ドナ・ウィリアムズさんの「自閉症の豊かな世界」から、人間の多様性を尊重する生き方を学ぼう!!

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「ドナ・ウィリアムズの自閉症の豊かな世界」

ドナ・ウィリアムズさんが、自らの「自閉症体験」

とともに、現在の自閉症の人々に対する相談員としての

経験などを踏まえた問題提起をされています。

本書は、自閉症で悩まれている方々だけでなく、

すべての人々への応援メッセージも込められています。

現代社会は、文明が複雑化して便利になった反面、

あらゆる面で「急かされる」生産効率が追求されると

同時に、必要以上の欲望も掻き立てられてしまう現状に

あります。

このような現状は、人々から本来誰しもが持っている

多様性が奪われかねません。

今回は、この本をご紹介します。

「ドナ・ウィリアムズの自閉症の豊かな世界」(ドナ・ウィリアムズ著、門脇陽子・森田由美共訳、明石書店、2008年)

ドナ・ウィリアムズさん(以下、著者)は、オーストラリア生まれで、

幼少期から自らの「特異な性格」によって、周りの厳しい反応により、

苦しめ悩まされてこられたと言います。

著者が、少年期を過ごした1960年から1980年代には、

現代のような「自閉症」に対する知識も浸透しておらず、

専門医の方でも、明確な診断基準や治療法などが確立していなかった

時代でした。

そのため、実際の「自閉症」であるとの診断は、成人後のことでした。

現代でもこの分野は、明確な診断基準も定まっていないようで、

「自閉症」も「自閉症スペクトラム(連続体)」の一部として、

扱われており、他の類似の精神障害との区別もつきにくく、

専門医によっても、判断にばらつきがあるようです。

しかも、「自閉症」のみならず、現実の生活困難さもあって、

他の病気も複数抱え込む状態にある障害者の方も多数おられます。

前回のブログでは、非障害者かつ一般的な社会学的な側面からの

「自閉症スペクトラム」事例を数多く取り上げつつ、障害者支援の

あり方や「人間と社会の関係性」について考察してきました。

この「自閉症スペクトラム」も、ここ数十年の間における著者も含めた

世界的な啓蒙活動の一定の成果もあり、社会に認知されつつありますが、

まだまだ数多くの誤解や偏見も含まれています。

著者は、自らの「自閉症」経験者の立場から、現在は上記のような

自閉症者を含めた相談員などのサポート活動をされています。

自らの「自閉症体験」に関する「自伝」については、

著書『自閉症だったわたしへ』が世界中で読まれています。

著者も、数多くの困難を経験しながら、自らの本来の個性を開花され、

執筆活動や作曲、絵画、彫刻など多様な芸術活動にも積極的に取り組んで

おられるようです。

さて、前回のブログでも管理人の立場を確認させて頂きましたが、

管理人自身は、いわゆる「障害者認定」は受けていません。

それでも、「自閉症スペクトラム」に関する記事を書くに当たっての

問題意識などは、責任をもって語らせて頂きました。

「スペクトラム(連続体)」というように、現実的には

「障害者」と「健常者」の区別は、障害レベルにもよりますが、

外面的には見分けがつきにくい「境界線上」で苦しみ悩みながら

暮らしておられる方も多数おられます。

「障害認定」については、現実社会における生活困難度がどのくらい

高いかによって、専門医の判断や相談の上で決定されるようです。

一方で「障害認定」を受けていない「境界線上」の

「非自閉症スペクトラム」症例を訴える方も多数おられます。

そのような大多数の方々にとっては、日常生活におけるサポートが

それほど積極的な形で受けられるような体制にもなっていないのが

現状です。

もちろん、「非障害者」であれ「ニート」や「引きこもり」などで

苦しんでおられる方々へのサポートも、社会起業家などの助力もあって

なされるようには、なってきています。

とはいえ、現代社会は複雑になりすぎ、不適応状態に落ち込んでしまった人々が

年々増加し続けているようです。

このあたりの社会環境の急激な変化と人間の「適応障害」についての

関連性については、まだまだ未開拓の分野でもあります。

本書は、主に「自閉症スペクトラム」を中心とする「障害者」の立場から見た

生活対処法であったり、現代社会に対する問題提起の「啓蒙書」であります。

それでは、私たち「非障害者」に該当する一般人にはまったく関係のない本かと

言えば、そうではありません。

ここには、人間の多様性とともに「豊かな世界」へ向けた愛ある応援メッセージ

込められているからです。

ということで、本書はどなたでも「人間や社会の多様性」に、

ご興味がおありの方なら、数多くの「生きる知恵」を得られると思われましたので、

取り上げさせて頂きました。

自閉症という名の「フルーツサラダ」

本書は、大前提として著者自身の「自閉症」体験とともに、

「自閉症」を中心とした相談員の支援活動や一般社会への

啓蒙活動の経験から、考察されています。

そのため、あくまで「自閉症障害者」向けの内容が中心になっているので、

一般の方が読まれる際には、「障害者向けの知識や処世法」については、

正直あまり「ピン」と来ない箇所もあります。

ということで、一般の「非障害者」の方が読まれる際には、一般的な

「自閉症スペクトラム」を始めとする障害事例の基本知識などを

頭に入れつつ、著者も強調されているように、人間の「個性」に

光を当てながら、「人間や社会の本来あるべき豊かな多様性」について

考察して頂ければよいかと思われます。

とはいえ、本書を読むことで、すべての理解はもとより、個別事情もあって

完全な理解には到底達し得ませんが、「障害者の視点」によると、社会がどのように

見えているのかなど推察する知見に触れることは出来ます。

そうした理解を少しずつでも高め、多くの方々と共有することが出来るように

なれば、著者の願いにも一歩でも近づけるかと思いますので、

最後までお読み頂ければ幸いです。

「少しでも誤解や偏見が軽減されますように・・・」

ところで、上記タイトルですが、著者も強調されておられますように、

今回は、主に「自閉症(スペクトラム)」に限定して考察させて頂きますが、

「フルーツサラダ」に例えられています。

この「フルーツサラダ」というイメージは、本書を直接お読みでない読者の

皆さんにとっては、よくわからない箇所だと思います。

ここで、そのイメージ像を形成して頂くうえで、管理人のたとえが適切かどうかは

心許ないですが、一応アメリカの「移民国家」の事例で想像して頂きましょう。

皆さんも、学生時代などに社会科などの授業で、アメリカは「人種のるつぼ」であり、

「サラダボール」に例えられていたことをご存じかもしれません。

ちょうど、あのようなイメージです。

つまり、「一つの国家」という「サラダボール」の中にも、

種々様々な「サラダ(野菜)」が含まれているということです。

著者は、その様子の類比として、自閉症もまた「フルーツサラダ」のような

ものだと例えられている訳です。

要するに、一口に「自閉症」と言っても、個別的には多様な症状(性格)が

存在しているということです。

本書は、「自閉症」周辺も含めるならば「自閉症スペクトラム(連続体)」も

視野に入れて考察されているのですが、ここでは狭義の「自閉症」に限定して

著者によると「3つの基本的なクラスター(症状パターン)」があるとしています。

①「これが私」フルーツサラダ-回避性・統合失調症型グループ

②「高興奮性」フルーツサラダ-脳の興奮と脳内化学物質のアンバランス

③「シンプルな」フルーツサラダ-情報処理の問題のみ

という「3つの基本的なクラスター」(本書413頁以下参照)です。

ここでは、個別の解説は控えさせて頂きますが、この3つは

あくまで「基本パターン」であり、この3つにもそれぞれ様々な症例が

含まれていますし、この狭義の「自閉症」生活の困難さなどのストレスから

他の精神疾患などを併発している人々もいるということを、

ひとまず理解して頂くことにしましょう。

この3つの事例の紹介だけでも、人間には様々なタイプがいるということが

理解されるかと思います。

著者は、この各症例も一つの「個性」としながらも、先天的(後天的)な「脳障害」

なのか、それとも環境にも原因があるのかについても、様々な考察が紹介されています。

環境要因も、もちろん大きな要素になってくるのですが、以下では

「脳障害(脳のクセ)」ということで、考察していこうと思います。

世界を理解する方法の違い(感性のシステムと解釈のシステム)

著者も、もう一つの本書における強調点として、

「脳のクセ(認知機能の差異)」について触れられています。

これは、管理人のような一般「非障害者」でもそうですが、

やはり人間は、「そもそも一人一人全く異なる存在」だという

当然の認識にもつながってきます。

もちろん、一番苦しく生活に大きな支障を来しながら、生き抜いてこられた

「障害者」の方が、余程「差別や偏見」など好奇な目で見られるため、

ストレスも多大なるものがあることは、容易に想像がつきます。

ここでは、一応そのことも踏まえながらも、「脳の非対称性」について

解説しておきます。

著者も解説されていますように、脳には大きく分けて「右脳」と「左脳」が

あります。

このあたりは、最近の目覚ましい「脳科学」の発展により、一般的にも

よく知られるようになってきました。

「右脳(情動脳=感性のシステム)」

「左脳(知覚脳=解釈のシステム)」

と、細かい部分は専門家ではないので、捨象させて頂きますが、

おおざっぱには、このようなイメージがされています。

人間にも、おおざっぱに分けて「右脳優位タイプ」と「左脳優位タイプ」

あるいは、「両者バランス脳?」の3パターンがあるとされています。

実際には、このモデルは言うまでもなく「非現実的パターン」でありますし、

そもそも何を基準にして「正常(健常者)」か「異常(障害者)」なのかは、

明確に区切ることなど出来ないことです。

あくまで、一般社会における社会生活上の困難度から、

「医学基準(これも、ある種の社会基準)」ですが、これによって

「認定基準」としているにすぎません。

そこでは、人権上の配慮として本人保護の思想も含まれていますが、

一方では、現代社会ではあまり公然とは言われませんが(暗黙の了解もあり)、

社会防衛の観点も当然含まれていることは否めないところです。

本書では、自閉症スペクトラム障害者の事例を大前提に

各事例が紹介されていますが、

仮に、このような区別をなくしていくのが望ましいとする

社会の「ノーマライゼーション化(障害者・非障害者問わず

公平に扱う考え方)」を採用するにせよ、

なお「実質的な差異」は残ってしまいます。

ここでは、そのような社会学(法学)的な議論はしませんが、

この「実質的な差異」こそが、「脳の個別パターン」です。

現代のところ、人間のあらゆる認識パターンの差異の理由について、

「脳科学」だけですべて解決出来る問題なのか、相当大きな疑問も

提出されていますが、一応ここでは、著者も「脳」の話に絞って

考察されていますので、そこに焦点を当てていくことにします。

いずれにせよ、このような一定の脳の「差異パターン」が

考えられているのですが、著者も強調されているように

主流社会は、「左脳優位」を有利にして展開してきたようです。

最近でこそ、社会変動も急激で、このような混乱期になると

論理的な「左脳優位タイプ」よりもパターン認識に秀でた

「右脳優位タイプ」が、今後有利になっていくのではないかと

されているようですが、実際のところ、そのような「単純化」には

慎重でなくてはなりません。

このように、現代社会は「アナログ型社会」から「デジタル型社会」へと

移行すればするほど、「左脳優位タイプ」は、比較的有利になります。

そのため、障害者・非障害者問わずに、感性システムを豊かに持つ

「右脳優位タイプ」は厳しい環境を強いられてしまうようです。

また、一般的に急激な社会変化が起こる時期には、安定的秩序を

好む性格を持った人にとっても、不安に悩まされることになります。

21世紀現在も、すでに当ブログでも何回か紹介(事例記事

してきましたが、こうした時代には、意外にも

「情動型(右脳優位タイプ)」が社会に適応しやすいのかもしれませんが、

一般化することも出来ません。

かえって、余計な刺激に振り回されて、より一層苦しめられることにも

なりかねません。

それでなくても、現代社会では「情動脳」に訴えかける「欲望装置」が

街中に満ち溢れているのですから。

このことが、何かに執着しやすく特定の対象に強いこだわりを持つ

「自閉症スペクトラム障害者」にとっては、大変疲れやすい状況に

招かれてしまいます。

そのこともあって、著者もこうした現代社会から

「自閉症スペクトラム障害者」を保護するために、ある程度の「介入」は

必要だとされていますが、それでも「過剰介入」は

かえって本人の社会における「学習機会」を奪いかねないことから、

「介入」には抑制的であることも重要な点だと強調されているようです。

大切な点は、本人がなるたけ「自立(自律)」判断を独力で成し遂げていく

道をサポートしていくことにあるとのことです。

まとめますと、支援者の側から見れば「一般的な解決法」などなく、

個別の事例を十二分に尊重しながら、このような「脳の情報処理タイプ別の

自立法」をともに考えながら伴走していく姿勢が大切だということです。

また、環境との絡みを最後に少しだけ付け加えておきますと、

「育ち」という観点からは、最近「愛着障害」にも大きな適応阻害要因が

あるとする研究成果もあるそうです。(岡田尊司氏など)

ですので、このことは何も「自閉症スペクトラム障害者」に限ったことでは

なく、私たち一般の「非障害者」も十二分に心に留めておく必要があります。

そのことを念頭に置いておくと、ともに厳しい社会環境を乗り切っていくことに

つながり、著者も念願する「多様性を許容する寛容な社会」へとつながっていく

ことになるのですから・・・

その意味で、私たちも「意識の共進化」を目指していかなくてはならない

時代を迎えています。

ということで、今回は「自閉症(スペクトラム)障害者の豊かな世界」を

読み進めてきましたが、本書の知見は、著者も再三再四強調されておられるように

「ほんの一部の事例」にしかすぎません。

ですから、私たちが本書から学び取るべき点としては、「一般化(レッテル貼り)」は

自らをも苦しませる原因になるということです。

読者の中にも、様々な多様性豊かな方々がおられます。

悲しいことですが、現実の社会では「わかりやすいラベリング効果」によって

人間を区別する構造になっているようですが、何とかして

この「見えない心の壁」をともに乗り越える知恵を出し合うことがかなえば

これに勝る喜びはありません。

そういう訳で、皆さんにも本書をお薦めさせて頂きます。

なお、著者の別著として、

①「自閉症だったわたしへ」(河野万里子訳、新潮文庫、2000年)

②「自閉症という体験~失われた感覚を持つ人びと~」

(川手鷹彦訳、誠信書房、2009年)

「自閉症(スペクトラム)」については、

③「自閉症スペクトラム障害のある人が才能をいかすための

人間関係10のルール」

(テンプル・グランディン・ショーン・バロン共著、

明石書店、2009年)

④「自閉症~これまでの見解に異議あり~」(村瀬学著、ちくま新書、2006年)

⑤「発達障害と呼ばないで」(岡田尊司著、幻冬舎新書、2012年)

⑥「子どもが自立できる教育」(同上、小学館文庫、2013年)

⑦「この世の中を動かす暗黙のルール~人づきあいが苦手な人のための物語~」

(同上、幻冬舎、2010年)

⑧『「生きづらさ」を超える哲学』

(同上、PHP新書、2008年)

をご紹介しておきます。

※社会生活を気楽にこなせるような「安易なマニュアル」など、

もとより「この世」には存在しませんが、特に③と⑦は管理人が

今までに読んだ書籍では、役に立ちました。

管理人は未熟者ではありますが、これからも皆さんとともに羽ばたこうと

思いますので、どうか温かく見守って頂ければ幸いです。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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