松尾豊東大准教授に教わる「人工知能って、そんなことまでできるんですか?」人工知能との協働で人間の生き方も大激変!?

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「人工知能って、そんなことまでできるんですか?」

松尾豊東大准教授と塩野誠ビジネス戦略家との

対談形式で学ぶ「人工知能入門書」です。

「人工知能によって、雇用が奪われる!?」

「いや、むしろ人間にしか味わえない創造的人生が

やっと開幕するのだ!!」など、

「悲観論」「楽観論」が渦巻く中、

真実の「人工知能の本質」については、

まだまだ知られていないようです。

今回は、この本をご紹介します。

『東大准教授に教わる「人工知能って、そんなことまでできるんですか?」』(松尾豊・塩野誠共著、KADOKAWA中経出版、2014年)

松尾豊さんは、東京大学大学院工学系研究科総合研究機構/

知の構造化センター/技術経営戦略学専攻 准教授であります。

人工知能(推論・機械学習)、自然言語処理、

社会ネットワーク分析、ソーシャルメディアなどの研究を

されてこられました。

政府関連の協働活動もされておられる若手実力者であります。

対談者は、塩野誠さん。

ビジネス戦略家としての経験を生かしながら、

多様な角度から私たち一般人が感じる疑問点を解消するべく

松尾豊東大准教授との対談に臨まれています。

さて、今朝の新聞一面によると、民間証券会社が株式投資運用に

人工知能を導入するなど、ついに本格的な実用化も始まりつつあるようです。

すでに、これまでも産業用ロボットなどの活用はなされてきましたが、

最近の人工知能は、それまでの「才能」とも大きく異なるようです。

「ディープラーニング(深層学習)」という方法で、人工知能自身が

絶えず学習しながら、能力を更新していくとの方向で進展しています。

囲碁やチェス、将棋といった頭脳ゲームに特殊能力を発揮させてきた

天才肌のプロ人間にも打ち勝つというニュースが、ここのところ

ずっと話題になっていました。

また、アメリカの大手IT企業などが相次いで

そうした人工知能を活用させた自動運転車の開発や宇宙産業などでの

実用化に向けた開発研究に集中投資してきたことも話題になっています。

これにより、人間の生活環境も大きく様変わりしていくようで、

世間では、「悲観論」から「楽観論」まで幅広い議論が湧き起こってきて

います。

「今現場では、真実のところ、どこまで人工知能研究が進展しているのか?」

そんな私たち一般人の人工知能への疑問点を対談形式で解明していこうとの

視点で解説されているのが本書であります。

本書の内容構成は、下記のとおりです。

①プロローグ「えっ、人工知能ってそんなことまでできるの!?」

②第1章「ウェブとビッグデータ、人工知能~人工知能の怖さ~」

③第2章「政治も経済も、国境すらも変わる~近い将来、国はなくなるか~」

④第3章「ヒトと人工知能~人の「意思」は作り出せるか~」

⑤第4章「ロボットに限界は必要か~すべての犯罪が記録される世の中に~」

⑥第5章「身体と学習、教育の役割~もう公教育は必要ない~」

⑦エピローグ「未来はそこまでやってきている」

管理人の読了後の感想としては、「人工知能に関する一般向け入門書」としては

比較的わかりやすくて読み進めやすい本ではないかと思われます。

ということで、皆さんとともに「人工知能の最前線の現場」を垣間見ながら

ともに考察していこうと、この本を取り上げさせて頂きました。

人工知能によって、「人間」の定義が大激変する!?

これまでも人工知能に関する多角的な視点からの書物をご紹介させて頂きました。

人工知能にも、人間の「能力」に近い「強い人工知能(AI)」と

遠い「弱い人工知能(AI)」があるとも語ってきました。(記事①ご参照のこと)

また、2045年(今から約30年後の近未来)には、人工知能が人間の知能を

上回ってしまう「技術的特異点」がやってくるとのレイ・カーツワイル氏などの

予測も知られています。(記事②ご参照のこと)

ところで、人類史を振り返ってみますと、「人間とテクノロジーの関係性」ですが、

人間がテクノロジーを身体の延長として「身体化」してきたことが理解されます。

いわゆる「技術の道具化」ですが、このような楽観的なプロメテウス神話も

無謬ではないことは確認しておかなくてはなりません。

現時点でも、すでにテクノロジーが人間の能力を優に上回り、制御不能とまでは

断言できずとも、制御困難に至っていることには相違ないからです。

身近なところでも、原子力問題の事例で確認済みであります。

(もっとも、すべての「原子力」ではないです。「原子力」も多種多様だからです。

ここは冷静に確認しておきましょう。念のため。)

そこで、21世紀現在、この原子力問題についで、不安感が高まっているのが、

人工知能問題であります。

「人工知能は人類最後の発明」とも巷間言われていますが、

このテーゼも、現時点では正直分からないところであります。

ただ、昨今の人工知能は、冒頭のような「ディープラーニング(深層学習)」を

活用した「自己学習型」です。

人工生命と人工知能にも、大きな相違点があるそうですが、

「自己学習から自己増殖への無限転換の可能性」が

とりわけ人々を不安にさせています。

そのため、人工知能にも「寿命性(定年制??)」を

予め組み込んでおくべきではないかとの倫理的意見も出されています。

本書でもそのことが解説されています。

ところで、人間と人工知能の大きな相違点は、

「予測精度」にあるとされています。

これが、上記の「技術的特異点問題」として取り上げられています。

また、「意思決定過程の省略」という「思考法」にも問題があるようです。

人間は、情報の取り入れに関しては、脳力を半分も使いこなしていないとも

しばしば言及されてきましたが、これも「ホメオスタシス機能」の一部であるようです。

自動車のハンドルと同じく「遊び部分」があるからこそ、

ノイローゼやパニックから完全な思考停止をある程度まで食い止めてきたとも

考えられるからです。

人間脳の場合には、意思決定過程を省略せずに、多少の<ためらい感>があればこそ

歯止めともなっていると考えられます。

さて、今「自動車運転」の問題が出たついでに、

昨今何かと話題になる

「自動運転車と社会(法)的責任問題」の論点ですが、

本書でも議論されているとおり、

人間の責任能力の「限界」をどこに設定するかを巡っては深刻な難問も

抱えているようです。

現行刑法の責任能力は、あくまで人間のものです。

これを「機械」である自動運転車にどのように適用すべきかを巡っても

難しいものがあります。

本書でも、民事上の使用者責任や製造物責任法理の方向での法整備が

示唆されているようですが、刑事上の責任問題について、

どうあるべきかについては触れられていません。

(もっとも、法律専門家ではないので仕方ありませんが・・・)

おそらく、実用化に向けられたこの方面での検討も今後なされていくことでしょう。

特別刑法(道路交通法改正など)で対応されていくものと思われます。

このように人間と人工知能の相関関係が強くなればなるほど、

従来型の「人間観」まで大激変していくのではないかと考察されています。

「意思決定過程の省略」が、人工知能の暴走を招くのではないかとも懸念されています。

人工知能を活用させた犯罪の過剰な摘発化から、

「えん罪件数」も増加し続けていくのではないかなど様々な問題提起もされています。

たまたま昨日の(大阪版??)産経新聞朝刊<社会欄第21面>で、

母校の立命館大学による

「えん罪救済支援組織立ち上げ」の記事に掲載されていましたが、

こうした支援活動が、将来の人工知能の防犯実用化とも絡んで

「抑止力」として活用されていくのかもしれませんね。

科学鑑定と人工知能には大いなる接点がありますから・・・

ビッグデータの活用も人権上の配慮が待たれるところです。

そのため、こうした人間の「人工知能化」、

もしくは、人工知能の「人間化」とも表現されるような

人間サイボーグ化にも、各自の倫理観や責任感が厳しく問われてきます。

人工知能の進展によって、国家がなくなる!?

ところで、本日は「人間の雇用喪失問題」にはあまり深く触れませんが、

こうした人工知能の進展によって、国境も無限に低下していく

「国家溶解現象」にも対談では言及されています。

現在でも「多国籍企業VS国家」の激しい攻防戦は続いていますが、

管理人の見るところ、国家が喪失して事態が改善されるとは

とても思われません。

より一層の「無秩序化」だけが進むことになるでしょう。

そのことは、最近の「宗教的擬似国家共同体運動」からも

ある程度までは予測・予見されます。

未来予測は、誰しも困難で「当たりはずれ激しい世界」ではありますが、

おそらく、人間の「救済問題」としての角度からも、人工知能問題は

考察していく必要があることは論を待たないところであるようです。

世界のグローバル経済化の下、

各先進諸国家における自前の「国民経済安全保障制度」が揺らぐ中、

国際的なグローバル企業に期待も集まっているそうです。

極度な「楽観派」の中には、企業福利の向上による民間企業主導による

ベーシックインカム」を提唱される論者もいるようです。

とはいえ、民間企業は、現状の資本主義経済(なかんずく、「貨幣」偏重型)

を大前提にしては、「限界」も抱え込むことになります。

それに、各企業文化や財務状況も大きく絡んでくるだけに、

国家福祉よりも企業福祉に依存させていく方向性という

過大な期待感は禁物だとも思われます。

(もっとも、現時点における国家と企業との相関関係次第ですが・・・)

本書でも、今後「デジタルサイバー民間国家??」が現れ出てきた際に、

既存国家はどう対応していくべきか、今から真剣に「対策案や国家観」を

練っておくべきだとも問題提起されています。

なぜなら、まさしく、人工知能が今後30年内外に

「ごくごく普通の(管理人もですが・・・)」一般国民の雇用が

喪失されていくことも予想されているからです。

また、現状を分析考察するだけでも、とりわけ日本では、

「サラリーマン優先」の社会福祉制度設計になっていますが、

ほとんどの国民が、企業福祉救済から漏れ落ちてきたことは

容易に確認されるところです。

だからこそ、たとえ、国家機能が「歴史相対的」に弱体化してきているとはいえ、

やはり一般国民にとっては、「国家は必要!!」なのです。

いつも感じることですが、能力あるエリート層は放置しておいてもいいのです。

大事なことは、「ごくごく普通の一般国民」の暮らしの現状に立った視点を

持ちたいということです。

むしろ、今後ますます進展するであろう「雇用流動化」から一般国民に

救済手段を準備しておく必要が高まるということです。

「高まることはあっても、低くなることはない!!」でしょう。

前にもご紹介させて頂いたわが国における「ユビキタス社会」の第一人者で

あられる坂村健氏も論じられていましたように、

国家福祉を大前提とした「ベーシックインカム制度」の完備と

「雇用流動化に伴う失業率増加や防犯」のためにも、

教育医療福祉における「無償化」が期待されるところです。

そもそも、現在実施中の「増税路線」を推し進める方向が大前提ならば、

大多数の一般国民にとって、唯一容認正当化されるのも、

こうした本来の「社会福祉における目的税化」でありましょう。

何のために、大多数の一般国民が苦しい生計をやりくりしながら

「増税(各種社会保険料の値上げも含む)」に耐えているのか、

そのあたりを管理人だけでなく、皆さんにも考えて頂きたいのです。

当ブログのテーマ選好も人によっては難しいテーマだと重々承知していますが、

あくまで、「ごくごく普通の一般国民向け」の未来像を考察していっています。

なぜなら、管理人自身が生活困難で心苦しい時期に、

ホームレスの方々などの「知恵と勇気」に励まされてきたからです。

このブログ創作術も、そういった方々の「生存術」に学ばせて頂きました。

本来の「健康体」なら叶ったであろう「法律実務業」に代えて、

こうした現時点における自分の能力とも照らし併せながら、

余生のご奉仕をさせて頂いています。

また、躁鬱病などの「心の病」で悩み苦しんでいる友人知人に

助けられてきたこともあります。

すべては、「報恩謝徳」のためなのです。

管理人は、ただただ淡々と黙々と「世界の万人の無事平穏」を祈るばかりです。

ところで、「救済問題」ですが、一見まったく人工知能問題とは関係がないように

見えますが、実は大いに関係があるのです。

「テクノロジーと貧困問題解決」については、今後とも各種書物のご紹介とともに

考察していく予定ではありますが、

「救済度」から言えば、「テクノロジー<民間宗教(的社会)<国家」の順番で

あるようです。

つまり、意外に「テクノロジー力は、救済手段たり得ない」ようです。

(もっとも、今後の動向にも注意を払わなければなりませんが・・・)

このように現状では、三者三様に「限界」もあります。

各自の「自力救済」にも、これだけ経済が混迷混乱してくると、

「限界」があるからです。

まとめますと、「人工知能問題は、社会福祉問題」でもあるということです。

最近は、「悲観論」的な視点からも真摯な論考も少しずつ提出されてきたようですが、

まだまだ「楽観派」思考の論者も多いようです。

本書では、「公教育」の未来予想図も対談されていますが、

著者らのようなエリート層だけでなく、「ごくごく普通の一般国民向け」の

「公的な社会人再教育制度」も真面目に提案して頂きたいところです。

さらに、障害者などのマイノリティー層にも活躍出来る「相互学習の場」を

創造していきたいものです。

本書によると、「オンライン教育」も質量とコストの点でも

「まだまだ敷居が高すぎる!!」ようです。

他力本願に依存するのではなく、管理人も「仕事」の一環として

現時点では、ささやかな「他者紹介型の書評中心型教育ブログ」では

ありますが、ゆくゆくは、本格的な「社会教育型ブログ」へと進化発展して

いくことを企図してもいます。

確かに、人工知能は、こうした「情報発信型」に関しては、

人間の能力以上に強いようですが、私たち人間も決して負けてはいられません。

ただ、今後の油断(ことに、倫理的な意味で)は絶対禁物でありますが、

まだ現状では、「人工生命すら創造出来ない」段階にもあるからです。

その意味では、「まだ挽回・再考(人工知能活用の方向性という点で)

の余地も残されている」のです。

とはいえ、人工知能の進展にことさら「悲観的」な訳でもありません。

要は、「人工知能と人間脳とのバランスの取れた協働生活」を

いかなる方向性で模索実現化させていくかの問題だということです。

ということで、皆さんにも、本書を読み進めながら、現時点における

「人工知能と人間の能力の相違点」を正しく見分けられますとともに、

今後の「協働化社会」をともに

創造していくためのヒントとしてご活用下さることをお薦めさせて頂きます。

最後に皆さんへ

「鼓舞の会(虎尾の会=幕末志士の清河八郎のもじりですが・・・)」からの

応援メッセージをお届けして筆を擱かせて頂きます。

「諦めるのは、まだまだ早すぎますよ・・・」ということです。

「人間に出来る最大能力は、想像力と創造力(芸術的直感力)」です。

「ともに学び、ともに励み、ともに助け合いましょう!!」

なお、「人工知能問題」の若手IT実業家の視点から考察された本に、

本文内でも触れさせて頂きました「企業内ベーシックインカム論」も

考察されている

「未来に先回りする思考法~テクノロジーがすべてを塗りかえる~」

(佐藤航陽著、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2015年)

※若手IT実業家の視点のため、多少「楽観論」に傾いているような

気もしますが、内容は「人工知能の最前線」など面白いテーマに

満ち溢れていますので、ご一読する価値はあるかと思います。

企業改革の材料として、各企業研修でもご使用頂けるのではないかなぁ~と、

個人的には感じています。

いずれにせよ、「良質かつ健全な生産的議論のないところに企業文化の進展も

ないだろう」ということを実感させられる本であります。

また、ホーキング博士親子が児童向けにわかりやすく物語られた

「ホーキング博士のスペース・アドベンチャーⅡ-1

宇宙の法則~解けない暗号~」

(ルーシー&スティーヴンホーキング著、さくまゆみこ訳、

岩崎書店、2015年)

をご紹介しておきます。

※「児童向け」ではありますが、内容は高密度の「人工知能最前線物語」

であります。

これから30年内外の<近未来経済社会>で否応なく

生き抜かざるを得ないお子様がおられる親御様には

是非お薦めの珠玉の1冊です。

親子ともども読み進められるとともに、「対話考察」して頂くと

「良い教育体験」になるのではないかと思われます。

さらに、「うつ病から立ち直った青年の話」として、

「うつ病で半年間寝たきりだった僕が、PC一台で世界を

自由に飛び回るようになった話」

阪口裕樹著、朝日新聞出版、2014年)

※もとより、「万人向け」の生活困窮者脱出法ではありません

「うつ病」などで苦しまれている方で、最初はテクノロジーの助力を

得ながら、何とか「自力救済」の形を取りながら社会復帰を目指されている方に

お薦めの本です。

大阪の通称<あいりん地区=釜ヶ崎>から、多くの方々のご支援を

受けながら、自力で「生計を立てる手段」を講じていかれた

若者の赤裸々な「生活ノンフィクション」です。

「釜ヶ崎」については、こちらの記事もお読み頂けると幸いであります。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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2 Responses to “松尾豊東大准教授に教わる「人工知能って、そんなことまでできるんですか?」人工知能との協働で人間の生き方も大激変!?”

  1. […] 人工知能史に関しましては、すでに当書評ブログ内(記事①・記事②・記事③など)でも […]

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