近代社会を準備した忘れられた偉大なる大哲学者ライプニッツ!!宇宙の究極的姿とは??調和の美を探求しよう!!

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ライプニッツ・・・

17世紀から18世紀初頭にかけて

活躍したヨーロッパを代表する思想家です。

17世紀といえば、ニュートンやデカルト、

ジョン・ロックといった近代・現代社会の土台を

成す思想を創作していった数々の哲学者が生まれた世紀です。

今回、ご紹介するライプニッツは上に挙げた人物たちの蔭に

埋もれていった悲劇的な役柄を与えられた人物でもあります。

現代社会の仕組みを知るには、基礎となる哲学思想の中身を

学ぶことが有益です。

今回は、この本をご紹介しながら考えていきましょう。

「知の教科書 ライプニッツ」(フランクリン・パーキンズ著、梅原宏司・川口典成共訳、講談社選書メチエ、2015年)

フランクリン・パーキンズ先生(以下、著者)は、

アメリカのヴァンダービルト大学、ペンシルヴァニア州立大学で

哲学博士号を取得されています。

現在は、デポール大学教授として活躍されており、

ご専門は、古代中国思想・近代ヨーロッパ哲学です。

今回ご紹介する、ライプニッツも近代ヨーロッパを代表する

哲学者の一人で、中国との文化交流もされていたようです。

ライプニッツは、幼少期から独学で「神秘的な世界」を

理性的に解釈する試みに胸ときめかせながら成長していったようです。

そんなライプニッツは、「人間と神(宇宙)との調和」について

生涯思索し続けました。

政治活動にも熱心だったようで、学問を大切にしながら

人間交際においても積極的でした。

ライプニッツは、「安定的な世界観」の探求を構築していくことにより、

心の安らぎを得、終生「楽観的」だったといいます。

一般的に、ライプニッツ哲学の成果は多大な業績や社会功績があったにも

かかわらず、近代・現代科学や政治思想を構築していったニュートンや

デカルト、カントやジョン・ロックの蔭に埋もれてしまった

「悲劇的な立場」にいます。

近代数学においてニュートンカントに先駆け独立して微積分の原理を

発明したり、コンピュータアルゴリズムの基礎である形式言語の思想など

後世に多大な影響を及ぼしています。

ライプニッツの生きた時代は、科学と宗教改革、世俗権力と教会権力との

争いなど「理性と神秘」が対立していました。

近代・現代思想の源流となる「政教分離思想」のきっかけにもなりましたが、

ライプニッツが生きた時代には「黎明期」だったようです。

後に、ジョン・ロックなどの「経験論哲学」により現代の主流思想が

生まれていくのですが、ライプニッツの時代は「宗教と科学の端境期」にあり、

ある種の「理性と神秘の整理」が要求されていました。

しかも、現実的な「世俗世界と教会世界の調和」が要請されていました。

この役割を担ったのが、ライプニッツでした。

そんなライプニッツは、従来から難解な哲学とされ、対話を重視しながら

思想構築していったようで、一見すれば相互に矛盾があるように誤解された

ために、なかなかライプニッツの哲学を解読するのも困難なようです。

著者は、ライプニッツを理解するためには、彼自身のその時・その場に

置かれた文脈から言葉を厳密に解釈していく方法を採ります。

理解するキーワードは、①相互連関、②さまざまな視点の調和、③対話、

④表出ということば、です。

著者もライプニッツと同じく、中国思想にも興味があり、

ヨーロッパ近代哲学がご専門であることから、ライプニッツの哲学思想を

解読するには最適な役柄のようです。

この本は、新書形式でもあり、従来「ライプニッツ思想」を

一般人が学ぶのに相応しいテキストもあまりなかったように見受けられる

ことから、これからライプニッツ思想を学ぼうとされる方にもお薦め

だと思い、この本を取り上げさせて頂きました。

この世は「最善の可能的世界」??

神学論争は、大方の日本人にとっては興味がなくても

当然だと思いますが、近代・現代思想や現代社会の仕組みを正確に

知り「各人の生存戦略(大げさな表現ですが・・・)」を最適化して

いくためには、欠かすことの出来ない議論でもあるようです。

西洋社会やイスラム社会などの「一神教的世界観」を知らないでは

すまされなくなったのが、2015年現在の日本です。

私たちの住む東洋社会は、基本的に「多神教的世界観」だとされています。

「多様性・多元性・寛容性」を原則的に重視して暮らしています。

異論もございますが、一応ここでは簡略化しておきます。

そのため、「一神教的世界観」になじみのない日本人は、

現在大変な苦境に立たされているようです。

「規範(ルール)に対するイメージ」が、まったく異なるために、

国内の法整備においても、あちこちで矛盾衝突が生じています。

これからも、正確に西洋社会の基本原理を学ばないと後退していく

ことになるでしょう。

さて、何が言いたいかと言いますと、

ライプニッツを始め西洋の哲学者は、「神の存在証明」から

現代に至るまでの「あらゆる制度」を構築していったということです。

ここで、西洋人と東洋人(日本人)との間における「善悪観」が

まったく異なることに注目しなくてはならないようです。

「この世に、なぜ悪が存在するのか?」

特に、一神教的「善悪二元思考」になじんだ社会では大きな難問であるようです。

「もし、神が全知全能ならこの世は完全に善なる世界のハズ・・・」

「なのに、なぜ悪が存在するのか?」

私たち、東洋人なら「陰陽思想」や「神道・仏教的価値観」から

善悪問題を相対的なものと見立て、

「人間本来には、性格形成に強弱もあることから

時に善悪も生じるのだ・・・」とイメージしやすいのですが、

「神の完全性」から世界解釈を始める

一般的な西洋人には理解しがたい難問だそうです。

ライプニッツは、この問題に非常に興味関心を持ち「悪=善の欠如」という形で、

量的な問題として世界解釈を再構成していきました。

つまり、世界は元々完璧な善なる世界なんだけれども、伸縮自在のようで

神(善)からの遠近関係で「悪」が生じていくのだとイメージされているようです。

有名なモナド論は、近代科学における原子論や、現在最先端の素粒子理論にも

つながっていくようですが、今回は保留させて頂きます。

その議論は、この本をお読み下さいませ。

まとめますと、「実在感・実体観」に関するイメージ形成のプロセスに焦点を

あてて分析している哲学思想だということです。

ライプニッツは、この世は完璧に善なる存在と見立て、「楽観的な人生」を

歩んでいたようです。

ですから、基本的に「この世は、最善の方に向かって進化していく可能的世界」だと

イメージされているようですね。

現代のSF小説や映画・アニメなどにも影響を与えている「世界観」のようです。

まだ、「神が死に絶えていなかった時代」においては、

かなり先進的な思想だったのでしょう。

よく、生き残れたなぁ~と感心しますが、ライプニッツは「外交官(政治家)」でも

あったので、「人間交際の機微」に長けていたのでしょう・・・

経験論哲学に縛られて身動き出来なくなった現代社会!?

ライプニッツが生きた時代は、まだ「神が生きていた時代」でした。

いわゆる経験に縛られない「形而上学」がさかんに議論された時代です。

認識論や存在論は、今日でも哲学の重大なテーマですが、

この頃は、特に「認識論の限界」が哲学者の間では話題になっていたようです。

ニュートンでさえ、錬金術・オカルトに凝っていた時代です。

現在のように、「形而上哲学」を完全に?放棄してしまった

「経験論重視」の時代では、当たり前のことでも、この時代には

そうではなかったということも、ライプニッツを理解する際には

重要な視点となります。

「神は死んだ!!」と完全なる近代化・現代化へと移行していくためには、

ニーチェなどを待たなければなりません。

もちろん、現在でもこの考え自体「極論」ではありますが、日常生活では

「政教分離(聖俗分離)の原則」が強く働きますので、

「形而下(経験論)哲学」が優位です。

つまり、現代社会では、「経験のあるなし」が極度に尊ばれるために、

新奇なことは軽視される嫌いがあります。

そのためか、社会は極端に「保守化・硬直化・差別化」が進行しつつあるように

見受けられます。

一方で、最新の学問分野では「形而上的発見」も科学分野などで

相次いでいるようですね。

まとめますと、私たちが「認識の限界」にあると思われているものも

「日々新たに生成発見」されているということです。

なので、今現在知らないからと言って、偏見をもって排除する考えは、

「最高善へと近づく努力」を自ら放棄することになりかねません。

その意味で、ライプニッツが提起した哲学課題は、今日でも有効であり、

大変有益かつ実りある議論を、私たちに残してくれました。

もちろん、現在主流の「経験論哲学」の基礎固めをしたジョン・ロックとも

ライプニッツは論争しているのですが、「経験論を擁護」しているのも

確かなことです。

ライプニッツの課題は、「宇宙における調和」でした。

互いの考えを矛盾衝突させることなく、最高善(共通善)に近づくには

どのような姿勢で臨むのが、人生にとって有益なのか?

ライプニッツは、その独特な「汎神的(一元的)世界観」の中に

「多様性・複雑性」

を許容する「システム論」を構築していったようです。

「経験論」だけに縛られたかに見える

閉塞状態に包まれた現代社会だからこそ、色褪せない思想・・・

それが、ライプニッツ哲学です。

このような「体系化」が出来た時代は、管理人にとっては「うらやましすぎる社会」です。

アカデミズムに属さない「在野の独立思想家・学者」を応援する者にとっては、

このような「学際思考」が出来る人には敬意を感じます。

もはや、21世紀の現代社会には、余裕が残されていないのでしょうか?

「否、断じてそうさせてはいけないし、そうしてもいけない」でしょう。

「人間の最高善を目指す旅こそ、人生!!」

そのように痛切に思うからこそ、人間は「絶望とともに希望も持ち得る」

のだと考えます。

皆さんも、この忘れられた偉大な哲学者「ライプニッツ」に学んでみませんか?

最後までお読み頂きありがとうございました。

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7 Responses to “近代社会を準備した忘れられた偉大なる大哲学者ライプニッツ!!宇宙の究極的姿とは??調和の美を探求しよう!!”

  1. […] 前にもご紹介させて頂いたライプニッツも似たような人生でした。 […]

  2. 1729 akayama より:

    「モナドロジー 他二編」ライプニッツ著谷川多佳子・岡部英男訳 の
    《…モナドとは、複合体のなかに入る単純な実体…》を
    「ネガテイブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」帚木蓬生著のピオンの 
    《「記憶もなく、理解もなく、欲望もない」》と[共振]する先に触れた九鬼周造の 
    〔媚態〕〔意気地〕〔諦念〕との複合として十進法の基での桁表示の【数そのモノ】と
    図形の[ながしかく]と[えん]に《…モナド…》する。 
     すると[数学概念]を⦅モナド》として[点・線・面]を《…複合体のなかに入る単純な実体…》として[空間・時間]のメトリック【metric】を[数物概念]として「ネガテイブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」的に《精霊》たち(数学妖怪キャラクター)が、頷かせてくれる[夢]を観る。 

     双龍天翔さんが触れてきた[両刃の剣]の[時間の場]の[人]のニッチ(形態空間)での[決断の力](両刃の剣)が、否応なく出くわすのである。書評では、
      ≪…伊藤邦武先生の、進化の過程の「両刃の剣」…≫
      ≪…齋藤孝先生の、「コンプレックス」も使い方によっては、「両刃の剣」…≫
      ≪…諸富祥彦先生の、「吉」と出るか、「凶」と出るかは、「両刃の剣」…≫ 
      ≪…ミチオ・カク博士での、科学的成果を人類にとってより良い方向へと活用させていくためには、その諸刃の剣的両側面…≫
      ≪…本田有明さんの、「言葉」は、便利な反面、「両刃の剣」…≫ 
      ≪…≪與那覇潤さんの、文字通り「両刃の剣」であり「取り扱い注意!!」…≫
     などなど散見する。 

    [時間の場]のメトリック【metric】を手に入れたのは、[ながしかく](『自然比矩形』
    の⦅モナド》である。 
    [空間の場]のメトリック【metric】を手に入れたのは、[えん](球)の⦅モナド》である。 

    《精霊》たちである『(わけのわかる ちゃん)(まとめ ちゃん) (わけのわからん ちゃん)(かど ちゃん)(ぐるぐる ちゃん)(つながり ちゃん)』が、[万人]の「御伽草子」(神話?)で抱かされ・抱くのが、「答えの出ない事態に耐える力」と… 
     
    [数物概念](数学的思考)は、先に触れた、
    『こんなことをいちゃなにをいっているかわからない・・・そのものが[数学]であり―≪…「<自明>なもの(こと)など、もはや存在しない!!」≫ということを自ら組み立てている道具そのものであるとの― [梵我一如]・・・』 の「御伽草子」で[感応]する。

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