

⑤プロパガンダ(印象操作などによるイメージダウン戦略)

⑥官僚主義(広い意味での<機械的操作主義>のことですね。)

⑦破滅(これが一番恐怖なのですが、しかけた人間だけでなく、

私たち庶民も否応なく巻き込まれてしまう<地獄への片道切符>です。)

(以上、本書118頁図表ご参照)

まとめますと、私たち一般庶民は、もちろん日々の生業で忙しすぎますが、

「精神的鋭気(気概を持つこと)」だけは、

物質的には貧しくとも磨いていきましょうということです。

「どうか、(管理人も含めて)投げやりにならないで下さいね!!」

いうことです。

「いじめ」には、絶対負けたらあかん!!          されど、まともな対処法では、かえって「逆効果」にもなる難問が「いじめ」のややこしいところ!?

本書では、この「いじめ」全体主義以外にも、

冒頭でご紹介させて頂きましたように、

様々な「最重要喫緊課題論点」が詳細に分析考察されながら、

批評されています。

実は、本書を読み進めながら、皆さんに、

著者の見解に同意するかどうかはともかくとして、

この「いじめ論」だけは、

是非ともご一読して頂きたいテーマだったのです。

管理人の「精神的遍歴」も兼ねて考察しておきます。

著者も本書で触れられていますように、

1993年の山形でのいじめ事件や、1994年の愛知でのいじめ事件などが、

管理人個人の中学時代における激しいいじめ体験をフラッシュバックさせて

しまうようで、現代も「後遺症」として悩まされていますが、

思春期の年頃にとっては、精神的に耐え難く、他人事ではなかったからです。

しかも、1995年には、阪神淡路大震災やオウム事件など、

日本社会がどこか完全に「壊れてしまった」深刻な体験を

「失われた20年」などを通じて経てきているだけに、

周りの「大人不信」をも増長させてしまったようで、

「安心感」にどこか欠損が生じてしまったようです。

そのような直接的ないじめ経験や、前にもどこかの記事で触れさせて

頂いたかもしれませんが、不登校の友人のことを思い出すこともあり、

「保守系」の無責任な「力づくでの強制脱出方式」にも、

未だに馴染めないでいます。

同時に、「左翼リベラル系」の「集団管理教育」もです。

管理人にとっては、「どちらの方式も<同じ穴のむじな>」のように

実感されているからです。

昨今は、財政面での「教育補助金カット」のためで、

「フリースクール」の経営難もメディアで話題になったところです。

そういえば、最近もそんな趣旨の方向(「何としてでも社会復帰させろ法案!?」)

が、秘かに準備されているようですが、こうした「フリースクールの多様性」を

奪うような方向での「いじめ・不登校対策法案」は、個人的には

本書でも強調される社会での「いじめ」全体主義を増長させていくようで、

「反対」なのです。

こうした「敏感」なテーマは、体験者でないとわかりません。

この時分から、「普通に違和感なく大人になる」という風潮に

嫌悪感を覚え始めたようです。

著者の表現で言うなら、<凡庸=傍観者>こそ、「不気味な集団」であります。

だからこそ、これまで何度も強調させて頂きましたように、

「社会不適応感」を抱いておられる方々の、

気持ちに寄り添った「応援メッセージ」を日々イメージしながら

綴らせて頂いています。

「単なる書評ブログでは終わらせない!!」が、管理人のモットーでもあります。

話題を中学時代に戻しますが、

それでも生き抜くことが叶ったのは、最後に再度触れさせて頂く予定ですが、

「歴史と国語とアウトドア」と「記憶力」でありました。

あるいは、「趣味」であります。

つまり、日々のイヤな毎日から逃れ出るための「別の手段」が助けとなってくれました。

それと、別の中学の友人知人やそれまで「見たこともない」信頼出来る大人に

出会ったことです。

「越境通学」ならぬ「越境通塾」での体験であります。

その時に出会った恩師が、「躁鬱病」当事者としても、

今なお、「精神的糧」を与えて下さっています。

管理人にとっては、生涯の「命の恩人」でもある師匠です。

ですから、若者や社会人の皆さんも、「広い視野」を持って頂きたいのです。

「井の中の蛙大海を知らず、されど、天の心は知れり!!」といった

体感を得られるならば、気持ちを強くもって、やがて「大海」に

漕ぎ出していくことも叶うでしょう。

まさに、NHK大河ドラマ『真田丸』のテーマですね。

「男(女)1匹でも、是が非でも生き抜いて、あっと驚かせてやれ!!」

そんな強い「気概」が、社会を蝕む「ニヒリズム(虚無感=無責任社会)」から

抜けだし、「全体主義」を退治する勇気と賢慮を与えてくれることでしょう。

まとめますと、あらゆる拙速さでもって焦らせ、思考停止に追い込もうとする

勢力には、断固として最後まで抵抗しようということです。

そのためには、一人で「孤立」してはいけません。

病気などの諸般の事情で、表に出られない方でも、

「弱者のルサンチマン(言い訳、被害妄想からの他者への侵害行為)」

(ニーチェ)から、変な方向に走らずとも、正しくネット活用出来れば、

ネットから社会への積極的な提言も出来ます。

そのためには、高い志をもって学び続けなければなりません。

大学時代の一番始めの「ネット入門講座」で、

「ネチケット(ネット上でのエチケット)」を学ぶ機会が

得られたことは有り難いことです。

当時は、「ネットスケープ」「ウインドウズ95/98」で

懐かしい思い出です。

著者も別著でしばしば言及されるような「集合痴」ではなく、

真に社会のためにお役に立つ「代替案(社会)」を「集合知」として、

皆で協働しながら創り出していけばよいのです。

「普通の国」でなくても、「小さくともキラリと光る国」で

世界に貢献できれば「上出来!!」ではないですか・・・

あまり、「高望み」し過ぎない方が円滑に物事は進むようです。

そもそも、「独自性」と「普通」は相容れません。

「価値観」は、多種多様で結構。

問題は、昨日のテーマと重なりますが、「棲み分け」であり、

平和的な相互交流が叶うことです。

もう「21世紀」です。

昨日のテーマでは、触れることが出来ませんでしたが、

人類は、驚異的なスピードで、サルやゴリラ、チンパンジーなどと

枝分かれしていったそうな。

そのため、「大脳進化」も言葉の発明とともに、

どこかの地点で止まったようで、幼児体系のまま直立二足歩行で

ネオテニー進化」を遂げたそうです。

ですから、人類は、どこか「本能が壊れている!!」岸田秀)そうです。

その「空隙」を狙って攻撃を仕掛けてくるのが、

「集団(群衆)心理」であり、「全体主義の脅威」であります。

このあたりも、いずれ考察していく予定でいますが、

それを防ぐ手だてがあるとするなら、「知的武装」しかありません。

「平和路線」を目指すならば・・・

「直立二足歩行」。

どうやら、ここに現代まで至る「人類の宿あ(長らく治らない病)」の

原因があるようです。

つまり、「手持ちぶさたの両手=道具類」を使いこなせずにいる

いうことです。

「いじめは、<集団戦法>で攻め寄せてきますので、

絶対<一人>で立ち向かうのは危険です!!」

国家レベルにおける「集団的自衛権」に例えるのは、語弊もありますが、

「集団外」に「同盟者」を見つけるしかないでしょう。

「個別的自衛権では、限界があります!!」

当時の管理人が見出した戦術では、

「無視には無視を決め込む<光栄ある孤立>」もありますが・・・

つまり、「時がすべてを解決してくれるだろう」という

「長期持久戦の構え」であります。

余程の、勇気と見識がないと、周りに取り巻かれてしまいます。

ですから、体力や知力に自信がないと自覚される方なら、

兵法三十六計<逃げるにしかず=逃げるに勝るものなし!!>」です。

とにかく、「いじめ=集団論理」ですので、その「集団」外へと

飛び出すしか他に「退路」はありません。

下手に「大人=先生」に頼ると、狭い「学校集団論理」に

取り込まれますので、「学外」に協力者を見つけてみて下さい。

難しいのは、「身内(家族)」ですね。

どうしても、思春期などの年頃だと、気恥ずかしくて相談出来ない

心理状態に落ち込みますからね・・・

幸いなことに、若い諸君なら、管理人のような「非ネット時代」に

学生時代を過ごされる経験も少ないでしょうから、

まずは、気軽に「ネット相談」からでも、

話し相手を見つけてみてはどうでしょうか?

もっとも、ネット社会は、リアル社会以上に「魑魅魍魎の世界」

ですので、最終的には、そこから「リアル社会」の救助者を

見つけ出すことが「死活問題」になりますが・・・

しかし、そうした思春期における「精神的・物理的試行錯誤」が、

あなたの「人を見抜く確かな目利きの力」を養ってくれるでしょう。

本書は、晶文社さんの「犀の教室シリーズ」の1冊でもありますが、

「ゆっくり進む者は、確実に精神的にも成長する!!」です。

そのために、「読書」は、世界を拡げてくれるようです。

いじめ問題で、確かな調査結果を見たことはありませんが、

「読書人」と「非読書人」の「命が助かる率」を

勝手にイメージさせて頂くことをお許し願えるならば、

前者の「読書人」に軍配が上がるのではないかと推測しています。

そこで、長々と綴ってきましたが、もうしばらくのご辛抱をお願いします。

最後のまとめ:『「歴史と国語と(アウトドア)」と

「記憶力(知的精神力)」があなたを救い出す!!』であります。

「勇気の源は、<情緒安定度>によるもの」とも言い換えられるでしょう。

そこで、ご参考になるかどうかは読者の皆さんのご判断次第ですが、

管理人の「魂の危機」を常に救ってくれる珠玉の言葉たちを

「応援メッセージ」として届けさせて頂きます。

『命ちもいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕抹に

困る者なり。此の仕抹に困る人ならでは、艱難を共にして国家の

大業は成し得られぬなり。』(西郷南洲翁遺訓

『敬天愛人』(西郷隆盛)

『世の中の 人は何とも 言はば言え

わがなす事は われのみぞ知る』(坂本龍馬)

『太った豚よりも 痩せたソクラテスを目指そう』(J・S・ミル

その他にも多々「格言」はありますが、また追々ご紹介していきましょう。

なお、著者の別著として、

「ブラック・デモクラシー~民主主義の罠~」

(晶文社、2015年)

※「晶文社」さんも、政治的立場にかかわらず、

様々な視点を提供して下さる出版社です。

若者向けの「仕事論」に関する面白いテーマの

書物も多数扱われているようですので、

ご活用下さいませ。

「悪の民主主義~民主主義原論~」

(小室直樹著、東洋経済新報社、1997年)

「歴史に観る日本の行く末 予言されていた現実!」

(同上、青春出版社、1999年)

もご紹介しておきます。

※小室直樹博士は、現代日本を救う真の碩学です。

生涯「在野の学者志士」として、数多くの前途有望な若者に

読み語り継がれてきた今や「知る人ぞ知る存在」です。

特に、後者の本を含め、

本書でも取り上げられていたエミール・デュルケーム『自殺論』

にも出てくる「アノミー論」を最初に教えて下さった方でもあります。

「受験戦争(勉強)は、連帯感をズタズタにする!!」

それは、「一般論」でのイメージですが、管理人の場合には、

この「受験勉強」が「いじめの隠れ蓑」としても貴重な時間だったので、

若干「違和感」も覚えますが・・・

使い方によっては、きっと命を助けてくれます。

ただ、思春期の年頃に、「お前は、<休み時間>が死ぬほど苦痛やろ!!」などと

内心を透かし見られ、傷口をえぐり出されるような表現で揶揄されたことは、

精神的に相当つらかった思い出もありますが・・・

15年後の30代に入ってからの同窓会では、

誰も覚えていないんですな、これが。

これが、今回の「全体主義論」とも重なるテーマで、

「空気の支配」の大変恐ろしいところです。

また、例の社会的事件にまで発展してしまった

「保守系」の方々が好まれる「力づく矯正指導学校」における

「フリースクール学習術」にも、違和感を覚える点もありますが、

全体的には「好著」だと思われます。

(個人的な実感なので、何とも評価出来ませんが・・・)

また、語り合いましょう。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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