松﨑博光先生の「マジメすぎて、苦しい人たち~私も、適応障害かもしれない」誰にでも訪れる適応障害!?

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「マジメすぎて、苦しい人たち~私も適応障害かもしれない」

福島県いわき市にあるストレスクリニック院長の

松﨑博光先生が、誰にでも訪れる「適応障害」との付き合い方に

ついて、わかりやすく解説されています。

「適応障害」は、「マジメな人」だけに訪れるもの?

いやいや、「誰にでも」訪れる「障害」であります。

「障害」は、必ず完治するとはいうものの・・・

今回は、この本をご紹介します。

「マジメすぎて、苦しい人たち~私も、適応障害かもしれない」(松﨑博光著、WAVE出版、2005年)

松﨑博光先生(以下、著者)は、福島県いわき市にある

ストレスクリニック院長として、様々な「心の医学」に

関する著書などを通じて、積極的な提言をされておられる

開業医の方です。

ご専門は、外来精神医学・心身医学・精神分析学だそうです。

さて、現代社会は便利になる反面、「非人間的」傾向へと

進んできたように見受けられます。

「人間(ことに、日本のような先進国では)が、

社会に追いついていないのでは・・・」などとも実感され、

数多くの方々が、理不尽な目に日々遭遇しているようです。

「社会不適合者」と一口に言っても、「そもそも論」からして、

人間には多種多様なタイプが存在しています。

何を基準に、「社会不適合」と定義するのかも、

人によって、「まちまち」であります。

とはいえ、そうした現代社会における急速な進歩が、

かえって、人々にストレスを与え続けているのが、現状であります。

「社会適合者」も、「過剰適応」で悩み苦んでおられる方も多い中、

「社会不適合者」も、「社会との接し方」に悩みを抱えながら、

どのように振る舞えばよいのか、イマイチよくわからないと思われている

きわめてマジメな方々が大半だと考えられます。

「社会不適応=適応障害」は、何か「悪い病気」のように思われているようですが、

実際には、このように「マジメ人間」だけではなく、「誰にでも」訪れる

ごくごく身近な「障害(ここでは、あえて<病気>ではないとさせて頂きます。)」

とのことです。

著者によると、だからこそ、きちんと「治療」すれば「必ず完治」する

とのことですが、果たして「治療」で解決しうるものなのでしょうか?

いずれにせよ、「風邪」と同じく、「適応障害」もこじらせると

大変な事態に見舞われることは確かなようであります。

4月~5月は、「新学期」で、「新人」の方なら、

少しずつ「社会」に馴染んできた頃だと思われますが、

毎年5月の「連休明け」から憂鬱な気分になるという

「5月病問題」で、「心」を患わされる方も多いといいます。

ということで、この「連休」を大いに充実させながら、「心のエネルギー」を

蓄えて頂くとともに、「5月病問題」が、たとえ起きたとしても、

最小限に抑えるための知識や知恵を前もって学習しておこうとの趣旨で、

この本を取り上げさせて頂きました。

「新型うつ病」って、実は「誰にでも」訪れる「適応障害」のことだった!?

さて、著者によると、この「適応障害」にかかりやすい人間の

共通点として、「マジメな性格」があるということを挙げられています。

著者は、あくまで、「精神科医」という「医者」の立場でありますので、

どうしても「適応障害」も「心の<病気>」として見られていますが、

「適応障害」が、もし、「病気」だとすると、ほとんどの人間が

「病人扱い」にされかねません。

むしろ、「生物」として健常な「抗体反応(ホメオスタシス機能)」が

働いているだけなのかもしれません。

管理人のような、「大の医者嫌い」からすると、どうしても

そのように解釈しがちで、違和感を持ってしまうからです。

(「医者」の立場や、著者の見方そのものを否定する意味で

言っているわけではありませんよ、念のため。

それなら、紹介させて頂くこともありませんから・・・)

管理人が、何にもっとも敏感に反応するかというと、

その「治療」という言葉なのです。

確かに、「病気」は大変つらいですし、誰しも(管理人も)治せるものなら

治したいものです。

特に、「完治」であれば、なおさらです。

ただし、「心の病気」は、「社会との接触障害」から引き起こされることも

あり、素直に「病気」だなどと認めてしまうと、「反社会人」として

すぐにでも排除されかねない危険性があるからです。

それが行き過ぎると、「全体主義」にすら、つながりかねません。

それは、歴史的にも証明されていますし、

「病気は社会によって創造される!!」との見方もあるため、

容易に受け容れることも難しい側面が、「心の病気」にはあります。

とはいえ、普通に「社会」と違和感なく接しながら、

思う存分に自らの能力を、「社会」に提供することが叶い、

また、生計も安定的に維持することが叶えば、有り難いことではあります。

だからこそ、現代人なら誰しも大いに悩む症状なのでしょう。

ところで、「社会一般」を、明確に定義づけることが不可能である以上、

そもそも「(社会的)適応障害」を「完治」させることが出来るのか、

素人ながら疑問にも感じられるところであります。

「(社会的)適応障害」は、「場の論理」が力強く働くため、

生活環境を変化させると、あっという間に消滅してしまうような

不思議な面もあるからです。

一方でまた、「生活環境」をがらっと変えれば、「再発」も容易に

起こるのが、「適応障害」の厄介なところでもあるからです。

そのこともあって、著者も、「適応障害」は、他の「精神病」に比べて、

「完治」しやすいのだとされているのでしょう。

著者によると、「適応障害」と「うつ病や不安障害」との違いは、

前者が、はっきりしたストレス因子があること、

後者が、原因となるストレス因子がなくても構わないのだと定義されています。

いずれにせよ、よくわからないのが、この「適応障害」であります。

著者は、長年の診断経験から、「適応障害=保留箱的診断名」だとされています。

ところが、この「適応障害」も、「社会人」として生きていかざるをえない以上は、

誰しも必要以上にこじらせたくはないものです。

そんな時は、どうか遠慮することなく、「専門医」との相談をされることを

お薦めしますとのことです。

著者の良心的な点は、ご自身の「精神科医」の立場だけで、「適応障害」を

「治療」させる道を提示されることなく、「心理カウンセラー」など

「医者」以外の気軽な相談相手を見つけることが何よりだとの複眼的な視点も

持ち合わせておられるところにあります。

このように、本書は、良心的な医者選びから各種診療方法など、

親切なガイドブックの役目も果たしてくれています。

それはさておき、著者によると、「適応障害」は、「ビタミン愛欠乏症」が

深い根っこにある症状だといいます。

「ビタミン愛欠乏症」とは、ご存じの方ならおわかりかと思いますが、

近年知られるようになった、いわば「愛着障害」のことだと思われます。

ですから、「適応障害」は、ある意味では、「社会不安障害」の一種とも

考えられるだけに、「安全地帯」を設定していくことが、

何よりの「改善」方法のようです。

ところが、現代社会は、ますます目まぐるしく激変していく社会であります。

どんな「マジメ」で「才覚」に満ち溢れた人間でも、先行き不透明なために、

「頑張りどころ」も容易には掴めませんし、今「スキル磨き」をしたとしても、

近い将来、役立つか否かさえ見通しもつきづらく、ストレスと時間とお金だけが

失われていく危険性に、絶えず晒されることになります。

だからこそ、「マジメ人間」ほど憂鬱になりやすいのかもしれません。

もう少し、柔軟さがあれば良いのですが、本人にとっては大変つらい事態で

あります。

このように綴ってきましたが、他ならぬ管理人の経験でもあります。

とはいえ、自他ともに認める「マジメ人間」だけが、「適応障害」になるのかと

思いきや、「誰にでも」なる可能性があるところに、

「適応障害」の特徴があります。

昨今大流行とされる「新型うつ病」も、正真正銘の「うつ病」とは異なり、

「適応障害」の一種だとされているようです。

軽度の「うつ病」も、場合によれば「適応障害」の一形態なのかもしれません。

管理人の経験では、「高次脳機能障害」などの「脳障害」を含むとされる

身体的疾患に由来する精神疾患ならともかく、

こうした「適応障害」については、慎重な姿勢で連続的にとらえています。

「うつ病」が、脳障害の一部なのか否かも、専門家ではないので、

正直よくわかりません。

ですが、当事者(管理人もですが)にとっては、

何とか「自分なりの付き合い方」を

見出さなくては、生き抜くことすら苦しくなってしまいます。

そのあたりの多少「生きやすさ」を見出すためのヒントも、

本書では、わかりやすく丁寧に解説されています。

次に、その点を本書からご紹介させて頂きながら、

管理人の経験談なども踏まえて、考察していきたいと思います。

「適応障害」から始まる新たな人生の門出

具体的な各種「療法」などは本書をご一読下さいませ。

必ず、一つくらいは、読者の「症例」にあった「治療法」も

発見されることでしょう。

ただし、著者も強調されていますように、「症状」が長引くようで

「社会生活」にも相当な支障が出始めておられる方には、

必ず「専門医」にご相談されることを強くお薦めさせて頂きます。

何事も「早期発見が大切!!」ですから。

なお、そこまで「症状」も重くなく、ゆとりが残されている方であれば、

著者が、提示してくれているメニューだけでなく、

ご自分の「症例」にあった「独自療法」を開発されてもいいでしょう。

管理人は、このやり方で、

「症状(<病気>とは言いたくありませんので、この表現を意図的に

使用させて頂いていますが・・・)」と付き合っています。

「独自療法」を開発することで、「頭の体操」にもなりますので、

仕事に張り合いも出てくる「優れモノ」なのです。

「抑鬱期」には、「抑鬱期」に合ったメニューを、

「躁(元気満々)期」には、それに合わせたメニューを使い分けてきました。

著者によると、「適応障害」で、

社会生活を一時中断しなくてはならない事態にまで

「症状」が発展した時には、『何はともあれ「休養」を心がけよう』

(本書142~147頁)ということを提案されています。

人によって、その「休養」が短期にも長期にもなりますが、

その「貴重な時間」を、人とは違う角度から「社会」を見つめ直し、

十分なエネルギーを蓄える過程で、現代「社会」の「盲点」に

触れることも出来ます。

そこから、「独自性」が生み出されていきます。

「安全地帯」の確保と、「試行錯誤」が、あなたの「いのちの時間」を

養ってくれることでしょう。

著者も、本書で、「適応障害」をきっかけに崩れたライフスタイルから

「生きる場」「生きる時間」「生きる関係性」を再創造していく重要性を

説かれています。

次に本書から、『ストレスに負けないちょっとしたコツ』をご紹介しておきます。

①つらい状況を俯瞰(鳥の目)でながめてみる。

②「守ってくれる」誰か(安全地帯)をもつ。

③成功体験を思いおこす。

④いいことをイメージする。

⑤楽天的に考える。

⑥適度に受け流す。

⑦努力だけですべて解決できると思わない。

(本書177~182頁)

また、『ストレス弾にやられないための生活7か条』として、

第1条 公私のけじめをつける。

第2条 気分転換をはかる。

第3条 視点は複眼でもつ。

第4条 自立した生活をする。

※「自立」とは、「完全独立」を意味するのではなく、

時に、「甘えることの出来る関係」を良好に保つということです。

それに加えて、自分からも、相手を支えて差し上げるという姿勢も大切です。

第5条 生きがいの点検を。

第6条 相談できる仲間をもつ。

第7条 信頼できる医者をもつ。

(本書183~187頁)

を挙げられています。

その他、「適応障害」を抱えた当事者をサポートするコツなども、

『第5章 周りの人たちへ-身近な人が心の病気で苦しんでいたら』

(本書190~206頁)で触れられています。

ここからは、管理人なりの「適応障害(社会不適応感)との付き合い方」を

参考までにご紹介させて頂きます。

ちなみに、管理人自身も「社会不適応者・・・」と多用し過ぎてきた嫌いもあり、

反省もしているのですが、あまり、この「レッテル??」に

極端に反応し過ぎるのも問題であります。

「マジメ人間」ほど、それまで、「社会的評価」に過剰適応してきた傾向も

あるのと、冒頭でも触れましたように、生活環境次第で何とでもなるところも

ありますので、この「社会不適応者」という言葉の

過度な使用も慎んだ方が、「心の健康」のためにも良いのでしょう。

むしろ、現代人の大多数が抱える「真の問題」は、「適応障害=社会不適応感」

よりも、「生計の安定的維持手段の難題」でありましょう。

この部分が、昨今、大きく殺がれてきているだけに、

大多数の人間に「社会不適応感」を

より強く感じ取らせているのではないでしょうか?

ここの「社会保障」の部分が、改善されれば、

大多数の「現代人」が抱える(つつある)とされる

「心の病気」や「身体の病気」も

大きく改善されるのではないかとも思われるのですが・・・

やはり、本当の意味で、「文明の恩恵」を十二分に享受することが叶い、

社会にうまく適応することの叶う人間は、

この21世紀初頭現在では、「少数派」なのかもしれませんね。

この10~30年あたりが、人類史においても、

大きな「分岐点」とも目されているだけに、

皆さんとともに「より良き改善法」を探っていかなくてはならない重大な課題です。

「人工知能」や「仮想通貨」などの進展もあり、今ある経済形態も

大激変が近い将来予見されるだけに、早急な解決策を見出さなくてはなりません。

この問題は、今後とも引き続き、多用な書物のご紹介とともに

考察させて頂く予定でいます。

前置きが長くなってしまいましたが、管理人なりの「療法」は、

まず第一に、「日記(ブログ)」などをつけること。

この方法論も、前にもどこかの記事で触れさせて頂いたことがありますが、

ある人に薦められたことが、きっかけでした。

『単なる「私的日記」だけでなく、「公的」にも役立つようなものが

いいんじゃない?』

『今は、昔と違って、インターネットブログも難しくないらしいで・・・』

などという、まったく気軽な会話から始まりました。

他には、「小説(物語)療法」や「音楽療法」、

お金と時間にゆとりが出た「ごほうび時」には、「転地療法(旅行)」など

目下の「自分なりの心理療法」であります。

また、管理人は、「不安症・神経症」な性格にありますので、

本書でも紹介されている森田療法」を特に積極活用させて頂いています。

「森田療法」については、前にも当ブログでご紹介させて頂いた

同じく「精神科医」でもいらっしゃる和田秀樹先生の著書も参考になりますので、

どうぞ、そちらの本も参考にして頂ければ有り難いです。

「うつ」に関する様々な本も出されておられます。

ただ、ある種の「言語療法」でもある「小説(物語)療法」は、

「抑鬱期」には大変重苦しい方法ですので、

その時は「お休み」とさせて頂いていますが・・・

このあたりは、管理人の「症状」次第ですので、

「お休み」も「不定期」になってしまい、

楽しみに待っていて下さる読者の皆さんには、

大変ご迷惑をお掛けしまして恐縮ですが、

その時は、優しく見守って頂ければ幸いであります。

「もっと、自由に生きてもいいんだよ・・・」と教えてくれるのも、

「適応障害」であります。

ですから、「心の病??」は、死ぬまで「お友達」として付き合う覚悟で

いた方が、良さそうですね。

著者は、「適応障害」自体は、誰しもかかりやすい「症状」でもあり、

生活環境の「改善」次第で、「完治」するともおっしゃっていますが、

無理に「完治」させるのがいいのかどうかは、各人各様の「人生観」次第です。

また、「完治」するかどうかも、真実「不明」ですしね。

「医者」の意見も尊重するに値しますが、

最後は、自分で「決断」を下さなくてはなりません。

「心の病??」は、「人任せ」では、かえって治りにくく、

他人に自分の人生をコントロールされてしまう危険性もあります。

慎重な選択と判断や責任感が、自らを救い出す「決定打」であります。

そんな訳で、大いにご自身をいたわってあげて下さいね。

昨日の「華厳経の教え」のテーマとも重なり、

本書でも「トランスパーソナル心理学」に若干触れられていますが、

『「自分」は大きなシステムの一部と考えてみよう』ということです。

(本書174頁)

言い換えると、「宇宙意識とのつながり」ということになりますが、

この狭い地球上における「この世」だけでなく、

より広大な心で、「世界」をイメージしながら生き抜くことが叶えば、

「社会」も随分と小さなものになっていきます。

大切なことは、「視点を移動させること」です。

「次元」をどこに設定するかによって、「ものの見方・感じ方」も

大きく変わっていきます。

そこから、日頃の「人と人とのつながり=社会的関係性」も

大激変していくことになりましょう。

ということで、「適応障害」を含めて、何らかの「社会不適応感」に

悩まされている方には、是非ご一読をお薦めさせて頂きます。

最後に、同じく生涯「適応障害」などの症状に悩まされ続けた

ヘルマン・ヘッセの言葉『心の中に避難所を持て』をご紹介しながら、

筆を擱かせて頂くことにします。

『自分の心の奥深くに、誰もそこへ足を踏み入れることのできない

静かな山小屋のような場所を用意しておきなさい。

そして、何か困ったことが起きたとき、決断をしなければいけないとき、

自分の道を確かめなければならないとき、そこへと戻って

本当の自分自身の心とゆっくりと言葉を交わしなさい。

そこはきみだけの秘密の避難所であり、きみが再び生まれ変わる

たいせつな場所だ。「シッダールタ」』

(『超訳 ヘッセの言葉 白取春彦編訳

ディスカヴァー・トゥエンティワン 2015年』より孫引き)

なお、「適応障害」についての参考文献として、

岡田尊司氏の

「ストレスと適応障害~つらい時期を乗り越える技術~」

(幻冬舎新書、2013年第1刷)

「うつと気分障害」

(同上、2013年第5刷)

「境界性パーソナリティ障害」

(同上、2013年第14刷)

また、「うつ」については、

『「うつ」な人ほど強くなれる~本当に強い人ほど

「自分の弱さ」を知っている~』

(野口敬著、明日香出版社、2011年第98刷)

をご紹介しておきます。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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