「生きるためにアメリカ・インディアンは祈る」明るい未来へ向けて「野生哲学」をお届けします!!

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「大地との和解」は、

「世界との和解への第一歩」

「失いつつある関係性」を生き生きと

甦らせるために・・・

どのように生きていけばよいか?

「未来の指針」を「アメリカ・インディアン」に

学ぼうと、今回はこの本をご紹介します。

「野生哲学~アメリカ・インディアンに学ぶ~」        (管啓次郎×小池桂一著、講談社現代新書、2011年)

人類は、進化の過程で「大冒険」をしてきました。

その「大冒険」の裏には、「過酷な生存競争」

繰り広げられてきました。

「先住民と後住民の対立」

世界の至るところで発生してきました。

いま現在も進行中です。

世界は本当に一つになることが可能か?

少なくとも、「現代社会のあり方」を

見る限りでは悲観的になってしまいます。

「グローカリズム」という言葉があります。

「グローバリズムとローカリズムの合成語」です。

私たち人類の難問。

それは、「固定的な視点」

その「視点」が、「所有欲=執着心」と

結びついた時に、悲劇が生まれます。

「グローバリズム」という「過度な流動性」の時代に、

「固定的思考」はもはや成り立ちません。

「ローカリズム」もそれに伴い変容していく必要があります。

一方、「土地に対する愛着」も決して「ないがしろ」にして

よいわけではありません。

「グローバリズム」が進めば進むほど、人々の「心の拠り所」が

より一層大切になってくるからです。

「精神の不安定さ」こそが、

「不毛な争い」をもたらします。

再び人類は「統合の時代」へと意識向上していく過程にいます。

「過去の清算」とともに

「未来への第一歩」を踏み出さなくてはなりません。

「持続可能な社会」を今後どのように維持していくのか?

すべての人類は、いま「学ぶチャンス」を与えられています。

「有意義な人生」を送っていくためには、

「長期的な視点」をもつことが重要になってきます。

そこで、「アメリカ・インディアンの知恵」を借りようと

いうことで、この本を取り上げました。

「生きるための祈り」

「人間の秘密

おれは貧しいので

生きているすべてのもののために祈る」

ある遊牧民族の伝統詩の一節です。

「貧しき者は幸いなり」

イエス・キリストは、語りました。

これは、様々に解釈されていますが、

物質的な貧しさよりも

「精神的な貧しさを恥じなさい」

ということだと思います。

管理人は、カトリック系の高校へ通っていましたので

「聖書を読む」機会に触れることがありました。

以来、折に触れて「聖書を読み返す」こともあります。

なぜ、世界には争いがあるのか?

高校時代「世界史」を選択したのもこれがきっかけでした。

「人類の所有欲はとどまる所を知らない」

その解決法を探ること。

以来、管理人の「ライフワーク」でもあります。

「大冒険(ベンチャー精神)」

「言葉の響き」は、美しいです。

しかし、その影には「壮絶な苦しみがある」ということも

知っておかなければなりません。

「精神的な豊かさほど貴重なものはない」

「時間の神聖さ」は、ここにあると思います。

「祈りなさい。」

「されば与えられる。」

しばしば、この「祈りなさい。」を

「求めなさい。」と強調されてきましたが、

問題は、その「求める心」の方向性だと思います。

「死者」や

「か弱き小さな者への想い」を忘れたくないものです。

「祈ること=手放すこと」

「求めること=執着すること」

この難問を解くことが出来た時に「天地との和解」が

やってくるのだと思います。

「生きることは日々の祈りの過程」

そう念じて生きていきたいものです。

再び冒険とは何か?

「冒険」とは、

「フロンティア・スピリット(開拓者精神)」

と形容されます。

「新世界の開拓者」

いままでの人類は、「奪うこと」

中心にして「独占化・囲い込み」をしてきました。

「先行者利益」

確かに「苦労して新たな世界を切り開く」ために

その「報酬を求める心」も分からなくはありません。

「資本主義社会」では、「差異」を「創造」することに

よって成り立ってきたのですから・・・

ここで、「冒険」によって生み出される「付加価値」

について考えたいと思います。

そもそも「無から有は生み出せるのか?」

現代宇宙物理学でも、「難問」とされています。

「生命はどこからやってきたのか?」

現代生物学でも「未解明」です。

「生命の創造過程」については、解明されつつありますが、

「生命の作り方」までは分かっていないようです。

どうやら、私たちは「禁断の果実」を手にする前に

「手にする資格があるのか?」

厳しく問われているようです。

「付加価値」についても、この視点が重要になってきます。

それは、「付加価値」を生み出す過程は

「自分一人だけで成し遂げたのか?」ということです。

その過程では、必ず「多くの先人の涙と汗の結晶」が

あるはずです。

私たちは「人類の知的共有財産」を「共有」しながら

「付加価値」を生み出したはずなのです。

なぜ、現代経済社会は行き詰まっているのか?

おそらく「モノとコトの関係性」に対する人類の「知恵」が

試されているのだと思います。

「お金はエネルギー」

特定の箇所だけに偏在していると「淀んでしまいます」

管理人は、いつも「お金=水」のイメージで捉えています。

「水は高きから低きに流れる」

「上善は水のごとし」

お金にかかわる者すべてが、謙虚に受け止めなければならない

「言葉」です。

世の中に生み出される「価値」は

「金銭で計れるものだけではない」

お金で計ることの出来る「付加価値」は、

ごくごく「一部分」です。

私たちは、しばしば「価値と価格」を混同してしまいます。

このことが、多くの方に「苦しみ」をもたらしているのです。

「お互いを尊重し、慈しみの心を持って生きること」

それこそが、「祈りの心」です。

「冒険とは、ともに生きともに喜びを分かち合うもの」

「決して独占することではありません」

「後に続く者を信じる」

管理人は、この「志」をもって「祈ります」

「仕事=祈ること=生きること」

目先の利益に囚われず、後世に「伝わる仕事」を

していきたいと日々願っています。

皆さんにも、幸があることをお祈り申し上げます。

なお、「アメリカ・インディアン」の精神について

知りたい方へ

「アメリカ先住民の精神世界」

(阿部珠理著、NHKブックス、1994年)

を、挙げておきます。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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