大阪再発見Part2「上町学~再発見・古都おおさか」から明日の「大大阪」を構想する!?

Pocket

明日は、大阪府知事選投票日です。

心底「大阪大好き人間」の方に

大阪を盛り上げていってほしいですね。

昨日が、「近代・現代編」とするなら、

今回は、「上町学」

上町台地を舞台に「古代から近世編」と

題して、「大阪再発見Part2」の旅を続けます。

皆さん、大阪こそ「古都」だとご存知でしたか?

商業・文化都市のイメージが強いですが、政治の

表舞台でもあったのです。

今回は、この本をご紹介します。

「上町学~再発見・古都おおさか」(追手門学院上町学プロジェクト、学校法人追手門学院、2011年)

この本は、学校法人追手門学院が「上町学プロジェクト」の活動の一環として

下記の媒体にて発表してきたものを「書籍化」させたものです。

①産経新聞夕刊「上町に学ぶ-古都おおさか再生-」

②フジサンケイビジネスアイ「大阪・上町再発見」

※いずれも「大阪版」?

に、2009年3月から2010年5月まで50回に渡りコラム連載されて

きたものを土台に、「上町再発見講座」に参加された各種有識人との

共同作業で編纂されてできた「貴重な資料集」です。

「大阪学」といえば、関西のお茶の間で長年ご活躍された

帝塚山学院大学の大谷晃一先生などが第一人者ですが、

残念ながら2014年に惜しまれつつ、お亡くなりになられました。

ここに、慎んでご冥福をお祈り申し上げます。

「大阪の貴重な文化財産を残して下さりありがとうございます。」

そんな亡き大谷晃一先生の志を受け継ぎつつ、浪速人として

大阪を盛り立てていきたく、今回はこの本をご紹介します。

「上町台地」は、聖と俗に挟まれた不思議な場所!!

「大阪市内を流れる川の水は、ロンドンのテムズ川に通じる??」

もちろん、これは「隅田川の水は~」をもじったものですが、

かつて、大阪は「水の都」と呼ばれ「それはそれは美しかった」ものです。

特に、今回ご紹介する「上町台地」・・・

太古の昔、大阪の大半は「水浸し」のようでした。

大阪は、大小の「島」でなっており葦が生い茂っていたようです。

「豊葦原の瑞穂の國」

いうまでもなく、「日本」の古称です。

古事記を読むと、その時代の大阪の風景が浮かんでくるようです。

玄界灘から瀬戸内海を通り、大阪湾に入港するルートが、

古代の交通路でした。

現代では、想像もつきませんが海上から眺める住吉大社や

生駒・葛城・金剛山系はさぞや壮大なロマンを掻き立てられたことでしょう。

一説によると、「住吉大社のご神体は、生駒山」だとか・・・

そんなことを聞いたこともあります。

仁徳陵や応神陵も、古代エジプトの王家の墓のように見えたことでしょう。

古代の外交使節は、四天王寺を迎賓館としてもてなされたこともありました。

さて、今回のメインである「上町台地」に視線を戻します。

管理人にとっては、出生時から学生時分まで毎日通い慣れた場所でした。

産土神社は、「高津さん」

七五三も、この神社で祝ってもらいました。

だから、管理人にとっては「仁徳様」は守護神です。

「高き屋に 登りて見れば 煙たつ 民のかまどは にぎはひにけり」

仁徳様の御製のお歌です。

脱線しますが、日本の政治もこの「原点」に還ってほしいものですなぁ~

大不況時は、大規模な公共投資と減税政策!!

及び、「貧民救済施策」と「教育・医療・福祉の充実」をすべし・・・

この本を読むと、そんなヒントも満載です。

それはともかく、上町は「台地」だったということをイメージして

頂きたいのです。

現在の大阪は、難波も梅田もすべて埋め立て地の上にありますので

なかなか古代の大阪のイメージがつかみにくいと思いましたので・・・

「上町台地」の先端部分が今の大阪城辺りだとされ、

東西は崖になっていたそうです。

東は「河内湖」、西は「大阪湾」

阿倍野から南に向けては、緩やかな下りとなっていたそうです。

そうそう、来年の大河ドラマの主戦場「真田丸」も高台になっているのは

その名残ですね。

面白いのは、夕陽丘です。

ここは、「聖と俗の狭間」にある異界?の地。

今日では、「直木賞」の名前だけでしか知られていない直木三十五

「夫婦善哉」で有名な織田作之助など優れた作家もこの地で育ちました。

管理人は、時間があればこの辺りを散策するのが好きです。

阿倍野から難波までの交通費も節約できますし・・・

カップルの皆さんなら、この辺りは「デートコース」としても

最適だと思います。

管理人は、バブル前まで存在した上本町四丁目辺りの「貧乏?長屋」の

祖母の家に遊びに行き、上町中学前の「銭湯」には足繁く通ったものです。

今は、高層マンションが建ち並ぶ一角となってしまいました。

が、最近この辺りも(といっても20年ほど経つと思うのですが・・・)

もはや、少年期の「面影」は残っていないのが、淋しいですね。

「銭湯ファン」の管理人にとっては、正直面白くないです。

「空堀商店街」

最近また「おしゃれな店」なんかが出来て活気が戻りつつあるようですが、

ここだけは懐かしい空間が少しばかり残っている感じもします。

管理人は、幼少時から歴史や祖母の語る「講談・講釈」が好きだったものですから、

「難波戦記」なんかは喜んで話をせがんだものです。

おまけに、高校も「真田丸」の近くでしたから・・・

と、管理人の個人体験だけを語っていても

皆さんには白けて参考にならないと思いますので、

あとはこの本を読んで頂ければ「大阪再発見」すること

間違いありません。

明日の「大大阪」を考える!?

そんな「魅力あふれる」大阪の町だからこそ、元気になってほしい・・・

昨日のブログでも、「大阪の景気次第で日本の景気度も変わる??」のでは

ないかと語りましたが、まんざら「的はずれ」でもないと思うのです。

大阪を筆頭に「三都」が繁盛すると、周辺にも景気は必ず波及していきます。

また、最近は外国からのお客様も増加してきています。

大阪をよくすれば、必ず日本全国に、

やがては外国にも明るさが波及していくことでしょう。

「大阪都」よりも大きな「摂河泉地域連合体」は、

明治から昭和にかけての「旧大大阪」よりも広域でした。

東京都を真似て「一極集中」する時代ではないと思うのです。

大阪は、東京のように第二の首都を目指すのではなく、日本全国の

「地方自治体の守護神」を目指す方向でプロジェクトを組むのが

よいのではないでしょうか?

この「上町台地プロジェクト」は、「日本再生総合プロジェクト」の

種本にもなります。

今回は、文化を始め十分にお伝え出来ませんでしたが、

是非「明日の日本」を背負って立つ若い方には読んで頂きたいと思います。

なお、「大阪」については、

「大阪アースダイバー」

(中沢新一著、講談社、2012年)

をご紹介しておきます。

※「ディープ大阪」もたくさん紹介されているので、

面白い本ですよ。

最後までお読み頂きありがとうございました。

sponsored link


 

コメントを残す

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

サブコンテンツ

このページの先頭へ

Copy Protected by Chetan's WP-Copyprotect.