「うつを見つめる言葉」曽野綾子さんの「心の声」に耳を傾けたい!!

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昨今、「産経新聞のコラム」や「対大江健三郎裁判」などで、

世間に賛否両論を巻き起こしている作家「曽野綾子さん」。

その賛否はさておき、曽野さんは若き日より「うつや不眠症」と

寄り添った生活をされてきました。

今回ご紹介する「うつを見つめる言葉」は、そんな生活の

中から生まれてきた「言葉たち」。

今回は、この本を取り上げながら「言葉」にまつわる問題点などを

考えてみたいと思います。

「うつを見つめる言葉」(曽野綾子著、イースト・プレス、2009年[文庫版=文庫ぎんが堂])

今回は、「言葉」の難しさと「寛容の精神」などについて

考えてみることにします。

「人間は矛盾だらけである。」(『人びとの中の私』)

「人間の心とは分裂したものだ。」(同上)

著者は、こう語ります。

曽野綾子さんは、文学史上「第三の新人」に属す作家と

されています。

タレント・エッセイストの阿川佐和子さんの父である、

「阿川弘之」(『雲の墓標』など)

ヒューマニズムに基づいた数々の話題作(『沈黙』、

『海と毒薬』など)を世に問うた作家である

「遠藤周作」などがいます。

一部論壇で、曽野さんの「うつ」の原因と一連の発言

との関連について縷々主張されていますが、ここでは

その当否は問わないことにします。

今回、学んでいきたいのは管理人もそうですが、

くだん(上記・前述という意味です。)の「批評家」にしろ、

「曽野綾子さん」にも共通する「言葉の限界」についてです。

「表現って本当に難しいことだ・・・」

人間はいうまでもなく「言葉」を中心にして「コミュニケーション」

をしています。

「言葉に頼る限り必ず多少の誤解が生ずる」

「そもそも言葉で表現するには限界がありすぎる」

私たちは、ともすればこのことを忘れがちです。

世間での「トラブルのほぼ99.9%」は、「言葉の誤解」

だとも言われています。

それ程「難しいこと」なのです。

「言葉を発した瞬間に言霊に拘束される」

古来、人類はそのように考えてきました。

「言葉が先か、イメージが先か?」

大昔から「論争」されてもきました。

『新約聖書』「ヨハネの福音書」にも

「はじめに言葉ありき・・・」とありますね。

「言葉」によって「世界は創造」されたのか?

「言葉以前」に「世界=イメージ」があったのか?

私は、後者に比重をおいて生きてきました。

では、その「イメージ」が悪ければ?

当然その「イメージ」を表現する「言葉」も

歪んだものになるでしょう。

「正しい言葉」

「間違った言葉」

これだけを判断基準にすると、各人の「価値観=世界観」

の衝突を回避することが難しくなってしまいます。

「良いイメージ=プラスエネルギーを含む言葉」

「悪いイメージ=マイナスエネルギーを含む言葉」

で判断すると、少しは衝突を回避できるかもしれません。

しかし、根本的に懐疑していくとすれば

「正直なところ分かりません!!」

では、

「生きていくためには、どう表現すればよいか?」

私は、時には「言葉による対話を断念する」ことも

大切だと考えています。

「沈黙の効用」ですね。

「人間関係」や「人生を処していく」中で、

お互いの「微妙な言外のニュアンス」をつかんでいく

努力を重ねていくのが「生きるということ」

そのように思います。

「言葉の限界」を意識しつつ、「誤解」も恐れず生きるには・・・

いつも書きつつ考えるのですが、

「口頭言語」と「書き言葉」では

表現によって導かれる過程が大きく

違うような気がするのです。

「口頭」だと、「思いついたことをポッと口に出す」

「書く」ことだと、推敲しつつ懐疑しつつ方向性も

バラバラ。

たどり着く先は、予想外の地点。

そんな「書き言葉」でも、最終決定しなければ永遠に

終わりません・・・

書きながら結論をどうしようか?

迷っているのですが・・・

でも、「結論」を出さなくてはなりませんね。

「表現には誤解が絶えずつきまとうことを

覚悟する」

「表現は暫定的な結論」

「他人に不快感を与えてしまったら素直に謝る」

「自分もそのような他人を寛容に受け入れる」

「最終的には許すしかない」

こんなところでしょうか?

実は、「うつ」に対してもこれと同じことが

言えると思うのです。

「曽野綾子さん」の言葉で締めくくりたいと思います。

「もうこれ以上、つきつめるのはやめましょう。」(『仮の宿』)

「辛い目に会いそうになったら、まず嵐を避ける。

縮こまり、逃げまどい、顔を伏せ、聞こえないふりや

眠ったふりをし、言葉を濁す。このように卑怯に

逃げまくる姿勢と、正面切って問題にぶつかる勇気と、

両方がないと人生は自然に生きられない、と

私は思うようになったのである。」(『悲しくて明るい場所』)

皆さんも「論争や問答」で行き詰まった時には、

「寛容の精神」を思い出して、「自分から降りる」ように

する「大人の知恵」を活用しましょう。

「人生日々修行」ですね。

お互い「温かい心」で「世渡り」していきたいものです。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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