川合伸幸先生の「ヒトの本性~なぜ殺し、なぜ助け合うのか」「人類史=闘争的進化史」というイメージは間違いかも!?

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「ヒトの本性~なぜ殺し、なぜ助け合うのか~」

京都大学霊長類研究所員も経験されたことのある

川合伸幸先生が、他の「霊長類」と「ヒト」の比較研究から

見えてきた「ヒトの本性」について、世に蔓延する誤解を

解くべく知的「啓蒙」書を上梓されています。

「人類史=闘争進化史」との解釈ほど、皮相な見方もありません。

本来のヒトの遺伝子は、利己的どころか利他的だった!?

今回は、この本をご紹介します。

「ヒトの本性~なぜ殺し、なぜ助け合うのか~」       (川合伸幸著、講談社現代新書、2015年)

川合伸幸先生(以下、著者)は、現在、名古屋大学大学院情報科学研究科

准教授を務められています。

ご専門は、比較認知科学・認知科学・実験心理学など多岐にわたる

分野を研究されてこられた優れた若手研究者として注目されています。

京都大学霊長類研究所研究員などをご経験されたことなどから、

サルやチンパンジーを始めとした他の「霊長類」と生物としての「ヒト」との

相違点に着目した「比較認知科学」に特に造詣が深いとのことです。

著者によると、この「比較認知科学」とは、

『ヒトをほかの動物の心や行動と比較することで、ヒトの心の進化的な

連続性や、ヒトに固有なところを浮き彫りにしようとする学問領域』とのことで、

『神経科学や心理学、認知科学、動物行動学、霊長類学などが少しずつ重なる

領域』(本書12頁)だと定義されています。

要約すると、「ヒト(以下、生物学として人を考察する際の表記としては、<ヒト>で

統一させて頂きます。)の心の進化過程を実験観察とともに詳細に分析考察することで、

人類の<来し方行く末>を知る学問」ということです。

ところで、これまでの「人類史」は、「闘争と対立の進化史」だとか、

遺伝子学者の一部には、「利己的」な遺伝子などと、あたかも「ヒト」には、

「闘争型」遺伝子が組み込まれていて、「利他的=協調」行動などは「幻想」にしか

過ぎないのだと「誤解」させるような研究成果が、針小棒大に「悪用」されてきた

ように見受けられます。

遺伝子学者によって、また、先程の「利己的遺伝子」の名付け親??として著名になった

リチャード・ドーキンス氏などの「仮説」の「本意」も、世間一般に流布されている

解釈イメージとは異なるようですが、人は「わかりやすい」説明や「不協和イメージ」に

安易に飛びつきやすい<悪いクセ>があるようです。

とはいえ、そのような見方も皮相で一面的なイメージ像でしかないことは、

今後の「人類史」の行く末を真剣に模索していくうえで、知っておいた方が良いでしょう。

著者の見立てでは、現在、大流行の「脳科学」や「遺伝子学」などによる

世間向け情報知識も、表層的で「厳密」な科学的知見とも大きく異なるものだと

注意を呼びかけられています。(本書69~72頁ご参照のこと。)

また、「専門外」の作家が興味本位の商業主義的出版物で、

世間を賑わしてもいるようです。

最近、出版された「新書」でも、すでに「人気」を集めているようですが、

一面的な見方で「誤解」や「偏見」を招きかねない「危険性」もあります。

世の中には、『言ってはいけない』どころか、

『それを言っちゃ、おしまいよ・・・』という「不文律」があります。

この「不文律」こそ、「道徳」の一端ではありますが、

この「道徳」を軽く侮ってはいけません。

これこそ、著者の問題意識とも重なる人類が長年の悪戦苦闘の歴史的過程で

見出してきた「生活の知恵」なのですから・・・

「科学的知見」と言っても、ほとんどが「仮説」の段階であり、

実験観察の結果、得られた「回答」でさえ、「いかに」という

メカニズム解明には成り得ても、「なぜに」という「存在の謎」の前では

「謙虚」にならざるを得ません。

本書は、そんな当たり前の「知的謙虚さ」を同時に教えてくれる

好著であります。

ということで、今注目されている優れた若手研究者の

研究成果を学び取ることで、「人類後史」を明るく希望に燃えた未来へと

飛翔していくべく、「総合的平衡感覚」を養う「よすが」として、

ご活用して頂こうと、この本を取り上げさせて頂きました。

「世界は、<不協和=陰>だけで満ちている訳ではない!!」

「同じく、いや、それ以上に<協和=陽>に満ち溢れています!!」

という、当たり前の「真実」に気付きましょう・・・

「ヒト(人類)」とは、「攻撃(利己)的動物」として進化する一方だと仮定するなら、とうの昔に「自然淘汰(絶滅)」していたはず・・・

まずは、本文内容の<あらすじ>について、要約しておきましょう。

本書における「全体的な結論」としては、

『ヒトは攻撃的で争いを好む生き物ではない』というように

「ヒト」は、決して「利己的行動主義者」の一面だけでは

捉えきれない複雑な生物だと強調されています。

この「利己的」を、どのように解釈するかは、冒頭でも論者によって、

見解が異なると語らせて頂きましたが、

「利他的(共感・共苦などの援助行動)」な行動も同時に伴いながら、

これまで生き残ってきたのが、「ヒト」の「真相」でありました。

上記のように、「利己的=利他的」として、見立てられる論者も

いますが、ものごとは多角的に分析考察しないことには、

「真相」が見えてくることも永遠にないでしょう。

あくまで、一つの見立て(仮説・解釈)として理解しながら、

通俗的な「わかりやすさ」の「罠」に嵌り込まない適切な見方が

大切であります。

さもないと、「優生学的世界観」へと再び、人類は巻き込まれてしまいますから。

それでなくても、「遺伝子情報」自体が、「ビッグデータ扱い」される

世の中の「無機質な流れ」も感じられているだけに、

私たちは、慎重に行動していかなくてはなりません。

それでは、本文の解説に入ります。

①『第1章 テレビ・ビデオゲームと暴力』

※本章では、昨今の一部の極端な見方(論者自身は、決して

一面的な認識をされている訳ではないようですが・・・)である

「ゲーム脳の恐怖」として、世間一般に「恐怖感」が

煽り立てられている「悪しき」風潮に対して、

冷静な見方を提供されています。

確かに、「ゲーム脳」論者の見方も、まったく根拠がない訳でも

ないのでしょう。

実際に、「依存症」から「人間」としての情感行動に

大きく「異変」が生じている症例も多々存在しているからです。

但し、そうした「依存症」は、「ゲーマー」の「ごくごく一部」

あります。

とはいえ、このような「ゲーマー=ゲーム脳=依存人間」といった

短絡的な「わかりやすい」印象操作は有害であります。

現実には、管理人の友人知人や兄弟の例を出すまでもなく、

非常に「優秀かつ優しい」人物も多々存在するからです。

こちらも、「利己的遺伝子」と同様な「言葉の一人歩き」だけが

先行していることから、著者も注意を呼びかけられています。

まとめますと、まったく「ゲームと異常行動」の間に、

相関関係がないとは断定出来なくても、

重要な視点は、その「付き合い方」の程度問題だということです。

著者も解説されていますように、今や「ゲーム」は、教育学習分野にも

積極的に取り入れられていますし、仮に、上記のような「依存症」が

生じるならば、別の治療??メニューでもって解決すれば済む問題で

あります。

「慎重な見方」はもちろん大切ですが、「冷静に」の視点が肝要です。

②『第2章 暴力を生み出す脳と遺伝子』

※こちらは、すでに冒頭で要約済みなので省略させて頂きますが、

一点だけ、強調させて頂くなら、やはり昨今の「脳科学」ブームの

いかがわしさや「遺伝子優位仮説」に極端に偏った見方への警告であります。

一歩間違えると、人類全体にとっての「大厄災」ともなりかねないからです。

③『第3章 性と攻撃性-男性の暴力、女性の仲間はずれ』

※本章では、前章の「遺伝子」といった「生物的要因」を受けて、

男女の「性差」問題や「いじめ問題」を分析考察していく中で、

「社会的規範」も関係していることに注意が向けられていきます。

④『第4章 ヒトはなぜ殺し合って絶滅しなかったのか?』

※本章では、「ヒト」は、本能的な「生存欲求」の観点からも

「攻撃性」に対する「相互抑止行動」を取りながら、進化してきた

事情から、「絶滅せずに生き残ってきた理由」について、

「仮説」を提出されています。

いわば、「自己家畜化」現象のようなものが、人類史とともに

進展してきたのではないかと。

⑤『第5章 「身内」と「よそ者」』

※ここでは、「身内」と「よそ者」というような

「社会的排除問題」がテーマになっています。

これは、自己保存機能などが原因となった「なわばり争い(怒りの起原論??)」

が、「ヒト」の「安心感(愛着行動)」などとも絡むだけに、

大変厄介な難問でありそうです。

「ヒト」(だけではなく、他の「霊長類」も)は、「仲間はずれ」になることを

本能的に恐れるために、容易に「同調行動」を取ってしまうようです。

このことが、「異端者」や「少数派」などを、必要以上に「社会的排除」へと

追い込んでいったようです。

こうした「人間行動」を確認するために行われた

数々の「心理学実験例」や「実際例」から残念な結論が導かれたといいます。

「社会的排除」から免れるための「残酷なふるまいへの同調行動」というように、

なかなか、「ヒト」にとって、「同調圧力」から逃れる手だては難しいようです。

「社会」が関わるだけに、「社会的生物」である「人間」は、

「個体」としてだけ「孤立行動」しながら生き抜くことも難しいからです。

⑥『第6章 他人を援助するヒト』

※本章では、前章までの「悲観的な見立て」とは、打って変わって、

とはいえ、「ヒト」は、「相互援助行動」も伴った生き方をして

「生き残りを図ってきたのだ!!」との視点が、数々の実験観察から

判明してきた事実が紹介されています。

ここでは、「行動経済学」の問題意識とも絡む注目すべき見解が

発見されたようです。

「人間は、<与えること>に、より多くの喜びを見出すらしい!!」

このように、「分配に寛容」である姿も、「ヒト」の実相であります。

特にここで、注目すべき点は、「利己的な振る舞いこそ、長期的な視点で

見れば、<自然淘汰>されやすいらしい!?」という教訓です。

俗にいう「情けは人のためならず」や「正直者は、<得>をする」は

どうやら本当のことらしいと。

⑦『第7章 ヒトとは』

※本章が、<総まとめ>ということになりますが、

結局、「ヒト」には、「心の理論」が働く(つまり、共感覚機能がある)

ということが、「攻撃性(人類絶滅の危機)」を抑制してきたということです。

ここから、人類は「争いを好み、攻撃的で野蛮」とする

これまでの「通念」が覆されていく結論に至ったようです。

トマス・ハクスリーの「<道徳>後天的獲得説」や

刷り込み理論」で有名な動物行動学者コンラート・ローレンツ

人類は「攻撃<本能>抑止手段を持たない!!」との「仮説」が

一連の研究成果から、修正を余儀なくされる状態へと

「後退」させられている途上にあるようです。

大昔に比べて、「人類史」を大きな視点から俯瞰するならば、

「平和で穏やか、落ち着いてきているらしい・・・」との

楽観的な明るい兆しも見えてきたようです。

とはいえ、今後とも「人類」全体の努力は欠かせませんが・・・

「利他的遺伝子」を開花させる教育と「創造的進化」へと向けられた「人類後史」

こうして、本書を読み進めてくると、

現在のところ、人類の進化を促す「目に見えない動き」が

進行中のようです。

このような語り方をすれば、即座に「精神世界系」のような

「お花畑的進歩史観(個人的には、好みの表現ではないですが、

イメージしやすくすると・・・)」といった、

多大な誤解や偏見も受けることになるのですが、

人類そのものの謎として、「意識」や「心」といった

「精神的作用」だけは、未だ、優れた研究者ですら、

攻めあぐねている現状があります。

とりわけ、本書の「共感能力」とも関連する

深層心理学者ユングが提唱するような「集合的無意識の流れ」が

あるらしいことは、確かに、「共鳴現象」といった「心の理論」とも

共通する視点を提供しているようです。

そのため、「目に見えない世界」を安易に云々することには

慎重な姿勢で臨まなくてはなりませんが、

「想像的実感」では、そのような流れにあるようです。

とはいえ、ここまで本書を読み進めてきたならば、

今後の「人類後史」を考察し、ともに歩んでいくうえでも

避けては通れない最重要テーマであります。

「ヒト」は、「創造的進化」(ベルクソン)の流れの中で

揺らめいている!?

そのような「造化作用」を繰り返しながら、「陰」と「陽」の

交互作用の流れの中で、学習し続けていくのが、

人類の「運命」なのかもしれませんね。

いつも強調させて頂いていますが、

人間には、「長所」も「短所」もあります。

その一部分だけを「針小棒大」に軽く扱えば「しっぺ返し」も

即座に跳ね返ってくるのが、「自然の摂理(宇宙の法則)」のようです。

ですから、一見して「マイナス」と思える現象も、そこから何を学び、

どのように「プラス」に転じていくのかをしかと見つめ直していくのが、

私たち人間に与えられた「宿題(まさしく、<宿命>の<課題>)」だと

いうことです。

その意味で、現在進行形の「租税回避問題」などの「利己的現象」も

「利他的行為」へと転じる「転機」が訪れようとしているかのように

世の中は動いてきているようです。

本書でも、「お金問題」と「利己的(利他的)ふるまい」に関する考察が

ありましたが、「ヒト」は「しがらみ」といった「利害関係」を

手放せば、意外に、明るい「展望」も開けるようです。

ただ、その「執着」も、

「生存本能(とりわけ、人類長年の<欠乏感覚>の強い情念)」が

あるために、なかなか手放せないでいます。

それは、もしかしたら「強い<愛着障害>のなせる業」かもしれません。

本書『第5章「身内」と「よそ者」』内でも、

『愛着が社会性を育てる』(本書150~152頁ご参照)のテーマで

「なぜ、社会的排除行為や逸脱行為に出るのだろうか?」が、

考察されていました。

「相互協力した方が、長期的にはメリットがある!!」ということは、

「理性」ある「人間」なら理解出来そうな気もするのですが、

その「理性」が反面、「人間」の「理性」を狂わせてきたのですから、

余計に、話がややこしくなるようです。

しかしながら、私たちが「理解」しなければならないことは、

「理性」による<暴走>を抑止出来るのも、同じく「理性」だけだという

「原理」は確かだということです

とするならば、結局は、「教育」で、どのような「イメージ像」を

インプットして、実際の社会場面でアウトプットしていくのか、

その訓練次第で、「人間」はいかようにも「進化」を成し遂げることが

叶うということです。

皮肉にも、上記のコンラート・ローレンツの「刷り込み理論」が、

現代教育の「要」になっています。

「脳科学」でも、学習による「可塑性効果」が見られることは

多くの識者が強調されているところです。

あくまで、こうした見方や提案も管理人の「仮説」にしか過ぎませんが、

「人間」は、必ず「間違い」を正すことが出来る「遺伝子」も

組み込まれているだろうということです。

冒頭で触れさせて頂いた人気書籍では、

「先天」的な遺伝子に偏った考察から「残酷な真実」に目を向けるべく

読者を誘導していますが、ものごとの「半分」も見えていないようです。

現在までのところ、著者のような「認知科学者」や「心理学者」、

あるいは、良心的な「遺伝子科学者」などは、

遺伝子の「利己的」側面だけではなく、「利他的」側面にも

注目した研究を積み重ねられています。

単に、「遺伝子=(コンピュータのような)情報」と見立てる

学者は少ないようです。

いるにはいるでしょうが、そのような方は、

「人間」としての「良心」を麻痺させた「唯物科学者」か「無神論者」でしょう。

悲しく寂しい限りであります。

どこか、「人間」を含めた「生物」を「有機的存在」としてではなく、

「無機的存在」として、醒めた目で観察しているかのようです。

そのような視点で、「学問」をし続け、「名声」を得て、

何が「幸せ」なのでしょうか?

そのように、「人間」なら実感されるはずです。

誠に、悲しく恥ずかしいことですが、

現代教育は、学べば学ぶほど、「虚無感」に深く追い込まれていくようです。

そのような教育環境にある中、それでも「暗闇」へと吸い込まれない良心的学者には、

「純粋な知的好奇心」と「愛情」が、「虚無感」から心身を遠ざける知恵として

働いているようです。

著者も、そのような「愛情」あふれる優れた研究者でした。

このような方にこそ、今後とも、「利他的遺伝子」の開花教育に役立つ知見を

世にもたらして頂くことを祈りながら、応援させて頂きます。

「遺伝子情報」と「生育環境」の関係性に関する解明研究も

まだまだ始まったばかりのようですが、

暫定的かつ表層的な次元に止まっている限りにおいては、

あまり「遺伝子優位」だとか、「優生学」的見解で、

世の中を混乱・迷走・不安・悲観視させないでおくのが、

「心ある」人間の掟であります。

「遺伝子学」にも、「中立性仮説」の支持者も増えているようですから、

謙虚に学問に取り組む研究者なら、「静観」しておきたいものです。

世の中の<悪しき風潮>に流されてはいけません。

そのように「知的謙虚さ」を何度も省みさせてくれるのが、本書です。

ということで、皆さんにも、良心的な「科学者」なら、

今現在の最先端分野における「ヒトの本性」を

どのように研究考察されているのかを知る手がかりとして、

本書をご一読されながら、皆さんにも、ともに、

人類の「未来史」へ向けた積極的な考察をして頂けることを願いまして、

強くお薦めさせて頂きます。

最後に、管理人の個人的な「余談」ではありますが、

本書を読み進めながら、思い出したのが、

子どもの頃の「京都岡崎動物園(現:京都市動物園)」で見た

「霊長類」の「骨格模型」でした。

今なお、記憶に残る「古き良き懐かしい思い出」であります。

その幼い「心」に感じたテーマも、

『「人間」さんは、なぜ喧嘩したり、いじめるの??』でした。

(なお、ご参考記事として、こちらのサイトもご紹介しておきます。)

この「岡崎動物園」は、著者とも縁のある「京都大学霊長類研究所」とも

深い関係があり、関西でも小さく、あまり目立たない「動物園」では

ありますが、今なお「図書館」なども充実しているようですので、

未来を担う優れた感性・霊性・知性を育てたいと

強く願われるお子様の「情操教育」には、

最適の「学習場」だと思います。

上記「岡崎動物園」を強くご推薦させて頂きます。

なお、「人文社会学」的立場から見た「ヒトの本性」については、

「なぜ正直者は得をするのか~「損」と「得」のジレンマ~」

(藤井聡著、幻冬舎新書、2009年)

をご紹介しておきます。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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