マーク・サンディーン氏の「スエロは洞窟で暮らすことにした」 自分の信念に忠実に生きる<ある男>の勇気ある物語!?

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「スエロは洞窟で暮らすことにした」

アメリカのノンフィクション・ライターである

マーク・サンディーン氏が、ある勇気ある

求道者の人生哲学を取材考察されています。

アメリカには、「独立精神」が今なお根強く

残されていることが感じられます。

現在、アメリカでは大統領選挙の真っ最中ですが、

有権者の動向も気になるところです。

ところが、そんな「世俗」の状況にも一切関係せずに、

21世紀現在でも昔ながらの「古き良き時代のアメリカ」を

体現するような勇気ある人物もいるようです。

今回は、この本をご紹介します。

「スエロは洞窟で暮らすことにした」           (マーク・サンディーン著、吉田奈緒子訳、紀伊國屋書店、2014年)

マーク・サンディーン氏(以下、著者)は、

アメリカのノンフィクション・ライターであり、

『ナショナルジオグラフィック・アドヴェンチャー』誌などに

寄稿されたり、大学講師として活躍されている方です。

訳者あとがきによると、本書の原書は、2012年3月に

アメリカで刊行された『The Man Who Quit Money(お金を捨てた男)』の

全訳だとのことです。

さて、本書の主人公ダニエル・スエロ氏(以下、スエロ氏)とは

旧友の関係にあったことから、久方ぶりの再会によって

本書の取材執筆につながったといいます。

現在は、両人ともに対照的な人生哲学をもって

各自「独立独歩」の生活を楽しまれているようです。

著者とスエロ氏との出会いは、著者が大学卒業後に、

1年間ほど西部放浪後、ユタ州モアブにたどり着き、

そこで働きながら、あらたな生活を模索されていた時

だったといいます。

著者自身も、大学卒業後、放浪しながら「自由への長き道」を

探究されていたそうで、そうした独自路線を強く認識しながら

生きてこられたこともあって、スエロ氏の処世哲学に触れることで

考えさせられることがあったといいます。

特に、「現代貨幣経済文明の下での処世観」などについて・・・

もっとも、現在は、本書の主人公であるスエロ氏とは、

対照的な生活を送られているようですが、その分かれ目にも

そうした大きな「経済観念(思想)」の差がありました。

今回の取材対象であるスエロ氏も、著者と始めて出会った時には、

著者と同じく通常の「経済観念(思想)」も捨てきれずに、

自らの「信仰生活と経済生活との折り合い」に悩まされて

おられたといいます。

その後、人生における不思議な運命の巡り合わせもあって、

「現代貨幣経済文明生活」と決別することを目指す

「自由信仰生活」の境地に至ったとされています。

そのあたりの2人の人生観の分岐点なども含めた描写が、

本書ではなされています。

現在、世界中の経済が悪化していく中で、

「ミニマム(最小限)生活」志向の人びとが増加しているといいます。

そんな中で、各国それぞれに「お金を手放す生活」を試行する

ユニークな生き方に挑戦される方に、注目が集まっているようです。

実際にそうした生活経験を綴った書籍は、大出版不況の続く

日本でも人気があるようです。

本書の訳者が、本書を翻訳するきっかけになったのも、

別のミニマリスト(最小限生活主義者)の影響からだったといいます。

それは、イギリスのマーク・ボイル氏『ぼくはお金を使わずに生きる

ことにした』(紀伊國屋書店、2011年)からでした。

管理人もすでに、この本を読了させて頂きましたが、この青年の場合は

1年程度の「試験生活」だったといいます。

訳者あとがきによりますと、現在も「試験生活」続行中とのことですが、

あとがきでは、同書店から、ボイル氏のその後の生活事情を綴った

2冊目の著作(『カネなし宣言!?』)も刊行される予定とのことですが、

2016年現在、邦訳は未刊行のようです。

訳者との出会いも、ボイル氏の本の中でスエロ氏のことが紹介されて

いたことが、きっかけだったといいます。

両書読み比べての感想ですが、今回ご紹介させて頂く本の方が、

本格的な処世哲学であり、また、本文でも追々触れさせて頂きますが、

「宗教倫理的求道者」としての真摯な人生哲学も窺えましたので、

共感度の点から言えば、本書の方が「断然味わい深くて良い!!」と

いうことに至りました。

また、本書のもう一つの長所は、アメリカの多様な文化形成の背景事情の

紹介とともに、キリスト教原理主義運動と政治経済思想の複雑な利害関係の

一端も学ぶことができる点にあります。

「なぜ、大衆迎合的かつ一見不合理に感じられる政治的行動パターンが

見受けられるのか??」

「孤立(保守)主義と拡張(進歩)主義の入り交じったアメリカ国内外

政策の原点(原動力)には、何があるのか??」などなど・・・

現在進行中のアメリカ大統領選挙の意外な裏事情を考察する点でも、

単なるルポルタージュだけに限らない好著となっています。

決して、日本の巨大マスメディア事情では伝えられない

深いアメリカ歴史哲学も知ることが出来るでしょう。

世界史の勉強をされている方にも、断片的な知識だけでなく、

一人の勇気ある男の物語を読み解くことで、アメリカ独立史(思想)の

見えない糸(源流)へと、引き寄せられていくのではないでしょうか?

本書には、そうした読み方もあるかと思われます。

そういう個人的な感想も含めて、このアメリカの「不思議な魅力あふれる」

人物の生き方には心惹かれることもあって、

皆さんにとっても、ひとつの「代替的な生き方」として賛否両論も含め、

多々学ぶべき点もあるかと思われましたので、

この本を取り上げさせて頂きました。

スエロ氏の「金銭放棄生活」に至るまでの人生(思想)遍歴

スエロ氏の人生(思想)遍歴の原点には、保守的なキリスト教原理主義の家庭で

生まれ育ったというところにあるようです。

アイルランド発祥の「プリマス・ブレザレン」という厳格な「福音派」の

キリスト教だったといいます。

アメリカのキリスト教徒には、WASP(ワスプ=ホワイト<白人>+

アングロサクソン(民族)+プロテスタント<新教徒>)というように、

プロテスタントが、圧倒的に多いようですが、現在では減少気味だとされ、

キリスト教と一口に称しても、多様な教派に分かれているようです。

スエロ氏の住む「洞窟」を含めた居住地は、アメリカ西部ユタ州モアブ周辺で、

強固な保守的キリスト教徒の影響力が強い地盤であるとともに、

文化的には多様な自由を求める人びとによって形成されてきた独特な州だといいます。

このユタ州は、日本人にとっても比較的知られているのが、

2002年の州都ソルトレイクシティで開催された

「ソルトレイクシティオリンピック」の地でしょう。

もう一つ有名なのが、「末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)」の

聖地だということです。

このユタ州を始めとする、アメリカ中西部地域は、ネイティブ・アメリカンに

とっても、悲しい歴史を残しています。

アメリカ建国史の中では、カリフォルニア州などとともに

メキシコから割譲を受けた地域でもあります。

アメリカ建国史には、独立を巡っても複雑な利害対立がありました。

その複雑な事情は、現在のアメリカ大統領選挙などにも反映されており、

民主党・共和党の陰に埋もれた政治的立場を問わず「第三の党」が

たびたび話題になる土壌にもなっているようです。

この「第3の党」は、しばしば「ポピュリズム(大衆人気取り)政党」などと

揶揄されているようですが、実情はそんな単純な見方を覆すものであるようです。

アメリカ建国史は、独立戦争や米英戦争(第2次独立戦争)、南北戦争などの

ように、主に「対イギリス独立戦争」の場面が強調されてきましたが、

それだけではありません。

人類史上初の未開拓地から「人工国家」を建設しようとする壮大・壮絶な

「国家建設」の試みでもあったのです。

当時の北米大陸は、各国の「特殊」権益が入り組んだ複雑な利害関係の中で、

開拓されていきました。

一方で、「未開拓地」とは称するものの、それはイギリスからの独立を

求める亡命者の見方であり、すでに現在ではネイティブ・アメリカンと

呼び慣わされている原住民によって開拓生活がなされていた地でもあります。

北米大陸は、唯一ヨーロッパにあらたに生まれつつあった

「近代国民主権国家」とも異なる独立した牧歌的な生活が営まれてきた地でも

あったのです。

ですから、ネイティブ・アメリカン原住民から見ると、突如「天から舞い降りた鷲」の

ようなイギリス本国からの植民者には、さぞや驚異(脅威)の念が湧き起こったもの

でしょう。

なぜに、典型的な保守的キリスト教徒として生まれ育ったスエロ氏の思想形成の

本題に入る前に、こうした詳細な背景事情を解説させて頂くかと言うと、

その新規植民(開拓)者の記憶が、スエロ氏のキリスト教「原理主義」に対する

「信仰的懐疑」へと導いたからでもあります。

同時に、アメリカの「プラグマティック(実践的)デモクラシー(民主主義)」の

偽善性にも疑問を持たれたからです。

しかも、これは私たち日本人にとっても、スエロ氏の一個人史だけでなく、

非常に大きな心理的・物理的影響力を及ぼしてきたからでもあります。

東部13州に「降り立った」亡命者は、「西へ西へと(西漸運動)、

明白なる天命(マニフェスト・デスティニー)」をスローガンにして、

「フロンティア・スピリット(開拓者精神)」を養ってきたのです

ここで、さらなる複雑で詳細な建国(思想)史は、中断させて頂きますが、

この「開拓者(独立)精神」も、決して良いことばかりではなかったことに、

注目して頂きたいのです。

もちろん、長所もありますが、本書との絡みでは短所の点も踏まえられたうえで、

この「独立精神」の長所・短所を学び取って頂きたいのです。

それが、現在アメリカ大統領選挙でも大きな争点となっているTPP(環太平洋

経済連携協定)を巡って対立する思想的背景を知るうえでも欠かせない視点だからです。

一見、「反知性的」に見える候補者もいますが、これには、スエロ氏のような

貧困層のみならず、トランプ氏のような独立独歩型の実業的富裕層からの

金融虚業的産業への根強い不信感もあるからです。

スエロ氏も本書で、「連邦準備制度」への相当な不信感を「貨幣放棄生活」を

通じて、体現(思想(宗教倫理)的抗議<プロテスト>)されていますが、

こうした「現代経済観念」を巡っての「見えない境界線」にも表現されています。

プロテスタント(勤勉=労働重視)のキリスト教徒が主導権を握りながら、

開拓されていったアメリカ建国史ですが、もともとの建国思想の原点にも、

「絶えざる試験的革新」という思想実験が組み込まれているだけに、

アメリカの国内外政策もこの思想的対立により揺れ動くために、

他国人から観察すると、「予想外の展開」が多々見受けられる原因にも

なっています。

さて、スエロ氏の本題に移ります。

スエロ氏の家庭は、敬虔な「非プロテスタント」系??(キリスト教会主流派から

大きく見れば、プロテスタント??)の保守的・福音派である「聖書重視」の

キリスト教会に属しておられたといいます。

それが、アイルランド発祥の「プリマス・ブレザレン」という厳格な「福音派」の

キリスト教との出会いでした。

もっとも、本書によると、後に脱会しているようですが、「聖書重視」の

厳格なクリスチャン一家で幼年期を過ごされたといいます。

ところで、ここからがスエロ氏独自の人生における飛躍が始まるのですが、

家族の反対もありながらも、比較的リベラルなコロラド大学ボルダー校へ転入して、

様々な人生経験を経ながら、精神的遍歴を積み重ねていきます。

そうした青年期を過ごす中で、既成のキリスト教伝道活動の限界にも

直面していったようです。

卒業後も、数々の職業経験なども経ながら、個別体験にも悩みながら

成長していったスエロ氏だったのですが、ついに世の中の矛盾に悶え苦しんだ果てに、

ついに「自殺未遂事件」にまで発展してしまいました。

それほど、自らの敬虔な信仰生活と現実世界との間で「精神的葛藤」があったとの

ことです。

その結果として、これも「神様の計らい」なのか、奇跡的に一命を取り止めます。

その後、抑鬱状態と共存しながら、国内外を旅しながら、見聞を拡げるとともに、

39歳の時に、「貨幣経済生活」との決別に至ったといいます。

そして、現在50数歳の穏やかな日々を「洞窟」を転々としながら過ごされている

ようです。

だからと言って、スエロ氏は決して「世捨て人」ではありません。

現代の文明の利器である「IT機器」を、公立図書館や様々な方による支援を

受けながら、本書の原点でもある積極的な「ブログ発信」もされているようです。

ただ、「貨幣放棄生活」を人生の方針とされているだけに、

「物乞い??生活」には、独自の確固とした哲学(美学)があるといいます。

そのあたりの精神(思想・宗教倫理)的遍歴こそ、本書の主旋律でもあり

読者の皆さんにも、もっともお伝えしたい箇所なのですが、

読者の皆さんの「ワクワク・ドキドキ感」を奪いかねませんので、内容の詳細に

ついては、ここで筆を止めておきます。

いずれにせよ、スエロ氏における「お金との決別宣言」生活の原点には、

幼少期の敬虔なクリスチャン信仰生活とその後の自由を求めての思想遍歴が

積み重なって形成されていったところに、他の「脱貨幣経済生活者」との違いが

見られます。

人類は完全なる「貨幣経済放棄生活」へと進化出来るのか??

ところで、管理人も含めて、当然読者の皆さんにとっても、

興味関心深いところだと思われますが、

「果たして、人類は貨幣経済放棄生活へと進化発展出来るのでしょうか?」

当然湧き上がる疑問点だと考えられます。

また、完全な独立自営(衛)生活を「衣食住」を満たしながら、

生き抜くことが叶うのかという点にも、

不安やおそれを感じられることでしょう。

21世紀現在、経済自由化が急激な勢いでもって、個人生活を不安定にしていく中で、

「現代経済生活」に対して、多様な思想的立場から問題提起されています。

とりわけ、現代経済グローバリズムの震源地アメリカでさえも、

2008年の金融ショック事件以来、政治経済的立場を問わずに、

再度、アメリカの「建国理念(独立思想)の原点」へ立ち返ろうとの動きも

出てきています。

それが、現在進行中の大統領選挙過程の背景事情となって、噴出しているようです。

アメリカ史においては、独立以来、自由を巡る思想対立が存在してきたといいます。

その具体的な現れが、「連邦重視」か「州権独立重視」かを巡る政治的対立です。

一口に、「共和党(保守派=国内生活優先派)」、

「民主党(リベラル派=国際協調優先派)」と、簡潔に言い表せないようです。

各党の各議員の選出過程における「選挙基盤事情」などにもよりますし、

何よりも、各人の「生育環境や思想(世界)観」によっても、違うからです。

ただ、現在アメリカの建国理念(独立精神)の原点に立ち返ろうとする

保守派による各種タウン=ミーティングやティーパーティー運動、

リベラル派によるウォール街占拠運動に共通する視点が、

「連邦政府(連邦準備制度)」や「連邦議会」に対する根強い不信感にあるようです。

どちらの立場であれ、政治腐敗の源流には、「金権政治」があるとの批判です。

このあたりは、日本でも昔からある根強い批判ですが、アメリカの場合には、

建国理念(独立精神)の源流に、確固とした「思想基盤の対立」があるだけに、

日本の固有事情では、到底理解され得ないような政治経済哲学もあるといいます。

おそらく、その原点には、当時のイギリス18世紀産業革命下で進展していった

「自由保護経済拡張主義」に対する亡命者側からの抵抗運動と重ね合わせながら、

アメリカとアメリカ人自身が、18世紀から21世紀初頭までの過程で、

自ら世界中に堅固に構築していった「独立自由進歩路線」に対する見直し活動期に

入ったのかもしれません。

世界史的視点で、眺めるなら、そのように分析することも出来るでしょう。

アメリカ人自身も、ひょっとしたら「未来の先行き」に根本的な不安感を

抱いているのかもしれません。

今後の日米親善を大切にする点でも、こうしたアメリカ固有事情には

目が離せません。

そこで、本書との関連に、「連邦準備制度」への不信感があります

この制度に関しては、政治的立場を問わず、精密な学術研究から

怪しげな陰謀学説まで、幅広い疑問点が創設当時から存在していたといいます。

本書のスエロ氏も、左右いずれの立場からの「批判書」にも啓蒙されたといいます。

スエロ氏ご自身は、本書をご一読下されば、ご理解頂けるかと思いますが、

宗教的・政治的にも、保守とリベラルの長所を尊重された「中道路線」を

歩まれてこられたようです。

ことに、「聖書重視路線」や東洋神秘主義思想などの影響もあってか、

プロテスタント的な「近代的労働観念」には、日頃から疑問を感じながら

生きてこられたといいます。

こうした信仰的精神事情もあって、トルストイのような思想遍歴も経て

「非貨幣経済生活」に親しみを抱いてきたようです。

「人間の勤労自体が、自他共に無意味な利害対立を招いてしまうのはなぜなのか?」

ここに、スエロ氏の問題意識が集中しています。

「人はパンのみにて生きるにあらず!!」という視点と

「働かざる者食うべからず!!」の視点の<狭間>で煩悶しながら

自らの豊かな精神哲学と現実生活との折り合いをつけてこられたといいます。

本書には、アメリカ建国から間もない頃の「ホームステッド法」に関する言及も

ありますが、法哲学の分野では古くから論争されてきた「自然法」と「人定法」の

思想的対立もかいま見られ、様々な角度から現代生活の根本的世界観に

見直しを迫られているようで、考えさせられる論点も数多く触れられています。

日本でも最近、革新的ミニマリスト運動が地方などの水面下で静かに拡がりつつある

ようですし、政府自身も「地方創生」の一環としてあらたな「実験」に迫られています。

その大きな壁に、「衣食住問題」があり、土地の安定的供給問題も含まれています。

現代日本も、アメリカ同様に、言うまでもなく「近代的所有(経済)観念」が堅固に

構築された「法体系」となってきただけに、「開拓者精神」を阻む要素もあるそうです。

管理人は、本書で「ホームステッド法(現在廃止)」に触れた時に思い浮かべたのが、

日本の奈良時代にあった「墾田永年私財法(あるいは三世一身法)」や

明治の近代的「北海道開拓事業」における厳しい開拓史のことでした。

「未開地」を開墾すれば「無償貸与」・・・

少なくとも、税制面で優遇される・・・

しかし、その「裏」にも「罠」がある!?

こんなイメージ像は、もちろん主流秩序からは「反対の声」も上がってくることは

目に浮かびますが、行き詰まった日本経済や「失われた20年」における

国民経済復興(活性化)の一つの叡智として、こうした故事に学ぶべき時期

なのかもしれません。

いずれにせよ、前にも当ブログでご紹介させて頂いた

ヘンリー・D・ソローのような「森の生活」は、現代貨幣経済生活事情の中では

ますます困難になる「茨の道」であるようですね。

本書は、いかに周囲との摩擦を回避しつつ、異なる立場の人びととも邂逅を

果たせるかについての倫理的な知恵も学べる好著です。

「すべての独創的精神は、最後まで自らの内面に留めておくべきなのか?」

それとも、誤解摩擦があっても、不毛で決定的な利害対立は

もとより避けるべきですが、

「外に向かって勇気を振り絞って、問題提起すべきなのか?」

こうした太古からある難問にも考えさせられるところに

面白さがあります。

いずれにせよ、わかりやすく「思想をイデオロギー化してはならない!!」

ということのようです。

それにしても、アメリカの社会福祉事情は、「独立精神」が強固に

あるためか、大変厳しい事情にあるようです。

アメリカ社会の最後のセーフティーネット(安全網)は、慈善活動(寄付文化)

により成り立っているらしい・・・

オバマ大統領下で成立したとされる「メディケア法」も、実際の現場では

前途多難だと聞きます。

日本のような制度としての「社会福祉」が整備されてきた国でも、

社会福祉の「質量」ともに景気変動に厳しく左右されるといいます。

ということで、今後は日米ともに「冬の季節」を迎えるかもしれませんが、

本来の「独立精神」の作興に本書がお役に立つことが叶えば、日本でもまた

あらたな展望を開くきっかけになるのではないでしょうか?

そんな「微かな希望」も湧き上がってきたため、本書をお薦めさせて頂きました。

本書は、単なる興味本位の「自己啓発書」のような

軽い読み物ではありません。

それぞれの個別事情に重ね合わせながら、哲学考察できる

「哲学的啓蒙書」でもあります。

従いまして、皆さんにも処世を考えるうえで「考えるヒント」に

なるかと思われますので、是非楽しみながらご一読願います。

なお、キリスト教原理主義については

「キリスト教原理主義のアメリカ」

(坪内隆彦著、亜紀書房、1997年)

ワスプ(WASP)については、

「ワスプ(WASP)~アメリカン・エリートはどうつくられるか~」

(越智道雄著、中公新書、1998年)

をご紹介しておきます。

※越智道雄先生には、現代アメリカ政界の様々な背景事情が

わかりやすく解説された好著がありますので、アメリカ大統領選挙の行方を

知る上でも、お役に立つかと思われます。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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2 Responses to “マーク・サンディーン氏の「スエロは洞窟で暮らすことにした」 自分の信念に忠実に生きる<ある男>の勇気ある物語!?”

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